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加速するECの進化~アマゾンと楽天のビジネスモデルに学ぶ~No.2

「生鮮食品」のネット通販。Amazonフレッシュは、ここまでやる!

2017/09/08

Amazonフレッシュ アイキャッチ

なんでもネットで買う世の中でも、なかなかEコマース(EC)化が進まない生鮮食品。日本の食品のEC化率は2%程度と他のカテゴリーに比べて低く、中でも生鮮食品は多くの人がネットではなく店頭で購入しています。“食品をネットで買わない理由”として、電通で実施したグループインタビューなどでは「品質や鮮度が気になる」という声が聞かれました。

そんな生鮮食品のECに真正面から取り組むべく、4月からスタートしたアマゾン(Amazon.co.jp)のAmazonフレッシュ。ネット通販の大手が満を持してスタートさせた新事業は日本人の購買行動を変えるのでしょうか。アマゾンジャパン、Amazonフレッシュ事業本部リテール事業部長の荒川みず恵氏に話を聞きました。

Amazonフレッシュ イメージ

米国でのスタートから10年。「このタイミング」だった理由

神野:改めてAmazonフレッシュの概要を教えてください。

荒川:Amazonプライム会員向けの「生鮮食品、日用品の宅配サービス」です。注文からお届けまで最短で4時間。受け取りは午前8時~午後12時まで可能です。

神野:アメリカではシアトルで2007年にスタートし、2013年にはシアトル以外の都市への拡大が始まっています。日本でのスタートが今年になったのはどういった理由でしょうか?

荒川:日本でもサービスの準備をずっとしてきて、全てが整ったのが今年だったのです。慎重にテストと検証を重ねて、「これなら品質、安全性などお客さまの前に出せる基準に達した」と判断できたので、このタイミングで開始しました。

Amazonフレッシュ PCサイト

神野:非常に丁寧に準備されたということですね。具体的にはどういった準備をしてきたのでしょうか。

荒川:お客さまに喜んでいただくためにやるべきことを、ひたすら積み重ねてきました。アマゾンだけで考えるのではなく、日本市場をよくご存じのメーカーや卸業者などパートナー企業と、品ぞろえから物流まで細かく相談しつつ、保管テストや輸送テストも何度も行いました。

神野:特に、日本市場ならではの品ぞろえは重要ですよね。国によって季節ごとの旬の商品も変わってきますし。

荒川:品ぞろえの豊富さはアマゾンが常に重視している点です。旬のものはもちろん、牛乳や豆腐など毎日消費するものが当たり前に手に入るように、充実させました。商品の入れ替えについては、現場のスタッフがパートナー企業と相談しながら、旬の野菜やフルーツ、魚などをいち早く取り入れられるようにしています。

鮮度を保つために温度、梱包、配送まで配慮

神野:生鮮食品のECとなると、専門的なノウハウも必要かと思います。先行してサービス開始していたアメリカなどのノウハウを基にされたのでしょうか。

荒川:アメリカやイギリスの輸送や倉庫運営を参考にはしましたが、日本の食品衛生管理の厳しさだったり、日本のお客さまならではの鮮度に対するこだわりにも応えるため、独自にさまざまな工夫をしました。サービス開始前には、実際に日本のお客さまにも「注文」や「受け取り」などのテストに協力いただいています。

まず、鮮度を維持して商品を保管するためのコールドチェーン(低温物流体系)の実現が必須でした。試行錯誤の結果、「6温度帯の倉庫を持ち、3温度帯での輸送を常時行う」という仕組みを実現できました。

