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デジタルの旬No.4

デジタルアーカイブが紡ぐ、

一人一人の「震災の記憶」

~グーグル馬場康次氏、秋山有子氏

2014/07/22

デジタルの旬

東日本大震災後に立ち上がった「未来へのキオク」というグーグルのプロジェクト。「ストリートビュー」などのプラットフォームを巧みに活用したデジタルアーカイブとして、震災前後の記憶を最新のテクノロジーによって伝えていこうとする興味深い試みである。今回は、そのようなデジタルアーカイブの持つ社会的な意味や可能性について、グーグルの担当者お二人に語ってもらった。
(聞き手: 電通デジタル・ビジネス局計画推進部長 小野裕三)

馬場康次 氏
グーグル
グループマーケティングマネージャー
馬場康次 氏
早稲田大卒業後、イオンなどを経て2007年から現職。ユーチューブの立ち上げから「未来を選ぼう」「 Doodle 4 Google 」や、「さがそう。」「 Google で、もっと。」などのブランドキャンペーンを手掛ける。
秋山有子 氏
グーグル
プロダクトマーケティングマネージャー
秋山有子 氏
「さがそう。」キャンペーンをはじめとする検索製品のマーケティングを担当。東日本大震災の復興支援では、デジタルアーカイブプロジェクトをはじめ各種の取り組みに携わる。

■ 「失われた記憶をみんなの力で取り戻そう」

──未来へのキオクは、東日本大震災前後の風景や写真・動画を記録するプロジェクトですが、始めたきっかけはなんでしょう。

馬場:グーグルのミッションの一つに、テクノロジーで世の中を良くしていきたいという思いがあり、テクノロジーでできることがあれば、すぐにアクションを起こす心づもりはいつもあります。震災当日にもすぐにクライシスレスポンスというチームが動き、震災の2時間後には「パーソンファインダー」という安否確認のためのサービスの提供を開始しました。クライシスレスポンスは全社的な活動ですので、エンジニアやマーケティング、PRなど多様なメンバーが関わって部門横断的に進めました。

その一方で、震災直後の混乱が落ち着いた後に何が必要になるかという議論も社内で始めました。例えば、数カ月後に企業が営業を再開した時にどんな支援ができるのかなど、少し先のことを想定した取り組みも同時に始まっていて、その一つが未来へのキオクです。アルバムが流され、中の写真も濡れてしまった人や、何もかも失ってぼうぜんと立ち尽くす人の姿を見た時、失ったものを取り戻せる方法が何かないかと考えました。グーグルが提供するプラットフォームの動画や写真に言葉を載せていただき、皆さんの思いや記憶を集めることを通して、失われたものを少しでも取り戻すことができるのではと考えたのです。

──当初から現在のような形で始まったのでしょうか。

秋山:2回ほど大きなリニューアルがありました。初めは写真を並べて掲載するという形で、「失われた記憶をみんなの力で取り戻そう」をテーマに、仮設住宅や避難所にポストを設置して被災者の方から思いを頂き、見たい風景に対して写真を集める構造でした。それから時間がたって今度は、どのようなところにどれくらい写真があるのか、あるいはそれを時系列で分かるようにするために、マップを前面に出して時間軸で見られるようにUI(ユーザーインターフェース)上の変更を行い、加えて、スマートフォンやタブレットでもスムーズに見られるようにしました。もう一つ大きな更新として2011年12月に、ストリートビューで震災の前と後を比較できるサイトを開設しました。

馬場:未来へのキオクは当初マーケティング部門のチームが主導で、既存のプラットフォームなどを使って開発しましたが、ストリートビューというグーグルプロダクトの本丸のチームが動き、グーグルにしかできないことが加わったのは大きなことだと思います。これを始めた時、グーグルのグローバルでのマーケティングのトップが「最初にやれ、最後までやれ」と言ってくれたのですが、多くの仲間が一緒にやってくれたからこそ今まで続いて進化しているのだと思います。

秋山:未来へのキオクはプラットフォームであり、それを信じて皆さんから写真をご提供いただいていると思うので、その方の気持ちを尊重しながら、いかにして廃れさせないで持続させていくか、そういう責任を負っているという気持ちがあります。ストリートビューが入ったことで認知され、習慣的に見ていただけるようになったので、プラットフォームとして継続させていくためにはとても大きなことだったと思います。

