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LGBT JAPAN 2020〜レインボーカンパニーへの道〜No.3

LGBT当事者じゃなくてもできる。
野村證券に聞く「アライ」を増やす取り組み

2016/04/15

皆さんは、「アライ」という言葉を耳にしたことはありますか? 同盟や支援という意味の英語「Ally」が語源の、LGBTを含む性的マイノリティーを理解し、支援する人のことを指します。  日本でも最近、LGBTの支援団体の活動が注目されるようになってきました。LGBTの支援団体と聞くと、LGBT当事者が主体で活動していると思われがちですが、実は当事者じゃない人が支援したり、活動したりできることもたくさんあります。そういった支援団体に所属したり、イベントに参加したりする人たちは、LGBTの当事者もそうでない人も、全員が「アライ」だといえます。LGBTへの誤った認識を正し、誰もが不当な思いをせずに過ごせる社会になるためには、当事者よりむしろ非当事者の人たちの意識が変わる必要がある。そんな考えから、アライを増やす活動が各所で広がっています。

電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)のジェンダーチームLGBTユニットが2012年に活動を開始してから、アライを掲げ、積極的に活動を行っているいくつかの企業・団体に出合いました。LGBT JAPAN 2020第3回の連載は、LGBT関連のセミナー講師としてもよくお見かけする野村證券・人材開発部の東(ひがし)由紀さんと、2015年春から同社のダイバーシティ&インクルージョンの理解促進の活動に参画されている北村裕介さんを、電通ビジネス・クリエーション・センターの朱(ジュリア)芳儀が訪ねました。

右から北村さん、東さん、ジュリア
右から北村さん、東さん、ジュリア

リーマン・ブラザーズの事業継承を機にLGBT理解の活動を展開

朱:2015年はLGBT関連のニュースが多く、メディアでも本当によく目にするようになりましたが、まだ「アライ」という概念はそれほど広まっていないように感じます。LGBTへの理解が進むためには、LGBTではない人がアライになっていくのが大事なのではと思って、アライ活動に積極的な野村證券をお訪ねしました。

まずは、野村證券でのLGBTへの取り組みがどのような位置づけなのか、教えていただけますか?

東:当社のダイバーシティ&インクルージョン活動の一環として取り組んでいます。活動には、女性のキャリア形成に特化した「ウーマンインノムラ」、育児や介護と仕事の両立を図る「ライフ&ファミリー」、そして多様な文化を尊重する「マルチカルチャーバリュー」の3本の柱があります。

LGBTは、この3つ目に含まれるテーマという位置づけですね。特に当社では、アライのAを付けて「LGBTA」と表現しています。

朱:LGBTの取り組みは、どういったきっかけで始まったのですか?

東:きっかけは、2008年にリーマン・ブラザーズの欧州とアジア拠点のビジネスを継承したことです。LGBTに限らず、先ほどのダイバーシティ&インクルージョンのコンセプトと3本の柱、3つの社員ネットワークを引き継ぐことになりました。

朱:そうなんですね。LGBTの社員ネットワークというのは、当事者のネットワークですか?

東:ええ。引き継いだ当初は主に当事者の人たちが、LGBTへの理解を広めたり交流をしたりしていました。ただ、社員ネットワークなどダイバーシティの活動が再開したのは、事業継承の1年後でした。

リーマン・ブラザーズのビジネス継承を機に、急激に外資からの転職者や外国人のスタッフが増えたんですね。それで、やはり経営戦略としてダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みは必要だということで、2009年に活動が再開しました。

東さん

当事者が「いない」んじゃない、「言えない」のだ

朱:現在の活動は、何人くらいの業務規模なのですか?

東:業務としては、1.5人なんですよ。私は人材開発や人事評価などの業務もあるので、0.5人分かそれ以下ですね。でも、先の3本の柱にそれぞれ10人程度のボランティアメンバーがいて、隔週でランチミーティングなどを通して社内イベントの企画などを行っています。3つの活動の事務局を、北村が業務として担当しています。

朱:北村さんは、2015年春に入社されたんですよね。お2人はそれぞれ、どういった経緯で現在のお仕事をされるようになったのでしょうか?

