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アクティブラーニングこんなのどうだろうレポートNo.5

子どもがゲンナリする質問の法則!?

2017/04/04

電通総研アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所は、2015年10月15日の設立以来、全国のさまざまな学校で先生たちとユニークな共同授業、実践授業を行ってきました。授業コンテンツを一方的に提供するのではなく、その学校、そのクラスが一番「アクティブ」になる形を、そのつど教育のプロである先生たちと模索。毎回とてもオリジナルな方法とドラマが生まれました。担当した研究員がその模様をレポートします。

「電池の数を増やしたら電流は強くなるだろうか?」

いきなりですが、想像してください。あなたは小学生。チャイムが鳴って席に着くと理科の授業開始。先生が黒板に書き始めます。「電池の数を増やしたら電流は強くなるだろうか?」

さて。小学生のあなたは、勉強したくなりました? 実験が楽しみ? もう授業の答えが分かった? 興味なし? 眠い?

この授業の「めあて」(※)の一文、八王子市立弐分方(にぶかた)小学校の清水弘美校長との打ち合わせの中で出てきた印象的な言葉でした。

※「めあて」とは、授業の目的や狙い、子どもたちに身に付けさせたい力のこと。
 
八王子市立弐分方小学校 清水弘美校長
八王子市立弐分方小学校 清水弘美校長

どんな先生にもあった、思い込みや偏り

われわれ研究所の共同研究校として1年前にコラボさせていただくことになった弐分方小学校。高尾山のふもとにある、のどかな普通の公立小学校と思いきやちょっとスゴイ小学校なんです。学級会や学芸会などの「特別活動」が有名で、エジプトやモンゴルからも視察にやって来るほど。そんな小学校を指揮している清水校長と電通とで「今までの学校現場にない何かをつくる」ことだけを決めて、共同研究がスタート。

その「何か」に向けて、電通総研アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所内の学校チーム(舘林恵・森口哲平・本田晶大・尾崎賢司・大熊雅士先生)と清水校長で打ち合わせ。教育と広告、異文化が面白くて何度も高尾山のふもとに通っては時間を忘れておしゃべり。そうして学校現場の抱える課題について話すうちに分かってきたのは、先生方が「当たり前」という名の多くの思い込みや偏り・バイアスにとらわれているということでした。

「ネタバレ」してる授業

清水校長は言います。「正しいけどつまらない授業をなんとかしたい。例えば先生が当たり前のように授業の始めに書くめあて。『電池の数を増やしたら電流は強くなるだろうか?』って。『だろうか?』を取ったらそのまま答えになるような質問を書く先生が多い。答えがバレバレで、子どもはゲンナリしてしまう」

なるほど。「だろうか?」を取ると「電池の数を増やしたら電流は強くなる」…確かに答えになります(笑)。われわれはそれを「ネタバレ授業」と名付けました。

指導案「B面」プロジェクト発足

ネタバレ授業だけでなく、校長が言う「正しいけどつまらない授業」の裏にあるさまざまな「先生の当たり前」。それに対して「広告の当たり前」という異質なものをぶつけてみたら、何か面白い変化が起こるのでは? 子どもの前にまず大人が変わるきっかけになるものがつくれないか? そこで目を付けたのが「指導案」でした。 

 一般的な「指導案」
一般的な「指導案」の例。学習の流れや指導上の留意点などが記載されている。

指導案とは、先生が授業を行う際の計画や配慮事項が書かれた、いわば授業のシナリオのようなもの。そのいつもの指導案にプラスするかたちで、子どもが主体的になる裏ワザ&授業が楽しくなるヒント集をつくってみようということに。名付けて「指導案B面」プロジェクト。

先生が普段の授業の指導案(つまりA面)を作成した後にB面を使って見直すことで、授業がちょっと工夫できるようになる。凝り固まった「当たり前」や先入観が変わる。そんな秘伝の書(?)を目指して、広告コミュニケーションのノウハウと、清水校長が長年教育の現場で培ってきたノウハウを掛け合わせたものを指導案B面に詰め込んでいきました。

