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デジタルの旬No.13

東北の地から夢を描く、

情報テクノロジーによる農業の未来

~舞台ファーム 代表取締役 針生信夫氏 

2015/03/11

デジタルの旬

3.11後の東北の地から、新しい農業を発信しようと理想に燃える人がいる。この地で農家15代目の針生信夫氏。ITの活用で新しい農業が可能となり、さらには現在の農業や農家が抱える問題も解決できるという。実は、農業へのビッグデータやセンサー技術の活用は、IT業界からも注目されつつある。今回は、「農業×IT」をテーマに、東北の地で農業の未来に懸ける熱い思いを語ってもらった。

(聞き手:電通デジタル・ビジネス局 計画推進部長 小野裕三)

黎明(れいめい)期のパソコン通信で「六次産業」の発想を培う

 

──ご自身とインターネットとの出合いはどのようなものでしたか。

針生:パソコンとの付き合いは長いですね。インターネットが出る前に電話回線につないでパソコン通信をしていました。1990年ごろでしょうか。農業のことを調べたり、ユーザーインの視点でお客さまがどのようなものを求めているのかを見ていました。今、「六次産業」(農業などの一次産業が食品加工・流通販売などの二次産業・三次産業にも踏み込んで融合していくこと)が語られていますが、そのような発想は、その当時から私は読み解いていたと思います。パソコン通信の世界の中には、農作物をつくるだけではなく、それを加工する会社があり、その先に販売する店舗がありますから。当時はそのような本も少なく、ないものを探していきながら、バーチャル六次産業のような感覚で楽しんでいました。私は発想が農家じゃないとよく言われるのですが、この時代の経験があるからだと思います。

──パソコン通信やネットによって、新しい世界が大きく広がった感じなのですね。

針生:ネットサーフィンをしながら次々と新しいテーマが広がっていき、融合していく感覚は本では体験できません。異業種の人の発想を自分の中に吸収して、農業に融合し、落とし込んでいくという、いわば人間の「六次化」が重要なのだと思います。

──異業種の発想を取り入れるのは、本よりもネットの方が強いということですね。

針生:そうです。自分で仮説を立てて、実際やってみると違うというギャップが面白いわけです。本はテーマを選んで深堀りをするというものですが、ネットは軽い気持ちでいろいろと見ていくうちに、自然と目に留まるものがあり、自身の興味が分かってくるわけです。その結果、自分の興味は農業ではなくて、むしろ加工や販売などの出口の部分にあり、お客様が何を求めているか、またはお客様の欲しいものを提供していくことが重要だということに行き着きました。今までの農業は地域性と地の利を基本にして、そこに一番合ったものをつくるという発想でした。でもお客さんは実は別のものを求めていて、今までの農業の発想と違うものを作った方がいいことが分かったりします。農業はユーザーインで考えることが重要で、かつ、損益分岐点などの数字で見る力が必要だということを20年以上前から感じていました。

針生氏

──農業とITの関係が最近注目されていますが、一般的にはまだ農業の世界でのIT活用はそれほど広がっていないのでしょうか。

針生:世代によりますが、最近は専門的な知識がなくてもITを使いこなせるようになっているので、加速度的に一次産業の領域にITは入ってきています。農業でも遠隔管理やビッグデータの活用などIT化による効率化が広がってきてはいます。でも、本来ITの活用はもっと多面的に広がって然るべきと考えます。例えば、農場ゲームのリアル版のように、農場にライブカメラを設置し、ユーザーが自分の口に入る野菜を、種まきから手元に届くまでを臨場感をもって体験でき、楽しみながら収穫できると面白いと思います。そういう新しい発想が必要です。今までは、農家の方の思いや人となりに共感してもらうことで売っていましたが、これからは農作物がどうやってつくられているのかがリアルに見える、いわばスポーツと同じように見せていければいい。そうすれば偽装などできないですし、こだわりも見えるわけです。これはまだ誰も踏み込んでいない領域です。

──そのアイデアは面白いですね。安心、安全が実態として分かって信頼につながりますし、見ている方も一緒に作っている感覚で楽しくなります。

 

経営も農業も分かる「グリーンカラー」がキーになる

 

