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デジタルの旬No.3

人間・機械・ソーシャルが生み出す、ネットジャーナリズム

~ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン 代表取締役 西村陽一氏

2014/06/17

デジタルの旬

ユニークなソーシャルニュースサイトとして米国で注目されてきたハフィントンポストが、朝日新聞と提携する形で日本版を開始してから1年。日本でも順調にユーザー数を伸ばし、ニュースサイトとしての存在感や影響力も高まっている。そのザ・ハフィントン・ポスト・ジャパンの西村陽一氏に、ネットジャーナリズムの持つ課題や展望について、語ってもらった。
(聞き手: 電通デジタル・ビジネス局計画推進部長 小野裕三)

西村陽一氏
ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン
代表取締役
西村 陽一 氏
1981年、朝日新聞社に入社。モスクワ支局員、アメリカ総局員、同総局長を務め、2005年から政治部長。ゼネラルエディター兼編成局長、GLOBE編集長、デジタル事業本部長を歴任し、13年から朝日新聞社取締役(デジタル・国際担当)兼ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン代表取締役。

■ ネットでの「実験」が支持された背景

──今回はネットジャーナリズムという視点でお話を伺いたいのですが、まず驚いたのはハフィントンポスト日本版の、このユニークなオフィスです。ここは閉校になった中学校の音楽室なのですね。

西村そうです。朝日新聞社内にオフィスを置く意味は全くありませんでした。ここ(外神田のアーツ千代田3331)は秋葉原から近く、アートスペースなので、展示会やカフェ、美術展や個展もやっています。ハフィントンポスト日本版という実験的な新しいメディアを始めるに当たり、面白いなと思ってここにしました。

──オフィス自体から実験は始まっているのですね。ハフィントンポスト日本版はネットユーザーにも広く受け入れられて順調に成長していますが、理由はなんでしょうか?

西村発足1年でユニークユーザーは1000万人を超えており、成長が非常に速いといえます。

その理由の一つは、ソーシャルの領域で常に人々の話題になっていることです。ハフィントンポスト日本版のフェイスブックページは、「いいね!」をしているユーザー数と比較して「話題にしている」ユーザー数が相対的に多い。つまり、ユーザーが非常にアクティブで、これは他のニュースサイトにはない特長です。

また理由の二つ目は、SEO(検索エンジン最適化)が優れていることです。主要なニュースを検索すると、1位にハフィントンポスト日本版の記事が多く表示されます。また、アンネの日記が破られた事件は、実はハフィントンポスト日本版のスタッフが発掘してきた特ダネなのですが、そのような独自のスクープも検索で1位になることで、世の中のメディアに注目され、各社が後追いをするということが起こっています。

そして三つ目は、編集主幹の長野智子です。彼女は「報道ステーションSUNDAY」のニュースキャスターで、自身が多くのフォロワーを抱えており、ソーシャルでの発信力や拡散力が非常に強いジャーナリストです。例えば袴田事件の再審が決まった時、彼女は、当時死刑判決を出した裁判官のインタビューを基に独自のブログを書いています。検索すると、このブログが袴田事件を書いた多くの記事の中で上位に表示されます。つまり長野智子というブランド力を持ったジャーナリストが編集主幹であるという強さがあるわけです。

そのように、ソーシャルの力、検索エンジンの力、ブランドの力の三位一体がネットユーザーに広く支持された背景にあると思います。

──ハフィントンポスト日本版の運営についてお聞きしたいのですが、寄稿しているブロガーの方々は無償でやっているのですよね?

西村そうです。各国でも同様で、無償で書いていただき、その代わりに広く読まれる機会を提供させていただくというのがハフィントンポストのスタイルです。現在、ブロガーが全世界で約5万人います。オバマ大統領らの有名人から無名の人までバラエティーに富んでいて、その多彩さが特長です。うち、日本国内には約350人います。ブロガーの参加に関しては、こちらからお願いする場合が多いのですが、ブロガーの方から書きたいという連絡がくることもあります。

──ニュースのジャンルによって、書いてもらうブロガーは決まっているのでしょうか?

西村このニュースならこのブロガーというのがおおよそ決まっているのですが、そうではない組み合わせもあります。その場合、誰に書いてもらうかは編集部が決めています。今までニュースサイトに投稿したことのない人や、別のサイトに投稿している人に新たにこちらからお願いするケースもあります。寄稿していただいた原稿はすべて、編集部で内容を確認する作業を経て掲載されます。

──ネットメディアの中では、例えば「ヤフートピックス」は「取材しない」編集部として有名だったり、あるいは「グーグルニュース」は機械がまとめていたりと、メディアによってあり方もさまざまです。ハフィントンポスト日本版における編集部はどのような役割を担っていますか?

