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キャッシュレス・インサイト2025:日本のキャッシュレスの構造変化No.2

モバイル決済は、中小店舗キャッシュレス化の“壁”を崩せるか

2025/10/22

「電通キャッシュレス・プロジェクト」は、2024年12月に第7回「生活者のキャッシュレス意識調査」を実施しました。今回のテーマは、モバイル決済の利用実態解明です。

「日本のキャッシュレス決済に、構造変化が表れつつあるのではないだろうか」

そうした仮説をベースに、前回はキャッシュレス利用者の最新の動向について解説しました。
今回は、キャッシュレス決済を導入する中小事業者の動向に焦点を当て、

・キャッシュレス決済受付店舗での、キャッシュレス利用は進んでいるのか
・キャッシュレス決済受付店舗の、モバイル決済への関心度はどうなのか

といった問いへの調査結果をひもときます。

カードが推進してきた日本のキャッシュレスが迎える大きな転換点が、店舗側にどのような影響を与えているのか。第1回に続き、電通の吉富才了が今の日本のキャッシュレス決済を俯瞰(ふかん)してみたいと思います。

<目次>

中小店舗におけるキャッシュレス化の“春”はまだ遠い

導入した決済手段割合は、「モバイルQR決済」が約8割に達し、カード決済に肉薄

キャッシュレス導入店増加の鍵はモバイルQR決済

Apple Pay、Google Payなど、モバイル非接触決済の導入率増加にも注目

キャッシュレス売上比率はわずか「36.2%」の厳しい現実

キャッシュレスが、金融サービスの高度化を推進する

中小店舗におけるキャッシュレス化の“春”はまだ遠い

2024年12月の第7回調査を基に、中小事業者(マーチャント)のキャッシュレス決済対応状況について見ていきます。

キャッシュレスインサイトNo.2_中小キャッシュレス化_図版1
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 マーチャント編 2024年12月」【SA サンプル数=1000】

まず、中小事業者による最新のキャッシュレス決済導入状況はどうなっているのでしょうか。

2024年1月以降にキャッシュレスを導入したマーチャントは、わずか2.6%でした。中小事業者のキャッシュレス導入は少しずつしか進んでいません。これを加えたキャッシュレス決済導入率は58.9%。2024年に入り、伸びに鈍化が見られます。

物価の上昇によって仕入れコストが膨らむ一方、販売価格に転嫁できず、キャッシュフローも厳しい。決済手数料を支払っての導入は考えられない。そんな声が聞こえてきそうです。キャッシュレス決済の未導入率41.1%の壁を打ち砕くには相当強力なパワーが必要です。その推進役に、モバイル決済がなる可能性があります。

導入した決済手段割合は、「モバイルQR決済」が約8割に達し、カード決済に肉薄

キャッシュレスインサイトNo.2_中小キャッシュレス化_図版2
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 マーチャント編 2024年12月」【SA サンプル数=589】

キャッシュレス導入店では、どんな決済手段を導入しているのでしょう。当初の「キャッシュレス受付」といえば、カードによる受付が基本でした。その状況が大きく変わりつつあります。

今回の調査では、カードが80.5%でトップだったものの、モバイルQR決済も79.6%と僅差の2位につけました。その差はわずか0.9ポイント。モバイルQR決済が本格的にスタートしてから5年あまりでカードに追いつき、追い抜くほどの勢いで普及しています。

2000年代に投入された、「交通系(Suica、PASMOなど)」、「流通系(WAON、nanacoなど)」をはじめとする電子マネーは、約20年経ってようやく50%弱(47.7%)に達しました。決済受付端末の違いが、新興勢力であるモバイルQR決済との差になっているようです。電子マネーはカードと同様に、ハイスペックな決済端末が必要で、導入コストと手数料が高い傾向にあります。一方のモバイルQR決済は、QRコードつきのシールやPOPがあれば受付が可能なことから、初期導入コストがかからず、手数料も安いのが魅力なのです。

本調査でも、キャッシュレス導入店のうち、カードは受け付けていないがモバイルQR決済は受け付けている、という中小店舗は18.5%います。

キャッシュレス導入店増加の鍵はモバイルQR決済

キャッシュレスインサイトNo.2_中小キャッシュレス化_図版3
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 マーチャント編 2024年12月」【SA サンプル数=100】

