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ビジネスの不確実性をプロトタイピングで解消する

ビジネスデザイナーが語るブレークスルーの起こし方 №2

  • 坂巻 匡彦

2017/11/28

ビジネスの不確実性をプロトタイピングで解消する

電通内に、顧客企業のイノベーションを創出するための組織「電通ビジネスデザインスクエア」が発足しました。本連載では、メンバーが「電通の考えるビジネスデザインとは何か」をお伝えします。第2回はビジネスデザイナーの坂巻匡彦氏が、プロトタイピングについて語ります。

※プロトタイピングとは:実働する試作モデル(プロトタイプ)を早期に制作し、利用者に機能や操作性を確認してもらい、その要望を反映させる開発手法。

 

【目次】
機能差別が難しくなったプロダクトや、参入障壁の低いサービスには体験価値での差別化が必要
「最高のアイデアだったのに、実際に作ると面白くない」をプロトタイプで回避
プロトタイプを三つに分解して考える
全く新しいアウトプットを生むためのプロトタイプ
ビジネスの先進性と不確実性のジレンマにプロトタイピングで挑む

 

プロダクトやサービスには体験価値での差別化が必要

はじめまして、ビジネスデザイナーの坂巻です。私はもともと電子楽器メーカーでプロダクトプランニングとプロダクトデザインを統括する室長をしていて、その知見を生かすために電通ビジネスデザインスクエアに参加しました。

今のビジネスに、プロトタイピングはどのように役に立つのでしょうか?

機能差別が難しくなったプロダクトや、参入障壁の低いサービスには体験価値での差別化が必要です。体験価値を設計するためには、プロトタイピングのノウハウが役立つのです。

今回の記事では、私の経験を基にプロトタイピングの重要性についてお話しします。

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「最高のアイデアだったのに、実際に作ると面白くない」をプロトタイプで回避

私は少し心配性で、左脳と右脳をフル回転させて生まれた素晴らしいアイデアであっても「本当に良いアイデアなのだろうか」と疑ってしまい、すぐにプロトタイプしたくなってしまいます。それは楽器をデザインする際に「最高のアイデアだったのに、実際に作ると面白くない」という、残念な経験をしてきたからです。なぜ残念なアイデアになってしまうのか。それは、楽器が体験価値の塊だからです。

機能やスペック重視のプロダクトは、目的を満たす機能価値さえあれば、「使い心地」のような体験価値がイマイチでも成立します。しかし、楽器は「弾き心地」が命です。「弾き心地」という体験価値が提供できないとプロダクトとして成立しません。

円滑な製品開発のためには早期にスペックを明確にすることが必須です。すると、ロジカルに定義しやすい機能価値が議論の中心となり、曖昧で言語化しづらい体験価値は軽視されます。その結果、楽器の価値の根幹である体験価値に欠け「最高のアイデアだったのに、実際に作ると面白くない」ものになってしまいます。

電子機器として開発を円滑に行いつつ体験価値を最大化するためには、アイデア段階からプロトタイプを重ねて体験価値を評価・改善する必要があります。そんな経験を繰り返したおかげでプロトタイプ・スキルは相当に高くなりました。

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プロトタイプを三つに分解して考える

プロトタイプは手間のかかる作業です。究極を目指すと、限りなく本物に近づきます。本物を作ってしまってはプロトタイプではありません。何を検証するのかを見極めて、適切に行う必要があります。

対象がプロダクト/サービスならば、次の三つのプロトタイプに分解して考えることが有効です。

1.容貌のプロトタイプ Appearance Prototype
2.動作のプロトタイプ Behavior Prototype
3.状況のプロトタイプ Situation Prototype
それぞれについて解説します。

1.容貌のプロトタイプ
容貌のプロトタイプとは、見た目を検証するためのプロトタイプです。プロダクト/サービスが現実のものとなったときの存在感を検証するために使います。簡易的な評価ならば手書きのスケッチでもよいですし、実際のプロダクトと同じ素材や塗装を使ったモックアップを作ることで本格的に検証することもできます。ウェブサービス/アプリケーションであれば、重要な画面を数枚作り込むだけでも十分です。

2.動作のプロトタイプ
動作のプロトタイプとは、機能の動作を検証するために使います。プロダクトの場合、ソフトウエアで仮想的に作ることもできますし、電子回路設計が伴う実動作に近いプロトタイプもハードウエアとソフトウエアの総合開発環境を備えるシステム「Arduino」などのおかげで、すいぶんと簡単になりました。ウェブサービス/アプリケーション開発では、画面遷移をペーパープロトすることも動作のプロトタイプですし、容貌と動作を同時にプロタイプできる強力なツールが充実しています。

※ペーパープロトとは:紙でアプリやサイトの画面遷移と画面構成を簡易に試作すること。

 

