レポート:DECODED FASHION Tokyo Summit 2016
2016/11/07
こんにちは。DECODED FASHIONナビゲーターのUです。10月11日、DECODED FASHION Tokyo Summit 2016が開催されました。今年のテーマは「ラグジュアリー体験の未来」。国内外のファッション×テクノロジーの有識者が、グローバルな事例紹介や、ファッションの本質についての議論を行いました。今回のNEW RULES OF LUXURYは、当日のレポートを紹介し、最後にわたしの考察もお伝えします。
ラグジュアリーブランドは社会との関係を見直すとき
「日本市場は、ラグジュアリーのオンライン販売に非常に大きな可能性を秘めている」。そう断言したのは、この日最初に登壇したFarfetchの創設者・ジョゼ・ネヴェス氏だ。Farfetchは自社で在庫を抱えず、世界190カ国のブランド店舗から35カ国の顧客へと商品を届けるEコマースプラットフォーム。彼らが日本に勝機を見いだすポイントは、Eコマース利用率の低さにある。高額商品をEコマースで購入する割合は米国で12%、英国で10%なのに対し、日本では1.5~2.5%程度と伸びしろが大きい。さらに、サイトの平均閲覧時間が他国よりも長い点にも注目しているという。
しかし、ものが売れないといわれる昨今。『WIRED』日本版編集長の若林恵氏とカンバセーションに臨んだSIMONE.INC.のCEOムラカミカイエ氏は、「1990〜2015年における衣料品の国内生産伸び率が3.5%に対し、消費量は1.2%。ブランドも店も商品も、供給多過の状態が続いている」と現状を分析。さらに「選択肢が増えた今、高価なもので着飾ることがカッコいいことではなくなってきた」と続け、これには若林氏も「ブランドは消費者よりも、まず社会との関係を見直す時」と同調する。
ムラカミ氏がラグジュアリーブランドのイノベーション例に挙げたのは、その昔、馬具職人から出発したハイメゾンが自動車社会への推移とともにバッグやスカーフを手掛けるようになった歴史だ。「この変化は、単に移動手段が変わったということでなく、社会に新たなスペースが生まれたことを意味する」と説く。「テクノロジーの進化に伴ってわれわれが現在手にしようとしているのは、これまでにないバーチャルスペースだ」とのムラカミ氏の見解を受けて若林氏は、「3、4年先に迫る大転換に向け、今からトライ&エラーを繰り返しておくのが賢明。将来、ブランドの提供する価値がファッションですらなくなるかもしれない」と力説した。
「ジェネレーションZの本音」と題したカンバセーションに参加したのは、日本のミレニアル世代を象徴するハヤカワ五味氏と鎌田安里紗氏。彼女たちのトークからも、若者にとってラグジュアリー=高額商品ではないということが浮き彫りとなる。ハヤカワ氏いわく「ショッピング体験を通じて受け取るブランドの英知にこそ、ラグジュアリーの魅力が宿る」。一方、自身がファッションアイテムの生産背景やサスティナビリティーに関する情報を発信する鎌田氏は「ブランド商品が作られるプロセスや環境といったストーリーへの信頼感にこそ、価値が感じられる」と語った。
では、世界の先進的なブランドは、具体的に社会へどんな価値を示しているのか? 「スマートなリテーリング ——誠意と責任」と題したパネルディスカッションには未来へのヒントがあふれていた。
欧州でイノベーティブなファッション事業を展開する3人の登壇者は、セッションの冒頭でそれぞれのビジネスを象徴するトレーラームービーを上映。軍用生地を再利用したコンセプトを紹介するChristopher Raeburnのビデオには、サスティナビリティーへの使命感が見て取れる。ニットブランドのUNMADEが伝えるストーリーは、テクノロジーそのものだ。サイト上で商品の色、柄をデザインできるエディタブルなEコマース体験と、3Dニットの製造背景を顧客とシェアする。ショッパブルオンラインマガジンのSEMAINEが紡ぐのは、毎週サイトの体裁ごとガラリと変わる短編ストーリー。紹介するブランドや商品によって異なるインフルエンサーを起用し、特定のターゲットに訴える。ストーリーの趣旨と提案の手法は三者三様だが、彼らが口々に述べたブランドの使命は、クリストファー・レイバーン氏の「自分のブランドだけの本物のストーリーを、現代的な手法で語ること」という一節に集約された。
