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FinTech~社会を変えるそのビジネスインパクトNo.5

創業1年で約4割が倒産危機? フィンテックで目指す中小支援とは

2016/09/23

ファイナンス(金融)とテクノロジーを掛け合わせた造語、フィンテック(FinTech)。テクノロジーの力でより便利になる金融サービスを指しますが、フィンテックの大前提は「誰でも」「どこにいても」その恩恵を受けられるということです。

地方の中小企業のIT化が進まないといわれる中で、フィンテックで中小企業を支援する取り組みとは? クラウド経費精算アプリなどを開発するクラウドキャスト代表の星川高志氏を迎え、電通の満居優氏、森本紘平氏が日本のフィンテック集積拠点であるFINOLABで語り合いました。

電通満居優氏、クラウドキャスト代表星川高志氏、電通森本紘平氏
左から電通の満居優氏、クラウドキャスト代表の星川高志氏、電通の森本紘平氏

「お金の管理が面倒…」国内の99.7%を占める中小企業に多い悩みとは?

満居:私と森本は中小企業向けのビジネスをしていて、その一つが中小企業が成長するためのヒントになる業界情報を配信しているウェブサイト「HANJO HANJO」(ハンジョーハンジョー)の運営です。

今回ご縁があって、そのサイト上で提供するフィンテックサービスで星川さんとタッグを組ませてもらいました。実は星川さんにお会いするまで、フィンテックという言葉は「聞いたことある」レベルでした。星川さんは中小企業向けのフィンテックサービスを提供されていますが、なぜ中小企業なのでしょう?

星川:まずフィンテックの本質は、誰もが受けている金融サービスを、テクノロジーの力でより身近に、よりユーザーにとって使いやすいものにしようという動きです。

そして私がフィンテックに携わる理由の一つに、日本のファイナンス・リテラシーが低いという問題意識もあります。以前マイクロソフト社で新規事業を担当していたとき、アメリカやヨーロッパの方々とも仕事をしていました。彼らと話すと、株式や金利などの知識を「生きる上で必要なナレッジ」として身に付けている印象を受けたのです。

例えばアメリカでは、確定申告はビジネスパーソン自身がやる。日本の場合は年末調整で、はんこを押すだけで確定申告が済んでしまうじゃないですか。そもそもファイナンス・リテラシーを使う場が少ないですよね。

森本:確かに。経理部署に全部お任せっていう意識はあるかもしれないですね。

星川:そうなんです。実は中小零細企業・個人事業の創業2年目の生存率は、60%程度といわれています。生存率が低い理由の一つは、経営者がお金の面倒な管理まで兼任しているケースが多いからではないかと。

僕らのようなアプリ開発者もそうですが、美容室やアパレル、飲食店なども含めて、起業する人はその専門的な技術が優れているから会社を設立する。でも、仕事の腕が確かだからといってキャッシュフロー管理に優れているとは限りません。むしろ、ファイナンスの知識は持っていない人が多い。

クラウドキャスト代表の星川高志氏

満居:中小企業は日本に400万社以上、全ての企業のうち99.7%を占めるといわれていますが、大半の会社が従業員数も少なく、経理の専門知識を持った人や経営コンサルを雇うだけの十分な環境が整っていないのが現状です。

星川:そこをフィンテックのツールで支援できれば、専門的な技術を伸ばしたり、商品開発などに資金と時間を使えるようになります。それに経理部門のバックオフィスをがっちり抱える必要がなくなるので、中小企業の生存率も高まるかなと。

創業支援はたくさんありますが、創業後をフォローする施策があまりなかったので、私は経営者が事業を継続していくためのお手伝いをしたいと思ったのです。

森本:私は新聞局で入社以来、地方紙をメインに担当しています。地方の中小企業の経営者の方にお会いする機会も多いのですが、確かにお金の管理を含めた本業以外の仕事に時間をとられてしまうという悩みをよく聞きます。

