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リンツァートルテとインターネット

アルスエレクトロニカ2016レポート №2

  • 長嶋 良和

2016/12/14

リンツァートルテとインターネット

はじめまして。アルスエレクトロニカレポートの第2回を担当する長嶋良和と申します。私はCDCという部署でデジタルを生かした広告キャンペーンの企画・制作や、新しいサービスの開発などを担当しています。

インターネットの多面性

私からのアルスエレクトロニカのレポートは、ずばり「インターネットの多面性」というテーマでお届けしたいと思います。このテーマを選んだ理由を説明するために、まず下記の文章を紹介させてください。

アルスエレクトロニカはこの30年間、さまざまなエレクトロニクスのラボやワークショップから生まれた発展的な作品やプロジェクトを紹介し、自ら参加もしてきた。またその活動は、経済や社会、文化を変えるデジタル革命のトリガーとなり、それらのイノベーションが提示したビジョンや問いは、今日でも風化されることなく社会に影響を与えている”

これは、アルスエレクトロニカが2009年に出版した「30周年記念図録」の中で、自らの活動を振り返るテキストの中の一節です。(英文を長嶋が翻訳しています)
アルスエレクトロニカの会場に足を運び、フェスティバルの空気を肌で感じると、この一文がとても腑に落ちる感じがありました。アルスエレクトロニカは、世界的に権威のあるメディアアートの祭典であると同時に、常に現代社会と呼応しながら思考し、社会に対してあるときには警鐘を鳴らし、あるときには問いを投げかけ、またあるときには未来のビジョンを示す活動体であり続けてきました。フェスティバルの会場全体から、その課題意識といいますか、気概のようなものが感じられるのです。

会場の様子(Credit: tom mesic)

今年、そんなアルスエレクトロニカがコンペティションにおいてどんな作品に賞を与えたのか。とりわけ「インターネットと社会」という切り口で作品をピックアップしてみたとき、そこから何か見えてくるものはないかと考えました。いくつかの作品をご紹介しながら考えてみたいと思います。

Random Darknet Shopper

(Credit: tom mesic)
 

一つ目にご紹介するこの作品は、アルスエレクトロニカが主催するコンペティション「Prix Ars Electronica(プリ・アルスエレクトロニカ)」の「Interactive Art +」という部門で、「Honorary Mentions」(栄誉賞)という佳作に当たる賞を受賞しています。

ところで皆さんは、「インターネットには三つの世界がある」という話を聞いたことはありますか? インターネットの世界には、「Surface web(サーフェイス・ウェブ)」「Deep web(ディープ・ウェブ)」「Dark web(ダーク・ウェブ)」という三つの世界が層をなすように存在しているという話です。三つの世界はそれぞれ下記のように説明されています。

Surface web…検索エンジンにヒットするサイトや情報。一般の人が日常的にアクセスしている世界。

Deep web…検索エンジンの巡回プログラムが情報収集しないウェブサイト。検索してもヒットしない世界。データベースや学術論文のアーカイブなど、限られた人の間で共有されている情報。

Dark web…Deep webの中でも犯罪性が高い情報や物品のやりとりが行われ、ハッカーや犯罪者もアクセスするアンダーグランドなネットワーク。「Tor(トーア)」などの、利用者のIPアドレスを匿名化する特殊なブラウザーを使用しないとアクセスできない。

三つの世界のイメージ。筆者がテキストを追加して作成。(Photo by Jeriff Cheng)

この「Random Darknet Shopper」は、毎週Dark webにあるオンラインショップから無作為に商品を購入するボット(自動プログラム)を開発し、そのボットに実際に商品を購入させ、展示会場に商品を送らせるという実験プロジェクトです。購入には予算があり、毎週100ドル(約1万円)分のビットコインを使うそうです。

アルスエレクトロニカの展示会場では、購入された商品をモニターに表示して紹介していましたが、合法なものから非合法なものまで、多種多様な物がありました。例えば有名ブランドのジーンズのレプリカ、車の鍵のピッキングツール、あるハンガリー人のパスポートの高解像度コピー、中に物を隠せるようになっているスプライトの缶、ドラッグなどの違法性のある物から、ラコステのポロシャツ、電子書籍化されたフランス料理のレシピ本など、普通のオンラインショップで購入できるものもあったりするようです。(購入された商品を紹介しているInstagramの投稿はこちら

