ジェネレーションZとテックで変わるこれからのラグジュアリー
2016/10/03
テクノロジーとラグジュアリーファッションをつなぐグローバルイベント「デコーデッド・ファッション 東京サミット2016」。今回はデコーデッド・ファッションに登壇する、SHIMONE INC.代表のムラカミカイエ氏と、10代から自身のブランドを運営するジェネレーションZの代表、ハヤカワ五味氏に、Takahashi Uが話を聞きました。
SNS映えする分かりやすいものがはやる
U:ハヤカワさんは今回、ジェネレーションZを代表してデコーデッド・ファッションに参加されますね。やはりデジタルネーティブ世代は、SNS上で自分をさらすことに抵抗はないのでしょうか?
ハヤカワ:ないですね。私の世代だと、ガラケーを持ち始めた中学生のころから、モバゲーやmixiのようなSNSは身近でした。Facebookの登場によってみんなが本名でSNSをやるようになり、一気に抵抗感もなくなったし、対面のコミュニケーションと同じくらいに意味を帯びてきたように思います。
ムラカミ:ハヤカワさんは、現実社会よりSNS上で知り合った人の数の方が多いんでしょうか?
ハヤカワ:圧倒的にSNSつながりです。
U:ご自身のブランドで行ったショーの出演者にも、SNSで知り合った人を起用していましたね。
ハヤカワ:10年前にファッションショーを開催するメンバーを集めようと思ったら、とにかく時間がかかったと思うんです。専門学校やアパレルの職場で、気が合う人が数人いたらラッキー。それがSNSになると、100人、1000人単位の同じ嗜好の人と出会えて、さらに相性がいい人を選べる。共感できる人を一気に洗い出せる。私自身は、楽しそうなブランディングをすることで人を集められたのかなと思っています。
U:ハヤカワさんみたいな感度の高いタイプは、セルフブランディングが自然にできちゃうと思うのですが、周りにもそういう人が多いですか。
ハヤカワ:多いですね。SNS上では、自分が属するコミュニティーを選べるのが大きい。それはアニメかもしれないし、ファッションかもしれない。学校のような漠然とした集団より、嗜好が限定されているからこそ、どう振る舞うべきかが分かりやすいんです。
ムラカミ:ハヤカワさんは、現実とSNS、二つの世界での人格形成って同じって感じてます?
ハヤカワ:限定した数人にしゃべっている感覚の人と、私みたいにブランディングとして使っている人に2分されるんじゃないかな。後者はある程度実生活と人格を分けていますが、SNS上での評価が実生活に影響を及ぼすし、一般人とタレントの境界線はなくなってきている感もあります。
ブランディングがうまい子は、まるでマーケター。この時間帯に投稿すると“いいね”がつくとか、写真はここでトリミングするといいとか。服にしても、今までは周囲の数人の目を気にする程度だったけど、今はもっと大人数に見られることを意識して選びますよね。
U:SNS映えする分かりやすいものがはやるわけですね。最近だとビッグシルエットや猫モチーフ、赤いリップみたいな。
ムラカミ:女性のメイクも劇的に変わりましたね。特にチークの入れ方は、写真を意識した立体感偏重に切り替わっているのを感じます。
いまほとんどの人が自分の生活主体は現実社会にあると感じているはずですが、その主たるドメインがSNSへ移行する人も少なからず出てくるでしょうね。
U:“いいね”やハッシュタグを増やすために、リアルで行動する傾向は加速しそうです。
エモーショナルな価値にテクノロジーで磨きをかける
U:SNSによってセルフブランディングが上達している一方、ブランド側はどんどんウソがつけなくなっていませんか?
