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カンクリ通信No.1

しりあがり寿×古川雅之【前編】

2014/08/14

はじめまして、関西支社クリエーティブ・プランニング局(以下、関クリ)の日下慶太です。今回より自身がリーダーとなって「カンクリ通信」を担当します。関クリの魅力やくだらなさをウェブ電通報にてお伝えしていきます。第1回はいきなりVIP! しりあがり寿さんと関クリの古川雅之クリエーティブディレクターとの対談。二人の出会いから、お互いの仕事、シュールとは? ナンセンスとは? といった表現論まで話は進んでいます。初めはどこかの会議室で対談しようと思ったのですが、飲みながらグダグダやるのが“らしい”だろうということで、渋谷の居酒屋で4時間話しました。楽しかったけど、文字の書き起こしはゾっとしましたよね。そのおいしいところを、ぎゅっと濃縮していってみましょう。それではどうぞ。

二人の出会い

日下:まずはお二人の出会いから教えてください。

古川:赤城乳業の仕事がきっかけです。しりあがり寿さんの『ゆるめ~しょん』という映像作品をCMに使わせてもらったんです。

「赤城乳業」CM動画 http://youtu.be/2i77bt9ryiI

日下:話があった時、どう思いましたか?

しりあがり寿:やっときたかあああ!

一同:(笑)

しりあがり寿:世に出てから、5年ぐらいかかったよ。

日下:100万ビューと、ネットの反響も大きかったですよね。 

古川:とはいえ、もともとあるものをただお借りしているだけで…。『ゆるめ~しょん』はプレゼンの時点では、ユーチューブ でまだ1000ビューぐらいだった。これが100万だったら、既に世の中に知られているものを今さら、と逆に声をかけづらかったと思います。こんな面白いもの、なんでみんな知らんのや~と思って。これはCMでやったらヒットするはずやと思いました。

しりあがり寿:出来上がったモノもよかったね。

古川:クライアントの社長にプレゼンした時、「この案は、絵がすごく心細い。言ってることもままならん。…そこがいいな!」とおっしゃったんです。

しりあがり寿:社長偉いねえ。

古川:しびれましたね。このCMで売り上げが伸びたらおかしいよね~って歌って、結果、売り上げが250%伸びたんです。

しりあがり寿:すごいよね。うれしいよね。

古川:制作時には歌詞を25タイプほど用意して、それぞれ4人の歌手に歌ってもらって…、途中で何が正解か分からなくなって…、最後は4タイプに絞りました。

しりあがり寿:たくさん作ったね。でもいろいろオーダーが入るかもしれなかったですよね。商品のことをもっと言ってくださいとか。

古川:これで商品特性みたいな、あまりカチッとしたことを言っていたら、もともと作品の持っている「ゆるい良さ」が台無しになってしまっていたかもしれないですもんね。

日下:オーダーがあった場合はどうしてました?

古川:うーん。でも、もう一度いろいろ考えたと思います。30代の頃は全てそういうのをはねつけようとしてたんです。これがベストなんです! って。だから必死にクライアントを説得しようとしていた。でも、クライアントは説得されたくないんですよね。お金も出してるんだし、商品だって一生懸命作ってるんだし。だからなかなかうまくはいかなかった。今は、要望をきちんと聞いて、もう一度検討するようにしています。そして、新案を出した結果、自分たちが始めにいいと言っていたアイデアの良さも分かってもらえたりすることもあります。

日下:しりあがりさんも編集者とのやりとりがありますよね?

しりあがり寿:それがほとんどないんですよ。面白くない場合でも黙って原稿持っていくんですよね。まるで遺体を引き渡すみたいな(笑)。

日下:若い頃は編集者とのやりとりは頻繁にあったのですか?

しりあがり寿:いや若い頃からずっとこうだねえ。

『マンガ入門』から学ぶこと

古川:そのへんのことは、この本に詳しく書いています! 広告に携わっている人は全員読んだ方がいい本だと思います!僕らの悩みの答えが全部ここに書いてるような。

『表現したい人のためのマンガ入門』しりあがり寿(講談社)
『表現したい人のためのマンガ入門』しりあがり寿(講談社)

 

しりあがり寿:この本は、漫画家だけじゃなくってデザイナーとかプランナーにも向いているかも。

古川:ほんとにそうだと思います。僕らの仕事にぴったりのような。

日下:でも、これさっき来る直前で買ってましたよね?