説明では、「このDark webでのオンラインショッピングは、インターネットがどのようにして国家の法令を曖昧にするのかを実証している」と語っています。Aの国では合法的に生産・販売されているものがBの国では違法である、という状況があり得る中で、Dark webのように市場が真にグローバル化すると、さまざまな法域を一つの市場が結ぶことになり、合法性の概念が曖昧になって、事実上どこからでも入手可能な広大なグレーゾーンが生まれる、という見方です。

さらに興味深いのは、そんなアナーキーかつ匿名性に基づいた市場において何が重要になるのかというと、それは「信頼性」だというのです。Dark webのショッピングサイトにも私たちが普段利用するショッピングサイトと同じような「ユーザーコメント」欄や利用者が評価するシステムが積極的に導入されているし、このRandom Darknet Shopperがある期間に行った12の注文に対して、全てきちんと商品が送られてきたといいます。

この作品は、普段私たちが意識することもないインターネットのアンダーグラウンドな世界をユニークな方法で明らかにしていますが、それだけでなく、インターネットの将来を示唆する面もあるのではないかと思います。

「グローバルに個人と個人をつなげる」という機能は、インターネットという技術(思想)の根幹であり、それが発明された時にすでにDNAに組み込まれている宿命のようなものかもしれません。だとするならば、技術やインフラが発展し、インターネットがそのパフォーマンスを向上させればさせるほど、人はあらゆるものをインターネットで流通させるようになるでしょう。ビットコインは「貨幣」のインターネットによるグローバル化の実験である、ともいえると思います。

OpenSurgery

(Credit: tom mesic)
 

二つ目にご紹介する「OpenSurgery」(オープンな手術室)という作品は、同じく「Interactive Art +」部門で、準グランプリとなる「Award of Distinction」(優秀賞)を受賞しています。

上の写真がその作品なのですが、これは何かというと「(作者が)DIYで作った腹腔鏡(ふくくうきょう)手術の支援ロボット」です。DIYとは皆さんご存じの通り「自分でつくる」ということですが、この作者のフランク・コークマンさんは、極めて高度で精密な製作が求められる腹腔鏡手術の装置を「自作」したのです。

この作品の背景にはアメリカなどの先進国で顕在化している医療格差の問題があります。経済格差の広がりと医療費の高騰によって、富裕層は高品質なサービスを受けることができる一方、貧困層は医者にかかることすら困難という状況が生まれているようです。そんな中、コークマンさんは、YouTubeで驚くべき映像に出合います。アメリカで保険に加入していない人たちが、本来外科医や歯科医にしてもらうべき医療行為を自分で行うための「医療DIYビデオ」をYouTubeにアップしているのです。

$5 DIY Cosmetic Dentistry, 1-Hour Dentures, False Teeth(5ドル、1時間でできるDIY差し歯)
 

こういった状況にインスピレーションを受けてコークマンさんは、物によっては価格が2億円する腹腔鏡手術の支援ロボットの自作に着手します。

フランク・コークマン氏(Credit: Frank Kolkman)

協力してくれる医師を探して出して、実際に導入されている支援ロボットの実物を研究し、3Dプリンターやレーザーカッターで部品を作ったり、オンラインで部品を購入するなどして完成させたそうです。実物を見たら、操作部分はPS3のコントローラーでした(笑)。セミナーで彼が語っていて面白かったのは、実際に施術をするロボットの手に当たる部品は非常に精密で、これを作るのは無理かもしれないと途方に暮れたが、中国のオンラインショップで売っているのを見つけて注文したら数日で届いた、とのことでした。

完成した支援ロボットはプロトタイプで、実際に手術で使うほどには動作が安定していないとのことですが、その製造コストは市場で販売されている支援ロボットの価格と比べたら極めて安く、ハイテクな製作所がなくても、基本的にはどこでも作ることが可能だといいます。

この作品は、医療という本来は多くの人に届くべきサービスが富裕層向けの高級なサービスになっているという状況に疑問を投げかけるものですが、初めに作者が着想を得た「人々がYouTubeに医療DIYビデオをアップする」という現象が、インターネットの一つの側面を象徴的に表していると思いました。それは、「インターネットは個人に立脚しているから、マイナーな人や情報も切り捨てない」ということです。テレビや新聞、雑誌などは、時間や面積の制約によって取り扱う情報量に上限があるため、必然的に情報の取捨選択が必要となり、取捨選択のためには基準が必要で、基準のためにはポリシーや思想が必要になるという傾向があるはずですが、「インターネットにはそれがない」と言っていいと思います。おそらくインターネット上にある情報は、過去も未来もずっと玉石混淆で、それは捉え方を変えれば「石っころ」にも居場所があるということです。組織を離れれば人は誰しも一人の個人でいわば「石っころ」であり、インターネットは、人が「個人」に帰ってもなお、情報を発信したり、人と交流できるメディアだと言えると思います。

