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世界のクリエーティブ・テクノロジストに聞くNo.9

ウェブでもアプリでもないテクノロジーの仕事:エリース・コー

2017/03/17

Dentsu Lab Tokyoではテクノロジーを用いて表現する人をクリエーティブ・テクノロジストと呼んでいます。この連載では、世界中のクリエーティブ・テクノロジストに仕事・作品についてインタビューし、テクノロジーからどんな新しい表現が生まれるか探っていきます。

 

ウェブでもアプリでもないテクノロジーの仕事、エリース・コー

クリエーティブ・テクノロジストへのインタビュー、8人目はエリース・コー(Elise Co)氏です。彼女はデザインとプログラミングを強みにものづくりを行う、aeolab(イオラボ)の代表です。クライアントには、ホンダ、BMW、ソニー、サムスンやディズニーなどが並びます。ソフトウエア、ハードウエア両方の設計ができ、新製品をつくり出す彼女に、どのようにテクノロジーを仕事にしているのか聞きました。

(今回の取材はオンラインでメッセージのやりとりを行いました)

 

エリース・コー氏
 

ITスタートアップができない仕事を受ける

木田:あなたの経歴について教えてください。

エリース:マサチューセッツ工科大学(MIT)で建築学の学士号を、また、MITメディアラボで修士号を取得しました。ラボではジョン・マエダ氏率いる美学・コンピュテーショングループ(Aesthetics and Computation Group、以下ACG)に所属していました。メディアラボで学友と関わる中で電子工学に興味を持つようになり、また、ずっと服飾に興味を持っていたこともあり修士論文ではファッションにおける表現要素としてのコンピュテーションについて書きました。

マサチューセッツ州ケンブリッジにあるSmall Design Firmというデザイン会社に短期間在籍した後、スイスのバーゼルに移住し、数年間教職を務めました。その後ロサンゼルスに戻りました。

木田:科学技術の世界に興味を持つようになったきっかけは何ですか?

エリース:MITに入れば必ずや科学技術の面白さに気付かされることでしょう。MITで最もクールなのは、コンピューターサイエンス専攻の学生が持ち歩いている「マニアックなキット」だと思います。例えば一見ただのスーツケースに見えるものの中に、自分たちで設計して組み立てたデジタル回路が入っているのです。毎年冬に開催されるロボコンもそうです。

大学生の時、メディアラボのUROP(学部生が院生の研究を手伝う制度)に携わり、初期のACG院生が関わっていたグラフィックデザインを手伝ったことがあります。その院生がプロジェクトから外れたため、マエダ氏からインタプリタ(人間の書いたソースコードを、コンピューターに実行させるプログラム)のコーディングをするプロジェクトを任されました。

これがきっかけとなり、プログラミングやデジタル関連の実装を行うようになりました。マエダ氏は本当によく指導してくださいましたし、私も意欲を十分にかき立てられました。彼は私の人生にもっとも影響を与えた人物のひとりですし、今もそうです。

木田:aeolabを創業したきかっけは何でしたか?

エリース:私のパートナーであるニキータ・パシェンコフ氏と一緒に2006年にaeolabを立ち上げました。私たちはフリーランスでプロジェクトに携わっていましたが、ソニーの案件を受注できる見込みがあり、2人で協力しようという話になったのです。個々の能力や活動も互いに尊重し合っていますし、自分たちにできることをやってみようと考えました。

木田:aeolabにおけるあなたの役割とは?

エリース:私とニキータがほとんどの業務を担っています。かなり大まかに言えば私がソフトウエアを、ニキータがハードウエアを担当しているともいえますが、互いに相手の作業に関わることもありますし、プロジェクトの管理や調査実施、構想は協力して行っています。

木田:aeolabという社名の由来について教えてください。

エリース:言葉遊びが大好きで、常々からプロジェクト名を考えるのは得意だと思っていました。ところが、2人で会社立ち上げの準備をしていた時、なかなかいい案が思い浮かばず大変苦労しました。“aeolab”に意味はありませんが、2人とも文字の並びが良いなと思いました。私も彼も昔から科学の本が大好きで、「イオライト(aeolight)」について読んだことがありました。かつて光学録音(映画フィルムなどで、音声の信号を光に変えて記録する録音方式)に使用されていたガス封入管ライトのことです。また、イオロス(Aeolus)はギリシャ神話で風の神のことです。

木田:なるほど。では、プロジェクトについて教えてください。

エリース:私たちのプロジェクトは実に多岐にわたっています。データの可視化やインタラクティブ・インスタレーションなどがありますが、主な仕事は最先端で高度なデザインを持つ技術のプロトタイプを研究することです。大企業向けのものであることが多く、どの案件も企業秘密です。

木田:aeolobの取り組みの独自性について教えてください。

エリース:私たちの強みは、実際に機能し、直接体験できるプロトタイプを考え出せることです。どうすればいいか誰も分からないことを引き受け、それを実現することをいわば専門に扱っています。特にカスタムハードウエア(商品に手を加えたもの)やコミュニケーションネットワーク(離れたものを技術の力でつなぐこと)の設計に明るく、例えば初期のプロジェクトのひとつであるSONYのMoodmarkでは、ネットワークでつながったものを作動させるシステムをつくりました。

写真左のキューブを動かすと、ネットワークでつながったランプが点灯する。自分の好みの明るさ、位置を記録できる (Moodmark)-1
写真左のキューブを動かすと、ネットワークでつながったランプが点灯する。自分の好みの明るさ、位置を記録できる
(Moodmark)
写真左のキューブを動かすと、ネットワークでつながったランプが点灯する。自分の好みの明るさ、位置を記録できる (Moodmark)-2
 
制作の様子
制作の様子
 

木田:クライアントがあなたに仕事を依頼する決め手は、何だとお考えですか?

