カンヌライオンズPR部門審査員、橋田和明さんに聞いてみた
2016/07/12
こんにちは、第2CRプランニング局・PRプランニングセンター兼務の見市です。
カンヌ連載の後編。PR部門審査員の橋田和明さんに現地で話を伺うことができました。その模様をお届けします。審査会ではどんな議論がされたのか?日本の仕事はどう評価されたのか? 気になるあれこれを聞いてみました。ではさっそくどうぞ!
本当にそのアイデアがその結果を生んだのか
見市:審査員長が提示したクライテリア(審査基準)は、どんなものだったのでしょうか?
橋田:パブリシティー(露出の獲得)、パーセプションチェンジ(共通認識をどう変えたか)、ビヘービアチェンジ(行動をどう変えたか)、ここ最近PR部門の審査で言われ続けてきたこの三つは、すでに審査員の中では当たり前のことになっていて、今年はそれらに加えて「見たことがない驚くべきアイデアか」「そのアイデアが本当に結果につながっているのか」という視点が重視されていました。
結果についても「ミリオンインプレッションとかビリオンインプレッションとかはもう飽きた、インターネットがあるんだから広がるのは当たり前。どう人を動かしたかを重視しよう」というのが審査員長の見解でした。strong ideaとresult(結果)がコネクトしているかどうか、本当にそのアイデアがその結果を生んだのか、が非常に重要な審査基準だったと思います。
見市:グランプリ受賞の自然食品を啓蒙するキャンペーン「The Organic Effect」は少し地味にも見えたのですが、なぜ選ばれたのでしょうか?
橋田:まず、ゴールドの中からグランプリ候補を投票で選びます。三つに絞られたあと、最終的に議論されたのが「The Organic Effect」と糖尿病を課題にした「Bees Can Find Sugar Where You Least Suspect It」の二つでした。
「The Organic Effect」の良いところは結果がものすごく強い。「有機野菜は環境のために良い、だから高い」っていう既成概念を「健康に良い」っていう文脈に変えたんですね。スウェーデンの生協が、20年で一番売れたっていうぐらいの結果が出ている。それからドキュメントムービーは、おしっこの検査を受ける家族のチャーミングな様子から、最後のショッキングな結果まで、コンテンツとしてもとても面白く、よくできていました。
「Bees」の方は、結果が小さいけれど、クリエーティビティーにあふれている。ハンバーガーから蜂蜜をつくれるんだっていう驚き、そのクリエーティビティーは素晴らしいなと思いました。糖を可視化するキャンペーンはよくありますが、このアイデアはとてもフレッシュだなと。実は僕は、「Bees」に票を入れました。
どちらがサプライジングかと言われれば、「Bees」の方だったかもしれないけれど、やはり結果にアイデアがしっかり貢献しているという意味で、「The Organic Effect」がグランプリに選ばれました。最終的には審査基準の中でのバランスの戦いだったと思います。結果として、「The Organic Effect」がグランプリになって良かった。PR業界に対する強いメッセージになったと思いますので。
また他の部門で受賞していた「Brewtroleum」や「McWhopper」は、PRアイデアとしては素晴らしいし大きく結果も出ていると感じましたが、今年のPR部門としては、たとえアイデアが素晴らしくても、伝える時にアド(広告)が大量に投下されている、またはそう感じられるような仕事は評価されにくいという雰囲気もありました。ちゃんと、ペイドではなくてアーンドということにこだわろう、と。そのおかげで、他の部門とは違う、PR部門らしいとても良い審査結果になったと思います。
日本の作品は、カンヌでどう評価されたのか?
見市:日本の仕事は、審査会でどんな評価をされたのでしょうか?
橋田:日本の仕事は、ショートリストにあまり残りませんでした。原因はとても分かりやすくて、日本の提示する課題が審査員にスッと入ってこない。ハイコンテクストで、説明されないと分からない。説明したとしても、そういう問題あるんだーという感じになってしまいがちでした。例えば香川県のキャンペーンは、アウトプットはとても面白くショートリストまでは残ったのですが、同じテリトリーマーケティングカテゴリーで出ていた「Chocó To Dance」と競って選ばれませんでした。もはや当たり前になってしまった「うどん」という商品に、赤ちゃんが泣きやむという新しい事実を見つけてPRし、また香川が有名になった素晴らしいキャンペーンだ、ということに対して、「Chocó To Dance」が掲げていた「この街は教育もままならない、貧しい街なんだ」という課題設定の大きさと分かりやすさに競り負けてしまったという印象です。日本で話題になっていた「猫バンバン」についても、同じような議論がありました。
ブロンズを受賞した「10分どん兵衛」については、カップ麺が発売されてから50年間ぐらい、僕らは3分や5分といった同じつくり方をずっと守ってきたわけだけれど、この仕事はそれを変えた歴史的なキャンペーンなんだという説明をしました。実際に僕もこのキャンペーンはとても好きです。PRらしい視点ですし、セールスに効きそうな感じもすごく分かりやすい。カップヌードルは常にフレーバーの話しかニュースがなく、コモディティーになっているところに、商品の食べ方を変えるというシンプルな提案が良かったという説明もしました。個人的にはもう少し上の色になってもいい作品だったと思います。
PRの本質はコンセンサスビルディング
見市:カンヌの審査を終えられて、あらためてPRとは何なのでしょう?
橋田:PRの本質の定義としては、パーセプションチェンジやビヘービアチェンジなどいろいろな言葉がありますが、「コンセンサスビルディング」という言葉が自分としては一番しっくりきています。アドは一人一人を感動させて買ってみよう! と思わせればいいですが、PRはもっと集団的です。グループなのか社会なのかケースバイケースですが、周りのみんなが良いと言っているというような、コンセンサスをつくる(合意形成)のがPRですね。そのための装置として、テレビや新聞、雑誌、ウェブメディア、そしてソーシャルメディアなどに僕らはアプローチしています。
カンヌの審査を終えて強くなったのは、ブランドの価値を社会にどう提案するか、ということをもっと意識してやっていきたいなという思いですね。売りを最大化することはもちろん大切ですが、その延長線上には、このブランドがいま社会や産業に対してどんなことを提示すべきなのか? どう社会を良くできるのか? という視点があった方がキャンペーンがさらに良くなると思います。今までももちろんそうしてきましたが、例えば、車ブランドが今の日本に何を提示すべきなのか? 化粧品ブランドが今の日本に何を提示すべきのか? といったような「社会」という視点を持った仕事のやり方を、より意識していきたいなと思います。
いかがでしたでしょうか? カンヌライオンズPR部門レポートは以上となります。博報堂ケトル橋田和明さん、ありがとうございました!
橋田和明-Kazuaki Hashida- クリエイティブディレクター/PRディレクター
2002年博報堂入社。ストラテジックプランナーとしてコーポレートブランディングや商品開発などを担当。2006年博報堂ケトル設立とともに同社に。戦略からCM、インタラクティブ、PR、イベントなどをインテグレートするクリエイティブディレクター。
12のカンヌライオンズ、4つのアドフェストグランプリを含め、国内外で多数の賞を受賞。
2015年の東京ADC賞、2016年のクリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト受賞。
SPIKES ASIA 2015のPROMO&DIRECT審査員、Cannes Lions 2016 PR LIONS審査員。