カタチの美しさから、社会とつながる美しさへ。ファッションの顧客体験に起きている大変革
2021/07/27
あらゆる業界でオンラインシフトが急速に進み、生活者の価値観や購買プロセスにも大きな変化が起こっている今、オンラインとオフラインがシームレスにつながった新しい購買体験が求められています。
国内電通グループは2021年2月より、OMO(オンラインとオフラインの融合)時代の新たな「ショッピング体験」をデザインするプロジェクト「dentsu SX(エスエックス)」(※1)をスタート。SXという名称には「Shopping Transformation」と「Shopping Experience」の両義が込められており、これからの時代に合わせた顧客体験を戦略・実装・運用までワンストップで支援します。
連載第4回のテーマはファッション。生活者のファッションに対する価値観や購買意識は、ここ10年で大きく変わりました。新型コロナウイルス流行でさらなる変化が起きている今、ファッションに求められる新たな顧客体験とはどのようなものになるでしょうか?
世界的なファッションデザイナーである、ANREALAGE代表取締役社長の森永邦彦氏をゲストに迎えdentsu SXプロジェクトメンバーの電通クリエーティブX・山口慶子が、dentsu SXの模索するファッションの未来について語りました。
※1 dentsu SX
国内電通グループ7社による、OMO時代に沿ったオンオフ統合の購買体験を顧客目線でデザインし、リテール領域において企業の事業成長に貢献するプロジェクト。電通グループのこれまでの事業蓄積と、戦略パートナーとして参画するfrog design inc.の知見を統合。電通独自の顧客行動データや、AIやクラウドなどの最新テクノロジーを活用し、顧客インサイトを掴むクリエイティビティと掛け合わせることで、顧客視点に立ったブランド独自のショッピング体験を創出する。(詳しくはリリースを参照)
【ANREALAGE(アンリアレイジ)】
2003年設立。ブランド名は「REAL」(日常)、「UN REAL」(非日常)、「AGE」(時代)を組み合わせた造語。「神は細部に宿る」を信条に、手仕事へのこだわり、洋服の「かたち」の追求、テクノロジーとファッションの融合といったテーマを通じて、その時代における日常と非日常の境界線を表現している。2014年に初のパリ・コレクションで衝撃のデビューを果たして以来、定期的にパリコレでファッションショーを開催。フェンディとミラノ・メンズファッション・ウィークで協業するなど、世界的な評価を得ている。
https://www.anrealage.com
カタチの美しさだけでなく、“社会とつながる美しさ”が問われる時代
山口:SXのSには「Shopping」という意味が込められていますが、ファッション領域をはじめ私は「Social」も意識しながらクライアントの課題解決に寄り添うことが重要だと考えています。
古くからファッションには社会の最先端を表現する側面がありますが、コロナ禍で人びとの生活様式が変わったことで、ファッション業界にも大きな変革が生まれていますよね。特に森永さんは社会で起きている人間活動に対する問題提起や気づきを常にファッションで表現されてきたと思います。最近の変化をどのように捉えているのでしょうか?
森永:もともとファッションは、誰かと会うときに必要なものであり、他者とのコミュニケーションありきで存在していました。人とリアルに会う場所が失われたことで、今までのシステムや体制そのものを再考するタイミングが来ていると感じます。特に過剰なスピードやサイクルでものづくりをすることが見直されつつありますよね。
山口:まさにコロナ以前からANREALAGEが体現されてきたことですよね。地中に服を埋めて生分解による素材の変化を楽しむファッションは衝撃的でした。
森永:服の寿命を短いサイクルで回すことが正義とされる大量生産・大量消費社会に対して、一着を長く大切に着続けるにはどうすればいいかをずっと考えていました。同時に、着なくなったものを廃棄する過程で新しいデザインが生まれることにもトライしたいと思いました。
そこで、とうもろこしのでんぷんで糸をつくり、洋服に仕立てたのです。この服は土に埋めると微生物が食べて土に還っていきます。約1年後、素材の半分は土に還り、残りの半分は新しいデザインに生まれ変わるのが、この取り組みのコンセプトです。今ちょうど、小豆島でこのプロジェクトを進めており、服を土に埋めたところです。風土で微生物などの環境は異なるので、1年後どのような服が完成するのか楽しみです。
山口:とても面白い取り組みですよね。近年はESG投資がビジネスのホットワードになっていますが、自然界を人間がすべてコントロールするのではなく、私たちはあくまでも自然の生物の中の一つの存在でしかないと考え始める人も少しずつ増えていますよね。コロナ禍の影響もあいまって、森永さんが先立ってやってきたことに時代が寄り添ってきているように感じます。
森永:そうですね、僕らとしてはブランド設立時から、自然と共生するファッションや、サステナビリティとの向き合い方をテーマに掲げてきました。でも、コロナ禍で海外に行けなくなり、人と会う機会がなくなり、工場や仕立て屋もストップする、売り場もなくなるという事態を経験し、これまで奇跡的な状況の中でものづくりをしていたのだと改めて気づかされました。
山口:これまで私たちは大量生産・大量消費・大量廃棄で経済を回し続けていましたが、「本当にこれでいいのかな?」と立ち止まるきっかけをもたらしたのがコロナですよね。もちろん、ファッションは2、3歩先の未来を提示する側面がありますから、コロナ以前から問題提起を投げかけていたブランドはたくさんあります。その価値観に対して、美しさやかっこよさを見出す生活者が増えていることが、大きな変化だと感じています。
触覚をデジタル転送できれば、ファッションの購買体験に革命が起きる
山口:コロナ禍でフィジカルな接点が失われたことで、ファッションの顧客体験もデジタル化が加速してます。指先で洋服を買うのが当たり前になりつつある時代に、ファッションが持っているフィジカルな価値とのギャップをどう埋めていくかが課題ですよね。
森永:視覚的な要素に関しては、ある程度デジタルとの融合が実現できていると思います。しかし、ファッションはテキスタイルの肌触りなど、データでは届けられない要素を多く内包しているもの。触覚的な要素をデジタルで伝送し、フィジカルにフィードバックするようなテクノロジー表現に興味があります。洋服の質感や温度感を遠隔で伝えることができるようになれば、ファッションの顧客体験に革命が起きますよね。
山口:そこはdentsu SXとしても追求したいテーマです。一方、リアル店舗の可能性についてはどうですか?
