Ad Tech Tokyo 2014 公式セッション レポートNo.2
出世魚分析、Eコマースの第2世代…
最新事例にみるCRMと広告の融合
2014/11/11
9月16日~18日に開催されたアドテック東京2014で行われたセッション「ダイレクトマーケティング:CRM戦略」は、流通、マーケティング支援、学術という異なる視点でCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント、データを用いた顧客との関係づくり)に取り組むパネリストを迎えて行われた。モデレーターを務めたユニリーバ(※登壇当時)の井上大輔氏は、事前に登壇者間でディスカッションした結果として「CRMの目的はLTV(ライフタイムバリュー、顧客が長期的にもたらす利益)の最大化」と定義する。
(※以降、登壇者の肩書は当時のもの)
CRMとは、「誰の」LTVを「どのように」最大化するかを考えること
モデレーターのユニリーバ 井上氏 |
井上:まず私の方から、事前に4人で話し合った内容を共有したいと思います。そもそも、CRMとは何でしょうか? 一般的にCRMというと、フリークエントショッパープログラムやマイレージプログラムのような、特定の顧客への優遇施策が思い浮かびます。ですが、自社の顧客全体を対象とした施策もあり得ますし、理想的にはOne to Oneという形もあります。
私たちはCRMの目的を「LTVの最大化」と捉え、CRMに取り組むこととは「誰のLTVをどのように最大化するかを考えること」と定義しました。「誰の」という点では、顧客全体=マス顧客から、個別の客=個客までという軸で考えられます。「どのように」という点では、ポイントやクーポンなどの割引もあれば、特定顧客へのサービスといった付加価値の提供もあります。これらは単純な販促とも考えられますが、施策の目的がLTV最大化かどうかが分かれ目だと考えました。
この2つを縦軸・横軸に取ると、妥当性のあるフレームワークをつくることができました。大きな流れとして、マス・割引型から個客・付加価値型への移行があり、特にEコマースが誕生してCRMが一般化したことで、この傾向は加速しています。CRMは、テクノロジーの進化によって発展してきました。加えて今、われわれマーケターは行動データを入手できます。購買データと行動データの両面からCRMを見たときに、現在どこまで進んでいるのか? ここからは、自己紹介を兼ねて、お三方から事例を紹介していただきます。
購買データと行動データの掛け合わせで進化するCRM
東京大大学院 田中氏 |
田中:私は東大で需要予測やデータマイニング、大規模データ解析を専門に研究しています。最近の事例として、「クライアント企業を健康診断に見立てて分析する」ことをご紹介します。心臓がしっかり働いているか、その上で筋力はどうか、とチェックしていくように、顧客の購買をベースとなる商品、その次、さらにその次と段階的に分析していくのです。
ある程度のまとまりになると、初回で何を、次に何を購入した人が顧客として定着しやすいかが見えてきます。購買パターンから成長可能性が大きい顧客を発見する分析を、「出世魚分析」と名付けました。もうひとつは、「ライフステージの特定によるアプローチ」です。例えば子どもが生まれると、最初に乳児用の商品、次に幼児用、小学生用と必要な商品がフェーズごとに変わるので、それに応じた誘導が効果的です。そうした、時間軸上での“出世魚”を早い段階で見つける分析を行っています。
アスクル 吉岡氏 |
吉岡:日用品Eコマースの「LOHACO」を担当しています、アスクルの吉岡です。現在のテーマとして、「第2世代Eコマースの始まり」に注目しています。書籍・DVDや産直品といった嗜好品をEコマースで購入している人を第1世代とすると、今Eコマースは家庭に入り込み、日用品購入に使っている人が増えています。この顧客層を第2世代と捉えています。女性の社会進出・共働きで買い物の時間が取れないこと、物流の発達などから、これからますます第2世代が増えると考えています。
特にコアな顧客は、意外かもしれませんが6割が女性で、30代以上。そして圧倒的に都会在住の人が多いです。ヘルシー志向でお酒好き、甘党、イベント好きといった傾向があります。具体的には、女性31-40歳の「ママロハコ」さん、女性46-55歳の子どもなし「Ms.ロハコ」さん、男性36-45歳の「パパロハコ」さん、男性46-60歳の子どもなし「Mr.ロハコ」さんという4つのペルソナを立てています。その上で行動データにもとづいてコンテンツを出し分けたり、ルックアライクで似た層にアプローチしたりしています。