西村自分たちで取材してニュースを発信したり、オリジナルのブログを発注したり、トピックごとにニュースのまとめをつくったり、朝日新聞デジタルからコンテンツを転載したりとさまざまです。世界11カ国・地域のサイトから日本のユーザー向けに翻訳して掲載することもあります。編集部は、このようにコンテンツをミックスして毎日のサイトをつくっています。

──そういう多様なあり方は日本のネットジャーナリズムでは初めてですよね。ハフィントンポストは発祥が米国ですが、ご自身がジャーナリストとして最初にハフィントンポストを知った時は、どのような印象でしたか?

西村私は通算7年間米国におりましたが、米国をたつ年にハフィントンポストができました。当時、「ドラッジ・レポート」という保守的なニュースサイトがありましたが、それに対抗すべくアリアナ・ハフィントンがニュースサイトをつくるという話は聞いており、相当有名な人がブログを書いているということも知っていました。ですが、当時、ニューヨーク・タイムズを抜くほどのサイトになるとは思ってもいませんでした。ただ、彼らが取ってきた戦略は、最近開催された朝日新聞と米国のMITメディアラボの共催シンポジウム「メディアが未来を変えるには」にパネリストとして参加してもらったハフィントンポストのニコ・ピットニー氏が、「9つの成功戦略」として発表しています。「既に読者がいるところにリーチしていく」「<ポジティブなジャーナリズム>をプラス評価するソーシャルメディア」といった包括的な内容でした。

──以前にも例えば「オーマイニュース」など一般の市民記者が記事を書くネットメディアの取り組みが注目されましたが、あまりうまくいきませんでした。

西村ネットで試みられる新しい実験の全てがうまくいくわけはありません。ハフィントンポスト日本版も今のところ1年間でこれだけ成長できましたが、これから先はさらに特色を出すために不断の努力が必要です。

■ ジャーナリズムの新しい流れ ~オープン、ソーシャル、データ~

──ネットとジャーナリズムという観点でいうと、オープンジャーナリズムということが最近言われていて、英国のガーディアン紙などが進んだ取り組みをしています。

西村そうですね。まず、ガーディアンといえば、朝日新聞は内部告発サイト「ウィキリークス」から膨大な数の日本関連の外交文書を提供され、紙とデジタルで報道しましたが、最初にウィキリークスの外交公電を特報した欧米主要メディアの一つがガーディアンでした。スノーデンが告発したNSA関連の報道もガーディアンです。

──ガーディアンが取り組んでいる、編集会議自体をネット上でオープンにして、そこにツイッターなどで読者から意見をもらうというスタイルは面白いですね。

西村実は、実際の編集会議の場を地元市民に開放して、彼らがお茶を飲みながら会議の議論を聞いているといったような取り組みは、米国の小さな地方紙などでもやっています。ニューヨーク・タイムズも一時期、1面の記事を決める編集局の1面会議を動画で流していたことがあります。データを視覚化する、取材の過程を可視化する、などの試みはガーディアンの専売特許ではなく、いろいろな新聞社が既に取り組んでいます。例えば、私が編集長を務めていた朝日新聞日曜版GLOBEでは、記者が世界中を回りながらユーチューブやツイッターで取材の内容を発信し、グーグルマップに打ち込んでいました。読者がマップをクリックすると記者のつぶやきや動画が出てくる仕掛けで、これなどは取材過程の可視化の実験例といえます。

──一方で「ツイッタージャーナリズム」ということを唱える人もいます。つまり、これからのジャーナリズムで重要な能力の一つは、一般の市民がツイッターで発信した内容の真偽を判断することだといった考え方ですが、どうでしょう?

西村朝日新聞では記者個人のツイッターアカウントは170を超えています。彼らに限らず記者たちは大きな事件が起こった時に、どこで、誰が、何をつぶやいているかの分析はしています。国内外の全ての現場に記者がいるわけではありません。国政選挙の時のツイッター分析も同様ですし、動画の提供も増えています。何から何まで自分たちだけでやれるはずもない、このことはどのメディアも認めていると思います。

ですが、それがメディアの全ての仕事でもありません。膨大なコストと時間をかけた調査報道はもちろんツイッターではできません。例えば新聞協会賞を取った朝日新聞の「プロメテウスの罠」の長期連載はツイッターではできませんし、同じく新聞協会賞を受賞した「手抜き除染」のスクープにしても記者が何百時間も張り込んで世に問うた記事であり動画です。ガーディアンのNSA報道なども同様です。調査報道はお金と時間、人材がかかるわけで、これはニューヨーク・タイムズやガーディアン、朝日新聞などプロのジャーナリストの仕事だと思います。ただ、こうした調査の一部や取材のきっかけにツイッターの分析も入っており、それは新聞において必要な要素の一つになっているのは確かです。

