DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築No.25
「予定意識」が日本人の旅行を阻む?今どきの“旅意識”とは
2025/10/27
電通デザイアデザイン(DDD)は消費と欲望の関係から、さまざまなソリューション開発や情報発信を行う組織です。
第21回からは、DDDが実施している「心が動く消費調査」を分析。調査結果から得られたインサイトやファインディングスをお伝えしています。
今回は、2025年5月に実施した第10回の調査結果に基づき、DDDの松本泰明が日本人の「旅行」にまつわるインサイトを読み解きます。
なぜ減った?日本人の海外旅行数
近年、「日本人が海外旅行に行かない」という話題を非常に多く聞きます。これは単なる印象論にとどまらず、2024年の日本人のパスポート取得率は16.8%(引用元:観光産業ニュース「トラベルボイス」)で、G7各国、例えばアメリカ36%、ドイツ41%と比較しても低い水準にあります。
また、2024年の出国者数は約1301万人、出国率は10.5%(引用元:観光産業ニュース「トラベルボイス」)で、これも海外諸国と比べても非常に低い水準です。2020年の新型コロナで急減した出国者数の回復基調が遅れていることもありますが、海外がそれ以上に伸び続けているという側面もあります。
日本人はなぜ海外旅行に行かない、もしくは行かなくなったのでしょうか?
宿泊費や外食費などの旅行にかかる諸費用の増加、コロナ禍の影響によりそもそもの旅行経験の乏しい世代が増えた、情報取得がバーチャル化して海外旅行の魅力がなくなったなどの理由をしばし見かけます。
本稿ではDDDの「心が動く消費調査」の結果から、今の日本人の「旅行意識」(旅行に対して持っている意識)を読み解き、日本人の旅行離れに歯止めをかける方法について検討していきます。
日本の生活者は旅行が“好きではない”?
心が動く消費調査では毎回の調査で「最近、心に残った消費体験」について自由回答によるコメントを収集しています。この回答内で「旅行/観光」関連を挙げている人は5.5%。全体で7位となります。
10代では男女ともにほとんどいないのですが、男性は20代で5位、同女性では14位となり、それ以降の年代はほぼ10位前後に位置しています。さまざまな消費体験の中でも「旅行/観光」は比較的上位に入るものと言えます(図表1)。

また「あなたが普段、興味や関心をもっていることを教えてください。」という質問への回答を見ると「旅行・観光」は46項目中の1位です。こちらも男女ともに10代はやや低いのですが、それ以外の世代はほぼ3位以内に入っています(図表2)。

10代は旅行への関心は低めなものの、20代以降は依然としてかなり関心を持っているのです。若者の場合は、関心のある事柄が分散されていることで、相対的に旅行の位置づけが落ちている面もあるのではないでしょうか。
ファミリー層は旅行による金銭的負担感が強め。生活者による「旅行」の捉え方
心が動く消費調査の価値観項目では旅行意識についても尋ねています。その結果をひもといてみましょう。
「旅行は富裕層のものになってしまったと思う」という質問では男性全体の54.9%、女性全体の59.7%が「そう思う」と回答しています。年代別で見ていくと男女ともに特に40~50代で高い傾向があります(図表3)。言い換えると、ファミリー世代は旅行に対する金銭的な負担感が大きいことがうかがえます。
一方で「金銭的に無理をしても、少なくとも年に一回は旅行したい」という質問には男性全体の54.1%、女性全体の51.8%が「そう思う」と回答しています。こちらは10~20代の若年層の方が高い傾向にあります。先の結果と合わせて考えると、若年層は他のさまざまなものと比べて旅行への関心は低くなっているものの、旅行に行きたいという気持ちは他の年代より強いようです(図表4)。

“贅沢派”?それとも“長期のんびり派”?今の生活者が求める旅行とは
今度は旅行の仕方についての意識を見てみましょう。
「【A】期間は短くても、贅沢感のある旅行がしたい」と「【B】節約しても、より期間の長い旅行にしたい」では、どちらに気持ちが近いかを聞いたところ、全体傾向では「【A】期間は短くても、贅沢感のある旅行がしたい」が高いのですが、男性ではやや「【B】節約しても、より期間の長い旅行にしたい」が多い傾向にありました(図表5)。
また、グラフでは示していませんが、女性の方が旅行に出たら、その土地の名物を食べたり、名所や景勝地を観光したりしないともったいないと思う割合が高い傾向もあります。この結果から、女性の方がより旅行に対していろいろな予定や経験を詰め込みたいという欲望の強さがうかがえます。

