アクティブラーニング こんなのどうだろうNo.18
正解がないテスト
クリエーティブテストのヒミツ(前編)
2016/06/21
電通総研「アクティブラーニング こんなのどうだろう研究所」は、学校教育におけるアクティブラーニングの本格的導入を控え、2015年10月に設立されました。同研究所は、自ら課題発見・解決し、実社会で活用できる汎用的な能力の育成を目指すアクティブラーニングに使えるノウハウを提供し、「ラーニングのアクティブ化」のサポートに取り組んでいきます。
この連載は、同研究所のキリーロバ・ナージャ研究員のコラムと、研究所メンバーでもある大熊雅士先生とメンバーらによる対談でお送りしています。
今回のテーマは「CR(クリエーティブ)テスト」です。電通が社員教育のために30年以上行ってきたこのテストは、電通社内でのクリエーター発掘にも貢献してきました。CRテストならではの「ちょっと変わった問題」は多くの受験者の記憶に深く残されています。CRテストとアクティブラーニングの関係を探りながら「答えのない質問」の大切さを探ります。
大熊先生と長年CRテストに携わってきた電通・伊藤美也子氏、加藤遊氏がCRテストとアクティブラーニングについて語り合います。ファシリテーターは同研究員のキリーロバ・ナージャ氏が行いました。
正解のないテストを30年前からつくってきた
ナージャ:私もCRテストは受けていますが、どのようにつくられたとか、裏話は社内でも知っている人はいないので、今日は楽しみにしています。
伊藤:私は人事サイドの事務局として、クリエーター的な才能の発掘や育成をしており、30年くらい前からCRテストに関わってきました。CRテストは私1人ではなく、加藤さんがいたクリエーティブ局の育成担当のクリエーティブディレクターたちと相談しながら問題をつくります。
加藤:私はクリエーティブ畑が長くて、コピーライターも13年くらいやりました。その後20年は各現場で若い人たちの育成・評価などの仕事を経て、今は育成部というところで研修などを担当しています。
大熊:すごい方々ですね。お二人で電通のクリエーティブの人事を30年近く支えてらっしゃる。
ナージャ:私も大変お世話になっています。大熊先生から、アクティブラーニングについてあらためてご説明いただけますか。
大熊:学校の授業の多くは「講義形式」で行われています。知識を効率的に教えるという点では、有効な方法といえます。
最近になって、20年後には今の仕事の49%がなくなるといわれるようになりました。コンピューターの普及によって、誰でもがビッグデータを活用できるようになると本当にそうなる可能性もあると思います。
そのような時代になっても全ての子どもが、たくましく生き抜けるように、学校教育が大きく変わる必要があると思います。知識を身に付けるだけでなく、学校で学んだことが汎用的に活用できるような力を身に付ける必要があるのです。さらに、「未来を創造する力」も身に付けさせなければなりません。そのため、講義形式の授業だけでなく、子ども同士が関わり合って問題解決をする「アクティブラーニング」が重要視されるようになったのです。
これは、授業のやり方の根本的な改革といってもいいでしょう。
でも、学校はそう簡単には変わりそうにないのです。先日も「じゃあ、1週間に1度、アクティブラーニングの時間をつくればいいですか」と言っている先生に出会いました。また、「アクティブラーニングをやることによって、学力が落ちたらどうするんですか」という人もいました。
現在の学力テストの点数を上げるだけを考えるのであれば、これらの先生の考えも分からないではないのですが、これからの世の中をたくましく生きていくためには、このような知識の量だけでは、不十分な事に気が付いていないのです。
ですから、子どもが身に付ける学力の定義も見直し、子どもたちが主体的に、新しい未来を創造するための力を付けることが大切です。
そのため、学校の授業でも、CRテストのように、正解のない問題に先生も生徒も立ち向かう必要があると思うのです。しかし、現代の学校は、そのノウハウは持ってはいない。ところが、電通には30年以上前からCRテストというのがある、これはすごいことだと思いました。
僕は、この正解のない問題であるCRテストが、アクティブラーニングを学校で実施するに当たって、羅針盤の役目になるのではと思っています。
答えるのをちゅうちょしてしまった子どもたち
ナージャ:先生もCRテスト的な問題をつくってみたそうですね。
大熊:CRテストに似た問題を子どもたちにやらせてみたんです。そうしたら「面白い」「もっとやりたい」とは正反対の反応でした。
加藤:どんな問題だったんですか?
大熊:「輪ゴムを大々的に売り出したいと思います。大きさは自由です。どのような目的でどのくらいの大きさで輪ゴムをつくりますか」というものです。
この問題に対して、残念ながら深く考えることができなかったのです。正解のない問題に挑戦するっていう勇気がないんじゃないかとも思いました。
それどころか「先生、これ正解があるんですか」って質問をしてきた子どももいました。どうやらすぐに答えが見つからない問題にふれた瞬間に不安になるようなんですよ。
すぐに答えが思い浮かばない問題や、分からない問題に立ち向かう「我慢の時間」が耐えられないのかもしれません。その原因として現代の子どもたちは、すぐに答えが聞く癖がついているからではないかと思いました。最近、はやっている個別指導の塾やインターネット検索がこのことに拍車をかけている気がします。分からなければクリックしたり、手を挙げたりすればすぐに答えが分かる仕組みができているからです。
伊藤:先生が正解を持っていると思って、それを探してしまうんでしょうか?
