食卓に“農”をのせようNo.1
元気な土でつくった新鮮なキュウリは、割ってもまたくっつく?
2017/08/07
今、日本の農業に起こっている「シフト」をご存じですか?
私は電通で新しい農業をつくるプロジェクトに取り組んでいる中で、二つの「シフト」事例に出合いました。その試みが多くの農家や消費者へのヒントになればと思い、紹介させていただきます。キーワードはずばり、「さまざまな人とつながる農家」です。
微生物が元気な土で育てた、特別なキュウリ
食卓で農家さんの物語が話題になると、その食材をまた食べたくなります。どうやって野菜がつくられていくのだろうと興味が湧きます。農家さんに会ってみたくなりますし、その感動を人に伝えたくなります。
だから日本の農業は、農家さん自らつくった産物の“物語”を伝えることで、もっと面白く、強くなります。
先日、都心で開催されている青空市場(マルシェ)で、こんな話を聞きました。
「この農家さんのキュウリは、半分に割っても、またくっつきますよ」
正直、半信半疑でした。そこで、試食用のキュウリで実演してもらったら、あら不思議…見事にくっついたのでした。
「鮮度の持ちが普通のものと違うからです。このキュウリは、微生物が元気に活動する土で育てた特別なキュウリなんですよ」。お店の人は、そう教えてくれました。
「微生物?土が元気?…」
次々に疑問が湧き起こります。たった一本のキュウリに、たくさんの物語が詰まっていました。
「キュウリって、切っても、またくっつくんだよ!」と得意げに家族に報告。いつも以上に食卓は盛り上がりました。「また、このキュウリ食べようね」。キュウリの驚きの事実を知ったと同時に、農家さんやお店の方に「ありがとう」の気持ちでいっぱいの大満足な食事の時間となりました。
それからは、できる限り、このキュウリを頂いています。いつか家族でこの農家さんを訪れ、一緒にキュウリの畑を見たり収穫したりしてみたいと思っています。
大きな役割を果たす、農家が伝える物語
今まで自身で物語を語って伝える農家さんは多くはありませんでした。しかし、これからは農家も消費者ニーズを意識した営みが求められます。その中で、農家さんが伝える物語が果たす役割は大きくなっています。それを予感させるような、農家さんが自分の考えや思いを、自らの言葉で語ろうとする取り組みが出てきました。ここでは、二つの事例を紹介します。
1.長野県小諸市「KOMORO AGRI SHIFT」プロジェクト
・世界初、行政として土壌微生物の多様性と活性値を生産基準とする「小諸基準」の策定
・地名でも、農産物でもなく、小諸の元気な土、“小諸の土”産品のブランディング
・“小諸の土”を使った採れたて農産物のレシピ開発
・“小諸の土”づくりを体験する癒やしの農体験開発
東京から新幹線と電車を乗り継いで、約1時間40分で小諸に着きます。浅間山を起源とする火山灰土と有機分を多く含んだ強粘土質の土壌が分布する小諸の耕地には、さまざまな作物が作付けされ、多様な農風景が展開されています。
少子化・グローバル化を背景に、日本の農業は激しい地域間競争の時代になっていきます。「小諸の農は勝ち残っていけるのか?」という危機感の下、小諸市役所の職員が市内の農家さんたちと対話する中で、「消費者が農家の顔を見ると安心するように、農家も食べてくれる人の顔が見えたらうれしいし安心する」という声に出合いました。
小諸市は、この声をきっかけに “作る人”と“食べる人”の笑顔がつながれば、小諸の農業は生き生きしてくると考え、「“つくる農”から“つなぐ農へ” KOMORO AGRI SHIFT」プロジェクトを立ち上げました。
「小諸の農」のファン獲得を目指し、農作物を収穫することで完結するのではなく、そこにある思いや考えをさまざまな人に届けるまでやりきる“つなぐ農”を小諸市と市内の農家が一体になって推進するプロジェクトです。詳しくは次回解説します。
2.Organic Village Japan「ORGANIC SHIFT」プロジェクト
・市場レポート「オーガニック白書」を年1回発行
Organic Village Japan(OVJ)は、オーガニックに関する情報発信や食育、セミナーなどを行う団体で、オーガニックに関するさまざまな情報を扱う雑誌『ORGANIC VISION』を年に4回発行し、オーガニック市場をレポートした『オーガニック白書』を年1回発行しています。
オーガニックは今や食だけでなく衣料や美容などにも広く浸透し、ライフスタイルとして認識され始めていますが、消費者側からすると情報が足りていないのが現状です。そこでOVJは、2020年に向けて国内外に日本のオーガニックへの理解促進と市場の成長を目指しています。
OVJの考えるオーガニックは、地球環境/生態系にとって持続可能な取り組みを指します。地球にやさしい農業は、元気な食材を生み出します。元気な食材は、味もおいしいですし、われわれを健康にしてくれます。だからこそ、一部の人が消費するものではなく、より多くの人に食べてほしいと考え、OVJは「“嗜好品”から“一般品”へ ORGANIC SHIFT」プロジェクトを立ち上げました。
「ORGANIC SHIFT」は、「無農薬無化学肥料で育てた食材だから、高い価格をつける」ではなく、「取り組む農家の物語に付加価値がある」と考えます。JAS有機の認証マークを貼ることで完結するのではなく、取り組みから生まれる物語を消費者に伝えるまでやりきる“つなぐ農”を、生産者や消費者とともに発信していくプロジェクトです。
食材を納めて終わりでなく、消費者とつながろうとする農業
上記二つの取り組みは、偶然にも“つなぐ農”をキーワードに、プロジェクト名に「SHIFT」という言葉を使っています。ビジネスデザイナーの濱口秀司氏によれば、「SHIFT」とは、「既存の事業領域や所属メンバーをコアにして商品やサービスのあり方を規定し直し、市場の新しい認知を得ることで事業価値を高めるイノベーション手法」(『Diamond Harvard Review』2016 November P.123)とのこと。
食材を納めて終わりでなく、消費者とつながろうとする農業は、まさに「SHIFT」なのです。本コラムでは今後、農家を取り巻く「SHIFT」に、新しい農業の可能性を見いだしていこうと思います。
次回は、「KOMORO AGRI SHIFT」プロジェクトを取り上げます。「小諸の農」は、どのように“つなぐ農”を実現しようと考えているのでしょうか。