「日本の広告費」特別対談No.2
ネットの普及拡大に伴い、あらゆるメディアが次世代対応を迫られている
2017/03/22
「2016 年 日本の広告費」は、依然として変化を続けるメディア構造を反映する形となりました。映像コンテンツやメディア産業論が専門の青山学院大教授の内山隆氏と電通総研の奥律哉氏が、各メディアについて今後注目されるポイントや、大学生のメディア接触の現状を整理します。
日本ではテレビ広告が頑張っている
奥:2016 年の日本の総広告費は前年比101.9%の6 兆2880 億円で、5 年連続でプラス成長でした。媒体費と広告制作費を合わせたインターネット広告費が1兆円を超えたのは14年のことでしたが、16年には媒体費だけで1兆円を超え、引き続き成長をリードしました。全体をご覧になってどのような感想をお持ちになりますか。
内山:英国やフランス、ドイツといった欧州の先進国では、ネット広告費がテレビ広告費を超える逆転現象が起こっています。英国でネットの広告費がテレビを超えたのは09年のことでしたから、日本では相変わらずテレビが強いというのが第一印象ですね。ただし、伸び率で見ていくと、テレビはほぼ横ばいであるのに対してネットは10%オーバーですから、逆転へはカウントダウン状態だろうと思います。
奥:内山先生の専門は映像コンテンツやメディア産業論で、学生との距離も近いですから、デジタルネイティブ世代のメディア接触状況などもお聞きしたいと思います。早速ですが、最近の学生は新聞をどう読んでいるのでしょうか。
内山:大学3年生の前半くらいまで、意識して新聞を読む学生は少ないと思います。4年生になって、卒論を書こう、データを集めよう、就活だ、といって、初めて新聞の縮刷版に手を伸ばす、あるいはデータベースサイトにアクセスする構図ではないでしょうか。そもそも、ネット世代、デジタルネイティブの世代というのは、基本的には「なんでもフリーミアムから」な発想ですからね(笑)。
奥:新聞の使い方として特徴的だったのは、インターネットテレビ局が番組表を広告として出稿し認知を上げた結果、アプリの1000 万ダウンロードを達成したケースです。テレビ視聴の入り口が新聞のラテ欄であることを承知した上で、ネットの新しいサービスをプロモーションするときにトラディショナルなメディアをうまく使った広告戦略だと思います。次は雑誌について。街の本屋さんが減って、雑誌や本をめぐる風景もだいぶ変わってきました。学生たちと雑誌の関係はいかがでしょうでか。
「特別な私」を見てほしい女子大生
内山:女子学生が好むファッション誌は、2、3年前まではもっと健闘していたと思います。実際に買っているかどうかは分かりませんが、見てはいるだろうなという感覚はありました。最近はインスタグラムの影響が強いような気がしています。
奥:今、女性たちがトレンドを追い掛けるとき、インスタグラムのハッシュタグで検索をかけるのですね。デジタルネイティブな若者たちは、そこでヒットした情報こそがフラットでフェアな情報だと思っている節がある。それが、雑誌が持っていたトレンド紹介の機能を代替してしまっているのではないでしょうか。
内山:カメラメーカーとの産学連携で、「カメラ女子を増やそう」というプロジェクトを進めています。インスタグラムでどういった写真を見たいのかというと、基本的に、女性誌が取り扱うようなグルメ系、旅行系、ファッション系なのです。そして、「特別な私」を「盛って」演出したい。大学の周りにはパンケーキ店がたくさんあります。ランチに出掛け、とりあえずスマホで撮っておいて、気が向けば投稿する。これまでプロが担ってきた行為が素人でも簡単にできるようになりました。
奥:雑誌もネットの影響を受けているということでしょうね。渋谷・表参道周辺という青学キャンパスの立地も後押ししていますね。ラジオ広告費は、久しぶりにダウントレンドから復活しました。ひとえにこれはラジコという仕掛けづくりが実を結び、若者へのリーチの下支えになったという、非常にいいトレンドだと捉えてます。
