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FinTech~社会を変えるそのビジネスインパクトNo.3

ブロックチェーンで世の中はどう変わる?(前編)

2016/07/20

FinTechと聞くと「ビットコイン」などの仮想通貨を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ビットコインによって「ブロックチェーン」という技術も知られるようになりましたが、ブロックチェーンを正しく理解する上で重要なのは、「仮想通貨や金融業界に限った技術ではない」ことです。今やブロックチェーン技術の潜在的な国内市場規模は約70兆円※ともいわれ、金融・非金融業界を問わずその市場インパクトは計り知れません。

ここでは電通ビジネス・クリエーション・センターの蓮村俊彰氏が、ブロックチェーンの技術について日本の第一人者である慶応大学SFC研究所上席所員の斉藤賢爾先生と、電通国際情報サービス(ISID)でブロックチェーン実証実験の技術担当である山下雄己氏を招き、これからの世の中を変える土台となり得るブロックチェーンについて語ってもらいました。ブロックチェーンによって起こり得るイノベーションとは?

※経済産業省「ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査」より
左から斉藤賢爾氏、山下雄己氏、蓮村俊彰左から斉藤賢爾氏、山下雄己氏、蓮村俊彰氏

ユーザー同士が完璧に同じ情報を持ち合える=ブロックチェーン

蓮村:まず、斉藤先生にFINOLABに来ていただけて光栄です。斉藤先生は『これでわかったビットコイン: 生きのこる通貨の条件』(太郎次郎社エディタス)や『ブロックチェーンの衝撃』(日経BP社/共著)などの著作がありますが、いつごろからデジタル通貨の研究を進めているのでしょうか。

斉藤:私は元々、日立ソフト(現・日立ソリューションズ)でエンジニアとしてコンピューターOSの開発に携わっていました。その後2000年から慶応大学SFCに移り、「デジタル通貨」を含む「インターネットと社会」の研究を続けています。

蓮村:そもそもビットコインなどで使われている技術「ブロックチェーン」とは何か。これを斉藤先生に分かりやすく解き明かしていただきたいと思います。ビットコインなどの仮想通貨には、公開取引簿と呼ばれる「過去を含めた全取引の履歴」があって、それをユーザー全員が確認できるのが特徴です。この仕組みを確立しているのがブロックチェーンの技術なのでしょうか?

斉藤:そうですね。世界中で行われている「AさんからBさんにコインをいくら送る」というデジタル上のやりとり一つ一つが、「ブロック」と呼ばれる記録の塊に格納されています。一つのブロックには、「AさんからBさんに何コイン送りました」とデジタル署名された1000個程度の情報が入っていて、それがチェーンのようにどんどん連なっているイメージです。次のブロックの中に、前のブロックの「ハッシュ値」を入れ込むことで、前のブロックの中身がロックされます。

ブロックチェーンのイメージ図

斉藤:銀行や政府が元となる情報を持っていて、そのコピーを配布するような中央集権的な形ではなく、ユーザー同士が同じ情報を持ち合う形で記録の同一性を確保できているのが、ビットコインなどのデジタル通貨の面白いところです。

山下:1カ所にデータが集まっている場合には、もしそこが破壊されたらおしまいですが、ブロックチェーンの場合にはそれぞれのユーザー全員が同じ情報を持っているので、理論的にはネットワークに参加しているコンピューター全てを破壊しないとダウンしない仕組みになっています。これは、一つのビットコイン取引所が破綻してもビットコイン自体は別の取引所を通じて利用され続けていることからも分かります。

蓮村:誰かがその記録にウソを書きこんで、詐欺を行ったりはできないのでしょうか。

斉藤:それを防止するために、デジタル署名や「ハッシュ値」の技術が使われています。ユーザー同士が互いに中身が明らかな情報を持ち合うことで不正防止ができていますし、ユーザー間で記録が完璧に同一だと保証されれば、安心して通貨として使えるわけです。

山下:誰かが記録を書き換えたとしても、他のユーザーはデジタル署名によってその記録が正しいかどうかすぐに確認できるので、改ざんが露呈する仕組みになっています。

斉藤:お互いに同一のデータを持っていることが保証できるので、ブロックチェーンは金融に限らず、さまざまな分野で使える可能性をもっている技術です。

ビットコインのブロックチェーンでは、即時決済ができない

蓮村:では、現時点でのブロックチェーンの問題点を教えてください。

斉藤:いくつものブロックが連なっていく際に、枝分かれしてしまう場合があります。例えば「500ビットコインを保有するAさんは、Bさんに500ビットコインを送った一方、実はCさんにもその同じ500ビットコインを送っていた」という矛盾する二重の情報がブロックチェーン上に発生したとします。この場合、「一番長いチェーンが正しい」という原理があって、どちらかのチェーンは消滅するのですが、それに時間がかかるのです。つまり、「ファイナリティー」と呼ばれる決済完了の判断がすぐにはできず、しかも厳密には永遠にできません。

分岐したブロックチェーン

一番長いブロックチェーンが有効となる

山下:例としてよく出てくるのが「ドローン自動販売機」の話ですね。

斉藤:そうです。例えば、お金を支払った人のところにドローンが来て缶ジュースを落としてくれる自動販売機を開発したとしましょう。スマホからビットコインで支払うと、そのドローンは缶ジュースを落とさないといけないですよね。