──ストリートビューの写真はグーグルの社員の方が撮りに行っているのですよね。

秋山:ストリートビューチームが行っています。最初に公開したのが「震災前」「震災後」のもので、11年7月から4万4000キロを走って撮影しました。そのチームへも、被害の大きさを未来にきちんと伝えるために、ストリートビューで記録してほしいという意見を多数の方から頂いていました。撮影開始に当たっては、気仙沼の菅原市長にも参加いただいて記者会見を実施しました。撮影中には、地元の方がおにぎりやみかんを差し入れてくださったり、応援の声を頂いたりしたと聞いています。撮り終わった画像の公開に当たっては、基本的に地図というものは最新の情報に更新していくのが製品のコンセプトですが、そうすると、がれきばかりの地図になってしまいますし、以前の画像をとどめてほしいという声もかなり強くあったので、未来へのキオクの中では特別にどちらも見られるようにしました。12年には、取り壊すのか、それとも記録として残すのかが議論になった、震災の被害を受けた「震災遺構」といわれる建物についても外観と内側を撮影し、インドアビューとして、建物内をストリートビューで歩いて見ることができます。震災遺構をどのように保存するのかという点で、テクノロジーが一つの案を示せた例だと思っています。

■ 重層化したデジタル情報から見えてくる景色やストーリー

──未来へのキオクで、何か印象的なエピソードなどはありますか。

秋山:六本木ヒルズで未来へのキオクの写真やストリートビューを見てもらうイベントを開いた際、仙台出身の来場者から「自分の故郷は流されてしまったが、ここで見ることができた、ありがとう」という言葉を頂きました。また、東北に足を運んだことがなかった方から「被害の大きさをあらためて感じた、臨場感があった」という言葉も頂いたのが印象的でした。

馬場:われわれが始めた時、東北の支援と同時に、失われたものの大きさや現地の大変さ、少しずつ良くなっていくという希望を感じてもらうことで、皆さんに関心を持ち続けてもらえればと考えました。実はヤフーも同じような活動を行っており、一緒にやろうということで、集めた写真を相互に見られるようにしています。いい意味の広がり方ができていると思います。

秋山:投稿されている画像は解像度が低かったりするのですが、震災前の何げない日常生活の写真、そしてコメントやそこにあったストーリーを見ると、報道写真とは違う強さがあるなと感じます。ストリートビューも、13年に再撮影しています。直後はがれきがあったところが、2年後には草原になっていても、未来へのキオクの写真を見ると、そこに子どもたちが遊んでいたり、お祭りがあったりします。情報が重なっていくことによって見えてくる景色やストーリーもあって、続けることで体験がより重層的になっていくと感じます。

陸前高田の「ツール・ド・三陸」というサイクリングイベントでブースを出し、未来へのキオクを紹介したことがあります。そこにお年寄りがいらして「松林を見たい」と言われてお見せしたら、いろいろなことを説明してくれて、ずっとお話しいただきました。未来へのキオクで集まった写真が、記憶をたどる時にすごく役に立っていたのだと感じました。

──未来へのキオクというプロジェクトの名前は特徴的ですね。

馬場:最初に、「思い出を取り戻そう」というコンセプトがありました。それは「記録」なのか「記憶」なのかという議論があり、人の心に残るものは「記憶」だと考えて、それを少し柔らかく見せるためにカタカナにしました。そして「思い出」という言葉よりも前に向かっていく力を感じられる言葉として「未来」を付けました。

秋山:未来へのキオクという名前があったからこそ、このプロジェクトは続けられてきたという気がします。

──多くの方が投稿してそれを共有するという意味では、ソーシャルメディア的な側面もあるのでしょうか。

馬場:当初はつながるという要素が強かったのですが、今はどちらかというと復興していく姿をみんなで記録していく要素の方が強くなっています。最初はこんなことをして大丈夫かという議論もありましたが、実際に現地に行ってお話を聞いた時、やればいい、力になるだろうと言ってくれたことが自信になりました。

秋山:みんなの力でというのが強くて、記憶のカプセルをみんなでつくっていくという感じです。岩手県のある村役場の方が、いろいろと支援を頂いているので「ありがとう」の気持ちを伝えたいという話をされたので、「ありがとう」を伝えるページを作成しました。夏祭りにお邪魔して、地元の方の気持ちを写真に収めて公開したのですが、そのようなことが人々に希望を与え、新しい未来に向かっての交流につながればよいと思っています。

──ストリートビューを活用するなど、グーグルだからできたという面があると思います。

馬場:グーグルならではという視点では、一つはもちろんテクノロジーを持っていることですが、もう一つは情熱を持ち続けている人が大勢いることだと思います。グーグルには仕事の時間の20%は自分のやりたいことをやっていいというルールがあります。自分の情熱としっかり向き合うために時間を使える企業カルチャーや人の温かさがあり、未来へのキオクが実現されたのにもそんな背景があります。また、震災以前にも、例えば米国のハリケーン・カトリーナの被害やハイチの災害支援など、自然災害にどのように対応すればいいのか、グローバルな活動の経験があったことも大きな要因です。

秋山:ストリートビューは、グーグルマップ上で最新の画像だけを見ることができたのですが、未来へのキオクで過去の画像にもアクセスできるようにした経験が元になって「タイムマシン機能」というサービスがストリートビューに追加されました。この機能により、クライストチャーチ地震の震災前後やワールドトレードセンターが建設されていく様子など、あるいは災害以外での街の移り変わりも分かるようになりました。