針生:農業では、簡単に緩和や撤廃ができない「岩盤規制」があると言われたりしますが、その前に「岩盤思考」というものがあると私は思います。農家は守られるのが当たり前と考え、事業リスクや責任が中途半端になっています。しかしITは現実を浮き彫りにしますから、ユーザーのニーズと農業の実態とをマッチングしていくことが可能になり、新しい所得構造をつくることができると思います。例えば、今は無農薬が付加価値になっていますが、農家の高齢化が進む中、農薬を使った慣行栽培の農家はもうすぐ一気に世代交代を迎えます。若い人がみんな無農薬をやるようになれば、差別化はできなくなります。そのような未来の問題をITはいち早く埋めていくと思います。業界全体が沈んでいく中、作業の効率化だけではなく、どのように日本の農業をつくっていくかという点でITが重要な役割を果たすはずです。 今までは農業は「家業」でしたが、これからは「企業」が必要です。この先、企業が参入する上で、ITがより重要になっていくと思います。家業は、一次産業を中心にして、二次、三次の産業を通じて最終商品に持っていくという発想で、自分の思いが商品になっていきます。そこに企業が参入しコラボレーションすることで、もっとお客様の声を聴いて商品を考えるという、マーケティングにのっとったアプローチができるようになります。家業を残すことで多様性をつくりつつ、それを「企業」が大きくしていくという形です。家業を大きくしていこうとすると、それは成長ではなく膨張になり、倒産してしまいます。家業ではコスト意識が希薄だからです。ブルーカラーとホワイトカラーという言い方がありますが、われわれは「グリーンカラー」という人材を考えています。新しい経営者的な存在として、農業の現場と、数字の管理の両方の視点を持った人材です。私が経営する会社「舞台ファーム」ではそのカテゴリーを伸ばそうとしています。今後の日本の六次産業を伸ばすためには、グリーンカラーの人を増やすことが必要なのです。

 

効率化だけでなく、テクノロジーでおいしさや安全をつくりだす

 

──いわゆる植物工場というのは農業とテクノロジーの組み合わせとして象徴的な存在だと思いますが、そこでは植物が生育する環境を制御するのにITを活用したデータ管理が非常に重要だと聞きました。舞台ファームでもトマトやイチゴ、ホウレンソウなどを栽培する植物工場を展開されているそうですね。総面積が2.8ヘクタールもあるとか。

針生:われわれは水耕栽培(土を使わず水のみで栽培する方法)でJST(科学技術振興機構)のプロジェクトにより有機質肥料で野菜をつくる研究を行っています。カツオの煮汁を無機化した肥料を使う、というものです。農業と水産業のコラボレーションは例が少ないのですが、地産地消の視点で、水産業で出た残渣を肥料化すれば、漁業と農業とのよい形のパートナーシップができると考えたわけです。農業は春から秋が勝負で、水産業は冬が勝負。繁忙期も違いますし、経営者目線で見れば、六次産業以前に大きな財産が眠っていることに気づきます。それを活用できるのが津波の被害にあったエリアであり、まさにこの東北でやった方がいいと考えました。そして水耕栽培で有機質肥料を用いた野菜をつくった点が付加価値になり、競争優位性が生まれます。 現在の水耕栽培は、効率的に多くの作物をつくることが競争優位性になっています。しかし、露地栽培におけるオーガニック野菜などに比べて価値が低いので、そこにもう一歩踏み込むことで、気象リスクに左右されず、かつ平野が少ないが水がおいしい日本において、日本のテクノロジーで、競争力をつくり出すことができるわけです。今までの固定概念を切り崩すためには、われわれ企業が研究機関のようなこともやっていく必要があります。

──現状の植物工場はテクノロジーを使って効率的に増産する方向に進んでいますが、そうではなく、おいしさや安全をつくっていけるということですね。

針生:そうです。そもそも水耕栽培で甘いトマトがつくれないわけがなく、データを活用して水の量などを制御すれば実現できるのです。それがなぜできないのかというと、機器が高すぎるからです。農家には資本力がないので、生産性を落としておいしいものをつくることができない。われわれが農家の方と一緒に労働生産性を上げていく取り組みをしながら、一方で、お年寄りや障がい者の方においしい野菜をじっくり育てるための管理をしてもらい、その設備を遠隔で管理するというような役割分担ができていくと、新しい可能性が広がっていくと思います。

植物工場でのトマト栽培の様子
植物工場でのトマト栽培の様子

土の情報をビッグデータ化してノウハウを共有し、さらに新たな付加価値を

 

──漁業や畜産業、林業などでITを活用する可能性はまだまだあると思いますか。

針生:抜群にありますね。ITを使うことでまずは高効率にしていくわけですが、今は、そのためにまずビッグデータを整理するという段階です。それができれば、無駄な動きをなくしたり、販売を効率化したりして、大量に生産していくことができます。そしてもう一歩踏み込んで考えると、ビッグデータやIT化の役割は、24時間を輪切りにしていくことだと思います。例えば午前中だけ農業をして、午後は別の仕事をするなどの新しい働き方を生み出すことができるのです。24時間農業をやるのは無理だけどそうでなければやりたい、という人は世の中にたくさんいると思います。そしてビッグデータを活用することで「精密農業」(データを活用してきめ細かく管理する農業の手法)が広がり、さらに近い将来、農機具の自動化・無人化によって、都会にいる若者が遠隔でコントロールして農業を行うことも現実化していくでしょう。都市部の求職者や低所得層を農業に巻き込んでいくことも可能になります。農業に魅力を付加し、一次産業のワークスタイルを変えていくのがITなのだと思います。