古川:ちゃうわ! ずっと前に買って3回読んだわ! ほらここにしりあがりさんのサインあるやろ。前に仕事の時にもらったんやー!

しりあがり寿:書いた覚えないなあ(笑)。

古川:印象に残っているのは「ケダモノ」と「調教師」の話。マンガを描くには2種類の人間が必要である。いつも変なことを考えていて何をしでかすか分からない「ケダモノ」と、そんなややこしいケダモノの面倒を見る「調教師」がいる、と。これを広告プランナーに置き換えてもすごく参考になるんじゃないかと思うんです。僕の中にも「おもろいことしたいーッ」というケダモノと「きちんとビジネスにしなきゃ」という調教師がいるのかも。で、自分はケダモノであるべきか、調教師であるべきかと考えてしまう。でも、この本に明確に書いているんです、ケダモノの方が大事。だって、ケダモノがいないと調教師は観客に見せるものがないからって。バランス取って、自分で自分を調教してばかりじゃあかんですね。その点、優秀な営業さんというのは、僕らの素晴らしい調教師なわけで大切です。マンガでいうと、編集者というのが調教師ですよね。

しりあがり寿:そうです。

古川:あと、自分の描きたいことと世の中の求めてること、その重なりあうところを見つけること。僕らもここが難しくて。<クライアント・自分・世の中>その3つの重なりあうところを探すといいんだって、大先輩の中治信博さんが「その重なりの部分をアイデアと呼ぶ」と言っていたことと同じ意味だなってビックリしました。

しりあがり寿:でもね、フリーの漫画家になると、世の中や読者が求めるものが分からなくなってくるんだよ。エヴァンゲリオンの庵野(秀明)さんが、自分が欲しいものと売れるものの交わるところを作ればいいじゃないって言うんだけど、世の中の求めてることが分かんないんだよね。

古川:トンネルの話も印象的でした。「読者が求めることと、自分が書きたいことのトンネルの掘りあい。貫通すればどっちから掘ってもいい」って。どっちから掘っても貫通すればそれでええねんって、勇気が出ます。

しりあがり寿:僕の場合、自分が描きたいものの方から掘ることが多いんだけど、全部掘ることもあるんだけど、貫通しても誰もいないことが多くて…、すごくさみしいよ。一番伝えたかったことは最後の一文かなあ。「なんでもいいから呼吸をするように描け」。

古川:ほぇ~、…僕らも呼吸するように企画しないと!

紆余曲折

日下:しりあがりさんはキリンビールさんの宣伝部にいらっしゃいましたよね?

しりあがり寿:36歳までいました。今思えば楽しかったなあ。まさに西武とか広告の黄金時代で。他のいろんなものに比べて広告がとても輝いてた。糸井重里さんとか有名クリエーターと一緒に仕事できて。会議でも、僕はそれっぽく意見とか言っちゃうんですけど、もう内心バクバクですよ。でも広告やめて分かったけどいい世界だなと思ったよ。広告はルールがはっきりしてる。売れたら勝ちだもん。自己表現じゃないし、社会正義でもない。売れたら勝ち。漫画はね、自分で自分のルールを作らなきゃいけない。それがだめなんですよ。会社辞めて、次の日の朝、自分が水になった気がした。今までは会社って入れ物があって、そこでの役割を演じていたらよかったんだけど、入れ物がなくて、何もしないと、ただタタミに染み込んでいくのよね。それじゃまずいから自分で器を作るか、蒸発して空気のように自由に飛び回るか、自分で選ばないといけない。

古川:依頼される仕事は選んでいましたか?