キャッシュレス決済の導入が進んでいるのはどの業種なのでしょうか。

今回の調査では、最も普及しているのはコンビニで「100%」という結果でした。多くの生活者が気軽に立ち寄るコンビニでは、より利便性を高めるために、キャッシュレス決済手段の選択肢を多くそろえています。

次にキャッシュレス導入が進んでいる業種は衣類販売(73.7%)で、グラフ表示はしていませんが、その内モバイルQR決済の導入率は74.8%でした。僅差の3位がバー・酒専門店(72.7%)となり、モバイルQR決済の導入率は71.3%です。比較的客単価の高いこれらの業種でも、モバイルQR決済の導入が進んでいる様子がうかがえます。

4位はファストフードです。導入比率は66.7%とそれほど高くはありませんが、決済手段別に見ると、モバイルQR決済の導入率は100%でした。

全体としてのキャッシュレス導入率は低いけれど、その多くがモバイルQR決済という業種もあります。生鮮食品や酒類販売、喫茶店です。この状況は商店街の青果店や鮮魚店、酒店や喫茶店の決済シーンをイメージすると分かりやすいかもしれません。

生鮮食品のキャッシュレス導入率は22.9%しかありませんが、そのうちの導入決済手段としては、87.5%がモバイルQR決済です。酒類販売では、36.7%がキャッシュレス対応で、そのうち94.1%がモバイルQR決済。喫茶店のキャッシュレス導入率は42.9%ですが、そのうちの95.8%がモバイルQR決済を導入しています。

キャッシュレス導入率の低い業種にも、確実にモバイルQR決済が採用されていることから、中小事業者の41.1%を占めるキャッシュレス未導入店攻略を牽引するのは、まちがいなくモバイルQR決済といえるでしょう。

Apple Pay、Google Payなど、モバイル非接触決済の導入率増加にも注目

キャッシュレスインサイトNo.2_中小キャッシュレス化_図版4
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 マーチャント編 2024年12月」【SA サンプル数=1000】

直近3カ月でモバイル決済の利用が増えたかという質問に対し、キャッシュレス導入店舗の36.5% が「増えた」と答えました。内訳は「とても増えた」が5.1%、「ある程度増えている」が31.4%でした。

モバイル決済をモバイルQR決済(PayPay、d払いなど)とモバイル非接触決済(Apple Pay、Google Payなど)にわけると、モバイルQR決済は35.2%が増えたと回答、モバイル非接触決済も28.9%が増えたと回答しました。これは消費者のモバイル決済利用増加状況と連動する状態だと考えられます。中小店舗においても、モバイルQR決済に加えて、モバイル非接触決済が増えています。

モバイル非接触決済は今後さらに増加する可能性が高まりそうです。それを後押しするのが、2024年5月に開始された「iPhoneのタッチ決済」というサービス。中小店舗の保有するスマートフォンが、そのまま非接触決済端末として使えるようになるもので、高価な非接触決済対応端末を導入しなくてもよくなります。この機能は、Android 端末でも対応済み。ちなみに、中小店舗経営者のスマートフォン保有率は93%。内訳はAndroid端末が49.2%、iPhoneが43.8%という結果でした。

保有するスマートフォンを非接触決済端末に利用するかどうかを聞いたところ、「ぜひ使いたい」(5.8%)と、「どちらかというと使いたい」(19.3%)を合わせた回答は、25.1% に上りました。

これはキャッシュレスの未導入店を含めての回答で、4軒に1軒がモバイル非接触決済導入にポジティブな姿勢を示しています。ただし、導入に至らない主な要因となっているのが、手数料問題です。実際に、今回の調査でもキャッシュレス未導入店の57.2%が、手数料が高いと回答しています。

キャッシュレス売上比率はわずか「36.2%」の厳しい現実

キャッシュレスインサイトNo.2_中小キャッシュレス化_図版5
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 マーチャント編 2024年12月」【SA サンプル数=589】

