アタマの体質改善No.6
エピソードで語る
2015/03/26
「祝婚歌」という詩があります。
結婚式の場などで、聞かれたことがある方も多いのではないでしょうか。
かくいう僕も、20年近く前に、ある結婚式のスピーチで引用されていたのが、この詩との初めての出合いでした。
夫婦が仲むつまじくあるための心構えを綴った「祝婚歌」は、詩人・吉野弘さん(享年87)の作品です。亡くなられて1年がたったいま、NHK「クローズアップ現代」で特集され、「吉野弘詩集」(ハルキ文庫・1999年刊)が異例のヒットとなり、今年2月だけで15万部を超す販売を記録するなど、改めて注目されています。
拙著『アタマの体質改善』(日本経済新聞出版社)の根底にある考え方や思想は、吉野弘さんから大きな影響を受けているものです。
誰もが見逃しそうな、ごく普通の日常を、様々な角度でとらえ、それを平易な言葉で巧みに表現された作品の数々から、これまでたくさんの気づきと刺激を与えられ、それらを読み返すたびに、いつもアタマにガツン!と喝を入れてもらっているからです。
代表作でもある「祝婚歌」「I was born」はもちろん、「夕焼け」「冷蔵庫に」「漢字喜遊曲」「韓国語で」「奈々子に」はおススメの作品。ぜひ、一度読んでみてください。
吉野さんの詩の多くは、実際に遭遇した「エピソード」が登場します。見て感じたこと、経験して考えたことが表現されているため、読み手にとっては、情景を思い浮かべながら、また想像力をかき立てられながら、その世界を感じ取ることができます。
何か肝心なことを伝えたいときにも、ついつい安易な言葉に任せてしまって、相手に伝わらなかったという失敗は、誰しもあること。そんなことが起こらないように、ふだんから「エピソードで語る」クセをつけておくことでコミュニケーショ力がアップし、さらにはアタマの体質改善にもつながります。
■体験してきたこと、見聞きしたことを通して、伝える
それは、まぎれもなくジャージ姿の就活生でした。
僕の経験では、後にも先にもリクルートスーツに身を包まず、しかもジャージ姿で就職活動に現れた学生は他にいません。
こちらが目を丸くしていると、「実はこちらへ伺う前にアクシデントが起き、その対応に追われ、帰宅して着替えてくる時間がありませんでした。どうすべきか迷ったのですが、遅刻するほうが失礼に当たると思い、そのままの格好で来てしまいました。本当に申し訳ございません」と話し、深々と頭を下げました。
彼女は大学の体育会でラクロス部の副主将を務めているようです。その日もいつものように朝練があり、練習試合中に後輩がケガをしてしまった。主将が不在だったので、責任者として病院へ同行することに。まわりの部員たちは就活を優先するようにと言ってくれたが、それでは、いままで大切に思ってきた仲間を裏切ることになると感じ、後輩を病院に連れて行ったあとに、その足でこちらに向かった、ということでした。
何度も頭を下げながら、「ケガをした後輩が大事にいたらないことがわかり、安心してこちらに来ることができました。遅刻もせず、こうしてお話を聞いていただけているので後悔はしていません」と背筋を伸ばし、晴れ晴れした笑顔できっぱりと言いました。
このやり取りだけで、僕は彼女と一緒に仕事をしてみたいという気もちになりました。
リーダーシップ、人への思いやり、判断力、信念の強さ、対話力。どれも彼女の口からそのままの言葉で語られることはありませんでした。
しかし、そのあとの会話でも、体育会での様々な体験や大学生活での出来事など、具体的な「エピソード」を通して、それらを彼女の魅力として感じることができました。自分はどんな人間であるか、どんな意志を持っているかを、エピソードを通して伝えようとしてくれたのです。
これまでたくさんの就活生に会ってきましたが、マニュアル本に書かれているような言葉を並べた自己PRをよく耳にします。
「私は好奇心旺盛で、どんなことにも積極的に挑戦してきました。大学のゼミではみんなを引っ張るリーダーシップも発揮し、責任感は強いほうだと思います。ものごとへのこだわりも強いので、まわりからは知恵袋的な存在として頼られています……」といった具合です。
ジャージ姿の彼女と何が違っているのか。話し方や言葉の使い方のうまさとか、話題の豊富さとか、人とは違う経験をしているかなどではありません。彼女は自分の良さや価値をありきたりの言葉で表現するのではなく、自分が体験してきたこと、見聞きしたことから「エピソード」を探し出し、それを通して伝えてくれました。それがまったく違ったところだと言えます。
■単に「おいしい」「かっこいい」では、伝わらない
エピソードは、誰かが褒めてくれそうなこと、人より優れているようなことでなくてもかまいません。身近なこと、日常のちょっとした出来事でいいのです。大切なのは、そのとき何を感じ、どう行動したのかを思いかえしてみることです。それが浮きぼりになってくると、自分の良さや価値も自然と見えてきます。
つまり、エピソードとは事実の概略だけをなぞったものではなく、それにまつわる自分の感情や具体的な行動がセットになっていることを指しているのです。
これは、日常のコミュニケーションにも応用できます。
旅先で見た夕焼けが美しくて感動したことを伝えたいとき、ただ「美しかった」や「感動した」と言うだけではなかなか共感されません。
たとえば、「ふだん風景写真など撮らない私が、何十回もシャッターを切った」や、「こんな夕焼けを死ぬまでにあと何回見られるのだろうかと思い、生まれて初めて死を意識した」と、そのときに自分が具体的に感じたことや行動したことを語ったほうが、それがどれだけ美しく感じられたかが相手に伝わるのです。
ありきたりの言葉に頼って安易に発するのではなく、一拍置いてそのとき感じたことや自分のとった行動を思いかえし、エピソードとして伝えることが大切です。
「かわいい」「かっこいい」「おもしろい」「すごい」「おいしい」といった形容詞のひとことが思わず頭に浮かんだときが、エピソードに変える合図です。
広告で商品の魅力を伝えようとするときも、同じように考えます。
そのお菓子はおいしい、そのクルマはかっこいいと伝えても共感されません。そのお菓子を食べたとき、そのクルマを所有したときにどんなことを感じ、どんな行動を起こすだろうかと具体的に想像してみる。たくさん出てきたエピソードの中で、最もその商品の良さや価値が伝わるものを選ぶ。検討してまだまだならば、また想像してエピソードを探す。それを何度も繰りかえしながら、企画を膨らませていくのです。
日頃からエピソードで伝えられる体質に自分を磨いておけば、仕事でのコミュニケーションに使えるだけではなく、いざアイデアや企画を考えなくてはいけない場面でも、相手に伝わりやすいものや共感されることが想像できるようになります。