北村:以前は一般企業の営業やプロジェクトマネージャーをしていましたが、個人的にダイバーシティというテーマに関心があり、例えばLGBTの映画祭に協賛営業のスタッフとして関わったりしていたんです。そこで、さまざまな企業のダイバーシティ担当者とお会いして、こういう仕事があることを知りました。それで転職を考えるようになり、縁あって現職へ就きました。

東:私はもともとリーマン・ブラザーズの社員なので、2008年から野村に加わりました。リサーチ部門で仕事をしていたところに、人事部から「東さん、LGBTネットワークのリーダーになりませんか?」と言われて。

LGBTの友達や同僚もいましたが、ネットワークの運営や啓発については何をしたらよいか全然分からなかったので、初めは戸惑いました。でも、野村にはカミングアウトしている当事者がいないと人事部から言われて、国内のグループ全体で1万5000人も社員がいるのに、カミングアウトしている当事者が一人もいないなんてあり得ない。

つまり、言えない環境になっているんだと思ったので、当事者が出てくるまでと思って引き受けました。アライという概念も活動し始めてから知って、言葉を取り入れたりしたんです。

その後、私は2013年に社内公募制度で人材開発部に異動し、人材育成を担当する傍ら、ダイバーシティに業務として取り組むようになりました。

東さん、北村さん

ダイバーシティ研修にLGBTを差し込む“手裏剣戦法”

朱:ネットワークの活動をし始めてからアライを知ったとおっしゃいましたが、最初はどんなふうに進めていったのですか?

東:それはもう、手探りですよね。支援団体を調べて電話をかけまくり、アドバイスいただける方に会って相談に乗ってもらって。そのうちのお一人が、電通に勤務しながら認定NPO法人「グッド・エイジング・エールズ」の代表をされている松中権(ごん)さんでした。権さんにアライという言葉と、当事者じゃなくてもできることがあると教えてもらい、アライの概念を手がかりに進めていこうかなと思ったんです。

朱:そうだったんですね。野村證券では、アライをどう捉えているのですか?

東:LGBTを理解しようとして、それを広めるために何らかの「行動」を起こしている人、と定義しています。やはり、思っているだけでは変わらないので、一歩踏み出してほしいという思いがあります。逆に小さな一歩でも、たとえば私たちが配っているステッカーをパソコンに貼ってくれるだけで、立派なアライだと思っています。

朱:「I am an LGBT Ally」というステッカーですね。アライを増やすために、社内ではどんな活動をされているんですか?

東:主には、倫理規程の改編、ダイバーシティ研修の実施、啓発活動の3つがあります。私が加わる前のことですが、2012年に野村ホールディングスの倫理規程における「人権の尊重」の条項に、性的指向と性同一性という言葉を入れました。日本の企業では、かなり早い段階だと思いますね。

2つ目のダイバーシティ研修は、新卒や中途採用、新任管理職、新任部店長などの研修で行っているものです。本社勤務の社員には自由選択型もありますね。これらはあくまで「人と人が一緒に働く上では多様な価値観を理解することが大事」というダイバーシティ&インクルージョンの基本的な考え方を伝える研修ですが、ここに2013年からLGBTのスライドを加えているんです。シュシュシュッと、どのダイバーシティ研修にもLGBTを入れ込んでしまう。これを私は“手裏剣戦法”と呼んでいます(笑)。

朱:手裏剣戦法! いいですね! たしかに、LGBTを含めてさまざまな人の価値観を尊重するのがダイバーシティの考え方ですよね。

東:そう、だから入れ込みやすい(笑)。実際、LGBTだけの研修を新規で立ち上げるのは大変です。しかもLGBTの理解といった内容は、単発ではあまり意味がなくて、継続して言い続けないと浸透していきません。なので、ダイバーシティにおけるひとつのテーマとして、いろいろなところに手裏剣を投げているんです。

東さん、北村さん

商談相手がLGBTかも? 考えるべきビジネス上のリスク

朱:LGBTに関しては、どんな内容をレクチャーしているんですか?

