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前に進め、30オトコ。No.6

未来をつくる30オトコ、仕事の持ち場づくりとは?(後編)

2015/04/06

前回に続き、30オトコとしてとても興味深い人生を歩まれている、アンカー・ジャパンの井戸義経社長にお話を伺いました。
ゴールドマン・サックス証券をはじめとする外資金融の畑で腕を磨いたビジネスマンが、日本のものづくりの世界に転身、そこで見つめる未来とは――。
井戸社長と、「THINK30」の大貫元彦が、「30オトコの迷いや不安と人生の岐路」について語り合います。

【Anker】
モバイルバッテリーなどのスマートフォン周辺機器を開発・製造、世界中で販売するブランド。
2009年、米Google本社の検索エンジンに関わっていたSteven Yang氏が事業を開始。
2013年1月に日本法人を設立したばかりの若い会社ながら、グループ全体の年間売上は早くも200億円を超えると予想されている。

ものづくりへの情熱が、じわじわと育ってきた

大貫:井戸さんが外資系投資機関からメーカーの社長に転身されたのは、なぜなんでしょう? 金融とものづくり、まったく異なる分野のように見えますが……。

井戸:実は私、大学時代にゼミで、ものづくりと企業経営の関係性について学んでいたんです。トヨタ生産システムの研究で高名な教授から教えを受け、「製品を作るために、どういった組織や経営システムが最適か」「どのようにイノベーションを起こしていくか」といったことを学んでいました。当時は今よりもまだ日本のメーカーが存在感を示していた時代。「日本のものづくりはまだまだ強い」「捨てたもんじゃない」と思える事例がたくさんあり、その頃から心の奥底に、「いつか日本のものづくりに貢献したい」という気持ちを秘めるようになりました。
それでも金融業界に就職したのは、伝統的なメーカーの場合、10年は修業しないと一人前になれないと思ったから。当時の私は、若いうちから大きな仕事を任され、短時間で成長したいという思いが強かったのです。

大貫:それでゴールドマン・サックスを就職先に選ばれたんですね。以降、約10年、金融畑でキャリアを積まれていたわけですが、なにがきっかけで、ものづくりへの思いが再燃したのでしょう?

井戸:実は特定のきっかけがあったわけではありません。大学時代からの気持ちが、たまたまAnkerに出合ったことで形になった、という感じでしょうか。思いが再燃したというよりは、じわじわ育っていたと言ったほうが妥当かもしれませんね。中小を含めて、日本のメーカーが持つ高いコア技術と、Ankerが持つ製品化力、グローバル市場での販売力を掛けあわせれば、きっと新しいビジネスの形を生み出すことができる。まだ日の目を見ていない技術を世界に向けて発信することも可能です。少しずつではありますが、日本のものづくりに貢献していきたいと考えています。

成長意欲はあるのに、やりたいことが見つからない……?

大貫:井戸さんにとって「日本のものづくりへの貢献」は、学生時代からの具体的な目標だったのでしょうか?

井戸:ちょっと違います。当時のそれは、ふわっとした夢のようなもの。特にこれといってやりたいことはありませんでした。自分のことを「やりたいことがない人間」だと思って、悩んでいた時期さえあったぐらいです。成長への意欲があったにもかかわらず、やりたいことが見つけられず、空虚さを感じることも少なくありませんでした。だからこそ、自分の可能性を広げる方向で転職を繰り返したのでしょうね。たまたま34歳のときに運命の仲間に出会うことができ、やっとやりたいことが見つかった。

大貫:井戸さんが、「やりたいことがない人間」だったとは……。意外です。ただ、「やりたいことは、実は最初からあるものではない」というのはわかる気がします。目の前のやるべきことに一生懸命取り組むうちに、できることが増えてきて、そのうちふと「本当にやりたいこと」に気づいたり。

井戸:そうだと思います。今はやりたいことが明確に見えていなくても大丈夫。必死でやっていれば、いつか必ず見えてくるものだと思いますよ。

金融、ものづくり、経営者。すべての経験がつながっている

大貫:金融業界で経験した仕事で、現在役に立っているのはどんなことでしょう?

井戸:たくさんあるんですが…。一番役に立っているのは、プライベートエクイティーファンドに勤めていたときの経験ですね。投資先の企業の大株主になって、時間をかけて改善し、価値を高めた上で売却したり再上場させたりする、その過程で一つひとつの企業ととても濃密なやりとりをさせていただきました。ときにはリストラや、不採算事業の廃止をしなければならないこともありました。
きれいごとなど一切なしで、あらゆる手を打っていく。限られた時間の中でどういうステップを踏めば企業価値を高められるか死ぬほど考えました。その経験が、現在の会社の経営に生かされていると思います。外資金融業界と日本のものづくり、一見、つながりがないように見えますが、すべての仕事は必ずどこかしらでつながっているわけで。無駄な経験はないと思っています。

大貫:ものづくりに対する情熱は先程伺いましたが、起業をしたいとか経営者になりたいといった思いは、いつごろからお持ちだったのでしょうか?

井戸:それが、まず起業ありきとか、経営者になること自体を目指してきたわけではまったくなくて……。その時々で自分の心の声にしたがって選択してきた結果、今のポジションにいるだけだと思っています。だから、社長という肩書自体は本質的にはどうでもよくて、スタッフが最大のパフォーマンスを発揮できるように、障害を取り除き環境を整えるのが私の責務だと思っています。

大貫:知人や著名な方々を見ていて思うなんとなくの印象ですが、30代、特に30代前半の経営者の方々は、バランス型の人が多いような気がします。最後に、今後の井戸さんの目標をお聞かせください。

井戸:そうですね、今後は、日本のものづくりのコア技術と、Ankerが持つ製品化力、グローバル市場での販売力を掛け合わせて、「スマートフォン周辺機器の世界チャンピオン」を目指していきたいと考えています。私の勝手な標語なのですが、「Powered by Japan」の発想で強い商品を生み出し、世界に発信できればうれしいです。