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アルスエレクトロニカ2016レポートNo.1

クリエーティブは、ソリューションから、クエスチョンへ。

2016/12/07

サイボーグのような格好の著者
サイボーグのような格好の著者
 

アルスエレクトロニカとは?

はじめまして。コピーライターの橋口幸生です。なぜかサイボーグのような格好をしていますが、これはオーストリアのリンツで毎年開催されるメディア・アートの世界的イベント「アルスエレクトロニカ」での一幕です。1979年にスタートした歴史のあるフェスティバルで、開期の5日間、人口19万人ほどのリンツに3万5000人の観客が集まるそうです。まさにリンツ市の総力を挙げたフェスティバルといえます。

このレポートでは4回に分けて、アルスエレクトロニカについてご紹介したいと思います。
ここまで読んでいて、なんでコピーライターがメディア・アートのフェスをレポートするの? と思った方も多いのではないでしょうか。今、広告の仕事の領域はどんどん広がっています(カンヌ広告祭の名称から「広告」が削除されたのは2011年のことです)。私自身、コピーライターとしてCMやグラフィック広告のコピーを書きながら、プロダクトやサービス開発といった仕事も手がけるようになりました。世界の事例を見ていても、これまでの方法論では発想や実施が難しい企画が増えています。

こうした潮流の中、クライアントにソリューションを提案するためにも、私たちのビジネスの可能性を広げるためにも、広告外の領域のクリエーティビティーを知っておくことが、クリエーターの欠かせない素養になっているのです。このレポートでも、展示の紹介だけではなく、皆さんの毎日の企画立案のヒントになるような内容をお届けしたいと考えています。

さて、今までフェスティバルと説明してきましたが、正確に書くとアルスエレクトロニカという名前は、下の4部門の総称になります。

 

「アルスエレクトロニカ センター」
1996年に開設された、アルスの活動の中心となる「The Museum of the Future=未来の美術館」です。アートと科学、テクノロジーなどの領域を超えて、これからの未来で人間が周囲の環境とどう関わっていくか、人間同士がどう交流していくかを、展示を通して考察しています。現在の建物は2009年に新しく建て直されたものです。

 

「フューチャーラボ」
上記センターをベースに活動をしているラボです。アーティストや建築家、デザイナー、VRやCGクリエーターなど、さまざまな専門性を持った人たちの集まり、未来に影響を与えるアイデアについて研究しているそうです。世界各国の大学や研究所とのコラボも積極的に行っています。

(credit: Tim Clark)

 

「プリ・アルスクエレクトロニカ」
メディア・アートを中心に、幅広いジャンルの作品を表彰するアワードです。1987年のピクサー、 2004年のウィキペディア、 2009年のウィキリークスなど、過去の受賞作はそうそうたるラインナップです。2016年は世界84カ国から、3159件の応募がありました。

授賞式の様子(credit: Florian Voggeneder)

 

そして四つ目が、今回詳しくお伝えする「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」になります。
会場はリンツ市内数カ所に分散しており、それぞれの会場で展示やシンポジウム、パフォーマンスなどが開催されます。メイン会場は、リンツ中央駅近くにあるPOST CITYです。もともと郵便局だった建物をそのまま利用しています。中はだだっ広く、かつて郵便物のより分けに使っていたらせん状のシューターが至る所にあります。

ミステリアスな雰囲気が象徴しているように、アルスには広告系のフェスにある「この手があったか!」とヒザを打つような感覚はありません。逆に「これって、どういうこと?」と考えさせられることがほとんど。ここは正解を探すのではなく、「問い」を深める場なのだと思います。世の中を、問う視点で眺める。そこから新しいものが生みだされ、未来がつくられていく。そんな意志を、展示作品やプレゼンテーションから感じました。

前置きはこれくらいにして、現地の様子をご紹介したいと思います。まずは今年のアルスのメインテーマでもある「RADICAL ATOMS」です。

 

RADICAL ATOMS

MITメディアラボ 石井裕教授(credit: Florian Voggeneder)

