「言葉にできる」は武器になる。No.5
非連続な発想も「整理」から生まれる。
2016/10/14
前回のコラムでは、内なる言葉の解像度を高める方法として、2点挙げました。1点目は「思考サイクル」をインストールすること。そして、2点目は具体的な手法として「T字型思考法」を用いて、考えを進めていくことでした。
今回のコラムでは「T字型思考法」によって書き出された内なる言葉を用いることで、今まで考えが及ばなかったことにまで、思考を進める方法に触れたいと思います。そう、非連続な発想も、実は整理から生まれるのです。
ベースになるのは、前回のコラムで書き出した「内なる言葉」の断片。そのため、前回のコラムからお読みいただいた方が理解が深まると思います。
内なる言葉を俯瞰して観察する。
「T字型思考法」で思考を拡散した後に行うべきことは、広げた考えを整理することです。頭の中の机に散らばった資料を同じ仲間同士で分類し、方向別に分けていく作業です。
すると、いかに自分が偏った幅の中でしか考えられていないかが、目に見えて分かります。しかし、ここで落胆する必要はありません。なぜなら、この段階で行っているのは、自分の思考のクセを知る過程であるからです。自分のクセという「傾向」さえ把握できれば、自分のクセという壁を越える「対策」ができるようになるのです。
整理をする上で真っ先に行うことは至って単純です。書き出した紙を順に見ながら「これは別の考え方をしているな」と思った言葉を塊に分けていくことです。
この段階では、最終的に塊がいくつ生まれるかも分からないし、塊によって振り分けられる枚数にバラつきもあります。そのバラつきは、思考のクセによって生まれるものですので「この仲間だけ妙に数が多いな」「違うグループが生まれないな」などは気にせず、淡々と分けていきましょう。
全ての紙を分類し終えたら、最も枚数の多い束、つまり、最も考えていた方向の束を手に取り、もう一度分類する作業を行います。分類作業を一巡しているため、全体像を把握できていることから「この内なる言葉は別のグループに分けてもいいな」「これは新しいグループをつくっていいかもしれない」と、さらに客観的な視点で分けていくことができるようになるものです。
分類する、見直す、という作業を3回ほど繰り返すと、ほぼ正しくグループを作ることができているはずです。私の場合は、1回だけでは全体を俯瞰して見切れていないことが多いため、少なくとも3回は見直すようにしています。
第1段階が終わったら、思考の方向性を横のライン、思考の深さを縦のラインとして並べ替えていきます。
まず分類された魂を紙の枚数が多い順に左から右へと間を空けて置いていきます。違う視点によって生まれている内なる言葉を、横に並べていくのです。
次に、それぞれの方向性に分けた束を手にして、その中でも近いものをさらに分類しながら、より本心に迫っているものや「確かにそうだな」と感じられるものを上から順番に並べます。
このように紙を並べていくと、自分がどれだけの幅で、どれだけ深く考えているのかを把握できるようになります。この網目を細かくしていくことが、内なる言葉の解像度を高めることにつながるのです。
ここまで頭の中が整理されると、考え足りない部分が明確になっていきます。横のラインとして考える幅の広さが足りないのか、縦のラインとして考える深さが足りないのか。それさえ把握できてしまえば、次に何を考えればいいのかは明らかになります。
常に「広げる」と「深める」を意識しながら繰り返すことによって、内なる言葉の「解像度」「語彙力」「密度」が高まっていくのです。
真逆を考えることで、強制的に考えが広げる。
ここからは「思考サイクル」で示した『③化学反応を起こす』の内容へと入っていきます。拙著『「言葉にできる」は武器になる。』の文中では、「きちんと寝かせる」「真逆を考える」「違う人の視点から考える」など幾つかの手法をご紹介していますが、本コラムでは、その中から「真逆を考える」にポイントを絞って説明を続けていきたいと思います。
「T字型思考法」を用いた上で、縦のラインと横のラインを意識することで可視化された内なる言葉は、あくまでも「自分の常識の範囲内」でしかありません。そのため、真逆を考えることで「自分の常識では考えないこと」「考えられなかったこと」「考えが及ばないこと」へと思いをはせることができるようになるのです。
自分が持っている常識とは、多くの場合、自分の世界における常識にすぎず、他人の常識とはズレが生じています。ノーベル賞受賞者であるアルベルト・アインシュタインは、この真実を「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」という言葉で端的に示しました。
この言葉が示すように、自分の常識とは自分が育ってきた環境における常識でしかなく、他人にとっては非常識であり、言葉を換えれば先入観であることがほとんどです。
つまり、真逆を考えることは「自分の常識や先入観から抜け出す」ことにつながり、半ば強制的に別の世界へと考えを広げ、今までの自分の延長線上にないこと、非連続なことを考えるプロセスと捉えることができるのです。
では、真逆を考えるとは、具体的にどのようにすればいいのでしょうか?
「真逆=否定」というイメージがあるかもしれませんが、それは真逆の軸の一部にすぎません。真逆には幾つかの種類があるので、具体的な真逆の軸を三つ挙げてみましょう。
否定としての真逆
否定は、もっとも理解しやすい真逆の形です。「○○ではないもの」を見つけていければいいので非常に分かりやすいといえます。
例:できる ⇔ できない、やりたい ⇔ やりたくない、好き ⇔ 無関心 ⇔ 嫌い
強み ⇔ 弱み、賛成 ⇔ 反対 など
意味としての真逆
否定ではなく、相対する意味を持つ方向へと考えを進める形です。否定を反対語と捉えるならば、意味としての真逆は対義語となります。
例:やりたい ⇔ やらなければならない、希望 ⇔ 不安、本音 ⇔ 建前
仕事 ⇔ 遊び ⇔ 家庭、過去 ⇔ 現在 ⇔ 未来 など
人称としての真逆
最後は、自分ではない誰の視点から物事を考えることで発想を広げる形です。自分本位な考えから抜け出すために効果的な真逆の使い方でもあります。
例:私 ⇔ 相手 ⇔ 第三者、主観 ⇔ 客観、知っている人 ⇔ まだ出会っていない人
ひとりきり ⇔ 大人数、味方 ⇔ 敵 など
ここで示した3種類の真逆へと考えを広げることができるようになると、自分という視点では考えられなかったような発想を探ることにつながります。
そして、この過程で得られた新たな内なる言葉を、自分の中へとフィードバックすることが重要です。そうすれば、外に向かう言葉のタネが増えていくことになるため、普段から用いる言葉が力を持つようになるのです。
では、次回のコラムでは、具体的にコミュニケーションをするための「外に向かう言葉」を生み出す段階に入っていこうと思います。