ブロックチェーンで世の中はどう変わる?(後編)
2016/07/21
前編では、大手町エリアにあるFINOLABで、慶応大学SFC研究所上席所員の斉藤賢爾先生に、日本でも注目を集めたビットコインの基盤技術であるブロックチェーンの仕組みを教えていただきました。後編は「ブロックチェーンの応用範囲」について、引き続き斉藤先生、電通国際情報サービス(ISID)の山下雄己氏、電通ビジネス・クリエーション・センターの蓮村俊彰で掘り下げていきます。
FinTechの本質は、不自由を自由へと変えること
蓮村:ブロックチェーンの技術が進化すると、今の金融機関の在り方はどう変化するのでしょうか。雑誌などでは「金融崩壊」といった、やや物騒な見出しが躍っていることもありますが…。
斉藤:まず、FinTechの大きな可能性は「銀行を介さないでお金のやりとりができる」ということです。もしかしたら10年後は、「Apple Computer」の社名が「Apple」になったように、○○銀行の「銀行」という表記は外れているかもしれません。業態が変わるということです。例えば銀行には人の信用力を測る知見がありますから、銀行業とは違ったサービスが生まれているかもしれませんね。
話はずれますが、僕は仮面ライダー世代で、幼少期によく見ていました。最近、小学1年生の息子と仮面ライダーの映画を見に行ったところ、「俺は本郷猛。及ばずながら人間の自由のために戦っている」という言葉を改めて耳にして、単純に「すごい」と思いました。自分もそうなりたいなあ、と。幼少期よりそういった考えを持っているのだと思います。
蓮村:人間の自由に貢献したいということですか。
斉藤:正義とか幸せとかって、定義が難しいですよね。ただ「自由」は、本人自身が簡単に判断することができます。デジタル技術の進化の方向性を考えると、「人間をより自由にする」方へ進めなくてはいけないと思っています。また、人を自由にするサービスとそうでないサービスがあった場合、おのずと人を自由にするサービスの方が人々に受け入れられ広がるはずなので、その方向で世の中は進むと思います。
山下:斉藤先生は、どんなことに不自由を感じているのですか?
斉藤:そもそもお金というものは、人を不自由にする仕組みなんです。お金は持っていれば自由な感じがしますが、なくなったとたんに不自由になる。「お金がない=不自由」という世界を私たちはつくってきました。
蓮村:学生時代にイランに行ったとき、経済制裁をされているためか、銀行のATMでVISAやMASTERで現金が引き出せなくなっていたのを思い出しました。お金は口座に入っているのに引き出せない。不自由でしたね。
斉藤:今でも、例えば10万円を超える現金は、銀行のATMで振り込みができませんよね。以前、あるイベントの貸し切りバスの代金を現金で振り込もうと思ったら、できずにひどい目に遭いました。結局現金を自分の口座に預け入れてからバス会社に振り込んだのですが、こういう不便さや不自由に、今までは皆あまり気が付かなかったかもしれません。でも、FinTechが出てきて「あれ、何かもっと自由になれるんじゃないか」と皆が気付き始めたところですね。
蓮村:具体的に自由とはどんなものでしょう。
斉藤:基本的には、自分のお金を24時間356日、使いたい時に使えることです。例えば、大学生が1人暮らしをしていて「仕送りを受けたい」としますよね。ところが銀行口座を持っていないとしたら、親はどうしたらいいのでしょうか。
現金書留はコストがかかるし、直接手渡しは大変です。最近のテクノロジーを使って設計すれば、例えば、親がお金の情報を子どものスマホやケータイ宛てに送って、子どもはその仕送りを東京のアパートのそばのコンビニで受け取れる、といった仕組みはつくれます。
不動産取引、法務の契約、選挙などにもブロックチェーンは有効
蓮村:土地の登記も、現在は法務局に行って登録しないとなりません。中央集権的なデータの保持をしているわけですが、不動産の取引もブロックチェーンで置き換えが可能ですよね。
斉藤:今年5月にプレスリリースが出ていますが、エスクロー・エージェント・ジャパンという会社が、Orb(オーブ)社の開発したブロックチェーンを使い、不動産取引の実証実験を始めています。不動産会社としてむしろ新しい会社である彼らが考えているのは、「不動産取引を適正にしたい」ということ。例えば大手不動産会社だと、既得権益などから案外面白いことができなかったりします。既得権益の少ない、小回りの効く会社が思い切ったことをやると、面白いサービスが出てくる可能性は大きいです。
蓮村:金融とテクノロジーの融合を"FinTech"と言いますが、法規制とテクノロジーの融合を示す"RegTech"などの言葉もどんどん出てきていますよね。税金の申告も、現行の国税電子申告・納税システム「e-Tax」はまだそんなに手間が省けていない気がします。どんどん進んでいくと、それこそEメールを書く感覚で手軽に確定申告ができるはずです。そうなったら、法務局に行かなくても登記ができるはずですし、登記簿謄本もとれるはずです。
