「悪魔なカンナ」に見る、ヒットするムービーの作り方(前編)橋本環奈×田向潤×見市沖
2015/11/19
“天使すぎるアイドル”として知られている橋本環奈さん。彼女が悪魔に扮し、これまでになく大人っぽい表情を見せているのが、ロート製薬「リップベビークレヨン」(悪魔なカンナ編)のCMだ。明るくハツラツとした“天使”が、セクシーで艶やかな“悪魔”を演じる――。そのギャップや、ミュージックビデオのように軽やかな映像が反響を呼び、限定WEBムービー公開と同時にYahooトップ含め200本以上のネット記事にとりあげられ、Twitterでは動画が6万回以上リツイートされ、さらには商品販売目標の200%を達成、という旋風を巻き起こした。
企画段階から織り込まれていた“話題になる仕掛け”や、イキイキとした表情を引き出すムービー撮影のコツ、トップアイドル・橋本環奈の魅力まで…。監督の田向潤さん、橋本環奈さんご本人、企画を担当した電通の見市沖さんが大いに語り合った。その内容を、前後編に分けてお届けする。
あの天使が悪魔になる! ニュース性の高い企画づくり
見市:「リップベビークレヨン」は、中高生~大学生ぐらいの女子をターゲットにした“色つきリップクリーム”です。大人っぽく、艶っぽい色味がそろっているところが特徴。自分を特別に見せたいときに使うような、ちょっとドラマチックな商品なんです。
橋本環奈さんを起用することになったのは、クライアントさんのご意向でした。独自のイメージ調査を行った結果、「次のメンソレータムキャラクターは橋本環奈さんが良い」という声がとても多かったそうです。最初は「かわいらしい環奈ちゃんが、大人っぽくなったような雰囲気の広告に」というオリエンだったかと思います。
僕としては、大人っぽい橋本さんで十分広告として成立する、と思いながらも、すこし物足りない、それだけだと大きな話題にはならないと思いまして。「天使すぎる」のイメージが定着している環奈ちゃんに何をやってもらったら話題になるだろうかと考えて、逆張りの発想で「悪魔」だなという考えにいたりました。
橋本:まさかCMで、悪魔をやらせていただけるとは思ってもみませんでした。それだけに、私自身もものすごく新鮮で。お話をいただいたときはびっくりしました。
見市:“天使が悪魔になる”というのは、それだけでインパクトがある、ニュースになりやすいトピックです。橋本さんが悪魔になって踊りながら歌を歌う、これが真ん中にあるだけで世の中に広がっていくな、と思いました。
ただ、最初だけ打ち上げ花火のように話題になっても、すぐに失速してしまうともったいない。クセになって何回も見てしまう、耐久性のあるコミュニケーションをしなければいけないと思っていました。そこで声を掛けさせていただいたのが田向潤さんです。“かわいくてクセになる映像をいちばん上手に演出できる人”を探してたどり着き、「ギャラ、高いんじゃないかなあ…」とドキドキしつつも依頼しました。
田向:高くないです(笑)。絵コンテを見せていただいてすぐに「大変だけど、やるべきことは明確だな」と思いました。僕がすべきことは、橋本さんの、まだ誰も見たことがないような大人っぽいかわいらしさを引き出すこと。それで「ルームランナーの上を歩いてもらおうか」と思ったわけです。
田向さんによる演出コンテ
“歩いてもらう”ことで、より艶やかな橋本環奈が引き出せた
橋本:歩きながら撮影すると、なにが変わるんですか?
田向:動きの中にしかないような、いい表情が捉えられるんです。大人の女優さんなら、妖艶な動きや見せ方を知っているし、パパッと体現することも可能です。でも、橋本さんはまだ10代の女性なわけで。環奈さん本人ですら知らないような表情やしぐさを、引き出さなければなりませんでした。歩くという動きの中から、演者が今まで経験したことがないような、自分が本来持っているはずではない動きや表情が出るようになるんですよね。
それから、女性的な身体の動きはひねると出やすいという特徴もあるんです。歩きながら横を向いてカメラを見ると、それだけで艶っぽく映ります。ときどきカメラから目線を外したり、進行方向とは逆方向に目線を向けたりすることで、流し目やせつない表情なんかも生まれます。
橋本:なるほど。そのお話を聞いて、「悪魔なカンナ編」の前に撮った、「メンソレータムカンナ編」を思い出しました。
見市:「リップベビーフルーツ」のCMですね。橋本さんにメンソレータムのキャラクターに扮してもらって、めいっぱい可愛く、アイドルらしく歩いてもらいました。
橋本:はい。フルーツの撮影は、びっくりするぐらいサクッと終わっちゃったんですよね。
田向:あれは完璧でしたね。すごすぎました(笑)。「メンソレータムカンナ編」があそこまでスムーズに進んだのは、橋本さんがもともと持っている動きや表情だけで成立する撮影だったからなのではないかと思います。一方の「悪魔なカンナ編」は、経験のない自分を出さなければいけなかった。ですから時間もかかったし、リテークも多かったのだと思います。
見市:時間はかかったけれど、その結果、慣れない様子の中から出てくる、みずみずしい色っぽさを拾い集めることができましたね。撮影のとき「こんな表情もあるのか!」と驚きました。
田向:いま動画の視聴環境もすごく変わっていて、つまらないと思ったらすぐスキップされてしまいます。だからこそ、コンテや企画書には入りきらないようなイレギュラーな要素が混ざり込むことで、より見たくなるものになると思います。書類に収まりきる要素だけだと、ヒット作は生まれにくいのかもしれない。予定調和を排除して、読み切れないところから出てきた演技や物語を拾うのも、大切なことだと考えています。
<後編へ続きます>