しりあがり寿:いや、何でもやりますって感じでしたよ。会社辞める前に、デザイン会社ドラフトの宮田(識)さんと飲んだんですけど「おまえ、好きなことだけやれ。好きなことだと人よりもうまくできるし、レベルも上がる。だから仕事もくる。イヤなことはやらなくていい」と。ところが、僕好きなことが分からなかった。ラクなもんがいいなと思ってたんですよね。でもとりあえず、打席には立たなきゃと思った。

古川:やっぱり打席は大事ですよね。

しりあがり寿:打席があるから、ホームラン打ったりヒット打ったりいろいろできる。

古川:難しい打席でも、立ってみたら思わぬいい当たりすることあるし。

しりあがり寿:いい当たりするだけで、また次の打席が回ってくるよね。

古川:たとえホームラン打たなくても…。

日下:でもヒットが続かないと、悩みませんか。

古川:いや、いい当たりは続けてる…、飛んだところが悪かったが芯では捉えてた(笑)と自分に言い聞かせて…。

しりあがり寿:音で分かるんだよ、音で。いやー、もっと面白いもの作ろうって思ってきた。おれも、がんばろ。でもがんばってもいいもの作れないからなあ。

日下:古川さんはどういった経緯で電通に?

 

古川:学生の時、心斎橋の老舗のバーでバーテンのアルバイトをしていて、このままバーテンとして生きていくんだろうなあと思ってたんです。先輩がのれん分けしていくから、僕もそうなるんだろうなあと。で、お客さんが広告業界というところがあると教えてくれて、興味を持ったので転職してみたら面白くて。カウンター越しにお客さんを喜ばそうと思ってることが、コピーだったら世の中がいっぺんに喜んでくれるんやと。そんなカンタンじゃなかったですけど…。プロダクション2年半、代理店に数年いて、それから電通に入社しました。

「珍しい」ということ

しりあがり寿:古川さんは社内でどんな存在なんですか?

日下:堀井グループ(※)のDNAを正統に引き継ぐ人ですかね。

古川:うっ…、それは背負う荷物が重過ぎるわ…。堀井さんに拾ってもらって電通に入れてもらいました。

しりあがり寿:堀井さんってどういうことが違うんですか? 僕ら外から見たら、お笑いとか表面的なことしか分からないけど。

古川:「広告は誰も見たくないものや」という基本があって、「だからこそ見てもらうサービスをせなあかん」と。「広告は見てもらえなかったら0点やから、振り向いてもらわんと、目立たなあかんのよ」って。ひと言で言うと、サービス精神としつこさが尋常じゃないというか。クライアントにも、ものづくりにも。

しりあがり寿:白の中に黒を入れたら目立つし、黒の中に白を入れたら目立つけど、そう簡単じゃあないですよね。変だったらなんでもいい、珍しけりゃあなんでもいいってわけじゃあない。そこにリアリティーがしっかりとないと。

古川:たしかに突飛だからいいってものでもないですもんねぇ。あと、堀井さんが言ってはったのは「全く新しいのんは無理でも、ちょっとだけ珍しかったらええのや」と。そうやって気持ちのハードルをぐっと下げてくれてたようです。

しりあがり寿:僕はね、デビューをした時から、アイデンティティーや個性といったことを出すのがイヤで、描く度に絵柄を変えてたんです。漫画家は独自の作風がある。例えば、ギャグ漫画家は笑えるものを描かなくちゃいけないんだけど、僕はいいかげんにやってきて、ちっとも完成しないままにB級のままあっちこちやってきた。人って同じことやっててもだめだから、横に広げて珍しいことをやるか、タテに移動してクオリティーを上げていくか、どっちかなんだけど、僕はひたすら横に広げてきた。ある意味すごい幸せだったんだけど、今はB級は苦しくなってきてる。漫画で珍しいことは、アートでは普通のことだったり、小説では陳腐なことだったりする。だから、限界がきちゃうんですよね。じゃあ、ネットの時代だ、新しいテクノロジーだって珍しいことやろうと思うんですけど、感覚がついていけないんですよね。若い人にはやっぱ勝てない。

古川:その人の生き方や考え方から出てきたアウトプットが、最終的に個性になっている人が生き残っている気がします。この手法が今までなくて新しい、というよりも、この人のものの見方が他の人と違ってて魅力的だ! ってことがあると強いのかなぁと。

日下:では、破天荒な人生を送っている方がアウトプットも面白い?