内山:ラジオがニッチメディアになってしまったことは否定できないでしょう。「家にラジオはない」という学生も多いですし、「地震が来たらどうするの?」と尋ねると「ネットでなんとかなる」といいます。そんな中、ラジコによって事実上全国放送になったことが突破口になると期待しています。まずはリスナーをいかに増やしていくか。問題はコンテンツで、新たなコンテンツを開拓できるかがポイントになるでしょうね。
若者の都合に合わせたコンテンツ提供を
奥:テレビ広告費は前年比101.7%で、リーマンショック以降の足踏み状態からようやく戻ってきた観があります。学生たちのテレビ接触状況はどのような感じなのでしょうか。
内山:テレビを通して何かを知ったという話はたくさんありますし、録画を見ているという話も聞きます。ただ、「この番組を見るために家に帰る」ということは少なくなりました。時間は自分でコントロールしたい、自分の都合がいいときに好きな番組を見たいというのが基本的なスタンスだと思います。
奥:ドラマの「逃げるは恥だが役に立つ」がヒットしましたが、タイムシフト視聴が非常に多かったといいます。視聴捕捉範囲を広げれば大きなパワーを持つことが証明されたといえるかもしれません。
内山:米国ニールセンは、タイムシフトを含むテレビ視聴と各種プラットフォームを通したデジタル視聴を統合したトータル・コンテント・レーティングを提供すると発表しました。タイムシフト、プレースシフト、デバイスシフトした人も捕捉して、そのレーティングをスポンサーに買ってくださいと
いう話だと思います。1人暮らしの学生の場合、「パソコンで全部OK」といって、家にはテレビがないというケースもあります。
ラジコのように、パソコンやスマホにシフトした視聴者も勘定に入れる、あるいは、オンエアでスポンサーに買っていただく部分と、ネットを通して売っていく部分の両方をカウントできるようになりつつあるということでしょう。
インターネット広告、ネット同時配信の未来は
奥:インターネット広告は制作費を除いた媒体費単独で1兆円を超え、アドテクノロジーを生かした運用型広告が広告主のニーズを満たしていることから好調でした。
内山:スポンサーの立場からいえば、クリック保証型広告など、他のメディアにはないメリットがありますし、運用型広告のように状況に合わせて出稿を変えていけるところも強みです。テレビ広告でタイムよりスポットが好調というのも、スポンサーが環境変化に合わせて出し方を変えていきたい意向が強いからでしょう。アドテクノロジーによってそうしたニーズをうまく捉え切れていると思います。
奥:今後も運用型広告や動画広告がけん引していく構図は変わらないでしょうが、次なるメインプレーヤーは誰なのか。広告と、広告以外のコミュニケーションがボーダレスになっていますし、広告主を表記するか否かなど、ルールづくりの課題もあります。今のところネットにはあまり制約がありませんが、だからこそ面白い、だからこそ若者を引き付けるという側面もあります。最後に、今後の動きについてはいかがでしょうか。
内山:ネットで情報を発信するといっても、ワン・トゥー・ワンの私的通信に近いレベルもあれば、放送局のように不特定多数に情報を広めたいという場合もある。何をもって私的通信とするのか、あるいはトラディショナルなメディアサービスとするのか、程度の差はあれ、その色分けをしなければいけない。ネット経由であっても公衆メディア的な動きに関しては、倫理規制などを含めしかるべき行動を要請する向きもありますし、広告に関しても似たような動きは出てくるのだろうと考えます。
奥:近年、日本でもテレビ放送のネット同時配信の議論が盛んに行われています。
内山:欧州では2、3年先の議論をしています。日本ではまだまだテレビが媒体としても広告の規模としても強く、一方で環境整備が遅れている状況を考えると、逆に時間の猶予があるともいえます。先達の動きをよく観察し、いいとこ取りをしていくという方向性はあり得るのではないでしょうか。
奥:そのあたりは課題も多く、現実的にどう進めていくのかを議論するフェーズに入っていくことを期待します。特にNHKが2020年に向けて同時配信に前向きな中、どう考えるのか。「若者のテレビ離れ」は、私からすれば「テレビの若者離れ」という側面もあり、彼らがいるところにコンテンツがあればよいと。見られる環境をつくることが、NHKの「広くあまねく」であり、民放広告モデルの「リーチ」と同義と感じています。