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「届く表現」の舞台裏No.3

逢坂恵理子氏に聞く
「館長として、キュレーターとして、
現代美術展を通じて表現したいこと」

2015/07/31

各界の「成功している表現活動の推進者」の方々にフォーカスしてお話を聞きます。

現代美術の大きな特徴の一つは、アーティストが今、私たちと同じ時代に生きているということです。彼らは、今の時代の3歩くらい先を見る力を持っていて、一つの物事をさまざまな角度から、そして複数の見方をすることで作品を生み出しています。そうした特徴が、現代美術を奥深いものにしています。

鑑賞にはいろいろな段階があるんですね。まずは、とにかく美術館に来て体験していただく。自分がその作品を面白いと思うかつまらないと思うか、好きか嫌いかというところから出発する。そして次のステップでは、アーティストの多様な視点や表現をたどることで、自分の考えを鍛え、やがて自身を一人の人間として自立させていく。そこが最終ゴールだと思っています。自立というのは、自分と違う考えや価値観のある人がいることを認めて共存できること、そして広い視野に立ち複数の視点を持って自ら取捨選択できるということですね。

私が現代美術によって与えられたものの一つに、アーティストの名前や知識、評価などにとらわれず、その作品の奥にあるものをどうやって読み込んでいくかということがあります。簡単な言い方をすると、人間を肩書で見ないということと同じ。自分が全く知らないアーティストや、自分が美術だと全く思っていない表現に出会ったとき、どうやってそれらに向き合うかということを学びました。人間としての許容度が広がったんですね。

現代はあらゆる価値が同等化し、ある意味生活はものすごく大変になってきた。世の中がどんどん便利になる一方で、与え続けられる情報の渦の中で一体自分に何が必要なのかということが分からなくなってきています。取捨選択は難しいけれど、取捨選択を自らしなくてはならない時代なんですね。自分にとって何が正しいのか、人間としてどうあるべきなのかというのを自ら選び取っていく。そうしたとき、現代美術の難しさや奥深さ、違う視点や多様性などは、私にとっては世界と向き合うためにとてもプラスに働いたんです。

蔡國強展:帰去来」(7/11~10/18)の展示準備現場で

こうした現代美術が持っている可能性を多くの人に伝えるにはどうしたらよいのか、ということを一番に考えています。まずは、大きく窓を開けること。ほとんどの方は現代美術と聞くと「ちょっと分からない」という反応です。でも美術鑑賞に正解はないんですね。横浜トリエンナーレは、先入観を乗り越えて現代美術ってこんなに面白いんだと思っていただける大切なチャンス、多くの方々に現代美術の醍醐味(だいごみ)を知ってもらうための大きな窓だと考えています。

今は作品が本当に千差万別で、一つの美術という分野だけに収まらずにファッションの分野や言葉による作品、テーマが宇宙科学の作品など、すごく多岐にわたっています。横浜トリエンナーレのように100人近くの作家が参加する国際的なアートフェスティバルなら、自分に関わると思える作品に出会ったり、鑑賞の糸口を見つけたりすることができると思います。

一人の作家の個展も同様に大きく窓を開けます。横浜美術館で個展を開催中の蔡國強(ツァイ・グォチャン)氏は中国にとどまらず、日本に約9年間滞在した後、現在はニューヨークで活動しているアーティストですが、文化の違いや、それぞれの国や地域の歴史、価値観や思想といったものを、自分の中で反芻(はんすう)しながら制作しているんですね。ですから今、彼の展覧会を開催するというのは、私たちが直面している社会の状況ともリンクしていて意味深いことだと思っています。

今回は幅広い来場者の方々の考えや感情を引き出せるように、日本初公開作品やビジュアルインパクトがあって、誰もが「ああ、すごい」と思えるような作品も展示してもらっています。

現代美術は、窓は広いけれど奥が深い。全ての人が現代美術を好きになる必要はないけれど、私自身は足を踏み入れたことによってたくさんのことを教えられたんですね。そうしたことを多くの人に伝えていきたいと思っています。