東:前提は、LGBTは「嗜好ではなく指向」ということです。趣味嗜好や病気、あるいは一過性だからそのうち治るといった誤解がまだまだ多いので、性的指向だと、最初にお話ししています。でも、知識だけだと聞いて終わりになってしまうので、ロールプレイング形式で紹介しています。

例えば商談の席で、部下について「30歳にもなって彼女もいなくて、このままだと“コッチ”になっちゃうぞと言ってるんですよ」と冗談で話したら、実は目の前のお客さんがLGBT当事者だったとか…。不快な思いをさせるだけでなく、野村はダイバーシティとか言いながら全然違う、と会社の信用も落としかねません。

朱:なるほど、分かりやすいですね。働きやすさだけでなく、ビジネスに影響してしまうことも納得できます。

北村:直近の調査(※電通ダイバーシティ・ラボ/2015年4月)でも、国内では7.6%がLGBTという結果なので、身近にいる可能性は低くないと思うんです。当事者ではないストレートでも、アライだったら、冗談でもこういった発言をする人とは一緒に働きたくないと思うのではないしょうか。そう考えると、LGBTだけでなく、多様性を理解し新しいアイデアを出せる可能性のあるアライの人材流出にもつながります。

東:理解を推奨するというより、今はLGBTを理解しないビジネス上のリスクの方が大きいといってもいいくらい。役員が研修の見学に来ると、若い人なら「知っている」「身近にいる」と回答する人の割合がかなり高いことに驚いて意識が変わるということもあります。

また、研修では「これを言うな、あれを言うな」とは、あまり言わないようにしています。こういうのを“Don'tsの研修”といいますが、LGBTに関する議題が扱いにくいと感じて萎縮してしまうので、逆効果ですね。

北村:活動の3つ目が、先ほどお話しした10人程度のボランティアメンバーが中心に進める啓発活動です。社員食堂で定期的に行う「LGBTウィーク」や、就業時間後を利用したイベントの開催、「アライになろう!!」パンフレットの制作などですね。それから先ほどのアライステッカーは、皆で手づくりでやっているんです。他に、野村グループのウェブサイトで、アライの取り組みの紹介もしています。

朱:イベントの開催などに、障壁はなかったのでしょうか?

東:最初に担当部署から許可を得るために説明したときは、たしかにすごくびっくりされました(笑)。日ごろ、ゲイとかレズビアンという言葉を聞き慣れていないので、そういう言葉が職場で飛び交うこと、その活動に社員食堂を使うことに驚かれたんです。でも、なにかあったらすぐに撤収しますから!と言って始めて、今までなにも起きていませんね。本社ビルでも、パソコンに貼られたステッカーを見かけることも増えましたし、会長や役員がつけてくれたという知らせも聞くようになりました。

ジュリア

金融系13社が「LGBTファイナンス」として協賛

朱:社外では、どんな活動をされていますか?

東:こちらも主に3つあります。ひとつは、金融関連企業13社で「LGBTファイナンス」という支援団体を構成して、「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」や「東京レインボープライド」などのイベントへ協賛したり、学生向けセミナーを行ったりしています。映画祭では、毎年1本ドキュメンタリー作品を協賛していて、作品冒頭で私たちの理念と加盟社を紹介しています。

それから、前述の支援団体グッド・エイジング・エールズと一緒に「アライ会」を開催しています。アライの勉強会兼交流会といった形で、2014年から2回行いました。

そして、外部企業や団体、大学などでの講演ですね。当社の活動を話してほしいとお声かけいただくことも増えてきました。ただ、社外での活動は、同時に社内も意識しているんですよ。

朱:というと、社外から自社の活動を知って、社会の反応を含めて理解を深める…といった好循環のことですか?