上記のデータを見ると、女性はおおむね「短い期間で食も観光も目いっぱい楽しめる贅沢感のある旅行」を求める傾向が見えてきます。実際に心が動く消費調査の「最近、心に残った消費体験」での旅行に関する女性の回答を見てみると、下記のような贅沢感のある旅行についての記述が多くみられました。
- 湯布院の温泉宿「日常を離れゆったりとしたラグジュアリーな旅で、一度泊まりたかった憧れの旅館に泊まって想像通りの満足度が、味わえた」(70代女性)
- 都内のホテルステイ「子どもが生まれる前の夫婦2人きりで過ごせる最後のゆっくり時間ということで選んだ。ホテルマンの対応がものすごく良く、思い出に残った」(30代女性)
- テーマパークの宿泊付きパッケージ「非日常、わくわくする気持ちを味わいたかった」(20代女性)
- パッケージツアー「日常から離れて温泉やグルメを堪能したくて」(60代女性)
対して男性の場合は、旅全体への期待というよりも、特定の目的への記述が多くみられます。
- 遊漁船「自分の釣り方で本命の魚を釣り上げたい」(60代男性)
- 長良川鉄道フリーパス「初めて向かう地域へのわくわく感を感じたい」(20代男性)
- 雪の大谷見学バス「一度見てみたい景色だったので計画を立てていった」(50代男性)
女性の贅沢感のある旅行志向、男性の目的のある旅行志向、いずれも金銭的、時間的な余裕がないと簡単にはできないものです。しかし、旅行離れの要因はそれだけなのでしょうか。
旅行意識に影響する日本人の「予定意識」
ここで心が動く消費調査の価値観項目のひとつに着目してみたいと思います。
「【A】一日の予定をあらかじめしっかり組む方だ」(以下、「予定順守層」と記載)「【B】一日の予定はなるべくその日の気分で決めたい方だ」(以下、「気まぐれ層」と記載)の項目を見ると、全体ではやや【A】予定順守層が多い傾向にあります(図表6)。
しかし若年層ほど【B】気まぐれ層が多い傾向が強く、男性の10~20代と女性の10代では【B】気まぐれ層が【A】予定順守層を上回っています(図表6)。さらに【A】予定順守層と【B】気まぐれ層の年代構成を比較すると、【A】予定順守層はややシニア寄り、【B】気まぐれ層はやや若年層寄りになります(図表7)。


この【A】予定順守層と【B】気まぐれ層について先ほど見た旅行意識の項目で比較してみましょう。
「旅行は富裕層のものになってしまったと思う」は【A】予定順守層は59.0%が「そう思う」と答えているのに対し、【B】気まぐれ層は55.2%とやや低くなっています。また、「金銭的に無理をしても、少なくとも年に一回は旅行したい」は【A】予定順守層は57.7%が「そう思う」のに対し、【B】気まぐれ層は47.0%と低くなっています。
旅行の仕方に関しても【A】予定順守層が「期間は短くても、贅沢感のある旅行がしたい」と答える割合が66.1%に対し、【B】気まぐれ層は59.7%にとどまり、「節約しても、より期間の長い旅行をしたい」と答えている人が40.3%います(図表8)。

総じて【A】予定順守層は先ほど見てきたような一般的な旅行意識に近い一方、【B】気まぐれ層は「旅行は富裕層のもの」とまでは思っていないものの、そもそもの関心が低めな状況が見えてきます。
その日の気分で予定を決める【B】気まぐれ層にとっては、旅行にまつわるさまざまな予定を立てることや事前の準備はハードルが高く、関心を下げているのかもしれません。また【A】予定順守層は年に一回は旅行をしたいものの、金銭的、時間的な余裕がないということが読み解けます。
日本人の旅行意識を活性化させるヒントは、「旅行準備」のハードルをどう下げるか
多くの人が選ぶフリープランや自由旅行は準備のための労力が大きくなりがちです。ホテルや交通手段の予約、旅先での過ごし方、旅行用品の購入などの旅行準備こそ、旅のだいご味と考える人もいると思いますが【B】気まぐれ層のタイプには、こうした旅行準備が旅行のハードルになっている可能性があります。
心が動く消費調査の「最近、心に残った消費体験」を見ると、景勝地や観光スポットの名前だけではなく、ツアーの名称や泊まったホテルの名前を挙げる人が多くみられます。つまり、自分自身で行きたい場所をピックアップして旅程を組んだものに限らず、旅行会社等が企画したツアーへの参加や、ホテルでの滞在をメインとした旅行も印象に残っているということではないでしょうか。
また、近年の旅行トレンドとして話題になる、オールインクルーシブなホテルやクルージングなどは、日程さえ決めれば後は準備の労力は少なくて済みます。
結論として、近年はシニア向けでより充実しているパッケージツアーも、より幅広い世代向けの商品としてのチャンスがあると言えそうです。旅行準備という視点で見ると、アメニティが充実したホテルや朝食が充実したホテルなども、こうした気まぐれ層にはチャンスと言えそうです。
DENTSU DESIRE DESIGNでは旅行も含めたさまざまな消費行動について、より深い分析を進めていきます。




