「スイートスポット」戦略が
ブレークスルーの鍵
2014/10/21
ブランドは資産である―そう喝破するのは、ブランドに関するさまざまな論考が、日本でも多くのビジネスリーダーの支持を集めてきたデービッド・アーカー教授。日本企業の強み・弱みも知り尽くしているアーカー教授は、ブランド構築と強化の鍵となる「顧客のスイートスポット」をどう理解し、生活者にとっての重要なパートナーとしてどう関係を築くか、その重要性を強調する。新興国が台頭するクローバル経済の中で、日本企業はどのようにブランド再構築をはかるべきか。3回に分けて、アーカー教授の提言を紹介します。聞き手は、電通マーケティングソリューション局の緒方玲子です。
「サイロ化」が日本企業のブランド構築の足かせになっている
緒方:アーカー教授は1980年代から定期的に日本を訪れ、日本の状況をつぶさに見てきた数少ない研究者のお一人です。また、10年間電通のアドバイザーを務められ、日本のビジネスリーダーたちとも交流を深めてこられたと思います。そういった経験を通して、過去30年間の日本のブランディングやマーケティングシーンはどのように変化したとお考えですか。
アーカー:端的に言うと、ブランディングもマーケティングもかなり進歩してきていると思います。欧米諸国に対する競争力も向上しています。ただ一方で、日本企業のさらなる進化を妨げている要因がいくつかあることも事実です。その一つが、私が「サイロ化」と呼んでいる問題です。日本企業は、製品別、国別あるいは機能別に部署が分かれていますよね。残念なことに、そうした部署が互いに競争していたり切り離されてしまっています。ブランディングやマーケティングの観点からいえば、これは重大な欠点です。効果的なブランディング計画を実現しようとするなら、この「サイロ」を打ち破って互いに連携する必要があります。ブランドイメージの明確性を追求するなら、サイロ間での調整がより重要になります。サイロ化は、ブランド戦略の足を引っ張る大きな問題なのです。
緒方:サイロ化はなぜ起きてしまうのでしょうか。
アーカー:例えば、技術畑出身者や製造志向の人が経営トップになっている企業では、マーケティングやブランディングがあまり理解されていないという傾向があります。加えて、生活者は「合理的な判断」をするものだと思い込んでいる節があります。生活者は製品の仕様や特長を知りたがっており、製品についての詳細な情報を提供しさえすれば正しい判断をするはずだと信じているのです。こうした思い込みがあるから、優れた才能を有していてもマーケティングを深めることができません。
もう一つ、日本企業の進化を阻んでいると思われる問題を挙げるとすれば、女性や若い人たちを大胆に活用することに積極的でないという点です。意思決定を行う上層部が全員男性で、しかも一定の年齢に達していなければならないとしたら、社内に有している才能の30~40%しか活用できないことになります。優秀なブランディングおよびマーケティング人材が一定数必要だとして、人口の大きな部分を占める人たちの才能にアクセスできないとしたら、真に才能を有する人がトップに就く確率が低くなってしまいますよね。
緒方:おっしゃる通りですね。先生は80年代後半から90年代にかけて、「ブランドは資産である」と強調されました。日本のビジネスリーダーはそうした捉え方を、突破口をもたらす新しい考え方として受け入れたわけですが、それはなぜだと思われますか。
アーカー:ブランドに資本価値があることを理解すると、全てを変えなければならなくなります。経営陣がマーケティングを担当する必要が出てきますし、マーケティングとは何かという考え方まで変わってきます。マーケティングは、根本的な製品市場への投資に関する意思決定にも、根本的な価値提案にも関わる、もっと戦略的なものでなければならなくなります。また、マーケティングの評価・測定の方法も変わってきます。短期的な財務効果だけではなく、ブランドに対するイメージ、ブランドの信頼性・可視性、そして顧客基盤のロイヤルティーといったものを測る必要が出てきます。
デジタルマーケティングを生かし、生活者の関心事を訴求
緒方:アーカー教授は、韓国でも大きな支持を集めていて、韓国の国家ブランドの構築という政府構想にも関与なさったと聞いています。そういった国では、アーカー教授に何を求めているのでしょうか。
