電通兆候研究所「シンプタンク」のそろそろこれキますよ。No.2
【予言】
ゼロ次情報が、人の心を動かす。
2017/03/02
電通社員たちが“謎の紙上研究員”として、世の中のキザシ(SYMPTOM)をあれこれ探っていくコーナーです。
出元の不確かなn次情報がSNS上に出回り、根拠のない浅はかさに飽きている人も多そうな今日この頃。そんな中出会ったのがNHK Eテレ「ねほりんぱほりん」。今、テレビ界でひときわ異彩を放つ番組だ。普段お目にかかれない人々を取材して予想外な真実を引き出し、NHK伝統の人形劇という極上のお皿に盛られた、手のかかった真の教育エンタメ番組。30分間にこれだけの驚きと喜怒哀楽を詰め込み、視聴者に感動を与える秘密は?ディレクター藤江千紘さんに、“ねほりはほり”お話を聞くことができた。「そろそろキます」というか、「もうだいぶキちゃってます」が(汗)、そこはタイムラグということでご容赦ください。
小林:まずお聞きしたいのは、「NHKというかテレビでこれ大丈夫なの?」という表現も結構出てきますが、これは放送していいとか、これはダメだとかって線引きはどうされているのでしょうか?
藤江:「みんなが知りたいということを追求することが公共放送だ」という気持ちで、少し過激な表現があっても、その奥にある人間の本質的な面白さにつながっていて、その表現を使う必要があると判断したら、使うことにしています。もちろん、他人を傷つけるような表現になっていないか気をつけた上で、ですが。だからなのか、意外なほどクレームは少ないんです。
小林:堂々と「これこそ公共放送の真ん中なのである」というのがいいですね。筋も通ってますし。会社員やってますと、「この表現はアウトなのかセーフなのか」と、つい表層的に考えてしまいがちですから。
これまでにもさまざまな番組を作ってこられたと思うのですが、今までと作り方が違うところはありますか?
藤江:つい持ってしまいがちな予見を持たずに相手の話を聞く、ということですね。すごく難しいんですけど。仮説みたいなものを立てると…
小林:仮説と合ってるかどうかの枠組みベースで考えてしまう。
藤江:それをできるだけ外したいなと。なので、どこに宝が眠っているか分からないものを掘っていく面白さを大事にしています。最初パイロット版で取材をしたときに、日頃のくせで、こちらが共感できる枠組みをつい頭に置いて、番組が成立するか?しないか?と考えながら質問をしたのですが、想定外のエピソードばかりを話されて、困っちゃって。イライラするし、どう位置付けていいか分からないし。6時間ぐらい話を聞いた後、どういうふうにこの人の話をストーリーテリングしていくんだろう?と考えて、けど帰り道に「あ、そうじゃない」と思って。私たちの思う枠組みを超えた、その人の豊かで面白いところを丸ごと出した方がいいんじゃないかと気付いたんです。
小林:予見がひっくり返ることを、むしろアリとする。
藤江:そうです。事前にものすごい量の取材をするんですが、ゲストへのインタビューのときはそれを全部取っ払って。事前にYOUさんにはゲストが誰かも知らせていないのですが、YOUさんがもう一回真っさらな目で掘ってくれることの中に、自分が思ってることよりも、本当に面白いお宝があるかもしれないと、予見をリセットしながら作っている感じです。
小林:YOUさんはジャズの即興みたいな感じで、いきなり行くわけですか。
藤江:はい。ご自身の経験と、フラットな目、平易な言葉で、人のことを見つめる。その洞察力が本当にすごいし、多くの人に刺さる。そこから私たち制作陣が思ってもみなかった真実が出てくる。
小林:感動した後に笑わせてくれるところにも感心してます。
藤江:単なる感動話にはしたくなくて。どんな人でも持ってる「ニンゲンってかわいくて、バカバカしくて、情けなくて、いとおしくて、ニクめない」。そういう「おかしみ」を番組の中に出せたらなと。
小林:それと人形劇の操演技術。人間を撮影している以上に感情が出てますよね。沈黙の演技とかまで。
藤江:ひとえに操演さんの技術です。毎回ゲストの服に似せた衣装を縫って、小道具とかも作って、リアリティーを出すように細部にこだわっています。
小林:「ネットの人たちに見てもらう番組を」みたいなことで始まった企画だったそうですが。
藤江:そうなんですけど、SNSの反応を見ても、皆さんのリテラシーが高いと思うんですよね、私たちよりもずっと。「こういうの好きでしょ?」みたいに、こちらが視聴者や受け手の側を「釣ろう」とするとバレちゃうんですよね。
小林:SNSの浸透によって視聴者のレベルが上がっちゃった中で成功している一つのかたちですよね。見ている人たちの方が、自分たちよりも先を行っているかもしれないということに気付いている作り手は、今、一歩前に出ている人たちだと思います。
藤江:妙にネットに寄せたりするのではなくて、ここでしか見れない、聞けない、体験できない、濃いものを作ることで、それを見た人がネットで拡散してくれる。NHKが本当に真剣に、ちゃんと取材をして、真面目に「こうです」と差し出す事実の強さ。それが大事だと思っています。
小林:2次情報よりも、さらに1次情報よりも本源的な、「ゼロ次情報」という感じですね。掘らなきゃ見つからない、当事者の根源に潜む情報。この番組が支持されるのは、今は上滑りな情報で「決めつける」時代だからじゃないかとも思ったんです。よく知らないくせに、みんなが語りまくれる時代じゃないですか。
藤江:だからこそこの番組では、既存の価値観で「断罪」したくないと思っています。「なんとなく想像はつくけど、実際はよく知らない人々」を丹念に掘っていくことで、予見とか予断が覆されるような気づきがある回には、好意的な反応が多いですね。既存の人の見方や価値観が変わったり、新しい発見がある番組をこれからも目指していきます。
「ねほりんぱほりん」は、Eテレ毎週水曜午後11時から放送。毎回の顔出しNGのゲストはブタ、MCの山里亮太さんとYOUさんはモグラの人形の姿で、赤裸々な本音を自由に話してもらうトークショー。「グッドデザイン賞」「ギャラクシー賞月間賞」を受賞し、現在SNS上でも話題沸騰中。書籍『ねほりんぱほりん ニンゲンだもの』がマガジンハウスから3月下旬発売予定です。
思いこみがひっくり返ることは、よろこばしいことである。
この番組を見ていてエスノグラフィー・リサーチを思い出しました。文化人類学や社会学で始まり、マーケティングでも盛んに応用されているこの手法は、対象の生の姿に寄り添うことで、一見したら分からない本当の価値をつかみ出すことをよしとします。
ポスト・トゥルース。フェイク・ニュース。炎上時代。みんなが寄ってたかってたたく中で誰も本当のことが聞けなくなり、真実は闇に葬られ、知りたいことがかえって分からなくなる時代。だからこそ、真実を知りたいという人たちの思いに応え、「ゼロ次情報」をつかみ出そうとする「ねほりんぱほりん」のエスノグラフィー的な探究心はますます重要なものになるでしょう。私も当事者にじかに触れる勇気を持ち、「ゼロ次情報」を丹念に掘り出すフィールドワークに出てみようと思います。