森永:オンラインでは、コンセプトやグラフィックが分かりやすいものが売れる傾向にあると感じています。だからこそ、画面や文章にはない特別な体験を店舗で追求すべきですよね。ただ売り買いをする場所ではなく、五感で受け取る情報や店員とのコミュニケーションも含めて、ここに来てよかったとお客さんに感じてもらうことが、ブランドとの深い関係をつくる上でも大切なことです。
山口:体験設計は今後ますます重要になりますよね。その時に求められるのが、テクノロジーやデザイン、クリエイティブの力だと思います。
森永:逆に言えば、店舗で特別な体験を提供できなければオンラインには勝てません。データに収まり切らないファッションの価値を磨く必要があります。
山口:特別な場所で好きになったものを購入し、持ち帰って身につけるという一連の体験そのものが、ブランドの価値になりますよね。私がANREALAGEの服をどんどん買ってしまうのは、ブランドがまとっている思想やコンセプトに共感したり、パリコレの演出に感動したりなど、自分にとって特別な体験の積み重ねがあるから。ANREALAGEの服を着て近所のスーパーに行くだけでも、どこか社会とつながっているような、自分らしく居られるような感覚があるんです(笑)。
物質のファッションから、データのファッションへ
山口:テクノロジー×ファッションの潮流で注目しているのが、アバターファッションです。バーチャルな世界で、自分のアバターにファッションをまとわせる人たちが国内外で増えています。
その背景にあるマインドは、リアルな世界だと身体的なコンプレックスや障壁で理想の自分にはなれないから、バーチャルな世界で理想の自分を追求するというもの。最初聞いたときは、すごい世界だな…と思ったのですが、ファッションの本質、もっと言えば人間の本質に関わるトピックのような気もするんです。
森永:ファッションが持つ力を「その人を他のイメージや見え方に変身させること」だと考えると、バーチャルな世界にいる自分を変身させることは立派なファッションですよね。
NFT(Non-Fungible Token:ブロックチェーン上で発行された代替不可能な唯一無二のデジタルトークン)の登場で、オートクチュールのようなデータの作り方・買い方が可能になると、データのファッション化はますます進むのではないでしょうか。人とは違うものを求めること、個性を確立していくことがファッションですからね。
山口:面白いです。ファッションといえば服のカタチをしたものを人間が着ることが前提にありましたが、今までファッションだと認識されていなかったものがファッションになるかもしれませんよね。
森永:バーチャルに限らず、ファッションの可能性はどんどん拡張していますよね。例えば、マスクやフェイスシールドがファッションアイテムになるなんて、コロナ以前は考えられませんでした。ファッションでないものがファッションに変わっていく瞬間を見るのは楽しいです。
僕自身も、先日公開された細田守監督のアニメ映画『竜とそばかすの姫』で主人公の衣装を担当しました。これも現実世界にはないファッションですが、きっと多くの人の心に残る洋服になると思っています。このように、物質ではないファッション、さまざまなボーダーを軽々と超えるファッションに大きな可能性を感じています。
山口:アニメーションやバーチャルとファッションの融合は、日本が先導しそうな予感があります。アメリカのVR関係の人たちと話をすると、みんな口を揃えて日本への憧れを熱く語ってくれるんです。グローバルな観点で見ると、日本は特別な国になりつつありますよね。
コロナ禍でファッション業界は苦境に立たされていますが、日本という特異性を生かしたチャンスはたくさんあると思っています。そこを森永さんと一緒にサポートしていきたいですね。森永さん、今後ともよろしくお願いします!
dentsu SXでは、企業の皆さまからのご相談やご質問を受け付けております。興味のある方は、ぜひ公式サイトからお問い合わせください。
次回は「FMCG(日用消費財)」業界におけるショッピング体験の変化と、これから取り組むべきアクションについてご紹介します。