宅配時のパッケージやボックスにも気を配っています。宅配の紙袋に防水加工をしたり、カスタマーサービスの電話番号を表示するのは日本独自の工夫ですね。

Amazonフレッシュ 倉庫内

神野:特に日本の消費者は、食の品質やサービスへのこだわりが強いです。他に現場で気を付けていることはありますか。

荒川:リアルの店頭と違ってお客さまが実際の商品を見たり触ったりできないので、倉庫スタッフが“お客さまの目”になり、商品をチェックします。傷みやすい肉や魚や果物は、“6面チェック”をしています。入荷の時点でも厳しい検査をしていて、返品する商品もあります。入荷後は毎日専門スタッフが巡回して商品をチェックし、ピッカーが商品を持っていく時にも最終チェックをします。

また、気持ちよく受け取っていただけるよう、梱包時は「重いもの」「固いもの」を下に、「軽いもの」「柔らかいもの」を上に詰めるように気を配っています。お客さまがスーパーで買い物をするときに当然やっているような詰め方をしているんです。

「アマゾンでこんなにおいしいお刺身が食べられるなんて!」

Amazonフレッシュ 倉庫内

神野:Amazonフレッシュはどういう層を狙ったサービスなのでしょうか? また、現状の利用者層についても教えてください。

荒川:特定の層に向けたものではなく、配送エリア内の全てのプライム会員がターゲットです。実際に使われ方は多様で、例えば毎日お仕事で忙しい方なら1週間分の食材をまとめて購入したり、あるいは二人暮らしの方が週末の贅沢のために「専門店グルメ」(※)の商品を購入するケースもあります。

商品は、野菜、肉、魚、日配品などまんべんなく売れています。特にこれが売れているというものはなくて、いろいろなお客さまの需要に応えられていると考えていますし、手応えを感じています。

※専門店グルメ……Amazonフレッシュに出店している各専門店のこだわり食材・食品やスイーツ等を購入できるコーナー。

配送時間も特定の時間に集中せず、朝、昼、晩まんべんなく配送枠が予約されます。主婦の方、働いている方、帰宅時間が遅い方など、いろいろなライフスタイルで使われています。

神野:全てのお客さまに向けたサービスとして開発し、あらゆる層のお客さまに利用されているのですね。お客さまからの声はどのようなものがありますか。

荒川:うれしかったのは「アマゾンでこんなにおいしいお刺身が食べられると思わなかった!」といった声です。アマゾンは、無機質なデジタルテクノロジーの印象が強いようで、Amazonフレッシュも全てオートメーション化しているのではないかと思われることもあります。

でも実際は入荷からお届けまで、何人ものスタッフが「人の目」を通し、「人の気持ち」を入れてお届けしているので、そこがもっと伝わればいいなと思います。

神野:お話を聞くと、品質管理から梱包まで、倉庫スタッフのレベルが高くないと実現できないサービスだなと感じます。

荒川:倉庫スタッフには、「倉庫ではなくスーパーで働いている気持ち」で働いてもらっています。スタッフとは緊密に意見交換をしながら日々改善をしていますし、パートナー企業にスタッフ向けの「商品勉強会」を開いてもらうこともあります。

神野:現場の意見も大事にしておられるのですね。倉庫スタッフからの意見で改善したものとしては、どんなことがありますか?

荒川:例えば棚の幅、区割りの可動性などの部分は、毎日のようにスタッフの意見を反映しつつ変更しています。同じく、温度に敏感なデリケートな商品は、スタッフの声を吸い上げて保管温度や場所を変更したりしています。

後は、保冷剤が商品に近過ぎると野菜などは傷んでしまうため、トートと呼んでいる輸送容器に保冷剤を入れる際は、保冷剤と商品との間に緩衝材や保護シートを挟み、直接冷気が当たらないようにしています。この工夫もスタッフの声から生まれました。

何より、届いた時に「わぁー!」と、「買ってよかった!」と感動してもらうための工夫をどんどんしていきたいですね。

店頭購入とは違ったクロスセル施策

Amazonフレッシュ 倉庫

神野:新鮮な食材を「仕入れる」ことについては、どういったところに力を入れておられますか。

荒川:さまざまな生産者やメーカー、卸業者とパートナー関係を結んでいます。火曜、金曜限定の「新鮮市」は、まさに鮮度にこだわってつくったサービスですね。野菜はフレッシュ専用倉庫の近所の野菜農家からその日の“朝採れ”を入荷していますし、魚も築地でその日の朝にパートナーが加工したての商品を出しています。