Refugee Phrasebook

(Credit: tom mesic)

最後にご紹介するのは「Refugee Phrasebook」(難民のためフレーズ集)という作品で、こちらは「Digital Communities」という部門で準グランプリにあたる「Award of Distinction」(優秀賞)を受賞しています。

上記の写真はアルスエレクトロニカでの展示の様子なのですが、ちょっと分かりづらいので、できればこちらに掲載されている写真をご覧ください。

Refugee Phrasebookは、中東から多くの難民が一気にヨーロッパ各地に移住した2015年に、難民と移住先の人々(ヘルパーや市民)が必要最低限のコミュニケーションができるようになるための「フレーズ集」を作ったというプロジェクトです。製作されたフレーズ集は、印刷して各地の難民キャンプで配布されたり、ウェブサイトやスマートフォン用アプリとして公開されており、それらは全てオープンライセンスとなっています。

フレーズ集を作るだけなら簡単では…と思いきやそうではなく、中東は言語が多様で、Google翻訳も対応していないようなマイナーな言語を使う人々もいるそうです。そんなさまざまな言語を使う難民の人たちが、これまた地域によって言語が異なるヨーロッパの各地にバラバラに移住したものだからさぁ大変、という状況が起きてしまいました。しかもこの問題は2015年の難民危機によってヨーロッパ各地で同時にかつ急激に発生し、一日も早い対応が必要なシリアスな状況でした。

そんな中このRefugee Phrasebookは、2015年8月にベルリンのいくつかのコミュニティープロジェクトから始まり、さまざまな分野のボランティアの手によって、44の言語をカバーする国際的なオープンデータプロジェクトにまで、1年ほどで成長しました。

プロジェクトチームのメンバー以外にも、世界中から翻訳者、編集者、デザイナー、出版社、弁護士、医師などが参加し、それらは全てボランティアなのだそうです。

この事例は、「人を地理的制約から解放し、世界中の人と交流可能にする」というインターネットの機能がポジティブに働いた例だと思います。インターネットがない世界でこれだけ複雑なことを短期間に成し遂げることはおそらく難しいでしょう。国や地域を問わずに世界中から意志ある個人がオンライン上に集い、互いのスキルや労力を提供し合うことで大きなことを成し遂げることができる、ということをこの事例は示しています。

まとめ

三つの作品を取り上げて、それぞれから「インターネット的なるもの」を見つける試みをしてみましたが、いかがでしたか…。
作品をご紹介するためにあれこれ考える中でふと思ったことが二つありました。

一つは、インターネットを初めて使った時に感じた「自分の部屋が世界とつながったようなわくわく感」というのは、インターネットの本質をついているのかもしれない、ということです。そして二つ目は、あの感覚を久しく体験していないなぁということです。

また、「最近ネットサーフィンとかしてないな」とか、「昔作ったブログが休眠状態になってるな…」ということも思いました。

アルスエレクトロニカが取り上げる事例は、おそらく世の中一般よりも少し先を行ったラディカルな事例だと思うのですが、それらの事例から私が受けた印象は、かつてあった気がするインターネットのわくわく感でした。どうやらいつからか、毎日決まったウェブサイトとSNSを見て、メッセンジャーで決まった人とやりとりをするのが私にとってのインターネットになっていたようです。

インターネットの構成要素の最小単位は「個人」であり、本人の意志と行動があれば、世界中のさまざまな人と交流できるという、インターネットが本来持っているダイナミックな魅力にもう一度着目してみたいと、私は感じました。

レポートは以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は第2CRプランニング局/デジタル・クリエーティブ・センターの大瀧篤さんによる先進的なウェアラブデバイスに注目したレポートです。お楽しみに!

 

おまけ情報

タイトルの「リンツァートルテ」は、アルス・エレクトロニカの開催地であるオーストリア・リンツ市の名物菓子です。アルス・エレクトロニカ・センターの3階にある「Cubus」というレストランのリンツァートルテは甘さ控えめでとっても美味しかったです!