アーカー:自国を代表する企業ブランドの成功を後押しするために、「国家」というブランドを強化したいのだと思います。国のイメージが良くなれば、その国の企業も成功する確率が高くなりますからね。そんな彼らに、私はまず、ロールモデルをご覧なさいと言ってきました。最も良い見本はシンガポールです。非常にダイナミックにブランドを強化しようとしていて、毎年、何かしら新しくて面白いことを始めています。
韓国という国のブランドは、サムスン、ヒュンダイ、LGといった大企業によって牽引されていますが、これらの大企業は、マーケティングに毎年巨額な投資をしています。そのほんのわずかな部分でも国家ブランディングに役立つと考えるとするならば、国家は大企業と協力することで、相乗効果が生まれるはずです。
日本も国家ブランディングを追求するなら、大企業と手を組むことを含めてあらゆる機会を利用しなければなりません。例えば、大きな国際イベントを招致することに成功したら、大胆にその機会を活用すべきです。また、フィリップ・コトラー教授が主導する「ワールド・マーケティング・サミット」のような国際会議でも、その機会を存分に活用すべきです。会議の開催国になるというだけで、80%はお膳立てができているのですから、ほんの少しの努力と投資で、100%の効果が得られるはずです。
緒方:国を挙げてブランディングに取り組もうとする韓国とは、勢いの差がありそうですね。
アーカー:現在の韓国企業は、品質が低く安価な製品を作る企業というイメージを打ち破って、信頼を築き、高級品を発売できるところまでブランドを育てています。それはまさしく、60年代、70年代を通じて日本企業が成し遂げてきたことです。一方の日本企業が現在どうかといえば、市場が成熟して、新たな問題に直面しています。成熟したブランドをどのように維持、活性化するか。新たなエネルギーをどう創出するか。、日本企業の多くの経営者が頭を悩ませている点ではないでしょうか。
緒方:まさに私たちのクライアントの多くも、成熟という問題に悩んでいます。生活者に、どのように今日的な意味と新鮮さとを伝えるかが課題になっています。その為の手段としてデジタルマーケティングの重要性が高まっていますが、そのあたりをどうご覧になりますか。
アーカー:確かに、韓国企業のほかにもアジアの新興国は、デジタルマーケティングにも力を入れています。しかし、自社が提供する製品・サービスの特長を生活者に伝えて説得しようとするだけでは勝てません。むしろ、生活者が何に興味を抱いているのかに焦点を当てなければなりません。私はそれを「顧客のスイートスポット」と呼んでいます。生活者のスイートスポットを狙う企業は、製品をクローズアップするより、生活者の活動と結び付いたプログラムを開発しようとします。生活者の活動に積極的に関わるパートナーとしてのブランドをつくろうとするのです。
そこに、デジタルが深く関わってきます。人々がなぜソーシャルメディアに参加するのかを考えてみると、分かりますよね。人々は、自分のことを知識が豊富な専門家であると感じたいのです。その知識で、他の人を助けたいのです。
緒方:日本企業がデジタル分野で何をやったらよいのか苦しんでいるのは、そこかもしれませんね。日本企業はこれまで、製品の品質について広報・宣伝するのは上手でしたが、製品カテゴリーの外に目を向けて、生活者のスイートスポットを見つけるのが難しいのかもしれません。
アーカー:技術者や、製造畑の人間だと、どうしても生活者は合理的なのだと勘違いしがちです。人々は情報を求めているはずで、事実に基づくきちんとした情報を与えてやりさえすれば正しい判断をするはずだと。しかし、実際はそうでもないのです。
緒方:生活者のスイートスポットをどう押さえるか。日本、そして日本企業が現状をブレークスルーするためには、非常に重要な観点だと思います。
◎9月24、25日の両日に「ワールド・マーケティング・サミット(WMS)ジャパン2014」(WMSジャパンカウンシル代表:高岡浩三氏)が東京で開かれた。当サミットは「現代マーケティングの父」と呼ばれるコトラー教授が主唱したもので、アーカー教授ほか、世界各国からマーケティングの第一人者が集結した。
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