「悪魔なカンナ」に見る、ヒットするムービーの作り方(後編)橋本環奈×田向潤×見市沖
2015/11/20
“天使すぎるアイドル”として知られている橋本環奈さん。彼女が悪魔に扮し、これまでになく大人っぽい表情を見せているのが、ロート製薬「リップベビークレヨン」(悪魔なカンナ編)のCMだ。明るくハツラツとした“天使”が、セクシーで艶やかな“悪魔”を演じる――。そのギャップや、ミュージックビデオのように軽やかな映像が反響を呼び、またたく間にネット上で話題になった。
企画段階から織り込まれていた「話題になる仕掛け」や、イキイキとした表情を引き出すムービー撮影のコツ、トップアイドル・橋本環奈の魅力まで…。監督の田向潤氏、橋本環奈さんご本人、企画を担当した電通の見市沖が語り合った。その後編をお届けする。
「私、悪魔な橋本環奈です」。名前を変えればパロディー動画に!
見市:前編で、「天使のイメージがある橋本さんに悪魔を演じてもらうことで、話題性を高めた」というお話をしましたが、実はもうひとつ、話題になる仕掛けを盛り込んでいるんです。それが歌詞の部分。冒頭に「私、悪魔な橋本環奈です」というフレーズを入れていて、一般の方々がここを自分の名前に差し替えるだけでパロディー動画が作れてしまう構造になるよう意識しました。
橋本:えっ、あの歌詞って見市さんが書いていたんですか!?
見市:はい、すみません(笑)。TwitterやMixChannelなど、最近はだれでも簡単に動画をとってSNSで共有できますよね。だから、企業の動画をつくるときは“その動画はパロディー化したくなるか?”をひとつの基準として考えているんです。パロディー化してもらえると、企業からの一方的な広告が、友だちの輪の中でリアルなものとして広がっていきます。“パロディー化したくなる動画”は、フレームが太くてシンプルでちょっと非日常的、できればどこか一ヵ所だけ変えれば自分のオリジナルが作れるようになっていると、なお良いと思います。そういう考えで、橋本さんには、わざわざフルネームを歌っていただきました。
橋本:そうだったんですね。実はRev.from DVLのメンバーも、CMがオンエアされてすぐに、パロディー動画を送ってきてくれたんです。兄の学校でも、「橋本環奈」の部分を自分の名前に変えて自撮りしている子がたくさんいると聞きました。YouTubeにもいっぱい動画が上がっていますし、日々、話題になっているなぁと実感しています。
雰囲気のある映像にするため、楽曲を2倍速にしてリップシンク
見市:撮影はどうでしたか? 「メンソレータムカンナ編」と「悪魔なカンナ編」を続けて撮影していったので、大変だったのではないかなあと思います。
橋本:すっごく楽しかったです。ただ、スタジオに入った瞬間はちょっと戸惑いました。「えっ、私、ルームランナーの上で歩くの?」「歩きながら歌うの!?」って(笑)。常に動いている状態でうまくカメラのフレームの中に入れるかがとても心配でした。しかも「悪魔なカンナ編」は、楽曲を2倍の早回しにしてリップシンクをしたんですよね。
田向:そうですね。これはミュージックビデオの撮影でよく使うテクニックなんですが、楽曲を早回しにして撮影し、編集の段階でノーマルに伸ばすと、ふわっとした雰囲気のある映像が出来上がるんです。「メンソレータム」の方はノーマルで撮影しているので、動きが軽快でパキッとしている。見比べていただけるとはっきり分かるのではないかと思います。
橋本:演じる前は、「絶対無理だ」と思いました…。だって、倍速で歌いながら、歩いて、動いて、表情を作るんですよ(笑)。でもやってみたら、これが意外と楽しくて。なにより仕上りがすてきで、ものすごくうれしかったです。
クリエーター側から見た、橋本環奈の魅力
見市:最も印象に残ったのが、橋本さんが持つエネルギーの大きさです。長時間ルームランナーに乗って、照明を浴びて、何十人という関係者に囲まれながら撮影しないといけないという状況で、まったくテンションが下がる気配がないんですよね。朝、元気いっぱいでスタジオに入ってきたときのパワーが、午後になっても全く変わらず持続している。若さなのか、根性なのか、体力なのか、それだけでは語りきれないエネルギーの大きさを感じました。とにかくすごい事だと思います。僕は午後の時点でヘトヘトでしたので…。
田向:僕は、橋本さんが、少女のかわいらしさを余すことなく出し尽くす方法を知っていることに驚きました。少女が少女らしい魅力を表現するのって、意外と難しいんです。だって16歳の女の子が「少女らしいかわいさってなんだ?」なんて考えないわけですよ。でも橋本さんは、完璧すぎるほどに16歳の少女を表現してくれる。ものすごくたくさんアイドルを研究し、レッスンを積み重ねているのだろうなあと感じました。
見市:同感です。「1000年に1人」は、偶然じゃなくて努力の賜物なんですね。
橋本:ありがとうございます。小学生のときからみっちりと、ダンス、歌、タップ、着付けなどの基礎的なレッスンを受け続けているので、もしかしたら、その効果が出ているのかも…。デビューしたてのころは表情を作るのがとても苦手だったのですが、何年も活動を続けているうちに余裕が出てくるようになって、どんどんお仕事が楽しくなってきました。
私、大人っぽいイメージに、強い憧れを持っているんですよね。まだまだ子どもなんだけど、子どもだからこそ、大人っぽい女性に惹かれてしまう。「悪魔なカンナ編」で、少しでも大人の女性に近づけていたらうれしいなあと思っています。
ネット記事200本以上、リツイート6万件のヒットムービーへ!
見市:田向さんは、仕上りを見てどのように感じましたか?
田向:あらためて、撮影って面白いなあと思いました。僕は、もともとCGやモーショングラフィックをやっていたんです。それはそれでとてもやりがいのある、魅力的な世界だったのですが、とにかく作るのに時間がかかってしまって。一体の人物モデルを作るのに、数十時間、数百時間といった労力をかけていました。
一方、撮影の場合は、生身の女の子が一発にこっと笑ってくれれば完成してしまうような、とてつもないインパクトがあって。女の子の一瞬の笑顔が、CG制作1000時間分の作業に値するような奇跡が起きるんですよね。橋本さんと一緒に撮影をし、上がりを見て、人の魅力や演技というものの素晴らしさを感じました。
見市:僕は、動画が公開されて拡散されていく様子に喜びを感じました。オンエアと同時に200本以上の記事が上がり、動画も6万回以上リツイートされたので、とても多くの方々に届きました。しかも、一般の学生さんたちが、自分たちの動画として人に紹介してくれたり、パロディー動画を上げてくれたりしていて。生活者が生活者に向けたCMを作ってくれているような状況になったことが、とてもうれしく思いました。
橋本:今日お二人のお話を聞いて、こんなにもいろいろなことを考えて準備してくださったのだと、初めて知りました。結局のところ、うまく乗せられちゃっていたんだなあ、という気もしなくはないですが…(笑)。
CMが公開されて、身近な友達の間で動画が話題になったり、エレベーターでたまたま乗り合わせた一般の女の子たちが、ちょうど悪魔カンナの動画を見ているところを目撃したりと、今までにない経験をたくさんさせていただきました。ライブにも、悪魔のツノがついたカチューシャをしたファンの方がたくさん来てくださるようになったんですよ。これからまだまだ、反響が広がりそうな気がしています。本当に、ありがとうございました!