フィンテックで、中小の資金繰りの計画はぐっと楽になる

満居:電通は大企業とのつながりが強い一方、日本企業の大半を占める中小企業とのコミュニケーションが十分に図れているとはいえません。大企業と中小企業をつなぐ橋渡し役として、また、中小企業の課題解決にも電通は貢献できるのではないかと考えています。

「HANJO HANJO」では、地方発のビジネスモデルや新たな事例などを発信し、中小企業にとって「儲かるヒント」が得られ、また大企業と中小企業の橋渡しになるようなプラットフォームにすべく運営してきたつもりです。ただ、これからは単に情報コンテンツの発信だけでなく、実際に中小企業の方が使って役に立つツールを提供したり、経営に貢献する具体的なソリューションを打ち出す必要があると考えたのです。

電通の満居優氏

森本:そのタイミングで、FINOLABの運営に携わっている電通の蓮村俊彰さんに紹介してもらったのが星川さんでした。今回、「HANJO HANJO」内で提供するフィンテックサービスは、中小企業にとってどんなメリットがあるのでしょうか?

星川:今まで紙や表計算ソフトでつくってきた会社の「資金繰り表」を、より簡単で分かりやすいものにしていく無料のオンライン支援サービス「Staple Pulse for HANJO HANJO」です。

中小企業で大事なのは固定費の把握と、どのくらいキャッシュがあるかの把握。後は変動費で微調整するくらいです。これにより、キャッシュフロー経営が可能となります。税務申告のための会計ソフトとは違い、将来のキャッシュフローの予測を支援します。

このサービスでは、手元にある現金の残高を入れ、入金や出金の記録を入れていくだけで、現金残高のフローが可視化されます。その会社が操業していける「安全率」などがぱっと分かるので、「このままだと半年後に資金繰りに困りそうだから今のうちから相談しておこう」といった対策がとれます。キャッシュ切れする直前に気付いてしまい手遅れ…みたいなことは回避できると思います。

Staple Pulse for Hanjo Hanjo
無料のオンライン支援サービス「Staple Pulse for HANJO HANJO」のテスト画面。入金が緑、出金が赤の棒グラフで示され、数か月先のキャッシュフローまでパッと見ただけで大まかに把握できる。2016年10月27日には、クラウドキャスト代表の星川氏や満居氏が登壇し、中小企業やフリーランサーに有効なフィンテックソリューションを紹介するイベントを開催


森本:とてもシンプルですね。入力する項目が少ないけど、大事な情報は先々まで確認できます。しかもこのサービスは、中小企業だけでなく、大企業でも部署やプロジェクトごとのお金の管理に活用できます。

星川:そうですね。経理知識のない経営者や従業員などエンドユーザーがどうすれば使いやすいかに主軸を置いて開発しています。これまでの業務アプリはたくさんの機能があるけれど、知識がないと使いこなせないところもありましたから。

満居:ちなみにこのサービスは、お互いに白紙の状態でお会いしてからほんの2カ月程度でリリースに至りました。星川さんと僕が長崎出身の同郷ということで意気投合したのもありますが、電通としては異例のスピード感かもしれません(笑)。

星川:大企業で企画を通すことの大変さも重々承知しているので、そこは単純に素晴らしいなと感心しました。今回の協業がうまくいった理由はシンプルで、中小企業を支援したいという方向性や思いが同じだったことが大きいと思っています。

フィンテック×中小支援×地方創生の鍵となるのは…?