今は紙の「現在事項全部証明書」なども、電子署名付きのPDF形式の書類で受け取れたりするかもしれません。FinTechで金融の改革が起きたら、次は司法書士や弁護士の領域でも改革が進むといわれています。
山下:そうですね。取り扱っている事件と類似の事件をアーカイブから検証して、参考になる判例を人工知能(AI)が取り出してくる。そんな時代も遠くありません。ある特定の目的が設定されている場合であれば、専門性の高い領域は人間よりもAIが得意とする分野でもあります。
金融の世界も同じで、金融機関の人は取引や稟議、監査のための書類がほとんど手書きであったり、エクセルで作っていたりすると伺っています。こういったことが、ブロックチェーンを活用することで大幅に効率化できると思っています。ISIDがみずほフィナンシャルグループと行っているブロックチェーンの実証実験でも、同様の仮説を持って取り組んでいます。
蓮村:ISIDの実証実験は、限られた企業間で行っているものですが、ブロックチェーンの“開かれた”パブリックな指向性を考えると、選挙のシステムなども相性が良いかもしれません。
斉藤:選挙もそうですね。
山下:私もそう思います。透明性が求められる公的なサービスはブロックチェーンとの相性が良いと思います。世界最大のFinTechイベントであるFinovateが今年5月にも開催されましたが、あるベンチャーでは、公的IDを持たない難民や移民向けに対してブロックチェーン上にIDを発行することで、NGOなどの支援団体や金融機関からのサービスを受けることを可能にするサービスを展開していました。ただ、ブロックチェーン上にIDを発行するための認証に関しては顔写真を用いていたので、偽証される可能性は0%とは言い切れないと思います。
蓮村:ここFINOLABには、まさに「本人確認を本人で」というキーワードで生体認証のビジネスを進めている企業も入居しています。
山下:こうしたブロックチェーンの技術を突き詰めていくと、リアルな人間と情報のつながりをどう証明するのか、生体認証などを用いてどうやってきちんと証明するのかが問題になっていくと思います。
ビジョンありきの、ドラスティックな発想が求められる時代
蓮村:山下さんはまだ20代の若さでブロックチェーンの最前線に立っているわけですが、斉藤先生から何かメッセージを頂ければ。
斉藤:2008年、ビットコインの論文に「サトシ・ナカモト」という謎の日本名が出て話題になりましたが、実際には日本の人ではおそらくないでしょう。とはいえ今の日本にも技術的な蓄積が存分にありますので、それらをどんどん英語で発信し、プレゼンスを高めていってほしいですね。
ブロックチェーンやAI、IoT(Internet of Things)といったテクノロジーによって、今の世の中のシステムは10年くらいの間に変化していくので、どうせなら思いっきり変えていっていただきたい。
山下:ありがとうございます(笑)。これから、金融をはじめとして既存のシステムがどんどん置き換わってく際に、ここ最近の業界のスピードを考えると、長期的な計画を立ててから進めていくというこれまでのやり方が通用しないのかなと思っています。というのも、近年はクリエーティブテクノロジストといった、広告クリエーティブとデジタルテクノロジーという複数領域を専門とする肩書や、一人で開発から運用までやってしまうフルスタックエンジニアといった新しい職種が増えています。新しいテクノロジーによって人間ができることが増えていき、自分自身のキャリアもどうなっているか分からない。5年後10年後の具体的な計画はできないと実感することが多いですね。
斉藤:産業革命が起こったときも、「第何次産業革命計画」があったわけではなく、振り返るとこれまでと全く違った産業が生まれていたわけですから、そもそも計画はできないんですよ。とはいえ全く偶然に生まれたわけでもない。そこにあったのは「こんな世の中になればいい」という人間のビジョンと、技術です。古いビジョンと新しいプログラムでは世の中は変わらなくて、世界を救うのはプログラムなき新しいビジョンであると。
山下:そうですね。クライアントへの提案も、既存業務をベースに考え過ぎてしまうと逆に発想が狭くなってしまいがちです。ISIDとしても、「こういう技術によってこういう世界がつくれる」という理想のビジョンをゼロベースで提示することで、よりドラスティックにビジネスを、社会を変えていきたいと思っています。
蓮村:ブロックチェーンやその周辺技術によってどのように世の中が変わっていくのかがますます楽しみになりました。ありがとうございました。
<了>