3.状況のプロトタイプ
状況のプロトタイプとは、プロダクト/サービスの使用状況を再現する手法です。プロダクトを使っているように振る舞うロールプレー手法は、いつでもどこでも手軽に行うことができます。容貌や動作を再現したプロトタイプを用いることで、より現実に近い状況で検証することも可能です。

どんなプロダクトやサービスでも、容貌・動作・状況に分解することができます。これらを分解し、それぞれについて検証すべきことを明確にすることで、適切で効率の良いプロトタイピングが可能になります。電通ビジネスデザインスクエアは、 これらの容貌・動作・状況に加えて、発想やビジネスのためにプロトタイピングを活用します。

プロトタイプを三つに分解して考える
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全く新しいアウトプットを生むためのプロトタイプ

非常勤講師をしている千葉大学のデザイン演習授業で、プロトタイプを応用した実験的な授業をしてみました。それは「コンセプトの発見よりも、まずプロトタイプをする」というものです。

例年だと、良いコンセプトを見つけることに全時間の半分くらいを費やし、ちょっと形をデザインしてプレゼンを行っていました。工学部のデザイン学科であるせいかロジックを組み立てるのは上手ですが、ちょっとしたアイデアにストーリーをつけただけの、どこかで聞いたことがあるような提案が多く、突き抜けたアウトプットにならないことに悩んでいました。

彼らはまだ若く、どうしても視野が狭くなってしまうために、良いコンセプトが見つけられません。つまり、知識と経験が不足しているだけです。それを短期間に獲得する方法としてプロトタイプを使いました。

ありきたりで面白くないコンセプトでも、まずはプロトタイプから始めてもらいました。そして、そのプロトタイプで見つけた発見をみんなの前で発表してもらうことを毎週繰り返しました。

授業のたびに繰り返し伝えたのは「プロトタイプを通じて、自分だけしか知らない発見をしてほしい」ということです。特定のことについて繰り返しプロトタイプするので、経験が蓄積されます。すると、最初は気が付かなかったような発見をするようになります。その発見を元に、コンセプトを固め、プロダクトに落とし込むと、全く新しいアウトプットができるようになりました。

実は、これには元ネタがあります。

今年の4月にアメリカのデザイン伝統校であるロードアイランド・スクール・オブ・デザインを訪ねたときに、インダストリアルデザインコースの学部長であるチャーリー・キャノン准教授との会話から着想を得ました。

「ロードアイランド・スクール・オブ・デザインではイノベーションのためにクラフトを教えます」

「美大のハーバード」と呼ばれ、Airbnbの創業者が学び、ジョン・マエダ氏が「MITの右脳」と評した同校が、 木工と金工の両方カバーする本格的なクラフトを1日4時間、1年間を通じて教えていることに心底驚きました。正直なところ、なぜ今更クラフトを教える必要があるのだろうかと 思ってしまったのです。

チャーリー・キャノン准教授から詳しく話を聞くことで 、クラフトの大切さを改めて知ることになりました。クラフトは試行錯誤の連続です。木や金属などの素材は、切る・削る・曲げるなどの加工を行うたびに形を変えていきます。思ったとおりになることもあれば、そうでないこともあります。クラフトとは、短い時間でアイディエーションとプロトタイピングを何度も繰り返すことです。

「未来の課題はメタルシートのように目の前に横たわっています。それをただのメタルシートだと思うか、それを使って新しいものを作ろうとするか。そう考えられることがロードアイランド・スクール・オブ・デザインの学生たちの特徴であり強みなのです」

クラフトを通じてトライ&エラーを繰り返すこと、その作業から経験的に新しい着想を得るということを学ぶのが、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン流のクラフト教育です。

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ビジネスの先進性と不確実性のジレンマにプロトタイピングで挑む

明確な課題を見つけることが困難な今、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインのように試行錯誤から課題と解決を見つけ出すアプローチは有効です。それを大きく捉えてビジネスに使える概念にしたのがデザイン思考です。

発見した課題とそれを解決するプロダクト/サービスが先進的であればあるほど、不確実性は高くなります。既存事業を超えるくらいに革新的なアイデアには必ず大きな不確実性があり、それがイノベーションのジレンマの正体です。

私が電通ビジネスデザインスクエアにジョインして一番驚いたのは、ビジネスの先進性と不確実性のジレンマにプロトタイピングで挑もうとしていることです。それは、今までの形あるものを作るプロトタイプに加えて、収益の試算などの形のないものも含めて徹底的に検証する、新しいプロトタイピングです。

電通のクリエーティブとロジックで構築したビジネスを、究極のプロトタイプで検証し実行する。ビジネスデザインを標榜するにふさわしい、新しいプロトタイピングが始まります。

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