SNS戦略についてプレゼンテーションを行ったファッション専門クリエーティブエージェンシー・ドレスイング代表のナカヤマン。氏は、ラグジュアリーファッションの未来を明るく評価する。理由には、歴史が裏打ちする膨大なアーカイブという資産、現代アートとの蜜月関係を挙げた。現代アートはテクノロジーと親和性が高い。「ラグジュアリーブランドは、すでに語るべきストーリーを持っているはず」とした上で「デジタルテクノロジーは、複雑化したコミュニケーションを助けるためにある」と今後の戦略を示唆した。
これからのラグジュアリーブランドに必要なことは「データを解析し顧客インサイトを解明すること」と語るのは、インテルのリテール部門グローバルジェネラルマネジャーであるジョン・スタイン氏。顧客インサイトを解明するには、まずオンラインのデータとリアル店舗での行動データを解析し、顧客が購買にいたるまでのプロセス、そしてなぜ購買するのか、なぜ購買しなかったのか、なぜそのブランドを選ぶのか理解することが重要だと言う。今後はIoTにより取得できるデータは拡大する。全てのデータを活用し顧客インサイトをつかみ、最適な購買体験を提供できるブランドが、2020年以降の勝者になると結んだ。
キーワードはパーソナル化、コミュニティー、カメレオン!?
米国と英国でテクノロジーとリテールをつなぐ“イノべーションコンサルティング”を手掛けるSTYLUSのケイティ・バロン氏は「ラグジュアリーの未来をひもとくには、将来の顧客であるジェネレーションZの考察から始めるべきだ」と語った。
ミレニアル世代は、不安定で不透明な社会に生まれ、自信を持つことが難しい。そんな彼らへ訴えるには、ユーザーの位置情報や行動から、パーソナライズされた情報を提供するテクノロジーが有効だとか。またバロン氏は、コンシェルジュサービスにも注目。Sephoraのように生身のスタッフとやりとりできるもの、THE NORTH FACE×IBM Watsonの事例を紹介した。どの例においても、個人に特化したコンテンツを提供すること、消費者側がブランド側の提案をコントロールしていると思わせることがポイントだと強調した。
Z世代とY世代は、人と人をつなぐようなサービスをブランドに期待しているという。英国のコスメショップBlusherでは、有償のインフルエンサーたちがメーキャップ画像をシェアできるプラットフォームを作成。定期的に開催するコンテストを通じ、ユーザーに帰属感のみならず自己の成長を実感させることに成功した。また、同じ趣味を持つ人たちのコミュニティーづくりに長けているのがスポーツブランドだ。NIKE+はランナーやスケーターたちが交流する場も創出している。例えば、ニューヨークのブルックリンにスケートパークを設け、利用者達はアプリを使って撮影したパフォーマンスのビデオを発信したり技を競ったりする。ブランドは先に述べたパーソナル化のテクノロジーを併用し、個々のユーザーへレコメンデーションやEコマースも提供する。
バロン氏はミレニアル世代をカメレオン的消費者と呼ぶ。彼らには、帰属意識を求める一方でカテゴリー化されることを拒む特性があるようだ。その背景は、不安な社会で将来の約束はできない、気ままに自分のアイデンティティーを塗り替えたい、同じ服でSNSに登場したくないという心理。そこで台頭しているのが、ラグジュアリーアイテムのレンタルサービスだ。毎月定額で3点を借りられるRent the Runway、プロパー価格の20%でハイメゾンの最新コレクションを借りられるCouture Collectiveなどがよい例となる。