神野:パートナーからアマゾンが新鮮な食材の仕入れを行い、それをアマゾンの倉庫で梱包してお客さまに届けるという流れですね。

荒川:はい。「新鮮市」に限りませんが、生鮮食品の包装については食材の専門家であるパートナーと徹底的に話し合い、輸送が必要なECに堪え得る包装にこだわっています。

魚の加工は、専門パートナーがさばいてすぐ真空パッケージで包装してくれています。空気に触れないのでドリップが出ませんし、鮮度を保ったままお届けできます。肉も同じく鮮度を保ちつつ、ドリップが出ないように、ガスパックしているものもあります。

Amazonフレッシュ 新鮮市

神野:店頭で購入するのと同等以上の体験を実現するため、あらゆる面で気を配っておられるのがよく分かります。他のリアル店舗やネットスーパーなどとの差別化は意識されていますか。

荒川:他社は特に意識せず、最高の品ぞろえや鮮度を目指していますが、ECならではの要素としては「情報のリッチさ」を生かしたいのはあります。「この野菜はどんな人がつくっているのかな」という、店頭では語りきれない生産者の詳細情報やこだわりなどを文字や画像で伝えていけると思います。

神野:リアルのスーパーマーケットでは、生活雑貨など食品以外の商品も販売されていて、お客さまは一緒にカゴに入れて購入していますよね。ECでもいわゆる「クロスセル」は重要かと思います。

荒川:ウェブは「どのように購入されたのか」というデータがとれますので、クロスセルの取り組みはいろいろできそうです。

今好評を頂いているのは、お客さまへの「メニュー提案」ですね。夏なら例えば「ひんやりさっぱり特集」で、そうめんとミョウガとシソが同時に買えたりします。「まとめ買い割引」などもありますので、ぜひご利用ください(笑)。

神野: ECの壁として、「1個だけ買う」という買い方がしづらかったのが、Amazonフレッシュでは対応されていますよね。

荒川:はい、トマト1個から購入できます。トマトを例に挙げると、40~50種類あり、お求めやすいものから高級品まで幅広い品ぞろえをご用意しているのもAmazonフレッシュならではです。

生鮮食品をアマゾンがカバーすることで広がる可能性

神野:日本における食品のEC化率は他のカテゴリーと比較して低いですが、食品のECをどのように浸透させていきたいですか。

荒川:私たちはEC化率を意識していません。あくまでも他のサービスと同様に、「アマゾンを利用しているお客さまにこれまで手に入らなかったものが手に入るようになってほしい」「アマゾンのウェブサイト上で、生鮮食品も当たり前のように提供していきたい」という思いで取り組んでいます。

神野:今は、東京都、神奈川県、千葉県などの一部で展開されていますが、今後さらなる対象エリア拡大の予定はあるのでしょうか。

荒川:今後のことは未定ですが、お客さまの要望がある限り、準備ができ次第エリア拡大をしていきたいと考えています。

Amazonフレッシュ 2017年9月時点での配送エリア

神野:ご当地グルメなどを扱う「Nipponストア」に代表されるように、Amazonフレッシュと外部のタイアップキャンペーンも可能性が大きいと思います。今後の展望をお聞かせください。

荒川:「生鮮食品の取り扱いが始まったことでできること」は今後も増えていくと思います。Amazon.co.jp、楽天市場、Yahoo!ショッピングの各サイトで福島県産品を特集する「ふくしまプライド。体感キャンペーン」にも協力させていただいています。さまざまなパートナーと一緒に、サービスを良くしていきたいですね。