興味深い例があります。笹子トンネル事故の記者会見に朝日新聞の記者が2人出席しました。一人はいつものように質問し、答えをメモしていくのですが、もう一人は普段からツイッターを駆使している記者で、記者会見の進行中にツイッターで質問の募集をかけました。記者会見では事故原因について質問が集中していたのですが、彼はツイッターで集まった質問の中から、ドライバーの心理的な問題をどうケアをするのかといったドライバー目線、ユーザー目線の質問をしたわけです。そうすると記者会見の流れは変わりますよね。そういうことを嫌う記者もいると思いますが、記者会見に新しい視点が取り入れられたということですね。

ニューヨーク・タイムズのトップコラムニストは、イラン大統領にインタビューする時に、ツイッターで「Help me!」と投げ掛けて質問を集めました。そういった例も増えてきているわけですから、新聞記者が一人で何でもできるという考え方をしている人はほとんどいないと思います。記者会見であっても、ツイッターを使ってどんどん質問を募集するし、自分たちの取材も可視化する。ツイッターもさまざまに分析する。そういう手法はどんどん導入されており、その意味でメディアもまた変わりつつあります。

──その場合、記者は一種のアグリゲーター(収集・整理者)になるのでしょうか?

西村違います。例えば選挙の場合、メディアは世論調査をやり、争点を分析し、候補者を追い掛けて記事を書きますが、それだけでは実態が見えないのでツイッター分析なども通じて社会の空気を読もうと努力するわけです。その時に必要なのは、政治記者としての政治の視点であり、大量のデータから何を読み取るかといった知見、経験、技術です。やみくもにツイッターのまとめをするだけでは、記事として組み立てることはできませんから、おのずとプロとしての経験の蓄積が必要になります。

──最近はデータジャーナリズムということも言われています。広告やマーケティング業界の周辺ではビッグデータなどが以前から注目されていましたが、ジャーナリズムとデータというのは少し遠い存在のような気もして、その二つが結びついたことは個人的には少し意外でした。

西村そんなことはありません。朝日新聞デジタルにはデータジャーナリズムの特集ページがあります。既に震災復興、選挙、予算、補助金、地方財政、少子高齢化、医療、スポーツなど、さまざまな分野におけるデータジャーナリズムの実践が集約されています。先駆者はガーディアンあたりですが、今は国内の新聞社もいろいろと取り組んでいます。最近の例でいえば、朝日新聞は日本メディアとしては初めて、データジャーナリズム・ハッカソンを実施し、朝日・MITシンポでグランプリチームにプレゼンをしてもらいました。

■ ネットとメディアの最前線で起きていること

──新聞社や雑誌社などの媒体社は、例えばネットでのコンテンツ課金をとっても試行錯誤がいまだに続いている印象があり、結局のところネットの登場以来、それにどう向き合っていくべきかについての新聞業界としての正解が出ないままになっていると感じます。いかがでしょうか?

西村おっしゃる通りです。ただ、新聞に関して言えば、米国と日本の違いがいくつかあります。一つは発行部数で、日本が桁違いに大きいことです。もう一つは全国に展開する販売店網で、これはコミュニティーを形成しています。一方で、若い人が紙を読まなくなっているのは全世界共通の課題です。われわれは、いかにして若い人に、さまざまなデバイスや媒体でコンテンツを読んでもらうかに取り組んでいます。

また、課金に関してはいくつか成功しているものもありますので、失敗していると結論付けるのは早いでしょう。米国の媒体社の収入源は購読、広告、クロスメディアプロモーション、クラウドファンディング、マイクロペイメント、イベント、プレミアムコンテンツ、寄付という八つがあります。これをどう組み合わせるかということが米国のビジネスモデルです。これに対して日本は、購読と広告モデル以外は基本的にはないわけで、広告と購読の二つをどのように組み合わせるかが重要です。また、購読に関しては紙と電子版の組み合わせやデジタルオンリーの若者向けの商品開発などさまざまなやり方があります。まだ解は見つかりません。まさに取り組んでいる最中です。

──このたぐいの議論をする時には、えてして「紙からネットへ」といったように大ざっぱな捉え方になりがちのところもあります。

西村紙とネットの二項対立で議論することは全く意味がないと考えています。紙+デジタルの相乗効果、その組み合わせの方法、あるいは紙を読まない人にデジタルでどうアプローチしていくかとかといった話なので、紙とデジタルが敵同士で二者択一と考えるようなものではありません。ハフィントンポスト日本版のような紙を持たない媒体でさえも、朝日新聞のオピニオン面に情報を週1回掲載しています。また、日本だけの取り組みとして、ハフィントンポスト日本版の紙面特集を定期的に掲載しています。

──対立するものでも移行するものでもなく、組み合わせ方が重要ということですね。あるいは、「デジタルファースト、プリントラスト」といったことも言われますが、どうでしょう?