──農業を始めたい人の話を聞いてみると、新規参入なので農業のノウハウがないことが課題のひとつになっているようです。ITを使うことでノウハウ共有が簡単になるという側面もあるのでしょうか。

植物工場の環境制御装置の操作画面
植物工場の環境制御装置の操作画面

 

針生:いろいろな人に農業に参入してもらうためには、ビッグデータは重要なポイントになります。ビッグデータを使って農業をやるというのは、要はマニュアル化していくことです。地域によって異なる土や菌の特性を読むのが農家の腕とされてきましたが、土の情報もビッグデータ化されてしまえば、それも必要ないわけです。そうなるともっと新しい価値をつくらなければいけません。ビッグデータがスタートラインになれば、全国の新規参入の方々が同じように高いレベルから始めることができ、そこからさらに新しい付加価値をつくることで、所得を増やせます。ライフスタイルも変わります。そのようなエンジンをつくって回していくというのがいいと思います。

――最近はGPSや無人のヘリ、ロボットなどの技術も注目されていますが、農業での活用の可能性はあるのでしょうか。

針生:素晴らしいと思うのですが、パワースーツ(人工筋肉などを動力に用いた衣服型の装置)についてはどうかと思います。腰の痛いお年寄りにパワースーツを着けて重いものを持たせるのは、「まだ働かせるのか」という気持ちになりますね。若い人や力が弱い女性が活用するのならいいと思いますが。おそらく農業は農家の方がやらないといけないという世襲の概念が強くて、見えないバリアがあるのだと思います。ロボットなどを導入するときは一定の論理を持って取り組む必要があります。つまり、生産性だけを追求していてはだめで、非効率な生産者を入れてちょうどいいという仕組みにしないといけない。昭和の時代から高度成長期を経て、過酷な長時間労働を目いっぱいやってきた農家にパワースーツを着けてどうこうというのは、失礼極まりない話です。お年寄りは若いころの半分ほど働いて採算が合うという形を、みんなで認めていける豊かな社会づくりが必要です。価値創造のためには、第一に消費者の一次産業に対するマインドをつくっていかなければならないのです。効率ばかりを追求するのではなく、適切な労働量から生まれた農産物が適正価格で流通する仕組みを社会で考えていくために、ITで「見える化」していけるとよいと思います。

 

「東北」をキーワードにして、真剣勝負で農業に取り組む

 

――農業とITをつなげていくときに、一番課題になることは何なのでしょう。

針生:やはり人材です。モノづくりは人づくり、仕組みづくりも人づくりです。舞台ファームで人材を育てる上で、彼らは家業としての農業ではなく企業として就職するのだということを強く意識しています。私は農業のプロとして経験を積んできたので、どこでどんな問題が起こるか、新しい農場に入った人がどのようなところで苦労するかなどが分かります。新規参入してくる方には、そのような目配りや気配り、思いやりを忘れないことが大切です。さらに、働き方を変えて、掛け持ちで働いてもらうなどの自由度をつくり、いい人材がプロジェクトに関与しやすくしていくと、一層大きなパワーが生まれると思います。そしてもう一つの課題はTPP。これは「徹底的(T)にパクって(P)パクり(P)倒す」という意味です(笑)。人材やマーケットなど、うまくやっているところは全部「TPP」するという感じです。うまくいく理由、いかない理由を分析すれば全てわれわれの力になる。農業は個人の思いが強すぎるのですが、もっと他者をコピーするという発想も大切だと思います。

――3.11の後に、「世界に発信できるようなメード・イン・東北」をつくっていく、そして「日本らしい」新しい農業をつくる、とおっしゃっています。ITやインターネットの時代だからこそ発揮できる「日本らしさ」はあると思いますか。

針生:日本らしさは日本の中にいると気づきません。だからこそグローバルな世界にいろいろな情報が効率的に流れるITが最大の武器になります。今、世界的にキーワードとして3.11や放射能の問題などがあり、みんな東北のことが気になっている時期です。それをいい意味のキーワードにしていければと思っています。そのためには、特徴的なビジネスモデルを東北につくり、マンパワーやプラットフォームの上に、いろいろな領域の人材が農業に真剣勝負で取り組んでいくような、一段広角な取り組みが実現できると素晴らしいと思います。