森本:フィンテックが地方の中小企業の方にとって役に立つことは間違いないのですが、一方で地方の中小企業の経営者には「IT」や「デジタル」に対して抵抗のある方、メリットを感じていない方がまだまだ多い印象もあります。

満居:極端な例かもしれませんが、とある地方の港市場の方と話をしたとき、店頭のざるにたっぷり入っている小銭から、子どもが「お小遣いちょうだい」ってちょっともらっていく。そんなどんぶり勘定こそがその市場の歴史であり、実際にどれだけキャッシュがあるかをデータで数値化して見ることにあまり意味はない。

そんな話を聞いて、会計自体にも文化があり、その文化が根付いているところに無理やり入るのは難しいのかな…と。そこは「HANJO HANJO」としても、それら背景を理解した上で、どう向かい合っていくか考えなければならないと思います。

星川:テクノロジーの良いところは、都市部・地方関係なく情報にアクセスできて、情報格差をなくせる点。それを誰もが当たり前に利用できるくらい、世の中に広く浸透させることが大切です。

とはいえ、万人に受けるツールってないんですよね。だから、新しいサービスを率先して利用し、便利だと感じたものを横に広げていくようなアーリーアダプター(流行に敏感で、革新的サービスや情報をいち早く受け入れる人)の存在が鍵になると思っています。

森本:それこそ草の根運動になりますが、特に地方だと「知り合いに勧められたからやってみる」という傾向は強いですよね。

満居:商工会議所や地方銀行など、地域の経営者と接点のある方々がこのようなフィンテックサービスのインフルエンサーになる可能性は十分に考えられます。それから、メディアの力も欠かせませんね。ラジオパーソナリティーは地域で絶大な支持を得ています。

森本:以前とあるシンポジウムを開催したときに、ラジオのパーソナリティーの方にファシリテーターをお願いしたのですが、地域の方の注目度と会話の取りまわしのうまさはさすがだと感じました。その後、ご自身の番組でも内容を取り上げてもらったりなど、広がりがありました。今後はラジオとの連携も視野に入れて取り組んでみたいと考えています。

また、私と満居さんは新聞局の出身ですが、地方の新聞社とお付き合いする中で感じたことは、彼らには媒体以外にもたくさんの資産があるということです。地元企業や業界団体とのネットワーク、取材やセールスプロモーションのノウハウ、イベントの実行力など、本当に多くの資産を築き上げています。

地方の方々が必要とする情報を届ける力は、やはり地方紙が強いと感じます。私も7年ほど地方紙と一緒に仕事をさせていただきましたが、イベントや企画、事業を立ち上げたときに、最終的に助けてくれるのはいつも地方紙でした。何があってもその地域に踏みとどまって県民と共に歩むという覚悟を持っている地方紙は本当にかっこいいです。

新聞メディアに元気がないといわれる時代だからこそ、地方紙の“着地力”を生かした仕事をもっとつくっていくことが、中小企業の課題解決にもつながると信じています。

電通の森本紘平氏

星川:われわれはフィンテックのプレーヤーとして、サービスの開発やものづくりには自信を持っています。しかし、認知を広げる方法や、サービスを地方まで浸透させるノウハウは持っていません。そこは電通のクリエーティブやプロモーションの力を借りながら、一緒に事業を盛り上げていきたいですね。

満居:それから電通社内的な動きでいうと、地域電通との連携も重要だと思っています。やはり、その地域に住んでいる人の意見はとても貴重で、私らには知り得ない地域の温度感が彼らは分かっているんですよね。

今、別のプロジェクトで、定期的に東京・関西電通の社員や地域電通とテレビ電話を使って情報交換を行っています。そこで地方の実態や抱えている課題が見えてくることもあるし、逆に東京で開発したソリューションを地域電通の人たちに共有する機会もあります。そのような社内連携の動きをもっともっと、私たちが率先してやっていきたいですね。

森本:そうですね。地方の中小企業の方と連携した施策についてクライアントから依頼を受けたら、まずは「HANJO HANJO」に相談してみようと思ってもらえるようなチームにしていきたいです。あるいは、社外の中小企業・経営者の方々が、地元で企画や事業を起こしたいときにも相談できるようなところを目指したいです。クラウドキャストとの協業で、SMB※市場を盛り上げていく第一歩が踏み出せたと感じているので、社内外のいろいろな人たちが集まってくる場にできればと思っています。

※SMB…Small Medium Business、中堅・中小企業