西村そこは大きな課題です。朝日新聞でも、紙に出す前にデジタルに記事を出すというデジタルファーストのケースは増えています。大きなスクープの場合は、日本においてはまだデジタルファーストではなかったのですが、最近の「吉田調書」のスクープでは、前日夕方から本格的な「特ダネ予告」サイトを朝日新聞デジタルにアップし、多くの部署や記者たちがソーシャルでも積極的に「予告」を拡散しました。特ダネの中身を予告することで、紙、デジタルともにできるだけ多くの読者、ユーザーに本番のコンテンツに触れてもらおうという試みでした。

──少し話は変わりますが、ネットにおける情報発信の問題としてセレンディピティーの問題、つまり機械のアルゴリズムによる情報最適化でタコツボ化していきかねないユーザーの興味をどのように広げていくか、という課題が議論されることもあります。

西村コンテンツの発信には、機械によるアルゴリズム、人間の手による編集、ソーシャルの三つの要素があります。これをどのような比率で組み合わせるのかが重要で、例えば朝日新聞は編集力に優れた人が多くいますが、機械の部分は弱い。だから機械の部分は、外部からさまざまなことを学ぼうと思っています。ソーシャルはハフィントンポストがフロントランナーです。それらを組み合わせてやっていけばいいと考えています。

─広告の業界では、広告でのターゲティングがどんどん精緻化すると、広告とリコメンドと記事といった従来の垣根がなくなっていくということも指摘されています。

西村ジャーナリズムの世界でいえば、今、話題になっているネイティブアドの話ですね。これはまさに米国で議論になっています。今年の1月にニューヨーク・タイムズが初めて大手コンピューター会社と組んでネイティブアドを出しましたが、その際にいくつか仕掛けをしました。青い網がけで囲み、フォントを変え、他の記事のようにニュース記事として検索されないようにし、「Paid for and Posted by 〇〇」と明記して、かつ、そこの記事はニューヨーク・タイムズの編集部ではなく広告局管轄のコンテンツスタジオが制作を担当するということまでやりました。これが彼らの出した一つの答えです。ネイティブアドは大きな商品であると考えた上で、何重にも仕掛けを施したわけです。つまり、垣根がなくなるのではなく、明確にすみ分けることが重要になります。アメリカでは非常に洗練されたネイティブアドが多いのも特徴です。

今後、ネイティブアドのような手法が主流になっていくかどうかは分かりませんが、米国ではこれが今の話題の中心であることは間違いありません。現在進行形です。

──最後に、ネットにおける言葉のことについてお聞きします。例えば、ネット言葉とは書き言葉とも話し言葉とも違う存在で、とても「軽い言葉」であると指摘する人もいます。ネットメディアに関わっている中で、言葉に対して考えることはありますか?

西村ありますね。軽いというよりは、文体や文法が違うのだと思います。新聞社において130年以上の歴史の中で積み重ねてきた文法は、新聞を読まない若者には通じない部分があります。こびるわけではありません。ネットの世界の文法や文体が違うという点については常に気を配るようにしています。

──なるほど。ありがとうございました。


用語解説

オープンジャーナリズム
特にネットを活用することで、媒体社内の編集スタッフだけでなく外部の一般読者や専門家の声を取材や編集過程に積極的に取り入れていこうとするジャーナリズムのこと。
 
データジャーナリズム
世の中にある膨大なデータをテクノロジーによって分析し、これまでになかった視点を発見したり視覚的にも分かりやすい報道につなげたりするなどの新しい報道の形を目指すジャーナリズムのこと。
 
クラウドファンディング
ある特定の目的のために、団体や個人がネットを活用して不特定多数のユーザーから資金を集めること。新しいビジネスを支援していく有力な手段として注目されている。海外では、ジャーナリストなどが提起した記事アイデアに対してクラウドファンディングを通じて市民が取材活動資金を提供する試みなども行われている。
 
マイクロペイメント
少額決済のこと。特にメディアビジネスにおいては、記事やコンテンツを細分化してネット上でユーザーに「バラ売り」していくことが試みられている。
 
セレンディピティー
もともと求めていたのとは違う、それとは別の価値ある情報や出来事に偶然に出会うこと。
 
ネイティブアド(ネイティブ広告)
ネットメディアにおいて、広告フォーマットの表示形式を工夫することにより、広告がそのメディアのコンテンツにスムーズになじむ形でユーザーに提供される広告手法。特に米国を中心に急速に注目が高まり、さまざまな試行が進められている。ツイッターやフェイスブックなどのタイムラインで、友人の投稿に交じって表示される広告もこの一種といえる。