デジタルの旬No.2
アドテクノロジーがつくる「広告の未来」②
~マイクロアド未来広告研究所所長、中川斉氏
2014/05/20
「アドテク ノロジー」をテーマにした第2回目は、マイクロアド未来広告研究所の中川斉所長。
広告とテクノロジーとの関係、そして見えてくる広告の未来像について、電通デジタル・ビジネス局計画推進部長、小野裕三が聞いた。
〔 第1回目、フリークアウトの本田謙社長はこちら。 〕
中川 斉 氏
(なかがわ・ひとし)
マイクロアド未来広告研究所所長。
コンサルティングファーム・広告会社で、統計解析・データマイニングを軸にしたマーケティングプランニング業務に従事。専門的なデータ分析とマーケティングの知識・経験の両方をバランス良く持つまれな存在であり、近年ではマーケティングテクノロジーの開発を担当、利用啓発にも一役買っている。
■「広く告げる」ことからの変容
──「未来広告研究所」という名称が興味深いのですが、どのようなことをされているのですか?
中川:マイクロアドは、ブログ広告の枠開発から始まり、そこから拡大して国内最大規模のアドネットワークをつくり上げ、さらに最近ではRTBの技術を取り入れて進化してきました。その中でCPAの最適化だけではない新しい取り組みが求められるようになり、未来広告研究所を立ち上げました。私自身は、いわゆるレガシーなマーケッターですが、そのような人間がアドテクノロジーの視点からブランディングという目に見えないものを最適化する取り組みをしています。 まずはコンピューターが識別できる言葉でブランディングを定義することが必要で、そのための目的変数になる指標や数値を試行錯誤してつくっている途中です。
──RTBは業界の流行語のようになっています。中川さんはRTBをどう受け止められていますか?
中川:RTBの価値は二つあると思います。一つは広告インプレッションの一個一個を買うことができる点で、もう一つは「枠」ではなく「人」に対して広告を出せる点です。当たり前に見えますが、「枠」単位ではなく「人」を単位として最適な価格で広告を出すというのはマーケティングの本質だと思います。
──なるほど。RTBやDSPは確かに革新的ですが、実はこのような考え方はもともと広告がやりたかったことで、ある意味で広告の原点に戻ったという感じがします。
中川:そう思います。広告は「広く」「告げる」と書きますが、そもそもは商品を買いそうな人に知ってもらうことこそが本来の目的であり、従来は広く告げることが ある程度無駄打ちと分かっていても結果的に効果的だったが、今ではすこしの無駄も許さず効率良く一人一人に告知できるようになってきているということです。
──そのような流れの中で、例えば「狭告」といった言葉を提唱した論者もいて話題になりましたが。
中川:ある種の言葉遊びでしょうが、ただ確かに「広く告げる」ことではなくなってきていると感じます。コトラーらが言いだしたことが進んだ結果が今だと思うのですが、米国では性・年代、人種と地域くらいの区分だったのが、日本ではライフスタイルなどもっと細かい分類へと進んできた状態なのだと考えています。それ がRTBによってさらに細かく、実際の施策として動かすことができています。
■ 拡大する、デジタルマーケティング的発想
──そうだとすると、RTBのようなものがもっと進化していくと広告業界全体にもさまざまなインパクトがあり得ると思うのですが、どう思いますか?
中川:一人一人により適切な状態で広告を出せる方向に進むことは間違いないし、それはインターネット広告に限ったことではないと思います。例えばスマートテレビが進化して、視聴している人にどんな特徴があり、どんなリアクションをしているかが分かるようになったら、従来型広告の代表格であるテレビ媒体でも、個人に合わせて違う広告を見せることもあり得ます。ネットにつながるものなら何でもその可能性がある。デジタルサイネージでも、広告ごとにターゲットユーザーが何人振り向いたかといった効果測定もできるので、より多くのターゲットを振り向かせた広告表現を選択表示していくようなこともできます。キャンペーンを走らせながらより良くしていくというデジタルマーケティングの発想は普遍的になっていくと思います。
──多くのものがネットにつながっていくことによって、RTBに代表されるデジタルマーケティング的な発想が広告界全体に広がっていくということですね。
中川:そうです。ただ、そのような状況においても、昔から広告をやっている人の強みは当然あります。彼らは、クリエーティブ力やアイデアを形にする力を持っています。個人的には、そういう力の方が本質だと思っています。ネットは手段ですので、本質を知っている人が、この手段を活用していくのが一番正しい姿ではないでしょうか。
──そういう融合が起きていくためには課題もあるのは?