ネクステッジ電通 杉浦氏 |
杉浦:昨年5月に立ち上げたネクステッジ電通で、クライアントの顧客獲得やLTV最大化に取り組んでいます。ネット広告に軸足を置く今、「CRMと広告の融合」を強く感じています。
かつてはメールがCRMの中心でしたが、今やメールの開封率は10-20%です。でも代わりに、LINEやフェイスブック、ウェブなど各チャネルでCRMの手段が出てきています。例えばスキンケア系の通販で、トライアル商品購入者に対して、メール+リターゲティング広告でのアプローチとメールのみのアプローチとで本品購入率を比べると、前者が38%高い結果となりました。また、スポーツ系Eコマースサイトの例では、フェイスブックのカスタムオーディエンスを通して休眠顧客にアプローチしたところ、反応率4%、購買転換率0.4%が得られました。
元々CRMの世界でトピックだった顧客データやセグメンテーション、One to Oneですが、広告の世界でもクッキーやタグでユーザーの反応を追い、DMP(データマネジメントプラットフォーム、データを一元管理・活用する基盤)を設計し…、とCRMの仕事が広がっているような印象を持っています。ただ、ユーザーを有効にセグメンテーションし、適切なタイミングで適切なメッセージを配信していくことは変わりません。それによってLTVを高めることが、次世代のデータドリブンマーケティングになるのではと考えています。
どのようなシナリオ設計をするかが最大のポイントに
井上:ここからは、いくつかの課題に沿ってディスカッションを進めていきます。まずは「分析部隊と施策実行部隊との壁」について。吉岡さん、アスクルではどのような体制になっていますか?
吉岡:Eコマースを始める前のカタログ通販の時代から、2つの部隊は別々でした。でもそれをひとつの事業部に入れて、今は同一事業部にアナリティクスとマーチャンダイズの機能があります。
最初は、壁はありましたよ。それがなくなったと感じたのは、メーカーとの商談や製販合同の会議などリアルな場に、分析部隊も連れていくようになってからです。自分たちの分析がどう生きるかが分かってから、うまくかみ合ってきました。
井上:そうなんですね。企業に提案する立場として、田中先生、杉浦さんはどうお感じですか?
田中:テクノロジーの進化で“見える”範囲は広がりましたが、実際に行えることとのギャップが大きいので、そこは気を使っています。ひとつ言えるのは、あまり凝ったモデルなどを持っていっても、現場では使い物にならないということですね。
杉浦:吉岡さんが言われたように、分析と実行の部隊は近づいていたかなという印象があります。一方で、工数を確保できないからデータが出せないなど、システム系の部門と実行部隊にまだ壁があります。ここは改善の余地があると思います。
井上:壁はなくなりつつあるけれど、依然複雑さが残る領域ですね。顧客データベース全体を対象とするCRMは、よくテストマーケティングで言われる「小さく始める」のが難しいので、シンプルに始めるというのがひとつのアイデアかなと思います。
さて、2つ目に課題として設定させていただいたのが「経済的便益の提供はどういう場合に有効か」というテーマです。割引施策はおのずと自社の疲弊にもつながりますが、Tポイントと連携しているLOHACOではどうですか?
吉岡:例えばTポイントが使えることは、初回購買の後押しにはある程度効いていますし、値引き自体も新規顧客に有効です。ただ既存顧客には、購入の動機が「安いから」だと継続的なLTV向上が難しいので、他のことで満足度を上げる方がいいのではと感じています。
井上:では最後に、「ビッグデータ時代のCRM」について。杉浦さんのお話にもありましたが、CRMと広告の領域がシームレスになる中、初めから特定層を優遇するなども可能になっています。
田中:既存顧客の分析から、新しい顧客が優良顧客になるかが推測できる場合もありますね。
杉浦:行動データを取得してメッセージを出し分けることは、かなり安価にできるようになっています。そのためどういうシナリオ設計をして顧客にアプローチするかが一番のポイントになります。今後は第三者データをうまく組み合わせて、顧客の特定と最適なアプローチ設計を進めて、マーケティング全体をCRM化することが全体の大きな方向性かと考えています。
井上:DMPをキーに、CRMがマーケティングそのものになっていく流れを感じますね。今日はありがとうございました。