「RADICAL ATOMS」とは、MITメディアラボで石井裕教授率いるタンジブル・メディア・グループが提唱している概念です。直訳すると「過激な原子」という意味になります。私は「デジタルデータのように、自由自在に編集や加工ができる物質」と理解しています。

今私たちは、スクリーンの向こう側にあるデジタルデータを、マウスやキーボード、タッチスクリーンなどで操作しています。ある意味、スクリーンの向こう側(ビット)とこちら側(アトム)が分断されている状態です。これに対してタンジブル・メディア・グループは、「TANGIBLE(=さわれる)BITS(タンジブル・ビッツ)」という概念を提唱していました。アイコンやウインドーではなく、実体のある物体をインターフェースとして、デジタルデータを操作するという考え方です。このタンジブル・ビッツのさらに先にある概念が、RADICAL ATOMSになります。

言葉だけだと少し難しいので、展示を見てみましょう。アルスで「RADICAL ATOMS」を象徴する作品のひとつとして展示されていた、inFORMです。

 

inFORM

(photo:Tangible Media Group / MIT Media Lab)
詳しくはこちら(動画)をご覧ください
 

スクリーン上で3DCGをつくるように、目の前にある物体を、自由自在に動かしています。まるでSF映画のような映像です。タンジブル・メディア・グループはinFORMを、これまでの平面ディスプレーに対して「ダイナミック・シェイプ・ディスプレー」と呼んでいます。都市計画や建築で使うことを想定して、研究を進めているようです。確かにinFORMが実用化されれば直感的なデザインが可能になるし、都市や建築のあり方自体にも変化がありそうです。
次にご紹介するRADICAL ATOMSの事例は、「bioLogic」です。

 

bioLogic

(photo:Rob Chron
詳しくはこちら(動画)をご覧ください

着ている人の体温と汗に反応して自動的に穴が開く、速乾性と冷却性に優れた素材です。タンジブル・メディア・グループでは衣服を超えた、「第2の肌」と位置づけています。将来的にはスポーツウエアなどへの利用を想定しているそうです。

この機能は、湿度に反応して伸縮する納豆菌を繊維にプリントすることで実現されています。興味深いのは、納豆菌を「工場ではなく自然界でつくられたセンサーや駆動装置」ととらえていることです。 タッチスクリーンのように使える衣服など、ファッションにテクノロジーを導入した先例はありますが、bioLogicはより先進的かつ、本質的だと感じました。

MITメディアラボの創設者ニコラス・ネグロポンテ氏は「Bio is the new digital」という言葉を残していますが、今年のアルスではバイオは大きなトレンドになっていて、RADICAL ATOMS以外でもたくさんの展示がありました。その中から、私が一番すごいと思った事例を紹介します。

 

Pier 35 EcoPark

Pier 35 EcoParkは、「貝」をセンサーとして使った事例です。貝の開き具合で水の汚染度を測ることが可能で、今あるどんなセンサーより正確かつ安価なのだそうです。この性質を利用して、水の汚染度によって光の色が変わるインスタレーションが、ニューヨークのイーストリバーで実施されました。

プロジェクトの中心人物であるデービッド・ベンジャミン氏は「私たちのやっているのは、決して目新しいことではありません。かつて炭鉱労働者がカナリアを持って炭鉱に入ったのと同じなのです」と言っていました。

デービッド・ベンジャミン氏
 

ソリューションから、クエスチョンへ。

ここでご紹介した事例には、「物質を、デジタルのように編集、操作、加工できたらどうなるだろう?」という「問い」が、根底にあります。そこから導き出されるのは、「課題を発見し、ソリューションを提案する」というプロセスからは決してたどり着けない未来だと思います。

広告とは基本的に、クライアントの課題にソリューションを提案する仕事です。しかし、クライアントのパートナーとして本質的なイノベーションを成し遂げようとするとき、このやり方には限界があるのかもしれません。「ソリューションの提案」に加えて、「クエスチョンの共有」も、これからの広告会社に求められてくると思いました。

次回はCDCの長嶋さんによるアルスエレクトロニカからみたインターネットの多面性についてのレポートです。お楽しみに!