ハヤカワ:SNS上で誰かが着飾るキッカケになるような演出は喜ばれますが、虚飾は徹底的にたたかれる。写真はいいけど実物はイマイチだとか、すぐにネット上で発信されちゃいます。批判したいだけの人も次々現れるし、ブランドにとっては大変な時代。だからこそ、ブランド側の方針次第なのかな、とも思っています。
ムラカミ:いますべてのブランドに突きつけられている課題ですね。ラグジュアリービジネスが直面している難しさは、透明性が正義になると、階層やすべてがフラット化するという構造的な矛盾をはらむこと。そんななか、いま市場への商品供給量が、消費量に対して圧倒的に飽和している。放っておいたら見向きもされなくなるし、何かを語りかけるにしてもその文法すら書き換わってしまったのでうかつなことが言えなくなってきている現状もあります。そんななか、ラグジュアリーブランドの製品と同じ品質の製品を安く提供できるメーカーも登場し、ああいった価格になる根拠や価値をお客さまに説明する必要が出てきてしまった。
そういった消費者や社会のマインドの変化を予測し、多くの人が納得や共感できるアプローチや、その理解を広めるために、ブランドは思考の転換と大きな投資が求められる時代です。ブランドの歴史やクラフトマンシップを訴えれば高くても売れ、社会的正当性も得られるというのはもはや過去の話。20世紀的なブランディング手法からの脱却を迫られています。
U:プロダクトそのものに加え、ブランドとのコミュニケーションというか、購買体験にも価値があると思うのですが。
ハヤカワ:コスパ重視のものに関してはEコマースに流れていますが、ファッションに関してはまだ対面販売の価値があると思っています。
U:確かに、ショッピングへ行ってロボットに接客されたいか? というのはあります。ラグジュアリーブランドであるほど、店内空間への驚きや接客の細やかさ、店員さんのセンスに期待しますよね。
ハヤカワ:ちょっと特殊なジャンルですが、原宿のロリータショップの接客ってすごく親密なんです。「この間買ってくださったあの服に、これ似合いますよ」とか、さりげなく覚えてくれているのがうれしいっていう声もある。
ムラカミ:情緒的なコミュニケーションは世代を超えて喜ばれますし、そういった行動をテクノロジーで補完し拡張することもできます。以前、販売接客を補完するアプリを作ったことがあります。試着されたもの、購入されたもの、サイズなどを登録し、次回来店時にスタッフがデータを参照し、セールススタッフがお客様のクローゼットの中や過去の購入体験を把握した上で接客に応用できるものです。いわば「おもてなし」のソリューション化です。
ハヤカワ:そういう情報って、意外にポイントカードとかと連動していないですよね。コスメ売場では見かけますけど。
ムラカミ:単純に個人情報の管理がボトルネックになっているんだと思います。特に身体に関わる情報はセンシティブになりがちです。ただ一方で個人情報を持つことを怖がる企業はイノベーションが起こりにくいというデータがあります。
U:そのハードルもテクノロジーで越えられるかもしれませんね。
ファッション×テクノロジーは日常下で静かに進化する
U:昨年のデコーデッド・ファッション以降、多様なファッション×テックの例が見られるようになりました。
ムラカミ:前回のデコーデッド・ファッションは、ファッションにはこういった未来が待ち受けている、っていう多様な提案にあふれていて、とても面白い試みだったと感じています。今回は、去年の「イノベーション!」みたいなフェーズから、より現実的で、実践的なアイデアへ展開していくと期待しています。
ハヤカワ:いい技術なのに、打ち出し方がズレてるものもあると思うんです。「何で服や靴が光る必要があるの!?」みたいな。どこか本質的じゃない。先日、セレブリティーが愛用する、パパラッチを撃退するために光を反射する素材のスカーフのニュースを見たんですけど、一見おしゃれな柄のスカーフなのに「テック!」って感じで驚きました。
ムラカミ:あれ、光学迷彩っぽくていいですよね。ストロボを使用して写真に撮ると織物になったリフレクターが光を吸収して、スカーフ以外が暗闇に写る。ただあれは写真にしか機能しないんですよ。ムービー対策用に同じ効果が得られる技術をどの分野から引っ張ってくるのか、いま全く別のアプローチで開発している企業が幾つか出てきています。
U:他にファッション×テックで注目しているアプローチはありますか?