若くしてビジネスを手掛け、インフルエンサーと呼ばれるハヤカワ五味氏と鎌田安里紗氏は、日本のジェネレーションZの声をこう代弁する。ハヤカワ氏はSNSと自身の関係について「ロリータファッションというニッチな趣味のため、学生時代からSNSを積極的に活用してきました。発信は、コアなファンの信頼を裏切らない情報だけを精査するよう心掛ける」という。鎌谷氏も「しっかり自分のフィルターにかけて投稿すれば、打率アップにつながります。日々膨大な情報に触れる若い子たちは、選ぶスキルも鍛えられている」と語った。
インフルエンサーをストーリーテラーに
ドレスイング代表のナカヤマン。氏はプレゼンテーションに際し、GUCCIからの依頼で製作した2016A/Wコレクションの日本向けイメージビデオを上映した。これはニューヨークで開催されたランウェーショーのビデオクリップを渋谷のスクランブル交差点にある五つのビジョンで同時に流し、その様子を全国から招いたインスタグラマーが発信する様子を収めたもの。
ナカヤマン。氏は、コンテンツをネタ、チャネルを舞台に例えて自身のSNS戦略のロジックを解説する。渋谷のビジョンというチャネルをムービーというコンテンツでジャックするのは、よくある広告の手法。そこにインフルエンサーを配置することで、広告自体をコンテンツに変換し、SNSという次のチャネルへ拡散できたというわけだ。要するに、元はひとつのコンテンツを、マルチチャネルで展開する。しかし「コンテンツをコピペしても意味はない」とも氏は主張した。
「消費者との接点が増えたのは素晴らしいが、ブランドにとって重要なのはNOと言えること」。こう発言したのは、ショッパブルファッションマガジンSEMAINEの代表ジョージーナ・ハーディング氏だ。SEMAINEが重視するチャネルはウェブサイト、Instagram、Eメール。「時間のある人が訪れるウェブサイトでは長尺のコンテンツも効果的だし、息抜きしたい人が見るInstagramなら一瞬で笑える画像が映える」というように、チャネルごとに閲覧者の好みを理解して発信する。
またSEMAINEは、さまざまなフィールドのトップで活躍するインフルエンサーを常に探している。彼らは語るべきストーリーによってデザイナーや画廊のオーナー、哲学者だったりと、モデルやブロガーのような従来のインフルエンサーのイメージとは異なる。ハーディング氏は「さまざまな分野の専門家が発信する方がナチュラルで、ブランデッドコンテンツより効果がある」と語る。ブランドのカラーに沿ったチャネルに絞ること、チャネルごとに見せ方を変えること、オーソリティーを持つインフルエンサーをストーリーテラーに登用することが、SNSユーザーの琴線に触れる鍵といえそうだ。
ブランドの提供する価値がファッションでさえなくなるかもしれないという問い(Takahashi U)
DECODED FASHION Tokyo Summit 2016レポート、いかがでしたでしょうか?
衣料品の供給過多という現状とテクノロジーの発達によりバーチャルスペースができていく中で、「ブランドの提供する価値がファッションでさえなくなるかもしれない」という未来への問いを強く突きつけられたように感じました。
リアル世界とSNSによるバーチャル世界で2人以上の自分が存在するときに、バーチャル上での人体、ファッション、乗り物、環境、時代、哲学はどうなっていくのでしょうか。対して、バーチャル世界で何者にでも簡単になれるようになった時に、リアル世界で自分に残るものは何なのか…。それはきっと、いいね!の数でもない、着飾ることでもない、ニュース性でもない。大切な人との何げない日常の断片のような、究極的にシンプルなものではないかと思います。
これからのショッピング体験は、人や物質や時空を超えるものとなるのか、さらにリアルとバーチャルの価値基準の違いから売れるものが違ってくるのかもしれません。
その時にブランドは何を提供していくのでしょう。
未来のラグジュアリーについて、皆さんの脳内回路がdecodeされているとうれしいです。