デバイスから見た広告の近未来No.3
私が「一周してテレビ」というのは、
なぜか?
2017/10/24
~日本テレビ 太田正仁氏と語り合った
テレビの近未来 奥 律哉
テレビ、ラジオ、新聞や雑誌、屋外広告、そしてデジタルなどとメディアで分類するのではなく、“デバイス”という補助線を引いて、広告の最前線を探る「デバイスから見た広告の近未来」。今回のお題は、テレビ。
そもそも「テレビ」という言葉にはさまざまな意味が込められていて、それぞれの要素を切り分けて考えようと電通の奥律哉氏は提唱する。こうした見方は成り立つのか、そして今後テレビはどういう方向に向かうのかを、日本テレビでHulu事業などを手掛ける太田正仁氏と語り合った。
その“テレビ”は受像機? 番組? 伝送路?
奥:私は、今年2月に発行した『情報メディア白書 2017』で「一周してテレビ」の視点を提唱しました。オーディエンスにとっては「全てが等しく横並びに動画」であり、その認識を前提に、“テレビ”は再評価されるだろう、というものです。このテーマを本紙で取り上げるに当たり、日本テレビのインターネット部門でお仕事をされ、最近はHulu事業でも中心的役割を果たしている太田さんに声を掛けました。太田さんなら従来のテレビとネットの両方が分かる存在なので。早速ですが、よろしくお願いします。
太田:モバイルなどの新しいデバイスへのシフトを前提にやってきたのですが、Hulu事業に関わって少し考えが変わったのは、大きな画面で見たいというニーズそのものがなくなってるわけではないということですね。あとは、テレビ受像機でリアルタイムに番組を見る行為は減ってきていますが、テレビ番組そのものが見られなくなっているわけじゃなくて、いろんな形で見られている。
奥:最初から結論的なことを言っていただいたのですが、まさにそこ。当たり前過ぎてあまり語られないのですが、いわゆるテレビを論じるときに、テレビ受像機、テレビ番組、番組の伝送路のどの話をしているのか内容は全く変わる。デバイスとしての受像機には最近はスマホやモニターなども含まれるし、番組はいわゆるコンテンツ。伝送路はRF(無線)かIP(インターネット)か。“テレビ”を語る際、それらの区別を、意識する必要がある。そして太田さんの話では、スマホが普及してきてもテレビ番組は強いというお話かと思います。
イマドキのリアルな視聴スタイルは…
太田:私が関わり始めた10年前からテレビは終わったといわれていて、私も終わる可能性を考えて将来の仕掛けをしてきたつもりです。誤解を招くかもしれませんが、テレビは娯楽であり、ある種の隙間時間に楽しまれていた。それがインターネットやスマホが現れて、時間の奪い合いが激しくなる。少し前までは、向こう10分、15分の隙間時間に動画を見ることは少なかったのですが、それが最近は変わっている。だから、すごく面白くなっています。そして時間があるときには長いコンテンツもしっかり見られている。そういったさまざまな時間にどうやってアプローチするかだと思います。
奥:最近、電通で、自宅内の動画スクリーンの選択がどうなっているのかを調査しました。ユーチューブを見る、Huluなどの有料課金サービスの動画を見る、レコーダーに録画した番組を見る、DVDやブルーレイなどのパッケージを見る、BS・CSを見る、地上波を見るなどと細かく調べてみたんです。すると、向こう15分、30分、1時間と空いた時間があり、別の仕事や家事などを「ながら」でする必要がある場合は、地上波が選択されるケースが多いのですが、他の用事がない場合は、録画したテレビ番組の再生や無料動画配信サービスを選択する傾向が強いのです。これが、今のリアルな視聴スタイルなのかと。また別の話として、通勤・通学途中で動画を見るけれど「ギガが減る」(パケットを消費するの意)のが嫌だからと、途中では見ずに家で見る人もいる。このあたりはだいぶコンディションが変わっている印象です。
太田:僕らのようなリッチコンテンツでいうと、今は隙間時間に続きを見るくらいしかないのですが、インスタグラムやフェイスブックなどSNSも含めていろんなタイプの動画が増えてますよね。もう何年かすると動画でのコミュニケーションは普通になる。若い子たちは、動画を撮って編集して、投稿するのがすでに当たり前だしすごくうまいですから。
奥:イベントに行った様子を動画や写真で撮るのでなく、動画や写真を撮るためにイベントに行く。これはカメラマニアが良い被写体を求めて撮影会に行くような感覚でしょう。このあたりはSNSでの自分を“盛る”ために現実の行動が支配される意味で、主客が逆転していて、こうしたコミュニケーションがトレンドだと感じます。
太田:われわれは、そっちをやりきれていなくて、番組をどう料理するか、どう配信するかといったデバイスや伝送路の議論が多い。
奥:ここ数年、スマホを追い掛けてきた中で、そこで生活者が何をしているか、アプリの起動回数で見ると、やはりコミュニケーション系がほとんどで、エンターテインメントはその次なんです。これを時間で見るとコミュニケーション系アプリは起動1回当たり90秒使われる。一方エンターテインメント系アプリは尺が長いので、利用時間も長い。そうして考えると、動画をじっくり見るには大画面モニターとしてのテレビの優位性が浮き彫りになってくる。「一周してテレビ」を言い始めた背景には、こうしたことがあるんです。
