シンブン!今だからできること。今しかできないこと。No.10
2020年東京オリンピックへ、
いま新聞にできること
2014/05/30
【特別対談(後編)】
「自分の金メダル」考えるオリンピックに
村井:前編で少し東京オリンピックの話が出ました。世界中からの観光客を受け入れるため、案内看板などハード面のインフラ整備は動き始めているようですが、日本の「おもてなし」という目に見えないものを外国の方に理解してもらうため、今後はソフト面の整備も必要になりそうですね。
上田:それは大事です。日本は、東京オリンピックが開催された1964年ごろから高度経済成長が始まり、新幹線が開通して、経済大国になりました。当時はまだ戦後復興の途上で、みんなが物質的な資源を求めていた時代でした。今度の東京オリンピックはそれとは違います。「心の資源」の時代に入ったからこそ「おもてなし」なのです。国民の意識も違っています。前回は「俺も成功してやるんだ」と一人一人が自分の夢とオリンピックを重ね、がむしゃらに働いた。しかし今回は心の時代ですから、人々が自分のこととしてオリンピックを受け止め、「自分の人生の金メダルって何だろう?」と意識するような流れに持っていくと、国全体として盛り上がってくると思うんですよ。
村井:なるほど。オリンピックは東京だけのものではなく、日本全体で盛り上げていけることが理想です。「自分にとっての金メダル」を掲げ、新聞では記事、広告の両面から、身近にある「心の資源」を発掘し、伝えていく…。ダイナミックで、難しいことのように思えます。
上田:難しいから面白いんですよ。新聞というメディアの連続性や深みという特性を生かして、地方に残る言霊のルーツを紹介したり、実際に地方でおもてなしの心を実践している企業を取材したり…。見えないものをどう表現していくかです。
村井:言葉の力で、言葉で伝えられる限界をどこまで超えていけるか―。やはり、人と人のコミュニケーションの世界、おもてなしの世界を伝えて、いかに感動を与えるのかというところがこれからの新聞の使命かもしれませんね。
上田:ちょっと話題はズレますが、私が三越に入社した当時、70歳ぐらいのすごい女性がいて、その方はおもてなしのプロだったんです。その方に聞いた話なのですが、戦時中いつ赤紙が来るか分からないという状況下で、お客さまたちが彼女のところに次々と大事な物を預けに来るんです。日頃から誠心誠意で応対してくれる彼女に預けておけば大切に保管してくれるのではないかと。それでその女性がいよいよ退職される時に、お預かりしたままになった物を広げてみると、一つ一つが当時の新聞紙にくるまれているんですね。新聞はこうやって物として残せるために、当時の出来事や空気との予期せぬ偶然の「出会い」を与えてくれる。自分で能動的に取りにいく情報ではなく、そこにたまたま置いてあって触れるものならではの良さがあると思うんです。
村井:おっしゃる通りですね。ご承知の通り、インターネットの台頭や若者の新聞離れなどによって、2000年代に入ってから新聞の販売部数は減少しており厳しい現状にあります。しかし、そういう形で発見する情報は記憶に残るし、インパクトも大きい。保存性というのも、新聞というメディアの一つの強みだと思います。
若者たちとの接点をつくる
上田:今、若者の新聞離れという話がありましたが、新聞を読まない若者は例えばネットで情報を取っているわけですよね。この時に知っておくべきことは、自分から取りに行く情報というのは、自分で考える範疇を出ていないということです。
村井:確かにそうですね。10年、20年前には、新聞を読むということは「知的武装」だという認識があったのではないでしょうか。朝から目を通した記事があれこれとあって、いざお客さまと話す時に話題が広がるのは、新聞を広げた時にたまたま目にした記事であることが多いように思います。
上田:自分で探した情報はあくまで自分の考えが及ぶ範囲内のことだから、そこからは意外性が生まれにくい。そういう点で新聞は、ストックされたものを何げなく見た時に、その中からどんどん違う解釈が生まれるという媒体ですよね。
村井:紙とデジタルは、共存共栄というかうまく折り合っていけるといいですよね。あと、メディアとしての新聞だけでなく、これからは「新聞社力」、つまり、新聞社全体が持つさまざまな機能を使った情報発信の方法があるのでは…という取り組みも進めています。新聞は中高年層に届いていて、若者は読まないといわれていますが、イベントや事業で実際に人と人とが会う場を増やしていくことで、若者たちにももっと、おもてなしの心のようなものを伝えていかなければと…。
上田:すばらしいですね。優秀な若者たちは、もう自分の生まれ育った地方で「心の資源」の発掘を始めています。アンテナを持った若者が、地方のコミュニティーを活性化させている。そういう若者にもぜひ、新聞がもっともっとスポットライトを浴びせてあげるとよいと思います。
村井:なるほど。スポットをどこに当てるかということも一つの課題ですね。
新聞は「心の視聴率」をとるメディア
上田:3.11(東日本大震災)で世界の人々が驚愕したのは、津波の被害そのものよりも、その時に日本人のとった行動でした。その精神が一体何で、どこから来ているのか、毎年3.11を迎えると、新聞各紙が伝えていますね。2020年東京オリンピックが決まった背景に、常に相手を思いやる「おもてなし」の心への期待があることは間違いないと思います。
村井:震災から1年後、被災地の地方紙4紙(河北新報、福島民報、福島民友、岩手日報)の連合企画というのをやりましたが、被災地の気持ちをくんでどうコミュニケーションしていくかということには随分悩みました。ここもまさにおもてなしの心で、被災された方々に心を寄せながら、現実的にどう情報発信していくかが課題でした。
上田:あの出来事から、日本人の中の何かが大きく変わりましたよね。「心の資源」という面で世界に対する一つの役割も負った。そこで新聞ができることは、考えればいくらでもありそうです。
村井:新聞は自社が取材した情報を一方的に読者に伝えるメディアと捉えられがちですが、これからの新聞社には「心の資源」の開拓も含め、読者の気持ちをくみとってどう記事にしていくのか、高度なレベルでの情報発信・コミュニケーションを行っていくことが求められているのかもしれません。
上田:そうなるとより読み応えがありそうです。テレビが視聴率なら、新聞は「心の視聴率」だと思います。言葉を使って継続的に、一つの大事なことを掘り下げ伝えていく中で、どれだけ読者の心を動かすことができるのか―。
村井:そうですね。新聞の効果測定の指標は様々ありますが、新聞も新聞広告もどこまで相手に寄り添った表現をしていけるかですね。今日は本当にいろいろと勉強になりました。ありがとうございました。