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藩校しようぜ! 〜佐賀県がつくった21世紀の藩校「弘道館2」の裏側〜

アクティブラーニングこんなのどうだろうレポート №9

  • 倉成 英俊

2017/11/21

藩校しようぜ!
〜佐賀県がつくった21世紀の藩校「弘道館2」の裏側〜

藩校の教育。

そう聞いて、「古っ!」とは言っても、「それは面白そうだ!ワクワクする!新しい!」と言う人はなかなかいないでしょう。

しかし、文部科学省が旗を振る「アクティブラーニング」や、OECDの「キーコンピテンシー」※1、世界中がいう「21世紀型スキル」※2など、いま世界が注目する教育を、各地方の藩校は200年位前から実践していた、と聞いたらどうでしょう?

※1 キーコンピテンシー:社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力、多様な社会グループにおける人間関係形成能力、自律的に行動する能力の三つの能力から構成される。

※2 21世紀型スキル:知力・精神力・体力という「生きる力」が強く、それに加え「テクノロジーの力を利用できること」

そんな話を、今日は僕の故郷・佐賀県を例に、シェアしたいと思います。

映画館での知事へのプレゼンから、全てが始まった

きっかけは、映画館でのプレゼンでした。

勝手にプレゼンの模様。東京在住で佐賀にゆかりのあるクリエーターがプレゼン権を持つ。但し、佐賀には自費で行かなくてはならない。

佐賀県では「勝手にプレゼンFES」という、何でも知事に提案していいイベントがあります。今年グッドデザイン賞ベスト100に選ばれた仕組みなので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

その第1回目は、2015年7月15日、CIEMAという佐賀市内の映画館で行われました。僕は、地元の先輩である東京R不動産の馬場正尊さんや建築家の西村浩さんに誘われて(囲まれて?! )幹事団の端くれだったので、一応盛り上げるために、1案何かプレゼンしなくてはいけませんでした。

しかし、僕は、病名「プロジェクトメーキング症候群」。つい、思い付いたことをプロジェクト化してしまうんです。そして、いつも後輩たちから「ただでさえ忙しいのに、またプロジェクトを起こして!」と怒られる始末。

そこで、今回考えたのが、「今までの仕事の延長にしちゃえ」作戦。そうすれば仕事が増えたように見えない!ということで、教育について温めていた企画を「電通 アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」からの提案、というカタチを取ることにしました(見事、怒られずに済んだ!)。

つくったのは、鍋島藩の藩校「弘道館」を21世紀にアップデートしてつくってはどうか?という提案書でした。

伝説の藩校「弘道館」四つの面白エピソード

ここで簡単に弘道館について触れておこうと思います。

弘道館の跡地、現在は建物はない。小学校のとき授業で来たこともあったが退屈だった。まさか弘道館2を立ち上げることになるとは、35年前の少年時代、知るよしもない。

弘道館は、今からさかのぼること約250年前。佐賀藩第8代藩主・鍋島治茂が指示し、設立されました。そのころうまくいっていた、熊本の藩校「時習館」をモデルとしたそう。

コンセプトは、「改革は、教育に始まる」。

時代は変われども、今にまさに当てはまりますね。

その後、変化が起こるのは、儒学者・古賀穀堂が「学政管見」という教育についての意見書を提出してから。「教育予算は削らず、逆に三倍に増やすべき」と書いてあったそう。それを受けて第10代鍋島直正は藩主になると同時に弘道館の充実を指示。その拡充から、大隈重信、江藤新平など佐賀の賢人といわれる人々が弘道館で学び、明治維新で活躍、という流れになっていくのです。

以上、大きな流れを把握してもらった上で、僕が面白いなと思ったポイントを書きます。

その1:モットーは、自学自習だった。
僕も大好きです。「自習」って言葉。
自分が学びたいから学ぶ。やりたいからやる。学びの基本ですよね。
ですが、そんなこと声高に言っている学校、ありましたっけ?
今、この21世紀で。

その2:生徒が1000人に対して、先生が10人しかいかなった。
なぜそれで成り立っていたか? それは間にいる先輩が教えていたからです。学んだことを自ら教えると、学びの理解が深まる。「半学半教」というやり方ですね。現代で学び合いをしなくては!とか言っていますが、それもすでに、19世紀からやっていたということです。

その3:.殿様も出る無礼講ディベート会があった。
当時、ディベートは肥前か会津といわれていたそうです。その理由の一つが、議論付きの読書会「会読」というカリキュラムの存在。当時、教科書として使われていたのは四書五経のようですが、それを読んで、ディスカッションをするのが「会読」。

これは全国で行われていましたが、肥前の会読は特別。なんと月に1回、鍋島の殿様も参加し、完全無礼講の議論が行われていたそう。ある日、海防論の話になり、久米さんという若き藩士が、鍋島直正の逆鱗に触れたが、先輩からも「謝りに行かなくていい」と止められ、その結果、何のお沙汰もなかったとか。