ハヤカワ:3Dニットも気になっています。海外にOpenKnitという3Dプリンターのニット版のようなオープンソースのハードウエアがあって。もし自宅で手軽にニット製品を作れるようになったら、片方なくした靴下を作れるな~とか、商品のアイデアをすぐサンプルにできるな~とか考えると、ワクワクしますね。
ムラカミ:いまファッション業界における3Dプリンティング技術で、もっとも進化を遂げている分野はニットなんです。Wolford社のタイツを起点に丸編みの成形技術が広まり、インナーウエアから、最近ではスニーカーにまで導入されています。
あと、新しい技術ではないのですが、超音波ミシン。簡単に言ってしまえば溶接加工なので、縫い穴が開かないんですね。元々軍事用に使われていたものですが、この技術を応用して去年ユニクロが出したシームレスダウンは、利便性、装飾性においても次世代スタンダードな服作りを想像するには十分な逸品でした。日本では化学繊維分野の開発が加速しているので、こういった技術は親和性も高いんですよね。
ハヤカワ:気づいたら手持ちのものが全部そのテクノロジーになっていたり。
U:それがむしろイノベーティブであるということかもしれませんね。
イノベーションの芽はマイノリティーの救済策にある
U:ココ・シャネルがイノベーティブとされるのは、あの時代に女性を解放したからですよね。ハヤカワさんは胸の小さい人向けの下着を作って支持を集めていますが、その着想はどこから得たんでしょうか?
ハヤカワ:最近、日本にはCカップの人が一番多いという調査結果を目にしたのですが、よく見たらその根拠はブラの販売数だったんです。Cカップの製品をたくさん作っていれば、その結果になって当然。でも実際には、もっと胸が小さい人や大きい人もいる。大きいサイズは単価を上げられるので製品化することで売り上げが立ちますが、逆に小さいサイズの人達は選択肢が少なかった。
数字をベースにボリュームを決めるようなジャンルでは、新しいものや自分に合うものは出てこない。だからこそ、リアルな意見や、大企業から漏れた需要を拾うことで開花するマーケットもあると思います。
ムラカミ:ハヤカワさんのアプローチの面白さは、全体最適型ではないところ。分かりやすいセグメンテーションを作って、そこに属する人たちの欲求を満たすものに集中的に取り組んでいる。一見マーケットを狭めているように見えて、その市場規模って潜在的にはかなり大きいんですよね。そもそも、これだけ価値観が分かれ多様化していく中で、全てにいいものってもはや幻想でしかない。
ハヤカワ:マスカスタマイゼーションにしても、多数派がカスタムを楽しむ方向じゃなく、少数派に需要があると思います。3Dプリンティングを使ったブラや靴のオーダーメードとか。
ムラカミ:靴の分野では革靴のインソールがすごく進んでいます。50代、60代の方だと、その為だけに1年間に数万円も使う人もいますよ。
U:そこには身体的必然性があるんですね。
ムラカミ:ウオーキングシューズのマーケットは各国で急成長しています。なかでも、インソールのオーダーメイド需要はかなり高いものがあります。医療分野の視点とカスタマイゼーションから生まれたオーダーメイド品は、ファッションではなく、生活必需品になるんですよね。
ハヤカワ:テクノロジーという手段より、目的に沿ったデザインが先行すべきですね。
ムラカミ:ジェネレーションZや、細分化されたパワフルマイノリティーの強い発言力と伝播力を兼ね備えたコミュニティーが現れたことによって、マス層もひきづられる形で購買に対する価値観が変わってきています。今回のデコーデッド・ファッションにハヤカワさんが登壇するのも、そういった新しい価値観をけん引する人たちの言葉に耳を傾けることで、未来のファッションビジネスの縮図が見えてくるということでしょうね。
U:テクノロジーやSNSによって、ファッションビジネスの文脈がどう変わるのか。これからの展開が楽しみです。