エリース:アイデアはあるがどう実現すればよいのか分からない、かつ、それがウェブデザインやアプリなどの標準的なプロジェクトタイプには当てはまらない場合に、依頼を頂いていると考えます。

当社がエンジニアリングとデザインの中間のような役割を担うことがよくあります。機能性のあるものを実装していますが、デザインが常に優先されます。鍵となるデザイン案を最も効率よく得るため、戦略的にプロトタイプをつくる方法を理解しています。

 

スタートアップから仕事が来る理由

木田:最近の仕事にはUberのようなスタートアップ関連のものが多く見受けられます。技術系スタートアップと新しいデジタル表現は相性が良いと思います。その相乗効果について教えてください。

エリース:Uberのような大規模の技術系スタートアップが当社に依頼する内容の多くは、おっしゃる通り実に表現力豊かで、他とは異なっています。Uberウオールは、クリプトンガスと手作りのチューブでできたものに簡単な相互作用を加えた作品です。データと人の両方の移動を表すことができ、一日を通して変化し続けています。一方、小規模のスタートアップの場合、製品の開発につなげるには技術研究とプロトタイプ作成をさらに進める必要があることが多いように思われます。

前を通ると光がつく(Interactive Neon Wall

木田:スタートアップ企業との案件はどのような経緯で始まるのですか?

エリース:ほとんどが口コミで舞い込んできます。創業10年になりますが、多くの素晴らしい人々と一緒に仕事ができたことをうれしく思っています。知名度は低いままですが、当社のプロジェクトを記憶してくれる方が多いのはありがたいです。

木田:iPhoneの備品から展示物の設置までさまざまな案件に携わっていますが、クライアントの依頼に合った技術をどのように選択しているのでしょうか?

エリース:これまで多くの経験を積む中で、いろいろなプラットフォームやプログラム言語をかじってみたり、さまざまなマイクロコントローラーや部品をいじってみたりしました。新しいものについて学ぶのは実に楽しいことです。どの部品を使うか、どれをカスタマイズするのか、機能させるためには何をどうまとめればよいのかなど、忍者の技のように戦略的かつ機知に富んでいることが最も重要であると考えています。

木田:創造的技術や情報産業で働いている女性が、他の女性の仕事環境をより良くするためにできることは何だとお考えですか?

エリース:女性を雇用し、女性ユーザーの観点から構想、観念化、戦略提唱すること、また、他の女性をサポート・指導することだと考えます。科学技術の分野で働く女性が世間から周知されるべきです。そのためにも、私がアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで教壇に立つことは重要だと考えます。

木田:では最後に、今つくってみたいものは何ですか?

エリース:aeolabの自社デバイス・製品を開発したいと考えており、いくつかの社内案件が進んでいます。また、個人的には昨今の政治情勢は非常に悩ましく、当社の技術を政治的な意思表明としても使っていきたいと感じます。「万人は平等。科学、論理、人間の品性が重要です。屈してはなりません!」と声を大にして言いたいです。

木田:ありがとうございました。

 

【取材を終えて】
同じ仕事は二度と来ない

クリエーティブ・テクノロジストは、魔法使いのようです。まだ誰も見たことがなく、つくる方法も分からないものを実現するのだから。ソニーのMoodmarkの場合、「家具のブックマーク」というコンセプトを形にする必要がありました。快適な音楽や光量を記憶して、家具がいつでもその状態をとるような装置をつくっています。

誰もつくったことのないものに取り組むのは、アーティストに近いと思います。実際にエリースさんのAtmosphereという作品は、ニューヨーク近代美術館で展示されました。

しかし、仕事においては企画のゴーサインを出すのはクライアントです。エリースさんは要望に応えることになります。これは広告会社におけるアートディレクターや、コピーライターと類似しています。また、クリエーティブ・テクノロジストの仕事ではシリーズ広告の例が少なく、人の心を動かすために毎回新たな取り組みを行うので同じ仕事はなかなか来ません。

よって、エリースさんは納品を終えると、またゼロから仕事に取り掛かる必要があります。同一製品の大量生産はできない。一点物をつくり続けるということ。いつも新しい取り組みを続けているaeolabは、安定して収入を得られるのでしょうか。

そこでヒントになるのは、企業との案件が口コミでくるという話です。その始まりがソニーとの縁だったといえます。挑戦に意欲的なクライアントだったのでしょう。
一つ目の仕事、期待に応えることで、次の仕事が来たのではないか。そして次の期待に応える。同じ仕事が二度と来ない立場で会社が続く仕組みは、未知の取り組みに応え続けることにあると思います。

Photo Credit: Nikita Pashenkov
Dentsu Lab Tokyoでは、世界中のクリエーティブ・テクノロジストの詳細なインタビューをご紹介しています。