大熊:そうですね。その傾向が強いように思いました。「輪ゴムを大きくしたらどうなると思う?」とかいろいろヒントを出しみたけれども、ダメでした。
伊藤:全く頭に浮かんでいないのではなくて、自由な考えを言うのが恥ずかしいのかもしれませんね。子どもたちが自問自答している、その時間は短くてもいいんじゃないでしょうか。ぱっと、思いつきで、何でもいいから気楽に言ってもらったらどうでしょう。
大熊:確かに。間違えることが恥ずかしくて言えないのかもしれません。
加藤:ブレーンストーミングみたいなやり方を教えてあげるといいと思いますよ。「何を言っても怒られないし、恥ずかしくない、笑われない」、そういう場をつくってあげることが必要ですね。
伊藤:学校ではそういう場は少ない?
大熊:うーん、そういう場面は学校の中に少ないかもしれません。アクティブラーニングが話題になり、学校でも「ブレスト」って言葉を聞くようになりました。僕は、電通との10年間の共同研究の中で、「ブレスト」のやり方が多少なりとも身に付いているようです。そのため、今学校で行われるブレストの授業を見ると何か違うような気がするんです。その原因として、先生自身が「自由に話していいし、批判はしない」ということや話し合いの仕方を経験していないことが挙げられます。ですから、ブレストといっても互いの意見によって高め合うのではなく、これまでと同じように折り合いをつける話し合いになってしまうのです。
「ブレスト」取り組むのはまだ先進的で、多くの先生方は、正解に近づけるために、生徒が答えを言ったら、「惜しいなあ」「近いなあ」「うーん少し離れた気がする」などとヒントを出して正解を言わせることに力を注いでいる先生も実はまだ多いのです。
伊藤:正解になる可能性があるグレーゾーンというものがないですよね。
大熊:そうなんです。だから常に生徒は先生の持っている「正解」を探るということに力を使っているのです。
ナージャ:CRテストは正解がないということが前提になっているから、それを知っていると知らないのとでは、多分だいぶ違うと思います。基本的に学校のテストのほとんどには正解が一つしかないから。「幾つでもいいから書いてみてください」と言えば、ハードルが下がるかもしれませんね。
大熊:「何を書いても正しい」という文化を理解するには時間がかかるんですよ。
ナージャ:海外だと、先生がこう言うことがよくあります。「僕もその答えを持っていないんだ」「きみはどう思うの」って。先生が絶対的な答えを持っているような雰囲気はなるべくつくらないのが大切かもしれません。
知識ではなく、発想を引き出す
ナージャ:具体的なCRテストについて、もう少し教えてください。
伊藤:電通の外部に向けてテストする場合は、学生さんでこういうことに興味と適性のある人を知りたい。また、電通って何をやっているところなのかを知ってもらうために実施してきました。社内に対しては、毎年130人以上の新入社員が入ってきますから、その中で発想することに興味ある人を探すのが一つの目的です。
クリエーティブ部門の社員だけでなく、営業でも人事の仕事でも発想することは必要です。
アイデア脳を刺激するための問題をつくって、全員にもっと柔らかいアタマになってもらうことが、さらに大きな目的です。
大熊:どういう問題をつくるんですか。
加藤:「そば屋に来た人にうどんを注文させる広告を考えなさい」などは良かったですね。そばもうどんも皆よく知っているものですから、人によって予備知識に偏りがありません。
「365日そばを食べさせてから連れてくる」など、自由な答えがたくさん出てきたら成功です。
ナージャ:うまくいかないこともあるのですか。
加藤:「東京タワーにもっと人が来るようにするには」というような質問だと、東京に近い人の方が東京タワーのことをよく知っていますから、テストを受ける人によって偏りが出てしまいました。「江戸時代の人にパソコンを説明しなさい」は、解答が同じパターンになってしまい、うまくいきませんでした。テストの最中には何も調べることができないわけですから、知識の量があってもなくても、発想の面白さを引き出すことのできるのがいい質問です。
うまくいったのは「若者を相撲部屋に勧誘する広告をつくりなさい」とかですね。例えばこんな解答がありました。「食べ放題、部屋つき、昼寝つき」「太るほど褒められる仕事です」「細身のあなた、来場所から体重別になりました」「結婚相手はほぼ美人です」など。いろいろな切り口でアイデアが出てくるのが、いい問題かなと思います。
大熊:その解答は面白いですね。それを聞いたら「俺ならこういう答えを考える」って次の解答がすぐに出てきそうになる。問題だけじゃなくて、他人の解答がすごく刺激になるんですね。
伊藤:他人の解答が刺激になって、別の人から新しいアイデアが出てくる。まさに、ブレーンストーミングです。
大熊:こうやって刺激し合って、お互いの考えが自由に出てきて、そうして深まっていく。これは教室では非常に大切なところで、アクティブラーニングでも参考にしたいところですね。