この「クリスマスジャンパー」の習慣は、祖父母が孫にクリスマスプレゼントでセーターを贈ることがよくあり、孫は着たくないダサいセーターを笑顔で着なければいけない、というインサイトから生まれたものらしい。
こういったクリスマスにまつわる「英国文化」を理解していなければ、「クリスマスに家族でプレゼントを贈り合う際に生まれる気まずさ」をアイデアにしたHarvey Nichols "Sorry, I Spent It On Myself" のようなアイデアはなかなか出てこないだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=ITyeI3YyYw8
この広告がカンヌライオンズで高く評価されたのも、英国文化と近いヨーロッパの人々にとっては、そこに共感できるインサイトがあり、さらにクリスマス広告は「その年を代表する広告」という共通認識があったからだ。
多くの移民を受け入れダイバーシティーが進んでいるイギリスだが、一方である種、日本に近い「自国文化への強いこだわり」がある。島国ということも関係しているのかもしれないが、その傾向はヨーロッパの中でも際立っていると思う。そして、それが世界中の人々を引き付け、飽きさせない魅力になっているのだろう。
世界で存在感を放つイギリスの広告業界、三つの特徴
世界の広告クリエーティブ業界において、イギリスの持つ影響力はいわずもがな大きい。
世界的広告賞であるカンヌライオンズやD&ADの事務局はロンドンにあるし、WPPグループはグローバルエージェンシーとしては世界最大規模だ。
2016年のカンヌライオンズの受賞数を見てみると、イギリスはアメリカに次いで第2位。フィルム部門、クリエーティブ・エフェクティブネス部門ではグランプリを獲得している。
そんな“広告大国”イギリスの広告ビジネスには、いくつかの特徴があるように思える。もちろん「イギリスの」という切り口だけで語れるものでもないが、筆者の感じる特徴を三つ挙げてみよう。
■少数精鋭の専門家集団
イギリスで働いてみてまず感じたのは、会社単位でも個人単位でも、日本と比較すると「スペシャリスト」としてキャリアを積む人が多いということだ。
会社の規模も日本の広告会社のように大きくはない。クリエーティブエージェンシーに限っていうと、だいたい全社員で100人、多いところでも300人くらい。最低限の人数でコストを抑え、素早い意思決定を下しながら仕事を進めていく。仕事が増えたらその都度フリーランスを雇って対応していけばよいというスタンスだ。
個人のスキルとしても、「クリエーティブもストラテジーもやります」とか、「クリエーティブだけど営業もします」というように職務を横断して働く人はほとんど見かけない。個人がそれぞれの職務を高いレベルで全うすることが、組織全体として効率よく結果を出せる最短ルートという考え方で成り立っている。
この国の教育制度もそうなのだが、早い段階から専門性を磨き、スペシャリストとして自立して、分かりやすいスキルを武器にキャリアを重ねていくことがベーシックなキャリアパスのようである。
■世界中から集まる多様な人材
人材の多様性もイギリスの特徴だ。筆者がいま働いている会社にはイギリス人が多いが、それでも日本人の自分以外に、オーストラリア人、スペイン人など他国から来ている人たちが当たり前にいる。多国籍が当たり前すぎるため、人種が違うことが分かってもいちいち出身地を聞かないくらいだ。
また、わざわざ海外から来てロンドンで職を得られるような人々だけあって、全般にモチベーションも高く、人材としても優秀な人が多いようにも思う。何しろ、人口約6500万人のイギリスでは、自国の人材だけではできることに限界がある。そこで、海外から多くの優秀な人材を受け入れ活用することで、国としてのポテンシャルを高めているのではないだろうか。
余談だが、最近ロンドンの食べ物がおいしいのは、外国人の積極的な受け入れが大きく影響しているという説もある。自分がよく行くインド料理店も本当においしいので、興味ある人は個人的に連絡ください。
さて、なぜイギリスがここまで世界中の人材を引き付けるのだろうか。もちろんロンドンというグローバル都市の持つビジネススケールによるところが大きい。しかし、国としての魅力を維持し続ける理由は街の中にもある。今回はイギリスの「文化資産」に着目してみたい。
イギリスでは、大英博物館のような世界トップレベルの資産が無料で公開されていて、それが多くの観光客を呼び込み、国のイメージをポジティブなものとして国際社会に発信することに成功している。これは18世紀に始まった啓蒙思想*の影響といわれる。このような思想が国に根づいているため、自国にとどまらない視点で社会をつくっていくことにたけているのかもしれない。
私はこれらのミュージアムに、イギリスや周辺諸国の子どもたちが修学旅行がてら歴史を学びに来ている姿をよく目にする。そのたびに、彼らのイギリスに対する認識も、やはり前向きなものとして形成されていくのだろうなと思う。
この恵まれた環境は、私がロンドンで働きたいと思った理由の一つでもある。広告業界で働いている人間からすると、クオリティーの高い展示会がアイデアのインスピレーションになることもあるのだ。
「歴史と文化」を資源として最大限活用することで、多様な人材が世界中から集まってくる。その人材を活用し、また新たに国を発展させていく。これもまたイギリスという国の強みだと思う。
ビクトリア&アルバート博物館でウィリアム・モリスの実物作品を見ながら学ぶ子どもたち
■アイデアのスケーラビリティー
上記のような人材の多様性は、広告クリエーティブにおいてもポジティブな役割を果たす。特に挙げたいのが、アイデアのスケーラビリティーだ。
EU離脱後はどうなるか分からないが、現状はイギリスをヨーロッパでの拠点にするグローバル企業が多い。そうなると、この国のクリエーティブエージェンシーでは、イギリス国内だけでなく、ヨーロッパで展開するキャンペーンを手掛けることが日常的にある。
「ヨーロッパで展開する」と一口にいっても、国ごとに歴史も文化も全く違うため、広告表現もそれぞれの国向けに機能するのかどうかが検証されなければならない。
そんなとき、会社にさまざまなバックグラウンドを持ったメンバーがいると都合がいい。つまり、そのアイデアを周辺諸国で展開したときに、本当にそれは面白いのか、売り上げに貢献できるのか。こういったことをイギリスに居ながら、ローカルの視点で検証することがきるのだ。
こうした「人材の多様性」は、単一民族を中心に発展してきた日本とは対極にあり、学ぶことが多い。
とはいえ、イギリスのやり方をそのまま取り入れようとしても、歴史も文化も違う日本では機能することとしないことがある。
他国のどういった部分をどう取り入れて、自国・自社の発展に役立てていくか。その見極めこそが、グローバル化とバランスを取りながら、私たちのビジネスを発展させていく鍵となるだろう。
次回以降は、海外で働いて再認識した日本の広告会社のユニークネスや、実務レベルで感じるイギリスと日本の違いなどについても触れていきたい。
*啓蒙思想:封建的思想でなく、人間性の解放を目指した思想。国境をまたいで活動する世界市民(コスモポリタン)という考えも生み出した。