しかし、「この支払いは正しい」と確率的に安全になるまで待とうとすると、6ブロック先のブロックチェーンに書き込まれるまでジュースは落とせない。1ブロック平均10分でつながっていくので、緻密にやろうとすると1時間、ドローンは飛んだまま、支払者はジュースを受け取れないままの状態になります。

蓮村:それだと、缶ジュースを飲みたい時に飲めないですね。

斉藤:実際には、缶ジュースはすぐに落とされるでしょう。事業者はもしかしたらジュース1本分の損はするかもしれないけれど、そのリスクを取った方が商売としては成り立ちますから。誰かが「缶ジュースを飲みたい」と思ってから、手元に落ちてくるまでに1時間かかったら、その商売は成立しません。ですので、ブロックチェーンの連鎖に入る前にジュースは落としてしまうわけです。

蓮村:これが缶ジュースではなくて、より高額な取引になってくると問題になりますね。

山下:ビットコインのものとは異なる新しいブロックチェーン技術の中には、ファイナリティーが整備されているものもありますね。話は変わりますが、ブロックチェーン上であらゆる資産や契約を扱うことのできるプラットフォーム「イーサリアム」をベースにした自律分散型投資ファンド「The DAO」が、今年の6月にハッカーからの攻撃を受け、5000万ドル(約52億円)が流出する危機に遭いましたよね。業界が騒然とした事件だったのですが…。

斉藤:イーサリアムは、ビットコインの反省に基づいてつくられたブロックチェーンで、「The DAO」はこのイーサリアムを基盤に、参加者が投資先を決めるという投資信託のようなものです。The DAOにバグがあって犯人に資金が流出し、イーサリアムの通貨価格も暴落しました。その後、開発者によって流出した歴史(ブロックチェーン)ではない「正しい歴史」を伸ばしていくという選択肢が検討され、その「正しい歴史」はコミュニティーの97%の支持を得て可決されました。今回はコミュニティーの高い支持を得られましたが、自律分散型といいつつ、開発コミュニティーやマイナー(コンピューターで新規通貨を“発掘”する人)と呼ばれる存在がゆがんだ歴史を正せるほどの力を持てる可能性があるということです。これは、ある意味中央集権的なのではないかと…。

蓮村:過去の行為を帳消しにできる権力を、開発コミュニティーやマイナーが持てるかもしれないということですね。

斉藤:そうですね。実は分散型システムとしてうまくできていないのではないかということです。例えばEメールの言語も最初は英語しか使えず、英語以外は「暗号」に当たるからやめてくれといわれていました。でも日本の開発者があれこれ試して、JISコードを用いて日本語でも送信できるようになり、今では世界中の言語が使えます。本来技術というものは、いろんな技術者があれこれ試し、その実績に基づいて最適な形に変えていくものだと思います。

印刷や押印といった手段は、全て置き換え可能

蓮村:仮想通貨以外では、どのようにブロックチェーンを応用できるのでしょうか。例えば、私たちが通常何らかの契約をするときは、お互いに書面を2通用意して、それぞれを確認し、印鑑を押して、割り印を押してお互いの間で持ちますよね。このように金融に限らないケースでもブロックチェーンの技術が役に立つ、ということでしょうか。

斉藤:契約の話などはまさにそうです。われわれが今まで紙に印刷し、それに押印したりサインをしたりする行為が、全部「デジタル」に置き換わります。今はその真っ最中で、これら全てがブロックチェーンの技術で置き換わるかどうかは分かりませんが、今ある技術の中でブロックチェーンは有力な候補の一つです。

蓮村:山下さんにお聞きしますが、ISIDはこのブロックチェーンの技術を使って、みずほフィナンシャルグループとの実証実験をいち早く行っていますね。

山下:はい。みずほフィナンシャルグループとは、シンジケートローン業務(複数の金融機関が協調して一件の融資を行うこと)を対象とした実証実験を行っています。シンジケートローン業務を選定した理由の一つは、関係当事者が多くフローが複雑であるためです。まだ新しい技術であるブロックチェーンが実際にどこまで業務に適用可能かどうか見極めたいと思っています。その上で、他の業務分野の活用も含めた検討をしていきます。

また、最近は金融以外の業種でもブロックチェーンに興味のあるクライアントがたくさんいらっしゃるので、私もISIDの技術担当として、それぞれの企業とどうやればブロックチェーンを効果的に活用できるのか検討を行っています。

蓮村:金銭の出納以外の作業も、ブロックチェーンで置き換えができるかもしれないわけですね。

山下:はい。先ほどお話に出た「イーサリアム」というブロックチェーンでは、契約の発行から資産の移転までを行う「スマートコントラクト」という仕組みが実現されています。お金の出し入れだけでなく、これまで通帳と印鑑を用いて確認していた本人確認や、複数の企業間で何度も行っていた取引照合といった作業についても、ブロックチェーンを使うことで自動化できる可能性が高いです。これにより、これまで膨大なコストをかけて行っていた作業を大幅に減らすことができると考えています。

蓮村:ありがとうございます。後編ではより具体的にどういった業種でブロックチェーンが使われていくのか、そして世の中はどう変わっていくのか話を深めていきたいと思います。