中川:そもそも昔から「デジタルマーケティング」という言葉に違和感を感じています。マーケティングとは本来、事業を進めるために最適なことは何かを考えるものですから、デジタルもデジタルでないものも一緒で当たり前という空気でないといけない。新聞やラジオのスペシャリストがいるのと同じように、デジタルのスペシャリストがいる。それをメディアプランナーがまとめて、さらにマーケティングプランナーが戦略を考えるという枠組みができれば、何ら問題ないと思います。
──そのデジタルマーケティングの世界では最近、シナリオやストーリーテリングの重要性が指摘されるようになってきたと感じます。
中川:ネットによってコンタクトポイントマネジメントが昔よりもできるようになったため、増えた接点で広告により厚みを持たせたり、順を追って伝えていったりできるようになってきたからでしょう。その背景としては、やはりスマホやタブレットといった新しいデバイスの存在は大きく、人の行動を変えています。
■ 追い掛けられ過ぎて気持ち悪い?
──デバイスの進化では「Google Glass」などが注目されていますが、このようなウエアラブルデバイスが出てくると、また新たな変化が生まれると思いますか?
中川:特にセンサー系の機能が出てくることでいろいろ変わってきますね。ウエアラブルデバイスに限らず、例えば冷蔵庫にセンサーが付けば、決済や流通まで含めたマーケティングデバイスになる可能性もあります。DSPもネット上での動きを捉えているという意味では、ある特定の人がどのような行動をしているかを知るセンサーなわけで、それがリアルの世界にまで広がっていくと考えると分かりやすいですね。
──ウエアラブルデバイスで脳波を測定できるという話もあって、それも広告にも影響するかもしれませんね。
中川:例えば、受け手が嫌がり始めたら広告を出すのをやめるとかできますね。というのは、ネット広告のひとつの課題として、ブランド毀損があるのです。つまり、「広告に追い掛けられ過ぎて気持ち悪い」と受け手が感じかねないという問題です。実証実験もやっていて、広告を何回くらい見せるとブランド好意度が下がってくるのかなど、広告のマイナス面の効果も分かってきています。
──なるほど。ただ、この問題は実はネット広告以前にもあったはずです。それが今、ネット広告で課題になっているのはなぜでしょう?
中川:リターゲティング手法が一般化され、明らかに「追い掛けられている」感じが受け手にも出てきたためだと思います。一般の人も、企業が行動データを使ってプロモーション活動をしていることを何となく知識として持つようになりましたし。
──RTBとは、テクノロジーが広告の仕組みを変えた典型例といえますが、テクノロジーが広告の仕組みではなくて表現を大きく変えていく可能性はないのでしょうか?
中川:表現に関しては媒体側の制約も大きいので、そう簡単ではありません。ただ、広告効果を大きく左右するのはやはり表現ですから、制約がある中でどれだけ表現するのか、マイナス面をカバーして壁をどう破るかというところは、これから挑戦していかなければいけません。
──オーディエンスターゲティングを進めていくとクリエーティブも細分化されていくはずですから、細分化が究極的に進んでいくと、未来の世界では「みんなが知っている広告」がなくなってしまう、なんてことも考えられますね。
中川:それはあるかもしれないですね。動画のオチのパターンをいくつか作っておいて入れ替えることは簡単です。ネット上の行動に基づき、見る人によって、コピーや構成、トーンを変えたりするのは難しいことではありません。
■ RTBは一番小さなPDCAサイクル
──ところで、RTBの世界には金融工学系の人材が多く流れ込んできました。もともと広告の専門家ではない人たちがやって来たことに批判的な見方をする広告関係者もいますが。
中川:金融工学の世界から来た彼らはシステムや最適化アルゴリズムをつくります。しかしマーケティング目的を決めて、それらツールをどう使うのかを決めるのは、広告側の人間です。その部分は変わらないと思います。広告の最終目的は、事業主がもうかるかどうかなので、それをどう要素に分解するのか、分解したものがちゃんと測れるのか、コントロールできるのか、ということが問題なだけです。そしてその過程で重要なのは、KPIを明確にして、もうかるためにこういう分解をして、中間指標が何で、というプランニング。今はどの段階であるかを共有し、CPAばかりに引っ張られないようにする工夫が必要です。
──PDCAを適切に管理することが大事になってくるということですね。ネット広告になってPDCAサイクルが速くなったとはよくいわれることですが、その結果、PDCAはとにかく速くなくてはと捉えがちな風潮もあります。
中川:PDCAサイクルには、小さく速く回るレイヤーと、大きくゆっくり回るレイヤーがあります。一番小さく速く回るレイヤーはコンピューターが自動的にやるところで、まさにRTBが100分の1秒単位で行っていることです。その結果を見ながら人間がDSPの設定を変えるというのがもう少し上のレイヤーで、それより上にクリエーティブを変えるレイヤー、さらにその上にマーケティングを変えるレイヤー、事業プランを変えるレイヤーがあるわけです。われわれが取り組んでいるのは、RTBのような小さく速く回るPDCAをできるだけ機械でカバーして、自動化できるレイヤーをより拡大すること。現状で人がこまごまやっていることから人を解放して、より上のレイヤーに人の力を寄せていきたいというのが基本的な思想です。
■ 一律では決められない機械と人間の分担
──これからさらに広告が進化していくことには、どのような課題があるでしょうか?
