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ロンドンのクリエーティブあれこれNo.4

アイデアにも、国籍がある

2017/10/11

“SOMEWHERE BETWEEN LIES AND TRUTH LIES THE TRUTH”
(うそと真実のあいだのどこかに、真実がある)

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これは先日ベネチアでみたイギリス人アーティスト、ダミアン・ハーストの個展「Treasures from the Wreck of the Unbelievable」のなかの言葉だ。広告会社Saatch&Saatchの創業者Charles Saatchに見いだされたことと関係あるかどうかは分からないが、ダミアン・ハーストの作品はいつでも広告的で面白い。

今回の個展では、インド洋の海底から2000年もの時を経て発掘したとされる200点を超える大小さまざまな秘蔵品を展示。2000年もの時を経ているのだから、ジュエリー、大理石の像、よろいなどにはサンゴやコケが美しく付着し見るものを圧倒する。しかし、展示が進んでいくと、その中にはミッキーマウスの形状をした銅像も含まれており、観客はどこまでが真実でどこからが虚構なのか、その曖昧な境界線に混乱してくるという仕掛けだ。あふれる情報のなかで、その真偽を判断することなく情報の波にのまれている私たちにとって示唆に富む個展であった。

毎日イギリス人のアイデアに埋もれ四苦八苦している自分からすると、この展示が、イギリス人が考えたアイデアということに妙に納得してしまう。彼らイギリス人が考える“アイデア”と、日本で私たちが思う“アイデア”の定義は少し異なる。

“クリエーティブブリーフ”をベースにするイギリスのプランニング手法

まず、アイデアをつくるためのプランニング手法について考えてみよう。イギリスにおけるプレゼンテーションまでのプランニングの流れは日本のそれとほぼ変わらないが、1点大きく違う点がある。それは、“クリエーティブブリーフ”※をベースにプランニングするということだ。

イギリスでは、クリエーティブブリーフにかなり忠実に具体的なクリエーティブ企画をつくりあげていく。例えば、どんなに面白いアイデアがクリエーティブスタッフから出てきても、クリエーティブブリーフに沿っていないという理由で容赦なくそのアイデアはボツになる。まれに日本でみかける「このクリエーティブアイデア面白いから、戦略もそれにあわせて変えようよ」的なこととか、「戦略とクリエーティブの整合性がとれずソワソワしだす営業」というような現象はイギリスのそれなりのエージェンシーではほとんど見かけない。

イギリスにおけるクリエーティブでは、まず物ごとの本質を突き詰め、そこから大きなコンセプトを導き出す。そして、ストーリーを加えてそのアイデアをより豊かなものへと膨らませていく。すぐに具体的な企画のアウトプットに入らず、表現の手前のコンセプトにおける新しさを考えることにけっこうな時間を割き、それがクリエーティブブリーフとなりアイデアの肝になるのだ。つまり、イギリスで言われている「アイデア」は、日本のそれと比較して、よりコンセプトに近いところにある。ダミアン・ハーストの例でいうと、冒頭の言葉“SOMEWHERE BETWEEN LIES AND TRUTH LIES THE TRUTH”がイギリスで言われる「アイデア」だ。そのコンセプトに新しさ、面白さがないと、それはアイデアとして良いものとは言えないのだ。

日本の広告クリエーティブにおいてアイデアというとコンセプトよりも、よりアウトプットに近いデザインやクラフト部分を指すことが多いように思う。つまり、典型的な広告クリエーティブの競合プレゼンテーションで評価されるためには、テレビCMの具体的なストーリーやカット割、グラフィックのクラフトワークを細部まで詰めることが重要な要素になる。

日本生まれの緻密で繊細なアイデア

次に日本生まれのアイデアの特徴について考えてみたい。

先日、久しぶりに日本に帰国した。1年間日本で生活していなかっただけなのだが、日本の商品やサービスにみられるアイデアに興奮しっぱなしだった。まず驚いたのが「チーズ入り明太マヨネーズ風味のカニかま」という商品だ。この素晴らしい商品は、日本生まれのアイデアを体現している。明太子とマヨネーズという鉄板の組み合わせにチーズを加え、さっぱりした食感のあるカニ風味かまぼこでやさしく包み込む。

これは、日本人にしか考えられない、とても緻密で繊細なかゆいところに手が届く素晴らしいアイデアだ。カニ風味かまぼこを溺愛する自分は、帰国してから1日として欠かすことなくこの商品をありがたくいただいていた。日本ではこの手の“かゆいところに手がとどくアイデア”にあふれている。ラーメンの味のバリエーションや、アパレルにおける無数のコラボモデル、温水洗浄便座だって日本生まれの緻密で繊細なアイデアだ。

ただ、残念ながらこのようなアイデアは、そのまま海外に輸出しても幅広く受け入れられないことが多い。日本人による、日本人のための、日本人にとってはありがたいきめ細やかなアイデアは、ときしてオーバースペックで余計なもの、ニッチすぎてビジネス展開しづらいものと捉えられる。

アイデアの国籍を意識する

このように、イギリスっぽいアイデア、日本っぽいアイデアというものが存在する。なぜなら、ひとりの人間が考えるアイデアは、その国の歴史、文化、そこで暮らす人々の価値観を色濃く受けるのは必然だからだ。人がアイデアを考えている限り、アイデアには国籍があるといえる。つまり、アイデアの国籍を意識することで、そのアイデアの守備範囲を捉えることができる。takeshige_4-3

イギリスではビジネスアイデアを考える際に、多様なバックグラウンドをもつ国民や、ヨーロッパ圏のさまざまな文化を持つ国々での展開を視野に入れることが前提のため、特定の嗜好を持った国民にフォーカスしすぎるアイデアは使えない。よりアイデアはコンセプチャルにしておいて、各国でチューニングしていく必要がある。一方、日本生まれで、日本人向けのアイデアをグローバル展開するためには、引き算でアイデアを極力シンプルかつコンセプチャルにしなければならない。

広範囲にわたるソリューションアイデアが求められている昨今、日本においてもよりコンセプトに近いものをアイデアと捉え、その部分の提案力を高めることで、グローバルビジネスや従来の広告領域以外のビジネス機会も増えるのではないだろうか。アウトプットにおけるクラフト力と、コンセプトにおける新しい視点。イギリス流のコンセプト主義から学ぶことも多い。

※クリエーティブブリーフとは、クライアントからオリエンテーションを受けたあと営業、戦略プランナー、クリエーティブディレクターがディスカッションを重ねながらつくるシート。それをもとに社内のクリエーティブスタッフへ仕事の依頼をする。そこには、キャンペーンの目的、生活者インサイト、広告のトーン、全体コンセプトなどがシンプルかつ明解に記述されている。