エクスペリエンスは「場」から「時間」へ
2016/06/02
今や「IoT」(モノのインターネット化)や「AI」(人工知能)が検索最上位ワードの一つであることは疑う余地がない。しかしながら、IoTやAIについてはテクノロジーやサイエンスの側面から興味本位に語られることは多いものの、これらが企業の事業経営やマーケティングにどのようなインパクトを及ぼすのか、ビジネス視点で真剣に議論されることは意外に少ないのではないだろうか。
エクスペリエンス・デザインの専門家の立場から、この5月18日に『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』(ファーストプレス)を上梓し、このテーマに果敢に切り込んでみた。
近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案
結論から先に言うと、今後、IoTが浸透することによって、既存のサービス業はもちろんのこと、全ての製造業は新しいかたちのサービス業へと業態変革を迫られる。なぜならば、今後はお客さまと企業がデータを媒介にして長い時間つながり続ける状態がビジネスの共通前提になるからだ。
つまり企業側から見れば、下図で示した通り、AIによるビッグデータ活用とお客さま主語のアナリティクスにより、近未来のエクスペリエンス(ブランド体験)の予測と改善提案をし続けることが、提供するサービスの根幹になっていくだろう。
エクスペリエンスは「場」から「時間」へと移行すると考えられる。
その分かりやすい事例が「自動運転」サービスである。自動運転車の外観は現在、市販されているクルマと大きく変わらないが、実は目に見えない部分にこのイノベーションを可能にする最先端テクノロジーがぎっしり埋め込まれている。
自動運転車は、人間の五感の役割を担う多数のセンサー(多機能カメラ、360度のサラウンド・ビュー・カメラシステム、遠距離監視レーダーなど)を通じて、データを一元管理する。インターネット経由でAIに送られて、お客さま以外の外部データも含めてアナリティクス(思考、統合、分析)が行われる。そしてその結果は瞬時に自動運転車にフィードバックされるので、運転者は常に予期せぬ渋滞や事故のリスクから解放され、快適かつ安全な自動運転のエクスペリエンスを享受することができるのだ。
しかもAIには学習機能があるので、(理論的には)自動運転エクスペリエンスの予測と提案の精度は時系列的に高まっていく。
AI任せにしないお客さまサービスが企業生き残りのコツ
IoT時代のエクスペリエンスはバラ色の未来予想図のようだが、実際はどうなっていくのだろうか。
企業からお客さまへ近未来の予測と改善提案がサービスの形で提供されるコンタクトポイント(ブランド接点)においては、逆に、エクスペリエンスの質を低下させるペインポイント(お客さまがイライラしたり、がっかりしたりする機会)が頻発する状況が想定される。
その理由はおいおい触れることにするが、皮肉なことにIoT時代になると企業にはお客さまの気持ちの変化に寄り添うことが、これまで以上に求められるようになる。
お客さまに対するサービスをAI任せにせず、エクスペリエンスの最適化に踏み込んで目配り(デザイン)を行えるセンスのある企業だけが、お客さまとの間に「愛着」の関係を長期的に築き、最終的にIoT時代の勝者として生き残る可能性が高い。
また、同時に広告やデザインを専門とする会社はここに起死回生の事業のポテンシャルがあることを見逃すべきではないだろう。
徹底的なお客さま視点で豊かなエクスペリエンスを実現
企業間の競争ルールが根本的に大きく変わる節目の時代にわれわれは立っている。商品やサービスの同質化、成熟化という先進国の企業が抱える共通の課題はIoTというテクノロジーの導入だけでは簡単に解消するものではない。むしろ、企業の経営者は徹底的なお客さま視点に立ち、豊かなエクスペリエンス実現のためにこの破壊的イノベーションをどう活用すべきか、とバックキャスト志向で発想すべきであろう。
変化のスピードが激しい時代、変化の本質を読み、ゲームのルールを変えたものだけが勝者として生き残るという構図は今も昔も変わらないのではないか。
今後、著書『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』について数回のシリーズで連載をお届けします。
ぜひご期待ください。