■ それぞれのストーリーを紡ぐ、記憶のプラットフォーム

──なるほど。未来へのキオクがきっかけとなって、デジタルアーカイブの持つ意義がグーグルのワールドワイドでも再評価された、ということでしょうか。ところで、先ほど「報道写真とは違う強さがある」というお話がありましたが、確かに既存のジャーナリズムにはないものを感じます。

馬場:ジャーナリズムによって編集された記事の価値や重みは、もちろん認識しています。一方で、未来へのキオクに投稿されたものは本人の声であり、ダイレクトに届いてきます。それは現地に行かなければ分からないものですが、それがインターネットにつながれば無限になります。ですので、両方存在することが大切だと思います。そのことは結局、われわれがものを知るということにおいて選択肢が増え、適切な情報判断ができるようになることなので、素晴らしいと思います。

秋山:未来へのキオクにあるコンテンツは記録でありアーカイブです。その記録が一つの視点からではなく、個人個人の視点からなされることは、インターネットでないと実現できないことだと思います。実はリニューアルをした時に、ご提供いただいたものをもっと見やすくするために、少し編集した方がいいのではという議論もありました。が、やはり、未来へのキオクは一人一人の思い出やストーリーが紡げるプラットフォームであるべきだと考え、編集は一切しませんでした。

朝日新聞で、被災した1000人の声を取材する活動があるのですが、その声に場所と時間を付与して未来へのキオクに掲載していただいています。新聞記者の記事がグーグルのデータベースと連携しているのは、ジャーナリズムとの共存という意味で新しい取り組みでしょう。その記者の方は、ツイッタージャーナリズムや折り込みチラシで見る震災復興といった、ビッグデータを活用したジャーナリズムを手掛けています。

──未来へのキオクで紹介されている、「冨沢酒造店」のエピソードがとても印象的でした。福島県双葉町で300 年続いてきた酒蔵なのだそうですね。

秋山:冨沢酒造店さんは、300年以上双葉でお酒を造ってこられましたが、原発事故の影響で蔵が使えなくなり、お酒を造ることができなくなってしまいました。蔵に人生が詰まっていた方にとって、そこに戻れなくなることはつらいことだったと思います。ご縁があって、その蔵をストリートビューで撮影させていただきましたが、毎朝、ストリートビューをご覧になっていたそうです。そうやって大事な蔵に別れを告げて、これから、なんとか救い出したお酒の酵母を持って米国シアトルでお酒造りに挑戦するとのことです。グーグルが手掛ける「イノベーション東北」という復興支援プロジェクトでも応援しています。

──今後、未来へのキオクでどんな展開が考えられますか。

馬場:写真を集めるということでは国立国会図書館やヤフー、その他メディアと連携してきましたが、次のフェーズでは、お預かりしたものを防災のため、あるいは地域の復興、再開発のためなどいろいろな形でより多くの方に利用してもらえるようにしていければと思っています。

■ 一人一人の力を集めて社会の問題を解決する

──グーグルの取り組みだけでなくツイッターなども含め、震災後のクライシス対応を一つの契機として、インターネットの持つ有用性への評価が高まった側面があると思いますが、どう受け止めますか。

馬場:東日本大震災では、インターネットが災害時に活用できるということが分かりました。未来へのキオクについても、みんなでやれば大きな力になる、インターネットは人々を支えられるということが見ていただけたのではないかと思います。そしてそのような取り組みを通じて、インターネットの良さが見直されたということは確かにあるでしょう。

──インターネットはとても役に立つ半面、一般的にいえばデマや炎上などの課題もないとはいえませんが、どうでしょう。

馬場:もちろん、誹謗中傷などについては事前に準備します。しかし未来へのキオクではその社会的な意義からか、実際に始めてみるとそのようなことはありませんでした。始める時には、希望を持って、人を信じてやらないとできないものです。会社として「Take risks」という考え方もあり、意味があると信じることは、リスクも含めてやってみようというカルチャーがあります。

──未来へのキオクはインターネットと社会との良い関わり方を一つの典型的な形で示したように感じますが、今後、インターネットと社会との関わりにどのようなことを期待しますか。

馬場:例えば、選挙の時に有権者の若者と首相が直接話をする取り組みなどをやったように、今までできなかったことができるようになるとよいと思います。グーグルはプラットフォーマーとして、社会の問題に対し一人一人の力を集めて解決していくことの手助けをするのが役目です。ただ、インターネットが全てではありません。昔からの知恵や人のつながり、口伝えに残されていることなどはもちろんあるわけで、われわれはたくさんの情報のうちの一つを伝えて残しているにすぎません。これらの情報が、自分たちの街を復興させようと頑張っている皆さんの応援になることを願って、未来へのキオクやイノベーション東北といった支援プロジェクトを続けていきます。