中川:やろうと思えばいろいろなことができると思いますが、先ほどのように「気持ち悪い」という問題も出てきます。有用と気持ち悪いは紙一重なので、その境界を研究しなければいけません。レリバンシー(関係性)の強さが重要ということは分かってきていますが、どこで線引きをして判断するのかが一番の課題です。そういう意味で、脳波測定などで受け手の感情を考慮できるニューロマーケティングには可能性があると思います。また、それも含めてですが、リサーチ手法が大きく変わってきていると感じます。自然な環境で話してもらう方法やソーシャルリスニングなどの他、行動をトラッキングするというリサーチもあります。つまりは、それらを通してリサーチのセンサーが増えているということです。
──未来の広告において、機械によって自動化される部分と人がやる部分との線引きはどうなっていくのでしょう?
中川:自動化される部分はどんどん増えていきますが、線引きは難しいですね。例えばRTBだけとって見ても、どこまでが人がやる作業で、どこまでが自動化される作業かは決して一律ではなくて、事業社により大きく異なります。設計思想によっても変わりますし、一長一短あると思います。一般論でいえば、情報の質が多様で処理に時間をかけてよいものは人間が得意とする分野で、数値化できている大量の情報を早く処理する必要があるものは機械にやらせればいいわけです。だから、企画やクリエーティブといったものでも人間しかできないわけではないと思います。シンプルなキャンぺーンであれば、要素だけ分けておいて機械に入れれば自動で構成が出来上がるといったことも可能だと思いますから。
──最後にですが、これから注目していることはなんでしょうか?
中川:あらゆるものがネット化し、チップなどの生体センサー系が健康管理の観点から広がって、あらゆるセンサーがより日常になり、常時トラッキングが当たり前になっていくと、常時接続を前提にした新しいマーケティング理論も生まれてくるのではないでしょうか。未来広告研究所ではDSPにブランドコミュニケーションの機能を載せるべく、さまざまな研究や実証実験を行っていますが、それは大きな観点からいえば、将来、いろいろなセンサーがつながって、いろいろなコミュニケーションデバイスが実用化されるであろう未来に向けて、広告活動全体に共通する一つのひな形をつくっているのだと思っています。
──どうもありがとうございました。
デジタル用語解説
RTB【real-time bidding】
リアルタイム入札。ネット広告媒体の表示が発生するごとに広告枠の競争入札を行って配信する広告を決める、ネット広告の入札の仕組み。
SEO【search engine optimization】
検索エンジン最適化。検索エンジンにより上位に表示されるようウェブページを書き換えたりする施策のこと。
行動ターゲティング広告
ユーザーの関心を過去の閲覧ページや検索履歴などから分析して個人の好みに合った広告を配信するネット広告のターゲティング手法。
アトリビューション
「広告貢献度」などとも訳され、広告認知から購買に至るプロセスの中でそれぞれの広告がどのように貢献したかを把握しようとする考え方。
DSP【demand side platform】
ネット広告取引において、広告最適化のために目的に応じた条件を設定しRTB を介して自動買い付けを行うシステム。RTB による取引を実現化するための重要な構成要素。
O2O【online to offline】
オンラインとオフラインの購買活動が連携し合う、または、オンラインでの活動が実店舗などでの購買に影響を及ぼすという考え方。
KPI【key performance indicator】
広告キャンペーンなどにおいて、目標がどの程度達成されたかの度合い(パフォーマンス)を定量的に示す指標。
CPA【cost per acquisition, cost per action】
ネット広告から誘導されたユーザーが広告主サイト内で会員登録・商品購入やその他のゴールとされる行動に至った回数1回当たりの広告コスト。
ウエアラブルデバイス
服や腕時計のような形で身に着けて利用する情報機器。グーグルが発表した眼鏡型端末である「Google Glass」が有名。
リターゲティング広告
特定の企業サイトを訪れたことがあるユーザーを選定して再び広告を表示させるターゲティング手法。
PDCAサイクル
計画を立て「Plan」、実行し「Do」、その結果を検証して「Check」、さらに計画を改善「Action」していくサイクル。