ADWASIA2017リポートNo.1
アイソバー~顧客体験のエコシステムを実現する「ブランド・コマース」という概念
2017/06/20
昨年アジアに初上陸したマーケティング・コミュニケーションの祭典「Advertising Week」が、今年も東京で「アドバタイジングウィーク・アジア2017」として開催された。5月29日から6月1日の4日間、東京ミッドタウンには、ブランド、メディア、テクノロジーなど幅広いテーマを軸に世界から有数の経営者やCMOクラスのリーダーたちが集結。パートナー企業・団体数は昨年の50から64に増加し、約1万3000人が参加した。
デジタル領域のクリエーティブを世界的にけん引してきたアイソバーでグローバルCEOを務めるジーン・リン氏はキーノートで、いかに若年層の心を捉え、未来のブランドを共につくり上げるかを解説。「デジタルを使ってビジネスを、ブランドを、そして人々の人生を変えていく。それがアイソバーが情熱を傾けていること」と熱弁を振るった。
デジタルに強い企業ほど収益も伸びている
今、企業にとってデジタル・トランスフォーメーションは急務である。リン氏は世界中のブランドと接している経験から、「これはこの2年間で最もよく耳にしたテーマです」と語る。「全ての組織でデジタル変革を推進する策を考えています。世界で素晴らしいビジネスをけん引する私たちのクライアントも、まさにそれに取り組んでいる最中です。こうした現状に、私は期待と不安の両方を感じています」。
期待とは、デジタル変革を成し遂げた先に、売り上げなり顧客との関係性なり、必ず何らかのプラスの効果が得られるだろうということ。そして不安とは、その効果が上がるまで、一体どのくらい時間がかかるのか、ということだ。
デジタル改革は組織に何をもたらすのか、またその組織で働いている、まさにデジタル時代を生きる個人にとってどのような意味があるのだろうか。そうしたことを探るため、アイソバーではデータカンパニーのアルファDNAと連携し、米国1000社における750億件ものコンシューマーインタラクションを解析。企業のデジタル的な強さを示す指標「デジタル・ストレングス・インデックス」を導き出した。リン氏はこの指標と各社の過去5年間の収益との関係をグラフで示し、「デジタルに強い企業ほど収益が伸びています。これは株価とも密接につながる要因です」と解説する。
デジタル変革を推進する四つの原則
では、どうすれば企業はデジタル・トランスフォーメーションを推進し、顧客体験を向上させて収益を伸ばすことができるのだろうか。リン氏は次の四つの原則を提示しながら「これを忘れずにいれば、BtoBであれBtoCであれ、より顧客に満足してもらえるでしょう」と語る。
1.We are in an experience economy: customer-centric, demand-led.
今、生活者は“体験型経済”ともいえる時代に突入している。ここでのキーファクターは、まず顧客を中心に据えること、そして顧客ニーズを起点に自社の事業を設計し直すことだ。この逆の方向で考えてしまうと、モノをつくれば売れた時代のマーケティングに逆戻りしてしまう。
2.A brand’s marketing, products and services are more connected than ever.
ブランドのマーケティング、商品とサービスは、デジタル技術によってかつてないほど密につながり、結果として顧客とコミュニケーションを図る際のエコシステムの形成がしやすくなっている。したがって、企業はこれら三つのパートをサイロ化せず包括的に捉えることが重要だ。
3.Invent and design frictionless and inspiring customer experience is key.
では、理想の顧客体験とはどんなものか。それは顧客に何のストレスも感じさせず、同時にインスピレーションを与えるような体験であるべきだ。人間は、時に合理的でない判断もしてしまうが、AIと違って感情を持ち、感受性を刺激されることを望んでいる。だから単にシームレスなだけでなく、人間的な要素を含んだワクワクするようなストーリーをも感じさせる顧客体験を再設計する必要がある。
4.Effective transformation closes the gap between brand inspiration and commercial interaction. We call it Brand Commerce.