東:ええ。それに、今でこそ社内のネットワークも動いていて、ボランティアメンバーの中ではカミングアウトしている人もいますが、基本的に言いたくないと思っている人は私たちの活動に絶対に近づいてきません。表明するかどうかは個人の考え方なので、カミングアウトする人を増やそうとは思っていないのですが、社内では活動から距離を置く人にも「野村はこういう考えを持っている」と伝えるには、こうした外部発信が有効だと考えています。

北村:私は当事者でもあり、仕事において周囲とのコミュニケーションを大事にしたいので、現職ではオープンにしてよかったと思っています。この会社で長く働きたいという思いも、強くなりましたね。ただ、人それぞれというのは東と同じ考えです。今は言わなくても、年齢やライフステージによって意向が変わることもあるので、いつでも言える環境にはしておきたいですね。

北村さん

LGBT当事者発じゃなくても、アライネットワークが作れる

朱:LGBTの取り組みに前向きでも、やり方が分からないという企業は多く、私たちも相談を受けることが増えています。東さんの話は、そういう企業の方にとても参考になりますよね。

東:参考になっているとうれしいですね。最初のころの私と同じで、当事者じゃないのに何ができるのか分からないので、まず自分で本や文章を読んだり、当事者の話を聞いたりして勉強してから自分ができることを考えました。当事者が身近にいなくて何が問題で何をしてほしいのか想像できないという人事の方などにも理解できるように研修のプログラムを工夫し、なるべく社内で戦わずに進められるように、四苦八苦してきました。今は、アライの概念や当社の研修のやり方などは響いているようです。当社のやり方を取り入れてもらえたらいいなと思います。

朱:熱意のある担当者がいても、上長の理解を得られないという話も耳にします。活動を進める上で、なにかポイントはあるのでしょうか?

東:そうですね、説明の仕方というのはあるかもしれません。先ほどの7.6%という数字、思ったより多いという印象ですが、これを推すと「ならば当社の40%を占める女性の方がやっぱり優先度が高い」ともなりがちです。

逆に、92.4%に注目すれば、相当のマジョリティーですよね。私たちは活動のスローガンとして「7.6%のLGBT当事者が活躍するためには、92.4%がアライになる必要がある」と掲げています。ビジネスの観点からも、グローバル企業なら、自国では結婚している同性カップルが日本支社に来たらどうするのかなど、もう避けては通れない話です。

もう一つは、そもそも女性活躍もLGBTもダイバーシティ推進の一環なので、女性だけでなく多様な価値観を理解することの重要性を打ち出すこと。それで進むケースも多いのではないでしょうか。

朱:先ほど、役員の方もステッカーを貼っているというお話があったように、現状ではかなり社内の理解も進んでいるのではと思います。最後に、今後取り組みたいことを教えていただけますか?

北村:「知る」という点では、ある程度は進んだと思いますが、やはり「理解を深める」という点では課題が多いですね。研修後の匿名アンケートでは、ネガティブな意見は一切なく、重要性を理解してもらったと手応えを得る一方で、まだ「会社が力を入れているんだな」というレベルかなと。これを、一人一人の理解を深めるために、行動に移してもらう。アライステッカーを貼ってもらうのも行動の1つの例です。こうして多くの人に理解を広めていくのが、今後のミッションです。

東:具体的には、アライのための研修をしたいですね。アライは、LGBTに理解のない人に対するLGBTの代弁者のような役割もあるので、たとえば差別的な発言があったときにうまい切り返しをして注意を促すとか、非当事者だからできることをもう少し探りたいと思います。

日本は文化的に、個々人の違いよりも一体感が重視される傾向がありますが、今はこうしてマーケットが変わり、多様なお客さんのニーズをくみ取る必要が出てきています。そのとき、社員一人一人の意見を聞くこと、多様な人と働けるスキルを伸ばすことは、必ず企業価値の向上にもつながるはずだと思っています。

東さん、北村さん

●電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)

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