FinTechがもたらす非金融業への影響とは
2016/04/12
FinTechとは、金融(ファイナンス)とテクノロジーを組み合わせた造語。銀行など既存の金融機関発ではなく、IT技術を駆使したベンチャー企業から生まれる、金融サービスの新しい形です。
FinTechがもたらす変革は、金融業に限ったものではありません。FinTech企業と非金融業種企業の業務提携が進む中、その提携がもたらす可能性とは?
2月にオープンしたFinTechのコワーキングスペースFINOLABで、マネーフォワードの取締役でありFintech研究所長の瀧俊雄氏と電通ビジネス・クリエーション・センターの上田康裕氏が語り合いました。
決済行為が透明化する
上田:FinTechが金融サービスを変革するといわれていますが、本日はあえて金融ではなく、非金融系の産業に対するの恩恵や影響、そして生活者との関わりについてお話を伺わせてください。
瀧:FinTechで何が変わっていくのか。まず分かりやすいのが「決済の透明化」です。ウェブ通販サービスでいえば、ワンクリックで買い物が終わるようなイメージです。
本来なら商品を選んだ後に、お金を払うという確認があり、さらに購入者が本人かどうかの確認もあって、それを「OKです」と承認するはずなのです。その過程を全てテクノロジーがひとまとめにし、商品を選んだ瞬間に、決済から発送までがワンストップで完了してしまいます。
上田:支払うという感覚がなくなっていきますね。
瀧:そうですね。実は今までも「支払う感覚がない消費」というのはありました。飲み屋さんに行って「ツケ」で飲むとか、祇園のお店で飲んで食べて帰って、月末に請求書が来るとかがそうですね。支払い行為が消費行為と切り離されていた例です。
これからは、消費のバックグラウンドで支払いが同時に起こり、お金を支払うという行為は消え、意識するだけになっていくはずです。
上田:なるほど、ワンクリックでの買い物はその典型例ですね。
瀧:私はとあるタクシー会社のタクシーアプリを使っているのですが、このアプリでは、タクシーを呼ぶだけでなく、クレジットカードを登録し支払いすることまでができます。
タクシーを降りる時の支払いって煩わしいんです。お金を出して、お釣りとレシートをもらい、財布をしまう。タクシーは時間の節約のために使うのに、カードを使う場合には、認証とかサインとかが必要になり、その手続きをしていると、タクシーに乗ることでつくり出せた大切な時間がどんどんなくなっていきます。
ところがアプリを使うと、素早く清算してレシートだけ渡されて、そのまますっと降りられる。これはFinTechの世界ですね。
上田:停車していると後ろの車にも迷惑かけているような気がしますからね。この時間短縮は素晴らしい。
瀧:ポイントは「決済の透明化」ですが、支払いの手段が簡略化されるだけではなく、それによって売っているものの価値が上がります。タクシーの場合などがまさにそうです。
いずれにしても大切なのは「インテグレーテッドペイメント」。つまりは統合化された支払いということ。モノを買うと決めた瞬間、またはタクシーを降りる瞬間に決済が成立していると、消費は増えるはずです。
FinTechの本質は、ちょっと後押しするところにある
上田:では、どう生活者の消費スタイルが変わるのか。また現場で見ていてどのような実感があるのか教えてください。
瀧:今から8年前には、スマートフォンがここまで普及するとは誰も思っていなかったでしょう。ところが、今はスマートフォンがなければ、本当に生きていけないくらいに生活が変わりました。
現代人はスマホの革命的なところを見ていますから、金融でも同じことが起きるんじゃないかと期待しているかもしれませんが、残念ながらそれはちょっと違います。
金融の新しいサービスは、他のサービスのイノベーションをちょっと後押しするような感じなんだと思います。
上田:ユーザーである生活者に対し、この新しいサービスの世界への期待をもっと持たせたいと思いますか?