その4:岩倉具視の息子が、京都からわざわざ留学。
弘道館の評判は京都にも届き、それ聞いた岩倉具視は、息子を弘道館に留学させたそう。教育がいいから地方移住。これまた現代に通じるエピソードですね。

その他にも、身分にとらわれず通える、真面目にやらない息子の家は減俸、優秀な若者は藩政に抜擢、ディナーは白米とたくあんのみ、などいろいろありますが、長くなるので、それはまたどこかで。

弘道館2設立の五つのルール

さて、この過去の話に、僕はとってもインスパイアされ(小学校で習ったときはつまんないと思っていたのに!)、知事にプレゼンし、皆さんの賛同を得て、弘道館2は、実現に向けて進むことになりました。

設立に当たり、大きくは、こんなことをルールにしました。

1 弘道館のやり方を引き継いで、今に復活させる。
「自学自習」で、佐賀県ゆかりの先輩たちが教える。
「会読」も復活させ、殿様の代わりに知事が出る。などなど。

2 建物はつくらない。POP-UPで、佐賀県内の面白い場所でやる。
お城。映画館。古民家カフェ。などなど。場所が変われば授業は断然面白くなるから。そしてもちろん、お金をかけないように。

3 ネットで配信。ウェブ上にアーカイブする。
全国から見られるように。学校の授業でも使えるように。

4 懐古主義禁止。
歴史を、年配者が若者に上から目線で教えるようなことを禁止しています。

これが、結構大事なポイントなんですよね。

5 21世紀に必要なジャンルをカバーする。
当時の学びは、儒学、蘭学、砲術などでしたが、それが今だと、クリエーティブ、アート、テクノロジー、ビジネス、サイエンス、自然体験、スポーツ、カルチャー、伝統、グローバル、コラボレーション、プレゼンテーション、イノベーション、エンターテインメントなどに。

1人でも目がキラキラした若者が出れば成功

2017年10月9日。佐賀城本丸で、21世紀の藩校「弘道館2」は開校しました。

弘道館2のHP。キャッチフレーズは「藩校しようぜ」。門の上で飛び跳ねるのは、鯱じゃなくて、有明海のムツゴロウ。

第1回の講師は、アメリカベースで活躍する佐賀県出身の画家、池田学さん。佐賀県立美術館、金沢21世紀美術館、日本橋髙島屋の巡回展で約30万人を動員した、佐賀の、いや世界のスターです。

弘道館2、1回目の授業風景。池田学さんから直接指導を受ける佐賀の若い子たち。うらやましい。

想像力に基づく緻密な絵が人気なので、池田さんには「想像学」の授業をお願いしました。「佐賀城の石ころを拾って、想像を乗せて、絵を描く」というワークショップ。その模様はこれから開かれる講座とまとめて、また次回以降書くことにします。

結果だけ書くと、大成功でした。

それは、われわれの二つの目標を達成できたからです。

まず、若者の目が輝いていたから。

実は、佐賀県庁の方々と決めた目標は、「1講座当たり1人でも目のキラキラした若者が増やす」だったのです。1人どころじゃなかったので、大成功といえるでしょう。

そしてもう一つは、ツイッターに書き込まれていた言葉が表しています。「佐賀、ずるい。」

せっかくやるんだから、マイナー県の佐賀県としては、他県をアッと言わせたい。「こんなことして、佐賀ずるい」と言わせたいと、話していたら、まんまその言葉がツイッターに。

(それはそうですよね。その日、東京では池田さんの個展の最終日。会場の日本橋髙島屋にはたくさんの方々が訪れていた日です。同じ日、佐賀ではそのアーティスト本人が、応募者から絞ったたった30人に向けて、想像して絵を描くレッスンをしているという)。

ますます若い子の目をキラキラさせたい!ますます、佐賀、ずるいと言わせるぜ!と、マイナー県出身の僕らは、次の授業はじめ、いろいろとたくらんでいます。

なぜなら。まさに元祖弘道館で学ばれた、大隈重信大先輩は、こうおっしゃいました。

「国の大小は、土地にあらずして、人にあり」
そう、大事なのは、人。そのために、弘道館2をつくったわけです。

知恵と夢と行動力。佐賀も、もちろん、日本も。
世界に、未来に、いろいろと仕掛けていきましょうよ。

どうでしたか?
藩校。
いいでしょ?


【告知】
弘道館2の2時間目の授業は安倍首相の女性活躍のスピーチにも引用された、竹下製菓社長、竹下真由さんの「企画術」です。観覧希望は締め切っていますが、11/25 13:30~16:30弘道館2のホームページでライブ配信されます。どうぞご覧ください。