インサイトメモNo.55
「消える」「盛る」「ライブ」―SNSの“動画世代”を理解する三つのキーワード
2017/03/15
電通総研メディアイノベーション研究部では、2015年からスマホユーザーの「写真・動画を活用したビジュアルコミュニケーション」をリサーチしてきました。 先日ニュースリリースを配信した最新の調査では、その中でも「動画」にフォーカスし、その動向を「動画時代のES-M-L (エス・エム・エル)」というキーワードにまとめました。
本稿では、このES-M-Lについて解説するとともに、そうしたトレンドたちの底流に流れる「ストックではなくフローの体験の重視」「コミュニケーションの『いま』性の高まり」「生活者の自己発信やメディア化の進展」といったポイントを抽出。そこから見えてくる現在のコミュニケーション環境の特質を探っていきます。
キーワードはES(消える/短い)、M(盛る)、L(ライブ)
若年層のスマホユーザーに見られる特徴として、「動画を見て楽しむ」だけではなく「動画を発信してコミュニケーションの道具にする」という傾向が確かに存在しています。そんな若い世代がSNS上で使用する動画サービスや、そこでの情報行動の特徴を、以下のキーワードにまとめました。
・「Ephemeral/Short」(すぐ消える、短い動画)
・「Moru」(盛る=画像や動画の加工)
・「Live」(SNS上でのライブ配信)
頭文字を取ると「ES-M-L」となります。
言い換えれば、①短い時間の動画を好んで作り消費し②自分や体験を盛ってコンテンツ化しつつ③ライブで今のことにフォーカスして発信している、ということです。詳しく見ていきましょう。
①「ES(エス):Ephemeral/Short」
すぐ消える/短い動画フォーマットの隆盛
ここでは、一定時間がたつと消えてしまうフォーマットの動画を「Ephemeral(はかない、1日限りの)」と呼んでいます。そして、短い尺で完結するタイプの動画およびそれを求めるユーザーのマインドを「Short」と呼んでいます。
さまざまな調査から、スマホユーザーは短い時間のコンテンツを好むようになってきているといわれています。また、メールやメッセンジャーでのやりとりが“スクショ(スクリーンショット)”されて広まってしまうなどのリスクが知られるようになり、「消える=残らない」ことの価値が意識され始めました。特に若年層にとっては、自分が発信したものが「残らない」ことこそが、そのサービスをアクティブに使用する十分な理由たり得るのです。
このような背景のもと、「短時間で消える」機能を持つサービスの人気が全般的に高まっています。特にSnapchatとInstagramの「ストーリー機能」は、EとSの両方の特性を兼ね備えたサービスとして注目に値します。どちらも投稿後1日たつと自動的に消滅するというフォーマットで、自分の体験を短い動画として投稿・シェアするためのものです。
「Snapchat Stories」の方が数年早く発表されていますが、今回の調査により日本では「Instagram Stories」がやや高い利用率であるという現状が明らかになりました。
理由のひとつとして、日本国内においては既にInstagramが普及しユーザー間のつながりが築かれており、動画をシェアするに当たっての「宛先」が多くあったことが挙げられるでしょう。SNSには―もっといえばコミュニケーション型のインターネットサービスには―ネットワーク外部性(あるサービスを利用する人数が増えるほど、そこから得られる便益が増加する現象)が働くのです。
また、ユーザーは「短い動画を好む」ないし「動画を見続けるかどうかを短い時間で判断する」ようになっているというShort性も、私たちの調査から観察されました(詳しいデータについてはコラム末尾の問い合わせ先までご一報ください)。
②「M(エム):Moru」
“盛る”はビジュアルコミュニケーションの必須要件
日本のスマホユーザー、特に女性ユーザーの情報行動を読み解く上で欠かせない視点こそ、「M:Moru」であると私たちは考えています。今回の調査からは、10代女性においては平均して1投稿当たり3個(!)もの写真加工アプリを使うことが明らかになりました。
フィルターをかける、文字を書き込む、絵文字やスタンプ・ステッカーで飾る…など、1枚の写真にも多様な加工表現がなされるようになっており、プリクラから連綿と続く日本の「盛る」文化が継承されていると考えられます。
写真の加工だけでなく、動画の加工にもユーザーの関心は拡大しつつあります。
昨年から国内でも流行し始めた「動画フィルターアプリ」。ユーザーの顔など、対象物にリアルタイムな加工エフェクトを施してくれるものを指し、ユーザーのセルフィーが犬の顔になるようなものなどがよく知られています。
