ファンの熱量で新たなファンをつくる! Jリーグ公式アプリの戦略
2017/08/23
本連載では、主に広告領域以外でのデジタルマーケティングを専門とする私が、スポーツ業界に見いだした伸びしろと、それを生かすための戦略を紹介していきます。
前回は「日本のスポーツ業界にデジタルマーケティングが必要な五つの理由」と題し、日本のスポーツ業界に共通した課題と伸びしろについて書きました。
今回はその「共通した伸びしろ」に対する具体的なリアクションとして私が実際に取り組んでいることを、Jリーグ公式アプリ「Club J.LEAGUE」を例に紹介します。
Club J.LEAGUE - Jリーグ公式アプリ
https://www.jleague.jp/app/
Jリーグで進むデジタルトランスフォーメーション
Jリーグでは重要戦略の一つとして「デジタル技術の活用推進」を掲げており、Jリーグ全体としての「マーケティングのデジタル化」(=デジタルトランスフォーメーション)が積極的に進められています。
【過去2年間に行われたJリーグのデジタルマーケティング戦略の例】
- DAZN(ダ・ゾーン)との放映権契約による視聴スタイルの変化
- SNSでの映像コンテンツの積極活用
- スタジアムWi-Fiの順次展開
- 各クラブに提供する共通的なCRM基盤の整備
- 楽天とのJリーグオフィシャルECプラットフォームパートナー契約締結
このように、デジタル技術の活用により映像視聴者とスタジアム観戦者を増やし、Jリーグファン全体の拡大を目指しています。
まず「映像視聴者数」を増やす取り組みに関しては、OTT(Over The Top:インターネット上で音声、動画コンテンツを提供する通信事業者以外の企業)であるDAZN(ダ・ゾーン)での映像配信が実現しました。
これによりさまざまなデジタルデバイス上でのJリーグ視聴が可能となりましたが、もう一方で、年間延べ1000万人を超えた「スタジアム観戦者数」をさらに増やすためのユーザーサービス提供が求められていました。
ファン/サポーターという最大の資産
私たち電通はJリーグのマーケティングパートナーとして、どんなユーザーサービスを提供していくべきかを共に考え、実行してきました。そして「スタジアム観戦者数を増やす」ためのユーザーサービスを考える上で最大のヒントになったのが、Jリーグ関係者が持つ下記の認識です。
初めて観戦するきっかけは「(既にファンである)家族や友人に誘われたから」が多い。
これは「誘い誘われ」と共通用語化されている行為でした。
マーケティング視点で考えてみると「初めてのスタジアム観戦に行く」というハードルは非常に高く、広告だけでそれを解決するのは非常に難しいと私は考えています。
一方で、図1のようにコアなファン/サポーターから「面白いから観戦に行こうよ」と誘われれば、今までスタジアムに行ったことがない人でも足を運ぼうと思う確率は高くなるはずです。
【図1】「誘い誘われ」概念図
Jリーグのコアなファン/サポーターに対して行ったグループインタビューでは、下記のようなコメントが随所に聞かれました。
「自分の好きなクラブは当然盛り上げたい」
「アウェーも含めて去年は全試合見に行った」
「会社でも同僚を観戦に誘っている」
コアなファン/サポーターの熱量は外部の人たちには想像が付かないほど高く、この熱量によって「誘い誘われ」が日本中で起こっているのです。
ファンマーケティングを仕組み化する戦略
前回のコラムで、日本のスポーツ業界が持っている三つの共通した伸びしろを紹介しました。
- 潜在ファンを「最初の観戦」に導く仕組みが確立されていない
- トライアルファンがリピーターとして定着していかない
- コアファンへのおもてなし/体験向上ができていない
これらの伸びしろをJリーグもまた持っており、私たちは「誘い誘われをデジタルチャネル上で起こすことは、Jリーグが抱えている伸びしろを一気に現実化することにつながるのではないか」と考えました。
そのためには、一見遠回りですが、まずは「コアファンに使ってもらうサービス」となることで、誘い誘われの数が増え、結果として潜在ファンを最初の観戦に導いていけるはずです。今回のサービス開発ステップは図2のようになります。
【図2】ユーザーサービス開発ステップ
コアファンを起点に、トライアルファンをスタジアム観戦へと導き、新たなファン/サポーターになっていってもらうことを目指します。
【図3】本アプリで目指す好循環
図3は、今回設計したJリーグ公式アプリ「Club J.LEAGUE」で生み出したい循環を表した概念図です。
リピート観戦したくなるプログラムに加え、コアファン/リピーターからの「誘い」、トライアルファン/潜在ファンの「誘われ」を誘発する仕組みを組み込むことで、トライアルファン/潜在ファンをスタジアム観戦に導いていき、Jリーグにおいては定着のしきい値といわれている「年間3回以上のスタジアム観戦」を実現していくことを目指しています。
スタジアム観戦体験価値を最大化する施策としての公式アプリ
私たちは具体的にどんなデジタルサービスを提供するべきかを研究する中で、「サッカーの醍醐味であるスタジアム観戦体験価値を向上させるためのポジションが空いているのではないか」ということを発見しました。