太田:そこは私たちも把握していて、Huluでもテレビモニターを使って見るリビングルームデバイスの割合は減っていなくて、視聴時間で見るとかなりの割合を占めてます。結局、腰を据えて見たい人は小さい画面よりは大きい画面の方がいいし、音も迫力がある方がいい。それをわざわざスマホで見る必要はない。感度の高い人たちからは、テレビはオワコン(終わったコンテンツ=時代遅れの意)のように言われてるんですけれど、世の中全体をきちんと分析すると、テレビを1時間も見る暇なく働いている人は決して多くはない。そこのところは、きちんと見極めたいですね。
今後は、ネットとの共通指標が必要
奥:ここまでは、デバイスとしてのテレビやテレビ番組のポテンシャルをちょっと低めに見積もっていないかという警鐘だったんですけれど、こうした話の他に、伝送路のところもお話ししたいんです。テレビのポテンシャルを見直そうというのは分かったけれど、従来型のテレビのビジネスは、どうなのかというあたりです。
太田:大きく捉えると広告ビジネスなので、今ほどの収益性を得られるコンテンツなり場なりを、継続的に生み出し続けなければなりません。そのためには世の中の進化に合ったコンテンツとか、動画の見せ方みたいなことに踏み込まなきゃと考えています。そこに今ほどの広告価値が付けられるか、あるいは別の収益モデルを打ち出すのか。このあたりが一番の頭の使いどころですね。鍵を握るのは、習慣化だと思っています。朝起きたり、家に帰ったらすぐにテレビをつけていたような世界観を、異なるデバイスや伝送路上でも実現するのが肝です。
奥:その意味ではテレビの番組表はひとつのインターフェースで、時間、曜日、枠で、総合編成という時間が流れていて、ここを元に生活が動く。その一方でHuluが典型ですが、コンテンツを検索してたどり着くVOD(ビデオ・オン・デマンド)型がある。このあたりの違いも、今後は議論されていくべきポイントですね。
太田:この先にチャレンジしていきたいのが、隙間型だと思っています。単純に尺の短いコンテンツということだけじゃなくて、全く違うインターフェースなども含めて、考えてることをやりきる必要がある。
奥:今後の展開が楽しみですね。関連して触れておきたいのが、テレビとネットの映像配信の指標についてなんです。この前、あるシンポジウムで1枚のドキュメントを掲出して、その違いを説明したんです。テレビの視聴率と、ネットのセッションや滞在時間は、全く違う方法で計測をしています。例えば視聴率はパネル型調査で、関東地区の場合サンプル数は900世帯です。番組が始まる最初から最後まで90世帯がずーっと見ていたら、視聴率は10%です。番組の頭からちょうど番組の半分の時間まで180世帯が見ていて、その後誰も番組を見ていない場合でも視聴率は10%です。どちらも視聴率は10%という計算です。「この違いが分かりますか」と会場に聞くと、「視聴率ってそうなの?」という反応だった(笑)。
太田:なるほど。面白いですね。
視聴率は、パネル型を対象にした積分値
奥:太田さんは両方が分かるので理解していただけると思いますが、視聴率は積分値、つまり面積なんです。一方のネットは基本的にパネル型調査ではないから、さまざまな指標が多方向に増えるだけですよね。
太田:テレビとネットは共通の指標がほとんどないですが、総接触時間だけは、両方とも一応は出せる。個々のサービス同士で比較すると圧倒的にテレビの総接触時間が大きい。だからこそ、これだけの広告市場になる。ネットの方は、一瞬でも1000万人来たら、それは1000万人です。
奥:だから、よくある「何万人来ました」という話も、一瞬か、あるいは積分値なのかがよく分からない。ただ、これは対立するものではないので、共通して測れるものに合わせていく工夫が生まれます。首都圏では、1840万世帯4060万人とされる推定自家用テレビ所有世帯数と4歳以上の人口データがありますので、それに視聴率を掛けることによってグロスインプレッション数が計算できます。
太田:日テレでも、結構前から真剣に考えています。リアルタイムだけでは測りきれてないので、録画視聴も含めて接触面全部を見ていこうと。数年前からプロジェクトなどで議論がされていて、そろそろ自局だけでなく足並みをそろえていくべきフェーズですね。
奥:テレビの視聴率は長年の時系列データとしての継続性も重要ですので、慎重に検討する必要がありますね。今日はいろいろとありがとうございました。
電通総研編
『情報メディア白書 2017』
(ダイヤモンド社発行)
「動画サービスの未来像」と題した巻頭特集は、スマホネイティブ世代の最新事情を俯瞰し、テレビの再評価が必要と提唱した。
まとめ
4マスとネットと別々に語られることが多かった「テレビ」だが、その影響力の大きさは、下がるどころか増しているというのが昨今のトレンドだ。またSNSなどコミュニケーション領域で動画の存在感が大きくなっていることも、テレビを取り巻く状況としては見過ごせない環境の変化といえる。
こうした中で、対談中に太田氏と奥氏が触れていた共通の指標づくりは喫緊の課題のひとつと考えられる。