瀧:一般の方々はこの新しいサービスの世界をまだ認識していない状況だと思います。金融自体はやはり補助的な働きですからね。ほとんどの人はそれに対して大きな期待は持っていないでしょう。ただ、期待値が低いということは、そのサービスに出合ったときの驚きは大きくなります。
例えば、当社の自動家計簿・資産管理サービス「マネーフォワード」は、もともと期待値がほとんどないので、使った人はすごく驚いてくれます。家計簿については面倒くさいという若干ネガティブな感覚が基本にあるからですが、サービスがうまく使えたときの満足度は驚くほど高くなります。
2~3年後くらいになれば、全自動で入出金データや残高情報の確認ができる「マネーフォワード」と定期預金口座、投資信託口座を自動でリンクさせるような仕組みを作って、毎月これくらいはと利用者が決めた額を勝手にプールさせる仕組みとかを作りたいですね。これが実現すると、年末に気が付けば40万円貯金できているということが可能だと思っています。
上田:生活者の日常の消費行動の中で驚きを与える、というのがミソなんですね。売り手サイドからFinTechを導入するメリットをどう考えることができるでしょうか。
瀧:昔アメリカで、「クレジットカードが空から降ってきた」という話がありました。実際に空からまいたわけではなく、信用力のある人にじゃんじゃん郵送したんです。
そうすると、多くの人がそのクレジットカードの決済を使ったわけですが、そのまま踏み倒して、お金を支払わない人がとても多かったんです。なので、このやり方をした人は、数カ月後に銀行をクビになっています。ただ、アメリカ中でこの戦略はどんどんまねをされたんですね。
それまでは消費者はツケで買い物をしていたんです。商店はその記録を紙に書いてまとめて、月末に請求書を顧客一人一人に向けて書いて、払わない人には催促して。それでようやく小切手を回収していました。これは実は相当な労力がかかっていた。
ところがクレジットカードの会社が出てくると、今まで何十人に対して行っていた請求が、その会社だけにすればよくなったわけです。細かい経理作業・請求の手間を一括処理してあげる。これはとても大切なポイントですね。
上田:4~5年前に、金融と同じ社会・生活インフラであるエネルギーの分野で、スマートグリッドが革命を起こすというムーブメントが起きました。そして今年はいよいよ電力の小売り自由化が始まります。マネーフォワードは電力会社とも業務提携をされましたね。
瀧:はい。非常にシンプルなのですが、毎月の電力使用量のデータをネットで見られるサイトに、もう一味楽しさを加えるサービスのお手伝いをしています。
人間はデータが蓄積されていくのが好きで「ふむふむ」と感慨深く見るんですね。去年に比べて今月は1800円安くなった、という情報が分かると「ふむふむ」が「おーっ」となります。ここに、Tポイントなどのポイントサイトの情報も加えて、同時に見せています。細かい蓄積が可視化される仕組みにより、自分の節約生活について思いをはせることができます。
FinTechの良さに、データの蓄積で消費行動の計測がしやすくなることがあります。現金を持って飲みに行くとします。酔っ払って使ったらしいけど、一体どこでいくら使ったのかが分からない。こういう時に、カードを使えば決済が記録として残るわけです。さらにFinTechによってそうした決済が簡単になると、あらゆる支払いの詳細が自動的に追跡できるようになります。
上田:エクセルでまとめることもできますが、それをやる人は少ないですね。
瀧:本来ポイントがどのくらいたまったのかを表にして眺めるのは、節約に執着が強くないとできないですね。でもこうしたサービスなら頑張らなくてもできるんです。FinTechの技術でこういう仕組みを作っていくことで、家計簿を趣味的に頑張る人でなくても、生活の改善点を発見できます。
シェアリングエコノミーの中で、認証行為に革命が起きる
上田:グローバルにCO2削減を目指す流れの中で、省エネや節電がすでに叫ばれていますが、議論の焦点は生活に必要不可欠なモノの環境性能を上げることから、それをどう使いこなすのかという行動を変えていくことに移っています。FinTechによって日々の家計のやりくりからユーザーの生活改善を実現していくことは、求められる行動を新しい豊かなライフスタイルとしてカタチにしていく方向で相通じるのではないかと。
瀧:自動車や家などを資産として捉えるのではなく、「この時間だけ貸す」という考えが実現される時代になっており、シェアリングエコノミーという言葉が定着してきています。
資産をストックするのが無理ならフローで解決するやり方は、アメリカが先取りして、自動車のシェアリングが発達しましたね。新車を買うのではなく、必要な時間だけ借りて使うというのがレンタカーの文化ですが、これが最近では広がって、新車の高級車とかを2年間のリースで借り、所有しないという人も増えています。
日本でも同じ流れがあり、若者の非正規雇用率が高くなっていると資産形成とか言っていられなくなりますし、自動車を買うのも無理だったりします。持たないで借りて使うという流れが、今では土地や建物にも及んでいます。
上田:シェアハウスが日本でも話題になりましたね。家という生活基盤もこれからの潮流から見直すと新しいサービスの形態が考えられるかもしれませんね。
瀧:現在の日本では、高齢者が一人で一軒家に住んでいる状況が多いですよね。家が大き過ぎて、維持費も高くなり、年金では維持できなくなってきて、日々の生活費を圧迫しかねない。こうした状況を変えるためには、若い人に家を貸して、その収入で自分は適切な広さで、病院が近いところに住めばいいわけです。これは金融用語でいうところの「スワップ取引」のようなものともいえます。
動かせないものを貸し出す代わりに家賃収入を得る。このとき問題になるのは、借り手の信用力をどう計測するのか、ということです。
上田:人の信用力を自動計測するサービスですね。
瀧:アメリカでは、ネット上にあるその人のプロフィールや、フェイスブックのアカウントなども見ることで、その人の信用情報を自動的に計測することが始まっています。大会社に勤めていなくて資産がなくても、信用力の高い人はいるわけですが、そういう人が借金をする、家を借りるときにきちんと評価をすることが、FinTechによって可能になっていきます。
貸す側の人にとっては、家賃の保証までしてもらえれば、安心して自分の家を貸し出して、引っ越しすることができます。資産を動かさずに人を動かすときのバックグラウンドで、FinTechによる信用計測の技術が働くのですね。
上田:決済の透明化、履歴のデータベース化、さらには信用情報の自動計測まで、そしてFinTechは金融以外のサービスを生む後押しをする、というお話を伺って、FinTechが可能にする新しいバリューチェーンと、シェアリングが鍵になるであろうこれからの社会や暮らしの未来像が垣間見えました。今日はありがとうございました。