先生の常識が、広告の非常識だった

例えば、授業を聞かない子はダメな子である。これは先生の当たり前のひとつ。そこには、「席に着いて授業が始まれば授業を聞くものだ。自分の授業に興味があるはずだ」という前提があります。でも広告のコミュニケーションはその前提が違う。広告は、その商品に興味がない、無視されるという前提。その人たちをどうやって振り向かせるか。そこからスタートします。そんな広告の当たり前を応用した指導案B面の最初の項目は、こう。 

「指導案B面」より一部抜粋。

 

指導案B面で、先生と授業はどう変わったか

先生のさまざまな「当たり前」を見直していく項目と授業の工夫のヒントを増やして、徐々にできていった指導案B面(現在7項目まで完成)。

効果のほどを確かめるべく、弐分方小学校の若手の先生に試してもらいました。自分の授業の指導案(A面)をつくった後にB面を使って見直してみた先生。一番ハッとしたB面の項目は、これだったそう。

「質問で正しい答えを導く」という先生の当たり前を見直してもらうためのB面の項目。

冒頭で触れた「電池の数を増やすと電流は強くなるだろうか?」が悪い例ですよね(笑)。その先生は理科の授業で「日なたと日陰の地面の温度に違いはあるだろうか?」という質問を考えていたそう。まさにネタバレ。その後、先生は質問をこう工夫しました。

「学校で一番暑い場所と、一番涼しい場所はどこだろう?」

自分が小学生になったつもりで受け止めてみるとどうですか。「日なたと日陰の地面の温度に違いはあるだろうか?」って言われるよりも、ワクワクしませんか。

先生はさらに、工夫をプラス。授業自体を班ごとに分かれて暑い場所と涼しい場所を探す、という競争ゲームに。ちなみにこれは、B面の中の「授業に遊びの要素をプラスする」を取り入れています。いざ、授業当日。「学校で一番暑い場所と一番涼しい場所はどこだろう? 今から校庭に行って競争! 一番早く見つけてきた班が勝ち!」先生が宣言すると、反応はこうでした。「先生、理科だけど?」「外に出ていいの?」「授業だけどゲームしていいの?」

いつもと違う授業の始まりに少し戸惑った後(笑)、元気よく校庭に飛び出して興奮しながら日なたと日陰をどんどん調べ始めました。清水校長いわく、この先生はこれをきっかけに日々の授業がどんどん変わっていったのだそう。何より、授業を受けている子どもたちの笑顔が増えたと。

はしゃぎながら学校中の日なたと日陰を調べはじめる子どもたち。
はしゃぎながら学校中の日なたと日陰を調べはじめる子どもたち。

この指導案B面。他の項目はこんなものも。

「教科の特質を大事にする」という先生の当たり前を壊すための項目。
「雑談で授業の時間をつぶしてはいけない」という先生の当たり前を壊す項目。

現在、弐分方小学校では、いろいろな先生が算数や社会など普段の授業に指導案B面の要素を取り入れて実践中。このB面は、弐分方小学校に限らず全国の先生が誰でも使えるものになるようにパワーアップ中です。

「当たり前」を壊して、新しいアプローチに

「当たり前」という思い込みや先入観。先生だけに限った話ではありません。どんな職業であれ、その道のプロがプロであるほど、その道に長くいればいるほど、「こうあるはずだ」「こうあるべき」という決め付けや常識に何かしらとらわれているのでは?

当たり前になっていることを一つずつあぶり出す→見直す→違う世界の「当たり前」をぶつけてみる→壊す→新しいアプローチは生まれるか。試してみると、何かがちょっと変わるか、生まれるかもしれません。

われわれ研究所は、今の学校現場にある「当たり前」に、異質で変なものを投げ掛ける役として、ハブ役として、いい化学反応を起こしながら、学校や子どもたちが少しでもアクティブになる何かをつくっていけたらと思っています。全国の先生方や違う分野のプロの方と出会ってコラボして、もちろん自分たち自身の当たり前も壊しながら。小さくても新しい「こんなのどうだろう」提案を増やしていくのが目標です。