古川:分かりませんが…、うちのチームでは幸せなやつはいいものを作れないというイヤなルールがあるんですよー。でも、何やってもダメな悶々とした時期も必要だとは思います。

しりあがり寿:ダメなものって面白いよね。『ゆるめ~しょん』もそうだけど。過不足があるのがいいんだよ。こいつ欠けてるなあとか、こいつやり過ぎてるなあとか。命ってね、永遠に過不足を埋めようとしていて、それが完成すると死んじゃうんだよね。過不足があるのが命なんだよね。

古川:みんなそれぞれ欠けていて、欠けているところを欠けていないように振る舞っているけど、もう「おれ欠けてる」って言っちゃった方がいい。できないことはできないでいいや、できることをやればいい、そう思って楽になった瞬間があります。

しりあがり寿:マンガに限った話じゃないけど、完成度とかクオリティーがすごく求められてる気がして…、過剰なほどに。みんなが、完璧な方、上の方を目指してる。でも、それは不安の裏返しでもあると思うんですよ。足りないこと、下手なことはダメなんじゃないか、100点を目指さないとだめなんじゃないかって。あるいは、サバイバルというか努力というか一生懸命が評価される時代なのかな。

古川:憂歌団の木村充揮さんは、歌もギターもとてもうまいんですけど、飲んだら言うんです。「うまくなったらあかんねん。普通になるやん? そうなったら上がなんぼでもおる。だから僕は、うまくならへんように努力してるんや。へへへ」って。木村さんは憂歌団で学生の時に鮮烈にデビューしてメジャーになったけど、解散して、でもずっと歌ってて、また今は波が来てる。木村さんが言うには「ずっと同じ場所におって、ずっと好きな信じたことやってたら、世の中という波が当たったり、引いたりして、それが人生に何回か来るだけやんか」と。

しりあがり寿:僕も10年後に波が来るかなあ(笑)。

シュール&ナンセンス

 

しりあがり寿:自分のマンガはシュールだと言われるんですよ、で、シュールって何なんだろうって考えたら、「因果の糸が切れている」んですよね。要するに連続してない。

だから、無関係なことが起こったり、なぜってものが出会うんだけど、ちょうど、その地球の軌道に月がつかまるような、絶妙のタイミング、絶妙のスピード、絶妙の距離で出会う時があるんですよ。それが捉まえられる時はすごく快感。

古川:そう考えると、広告にはナンセンスとシュールが最もそぐわないんですよね。因果の糸が切れちゃだめだから。でも因果の糸が切れているようなものが広告になる時もある。何も言っていないのに、何か言っているような。何か一生懸命言っているのに、何も言っていないものよりかは、広告として成立する。因果の糸が見え過ぎるのが今の広告で、予定調和になってしまっているようにも思います。広告は因果の塊。でも、因果が見えなくても視聴者はちゃんとついてきてくれる。

しりあがり寿:そうだよねー、あと気をつけなきゃいけないのは、視聴者は広告の外の因果もちゃんと見ているということ。CMの中では好青年を演じてるんだけど、普段は歌手じゃん、有名タレントじゃん、というところはちゃんと見ている。広く浅い視点で捉えてる。

古川:あと因果をつきつめればナンセンスになることもあるじゃないですか。このブレスレットつけたら、金運と女運が上がって、札束と美女に囲まれている広告とか(笑)。

日下:『弥次喜多 in DEEP』(エンターブレイン)では因果の切れている壮大なスケールのシーンが描かれていますが、どういった気持ちで描かれているんでしょうか?

しりあがり寿:早く飲みに行きたいなって。

日下:えー!

古川:僕もそう思う時あります…、というか毎日。あんまり遅くまでできないタイプやし…。明日思いつけばいいかなーって、すぐ現実逃避する。

しりあがり寿:2時間、根つめたらだめですね。いや最近2時間もできないか。SNSのゲームやりながらやってるし、すぐ敵が攻めてくるからね。集中できないんだよー。

後編へ続く)

※堀井グループ:KINCHO、関西電気保安協会など一線を画したヒットCMを連発し、関西クリエーティブの大きな流れを作った堀井博次を中心としたグループ。