最後に、このデジタル変革を迅速に行うためには、ブランドのインスピレーションと商業的な取引との間を埋めることが近道だ。事業において、購買のラストワンマイルはいうまでもなく重要だが、しばしばその瞬間はブランド体験とかけ離れてしまう。だが、顧客の視点ではそれは一貫しているべき―その概念を、アイソバーでは「ブランド・コマース」と表している。
購買の瞬間にまでブランドを徹底する「ブランド・コマース」
「『ブランド・コマース』とは、単にブランドとコマースを表面的につないだ“ブランド・プラス・コマース”とは違います。ブランドと初めて接触した瞬間から支払いをするところまでの各接点を緊密にし、それらを一連の体験として捉え、さらに次につながるように設計をすること。そうして初めて顧客体験のエコシステムが構築できるのです」とリン氏は解説する。
しばしば購買の部分は独立して考えられがちだが、それではエコシステムを構築できない。購買以外にも組織の内部で各セクションが密に連携し、オンライン、オフラインを問わず、データをはじめさまざまな要素が統合されている必要がある。
「ブランド・コマース」の実現には、もちろんクリエーティビティーも欠かせない。「ただし、それは現時点で私たちが知り得る範囲に限らない」とリン氏。新しい技術と同様に、新しいチャネルや表現にも目を光らせ、その試行と評価も同時に考えていくことも大事だ。
この概念をベースにアイソバーがブランド再構築を手掛けた事例として、リン氏は中国のケンタッキーフライドチキン(KFC)の変革のストーリーを挙げる。同社は約30年前に中国に上陸し、世界でも非常に大きな規模を誇っていたが、デジタル化の波に際しては悩みを抱えていた。そこでアイソバーが2015年5月からパートナーとなり、デジタル化のプロジェクトを展開した結果、18カ月のうちに新たな会員組織に7700万人を獲得、5000以上の店舗でオンラインオーダーが可能になり、売り上げも大きく向上した。
中国の“ポスト95”世代をいかにして捉えたか
これらの数字もさることながら、わずか1年半でブランドをリフレッシュさせたことも特筆すべきだ。RTGコンサルティンググループの調査によると、KFCはY世代(1980年代から90年代に生まれた世代)にとって最も親密な飲食ブランドのポジションを占め、さらに若いZ世代(1995年以降に生まれた世代)、つまり“ポスト95”にとってもペプシに次いで2位のポジションを占めた。「中国に長く存在するブランドとしては、手応えのある成果」だとリン氏は語る。
具体的にアイソバーでは、次の三つの切り口で顧客体験の再構築を検討した。それは、顧客にインスピレーションを与え、かつ“自分ごと”として没頭できる体験を提供する「デジタルマーケティング」、ブランドとビジネス収益を結び付ける「デジタルエコシステム」、そして特にZ世代にアピールする「デジタルプロダクト」の三つだ。彼らの価値観をひもとくと、「love」「play」「eat」というキーワードが浮かび上がったとリン氏。自国を愛し、自国をとても誇りに思っている。常にモバイルとテクノロジーが生活に密着し、実際に中国のゲーム市場は2016年に米国を超えて世界最大となった。また「eat」というキーワードは少し不思議だが、彼らにとって食とは自己表現のひとつの要素であり、食を通して仲間に自分を表現したいという気持ちがある。中国ではライブストリーミングの人気が非常に高く、人がゲームをしている様子を見る“ゲーミングライブストリーミング”も盛んだが、人が食事をする様子を見る“ダイニングライブストリーミング”も人気があるのだという。
こうした背景を踏まえ、KFCでの食の体験をデジタルによって包括的にアップグレードするために、いくつもの施策やキャンペーンを実施。例えば、AI搭載ロボット「DUMI」を店頭に導入して新鮮な購買体験を提供したり、若年層に浸透しているゲーム「陰陽師」とコラボレーションしたりと、イメージを刷新しながら存在感を高めていった。
2016年のリオオリンピックの際には、中国の伝統的な応援である太鼓と、中国とKFCの共通カラーである赤を組み合わせ、KFCの象徴であるKFCバーレル(チキンを入れているバケツ)を逆さにしてたたくアイデアを中心に据えたキャンペーン「紅色鼓励」を展開。Z世代に人気が高いセレブリティーを多数起用して彼らの関心を引いた。
これらの施策が相乗効果をもたらし、前述のような成果を短期間で達成した。しかしリン氏は「全てのオペレーションでこのような結果を得られるわけではない」と自制する。クリエーティビティーをもって、購買のラストワンマイルにまでブランドのインスピレーションを込めていくことで「ブランド・コマース」を迅速に実現すること。「それによって、次世代の顧客と共に未来のブランドをつくり上げることができるのです」と強調し、講演を結んだ。