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ロンドンのクリエーティブあれこれNo.3

ロンドンからみたカンヌライオンズ

2017/08/10

ロンドンに来て広告賞というものに対する意識も日本にいたときと若干変わり、少し俯瞰して見られるようになったかもしれない。広告クリエーティブビジネスにおいて、カンヌライオンズのような広告賞とどう向き合っていくべきか、どう利用するか、は改めて検討する意味のあることだと思う。振り回されてもいけないが、そこでしか得られない情報や刺激、またそこから始まるビジネス機会があるのもまた事実だ。

ピュブリシスグループのように“来年のカンヌライオンズに参加しない”という判断をする会社もあり、それはそれで会社経営としてまっとうな判断なのかもしれない。自分もそんな感じで広告賞へのアンチテーゼを振りかざしながらコラムを書きたいとも思ったが、残念ながらそんな勇気も見識もないし、そもそも広告賞にはどちらかというと肯定的だ。

そこで今回は、ロンドンのクリエーティブエージェンシーで働く人が、カンヌライオンズをはじめとした広告賞とどのように向き合いながら仕事をしているのか、また海外広告賞に対する日本とイギリスのアプローチの違いは何なのかを考えたい。


地理的な距離がもたらす違い

ロンドンからカンヌの最寄り空港ニースまで飛行機で約2時間。日本だと国内旅行の感覚だ。特にカンヌライオンズの入場料が割安な若者にとっては、行こうと思えば毎年参加できる気軽な距離感といえる。実際、業務の合間に数日だけピンポイントで参加する人がけっこういる。日本で働く広告人にとってのカンヌライオンズに比べると、ロンドンやヨーロッパで働く人にとっては、自分たちのビジネス圏で開催されている身近なものという認識があるように思う。

カンヌ

一方で、アジアで開催されているアドフェストやスパイクスアジアといった広告賞に関するニュースは驚くほど入ってこない。もちろん、そこにはカンヌでグランプリを取るような素晴らしいアイデアもあるのだが、地理的な距離の差が広告賞との向き合い方に与える影響は思いの他大きい。カンヌライオンズの審査段階でも、その違いは表れる。ロンドンで働く広告人は、欧米の広告は日頃からウオッチしているのに加え、文化的理解もベースにあるので、それらのインサイトに対して共感しやすい。つまり、評価しやすいのは事実だ。私たちが日本で生活する中で、よく目にする話題になった広告が日本の広告賞で評価されることと同じようなことなのだろう。

言語の違いはどう影響するか

言語の違い、つまり英語と日本語の違いは、部門によっては受賞に大きく影響する。よく日本はデザインとデジタルクリエーティブが強いといわれる。ロンドンの同僚たちもそう感じているようだ。日本という世界に類を見ない独自のカルチャーが反映されたデザインは、イギリス人をはじめ多くの欧米人が関心を寄せている。いや、寄せてきたと言っていいだろう。

1968年にはロンドンのICAというミュージアムで日本のデザインを紹介する展示会Fluorescent Chrysanthemumが行われた。そこでは杉浦康平氏らをはじめとした日本のグラフィックデザイナーや、映像作家の作品が展示され話題になった。最近では、大英博物館で葛飾北斎展が行われ、会場で多くの外国人が食い入るように作品を見ていたのが印象的だった。

1968年にロンドンで行われた展示会のポスターと新聞記事

 

このように、日本独自のカルチャーが反映されたデザインは昔からイギリスをはじめとした海外で注目されてきた。それは、デザインは他のコミュニケーション手法と比較して言語への依存度が比較的低いことも大きく影響していると言っていいだろう。デジタルクリエーティブに対する高い評価も、そこに包含されているデザインやUIといった、言語を超えてニュアンスを理解できる要素があることが大きい。

その点、フィルム部門を中心とした、コピーライティングやストーリーテリングに重きを置く部門で日本のアイデアが金賞以上を受賞するハードルは高い。大きな要因として、言語的ハードルが高いため表現のアプローチの方法が限られることが挙げられる。私たちが日本語のコピーライティングを見て、同じようなことを伝えようとしているコピーでもグッとくるものと、こないものがある。これと同じことが英語のコピーライティングにも言えるのだ。そういった部門で勝負するためには、英語のコピーライティングと正面から向き合う必要があるのかもしれない。


ニュースの違いが、広告の違いになる

受賞作の傾向として社会課題を捉えたアイデアが評価される、などといわれるが、イギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国において、ニュースに取り上げられるキャンペーンにするには社会課題をテーマにすることは必然だ。なぜなら、自分が毎朝会社に行く前にボーッと見ているBBCのニュースで取り上げられるテーマはテロや、政治、ジェンダーなどがほとんどで、日本のワイドショーのように芸能人の個人的なスキャンダルを各局が競って放送するなどということはまず目にしない。

つまり、パブリシティーを獲得する=社会課題を捉えると言っても過言ではないのだ。ヨーロッパで広告において社会課題を捉えることは、特別に広告賞を意識してすることでなく生活者の間で話題と共感を獲得するための通常のマーケティング活動の延長線上で行われているように思う。

例えば、今年カンヌライオンズの多くの部門でグランプリを獲得した“Fearless Girl” 。ご存じのように国際女性デーに合わせて、ウォール街の象徴である「Charging Bull」の前に少女の像を建てることで性差別問題を世の中に投げ掛けることを目指したアイデアだ。

fearless giel
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このアイデアがここまで評価されたのは、①ジェンダー問題という社会課題をとらえ②国際女性デーという世界共通のタイミングで③ウォール街という世界的にメジャーな場所で実施した、という全ての要素が、世界の主要メディアの関心事にしっかりはまるように設計されていたことが大きい。自分がロンドンで生活している中でも、リアルタイムでBBC、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズなどの主要メディアでこのニュースを目にした。つまり世界中から集まった多くの審査員が、このキャンペーンが実際に話題になっていたことを世界の主要メディアを通してリアルタイムで経験しているという事実が、審査結果に大きく影響したのは容易に想像できる。

今年のカンヌライオンズの傾向などという記事をよく目にするが、それはつまり世界のメディア報道、関心事の一部といえるだろう。カンヌライオンズで議論されていることをより深く理解するためには、世界のニュースを日々ウオッチしておくことが何より大切なのだ。その上で日本のメディア報道の特異性を楽しんでみてはどうだろうか。そこから透けて見える日本独自のカルチャーの面白さが理解でき、その理解はもしかしたらカンヌライオンズで通用するものになるかもしれない。