あとがき:アマゾンの強さ、本当の秘密

穏やかな笑みを浮かべ、丁寧につくり込んできたフレッシュ事業について語る荒川さんと話していると、アマゾンの社是である「地球上で最もお客さまを大切にする企業」「地球上で最も豊富な品ぞろえ」という言葉が頭に浮かびました。荒川さんご自身が10年以上アマゾンで働き、その哲学を理解し、実践されてきたからなのかもしれません。

これは、昨年お話を聞いた市川さんにも共通したことです。当時、日本におけるAmazonプライム事業の責任者だった市川さんは、「お買い物に関わるフリクション(摩擦、不都合)を取り除く」ことの重要性を繰り返しお話されていました。地道に見えることでも顧客視点でサービスを磨き上げていくということですが、荒川さんの視点もまさに同じです。

このアプローチを採用するアマゾンは、既存の体制や仕組みにとらわれずひたすら顧客中心に事業をつくり込んでいくので、あたかも「異次元から現れた事業者」であり、既存勢力に対する脅威と捉えられがちです。しかし、実際には地道な準備の積み重ねを行っていることに気付かなければならないでしょう。

アマゾンは、かつては「品ぞろえに制限がない(=物理的な棚の制約がない)」「購買行動に基づいた効果的なレコメンデーション」といったネットの特徴が武器だと思われていました。しかし、実はこれらのことは比較的容易に模倣可能です。

一方で、アマゾンがこれまで地道につくり込んできた物流体制はコマースにおいてはいわゆるGPT(General Purpose Technology)的なものであり、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。そこに上述のようなネットの特徴を生かした補完的サービスアイデア、テクノロジーが組み上げられることで、相乗効果を生み、競争優位のサービスが複数生み出されているのです。

「Amazonフレッシュ」は、自社の強みだけでなくパートナー企業との協業も生かしてスタートした、コマースの先端事業です。「生鮮食品もネットで買う」という新たなスタンダードとなる可能性は大いにあると思います。

そんなAmazonフレッシュの今後の課題は、大きく言えば以下の三つです。

1.豊富な品ぞろえの持続性、拡張性
現在、フレッシュ倉庫での食品の品ぞろえは約1万7000千点。周辺の倉庫から“横持ち”可能な日用品などの商品も加えれば、17万点以上の商品の販売が可能で、一般的なネットスーパーの品ぞろえを点数ではるかに凌駕します。
品ぞろえはこの事業の根幹ですから、パートナー企業の協力を得ての調達力の強化は、今後も取り組んでいく課題だと思います。

2.配送エリア拡大の実現
生活者(荒川さんの言葉を借りれば「Amazonのお客さま」)全体にとって「ネットで生鮮食品を買う」ことが当たり前になるためには、サービスをいかに全国レベルに拡大させられるかが鍵です。
一方で、小売り業界では狭小商圏化が課題となり、「地域に根差したサービス」の開発が、価格や品ぞろえと同等に重要な論点です。多様化する地域のニーズに対してネットの世界でどのようなサービス設計をしていくのかが、二つ目の課題です。

3.生活者の意識変容
冒頭で挙げた「ネットで買わない理由」に丁寧に対応しているAmazonフレッシュですが、買える体制をどれだけ整えても、買う気にならなければ人は物を買いません。
まずはアマゾンに慣れ親しんだ上顧客であるプライム会員の中で、いかに生鮮食品の購買を「当たり前の行動」として位置付けられるか。これを三つ目の課題として挙げたいと思います。購買力のあるアクティブなプライム会員に「ネットで生鮮食品を買う」ことが根付けば、日本の生活者にも広まっていく可能性が大です。

Amazonフレッシュのローンチ以降、筆者が日頃お付き合いのある食品メーカーからもEC活用の相談が増えている実感があります。日本の「食の流通」に大きな影響を与える可能性のあるAmazonフレッシュに注目です!(神野)