動画フィルターの利用者は本調査対象者全体のうち37.8%ですが、今後使う可能性がある「ポテンシャル層」は合計で34.7%と、現在の2倍にまで大きくなる伸び代があると試算されました。
動画フィルターを考える上で重要なのは、その利用者数動向に加えて、それが有している機能的価値。ヒアリングからは、「ユーザー同士で盛り上がる/盛り上がれる」という、その時間をリッチにする特性が重要視されていることも分かりました。写真の場合は1枚を徹底的にすてきなものに見せるよう加工することが重視されていましたが、動画加工のモーメントにはまた異なる指向性が働いているようです。
こうした加工文化の隆盛の一方で、「あまり加工すると元々の姿が分からなくなるのでは」といった指摘、つまりそのようなトレンドに対する疑問の声が聞かれることもあります。それを使っているユーザー自身も含めて、多くの人がそうしたことを感じた経験があるでしょう。しかし私見ではこうした状況をポジティブに解釈する余地はあると思っています。
ここまで述べてきたような手段で加工された「オンライン上の自分」は、その姿が仮に「オフライン上の自分」と似て非なるものであったとしても、現代のユーザーにおいては矛盾なく同居している面があるのではないか―言い換えれば、「今ここにいる私」と、「ビジュアルコミュニケーションの中で表象され流通されていく私」とのズレは、アイデンティティーの拡張という形で受容されむしろ積極的に楽しまれてさえいるのではないか。
だとすれば、そのような複数性はむしろ肯定すべき領域のようにも思います。そうしたトレンドは、私たちが置かれたある種のPost-Truth的な情報環境とも無縁ではないかもしれません。
また、紙幅の都合上詳述はできませんが、私たちの調査からは動画フィルターがプロモーション用途としても今後ますます重要になってくることが分かりました(ご関心があれば、コラム末尾の問い合わせ先までご一報ください)。
③「L(エル):Live」
ライブ配信のSNSシフトが進む
ライブ映像の配信サービスには長い歴史がありますが、今あらためて取り上げる理由は、ここに「SNSシフト」が加わるためです。FacebookやLINEといったSNS上でライブ配信できるサービスの利用率が高まりを見せている点は注目を要します。
「調査回答者全体」の利用率で見ると、スコア上位から順に「ニコニコ生放送」「Facebook Live」「LINE LIVE」となりますが、「そのサービスを認知している人」を対象にした利用率スコアで見ると、1位のFacebook Liveが42.9%となっているのを筆頭に、「ソーシャルメディア上で提供されるサービス」が強さを発揮していることが分かります。
SNS上でのライブ配信について、ユーザーからは「長期保存はしたくないけど思い出を拡散したい」「動画を加工したり投稿することで多くの人とつながれたり自分を表現できる」、そして「自分から友達に電話をかけるのが苦手なので、ライブ動画を公開して友達の方から来てもらいたい」(!)といった声が寄せられています。
ライブ配信サービスにもさまざまな種類がありますが、スタンドアローンな形で提供される「配信機能に特化したタイプ」に加えて、ソーシャルなプラットフォーム上で配信できる「SNSとセットになったタイプ」への注目度が今後ますます高まる兆しが読み取れます。
まとめ:ES-M-Lに見るコミュニケーションの「いま」性
ES-M-Lについての議論を簡潔にまとめると、フォーカスされるのは以下のような点でした。
「Ephemeral/Short」という手軽な動画コミュニケーションの普及
「Moru」というユーザーサイドからの発信に深くひもづいたニーズ
「Live発信」のSNSベースへのシフト
ここで一段俯瞰するならば、SNSのES-M-Lが重要になる背景として、ウェブを通じたコミュニケーションの「いま」性が高まっている点を指摘できるでしょう。「ES」も「M」(盛り上がるの側面)も「L」も、ユーザーの体験する時間に関連する特性を指しているという共通点があるのです。
情報洪水かつコンテンツ過多な現代において、逆説的に一回性の「時間/機会のリッチネス」を求める機運が高まっているのではないでしょうか。私たちが現代の情報環境の中でコミュニケーションに何を求めているのか、それを考える上でのヒントがここに含まれていると感じます。
今後は各種SNSでES-M-Lの機能/サービスはより高度に整備され、ユーザー側もそれに合わせたコミュニケーションを行うようになっていきます。「SNSのビジュアルコミュニケーション化」が推し進める両者の動向に注目しながら、「生活者の自己発信やメディア化への支援が、今以上に企業やブランドのプロモーションに生かされる」―そんな時代への備えを私たちは講じておく必要があるでしょう。