キャッシュレス導入店の総売上に占める直近のキャッシュレス売上比率を聞きました。2024年12月の調査では、全業種平均が36.2%、2021年12月からは9.5ポイント増えています。しかし、依然として現金比率が63.8%と高い結果となりました。

キャッシュレス売上比率が平均より高かったのは、コンビニ(47.3%)と衣類販売(41.4%)でした。この傾向は2021年から変わっていません。

なお、キャッシュレス売上比率が50%を超える中小店舗の比率は24.1% で、キャッシュレス導入店の4軒に1軒は現金よりもキャッシュレスが進んでいます。100%キャッシュレスという中小店舗もわずかですが、1.4%ありました。

キャッシュレスインサイトNo.2_中小キャッシュレス化_図版6
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 マーチャント編 2024年12月」【SA サンプル数=589】

キャッシュレス導入店に導入効果を聞いたところ、トップは、「つり銭を用意する手間が減った」(26.7%)でした。さらに「レジ作業の時間を短縮できた」(17.5%)、「スタッフのつり銭ミスが減った」(15.3%)と続きます。これらはいずれも業務改善効果です。売上に占めるキャッシュレス比率が高いほど、その効果は高い傾向です。

キャッシュレスにはマーケティング効果もあります。「客層が広がった」と回答した中小事業者は14.9%いました。「外国人観光客を取り込めた」(5.3%)や「顧客データや売上データを管理できるようになった」(5.3%)という声もあります。「キャッシュレスによって売上が伸びた」(8.8%)という回答もありました。キャッシュレスを推進するためには、キャッシュレスの効果を根気よく中小事業者にPRしていくことが重要です。成果を上げている中小店舗の声には説得力があります。

キャッシュレスが、金融サービスの高度化を推進する

カードからモバイルへ、キャッシュレス決済手段が移行している―。今回の調査結果からはそういった構造変化がうかがえました。

生活者の利用頻度が最も高いキャッシュレス決済手段はモバイル決済(42.8%)となり、カード(33.0%)に大きな差をつけました。この結果は、モバイル決済がキャッシュレス決済手段の主役になったことを表しています。

そしてカードからモバイルへ決済ツールが変わったことによって、金融サービスへこれまで以上にアクセスしやすくなったことが分かりました(詳しくは第1回を参照)。

モバイル決済は、物理的な財布の代わりに、デジタル化された財布をそのまま決済に使うことと同じです。容量に制限がある物理的な財布とちがい、デジタルウォレットではこれまで財布に入らなかった投資や保険などの金融サービスと連携させることもできます。

しかも多くの場合、モバイル決済を使えば、ポイントがもらえます。決済で獲得したポイントを即座に確認し、そのポイントを投資や保険にまわすこともできます。投資で増えた資金を商品購入に使うこともでき、決済と金融サービスが一体となって資金が循環することになります。

日本のキャッシュレスは、単なる決済の域を超えて、金融サービスの高度な進化を促進しているといえます。モバイル決済にはさまざまなコンテンツを連携させ融合するパワーがあり、それによって消費者の日常生活におけるDXが進んでいきます。

中小店舗ではモバイルQR決済によって、ようやくデジタル化がはじまったのかもしれません。キャッシュレス導入比率は58.9%。まだ4割がキャッシュレス未導入ですが、導入店舗ではモバイルQR決済受付(79.6%)がカード受付(80.5%)に肉薄してきています(図02)。

中小店舗のキャッシュレス推進における壁はモバイル決済によって崩されていく可能性があります。今後も「電通キャッシュレス・プロジェクト」では日本のキャッシュレスの状況について調査を進め、その動向を注視していきたいと思います。

【調査概要】
第7回「生活者のキャッシュレス意識調査」
・目   的:生活者の決済手段の変化の把握
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:20~69歳男女
・サンプル数:1000 ※
・調 査 手 法 :インターネット調査
・調 査 期 間 :2024年12月1日~12月3日
・調 査 機 関 :楽天インサイト株式会社
※ 1000人に対し、性年代構成比を人口構成比(R2国勢調査)にあわせてウエイトバック集計を実施。「%」および「n」はウエイトバック後のスコア、サンプル数を掲載。

 

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