そして「スタジアム観戦体験価値を最大化する」という開発コンセプトのもと、Jリーグが提供する初の公式アプリ「Club J.LEAGUE」を開発しました。
ここでいう「スタジアム観戦体験」というのは、試合のその瞬間だけではありません。以下のように、「スタジアムでの試合観戦を中心とする一連のJリーグ体験」の全てを指しています。
【スタジアム観戦体験に含まれる要素】
- 行きたい試合を調べる
- チケットを買う
- 試合の見どころをチェックする
- スタジアム観戦をして盛り上がる
- ハイライト映像をチェックする
- 次の観戦を決める
- スタジアムに行けないときも速報で試合の臨場感を味わう
これらの体験の中でも、「一度しかないその試合をスタジアムで生で楽しむこと」こそがJリーグの最大の醍醐味であるという前提を中心に据えつつ、デジタルマーケティングの力でスタジアム体験をより良いものにしていくことを目指しています。
本アプリがどのように「スタジアム体験価値を最大化」しているのか見てみましょう。
○メダル(ロイヤルティープログラム)
本アプリでは、スタジアム観戦を指標としたロイヤルティープログラムを提供します。スマートフォンのGPSを利用した「スタジアム観戦チェックイン」によって、「スタジアム観戦をしている」と判定されるとメダルが1枚もらえます。
ロイヤルティープログラムの指標となるこのメダルは、「アプリを継続的に利用すること」「特定のクラブを応援していくこと」「Jリーグのパートナー企業と接点を持つこと」などでも獲得できます。
メダルをためるほどにランクが上がっていき、ランクに応じてJリーグ、クラブ、パートナー企業から特別なおもてなしを受けられるキャンペーンに参加できます。
○明治安田生命Jリーグチャレンジ
Jリーグタイトルパートナー/トップパートナーである明治安田生命の協力によって実現したプログラムで、メダルが3枚(うち最低1枚はスタジアム観戦チェックインによるメダル)たまると、「明治安田生命Jリーグチャレンジ」(Jチャレ)に挑戦できます。“当たり”が出ると、新たなファン/サポーターを誘うためのペアチケットを受け取る権利が手に入ります。
アプリユーザーがスタジアムに行けば行くほど新たなユーザー獲得につながっていく本プログラムを通じて、「今週末、Jリーグに行こう」というようなJリーグのすそ野を広げるような会話が日本中で広がっていくことを目指しています。
詳細は次回以降の連載で説明しますが、パートナー企業とも協力し合いながら、Win-Winの関係を築き、Jリーグファンのすそ野を広げていくという点が、本アプリのサービス設計上で最も革新的なところだったと私は考えています。
○ニュース
従来は「J league.jp」や「J’s Goal」といったJリーグおよび各クラブのオウンドメディアに散らばっていた公式情報を、アプリ上で一元的にまとめて掲載します。これらのニュースは、ユーザーが選ぶお気に入りクラブごとにソートされて表示されます。
○チケット
Jリーグのチケット販売サービス「Jリーグチケット」と連携し、アプリから全試合のチケットを購入できます。
○試合日程・速報
Jリーグが開催する全試合日程と速報をお届けします。
○プッシュ通知
ユーザーが登録したお気に入りクラブの試合について、「前日告知 / 試合開始 / ゴール / 前半終了 / 試合終了」をプッシュ通知で送ることができます。このプッシュ通知は自由にカスタマイズ可能です。
○スタジアムWi-Fiに接続
現在整備が進んでいる「スタジアムWi-Fi」に場内で接続することで、「DAZN」の試合映像を無料視聴できます。例えば「ハーフタイムに前半のハイライトを視聴する」といった視聴形式を想定しています。当面はカシマスタジアムでのみ運用される予定です。
○スタジアムキャンペーン
スタジアムで行われるキャンペーンの「告知」「応募」「即時での当選発表」を、アプリを通じて実施できます。
まだ走り始めたばかりのサービスなので、今後、グロースハックを繰り返していくことになりますが、Jリーグファンの「会員証の代わりになる」ようなサービスを目指しています。
Club J.LEAGUEでサポートするJリーグファンのロイヤル化プロセス
図4は、本アプリでサポートする「Jリーグファンのロイヤル化サマリー」を書いたものです。
【図4】ライトファンのロイヤル化プロセスサマリー
本アプリを企画するに当たり、私たちは「Jリーグに興味はあるが、まだ行ったことのない層」に対してのグループインタビューを重点的に行いました。そこでは、
- 「誰かに誘われたら見に行くと思う」
- 「せっかく観戦に行くのなら、最大限楽しみたい」
- 「ただ何をどうすれば、より楽しめるのかが分からない」
といった声が数多く聞かれました。
「試合が盛り上がること」「レベルの高い試合を観戦すること」「それを仲間と共にリアルの場を共有して楽しむこと」がスポーツ観戦の一番の醍醐味であることは間違いありません。
私はこのアプリを通じて、先ほど定義したような「スタジアム観戦体験」を提供し、ライトファン層のJリーグへのロイヤルティーを少しずつ上げていけると考えています。
次回は、Club J.LEAGUEを開発する上でのシステム設計上の思想などについてお伝えしたいと思います。