loading...

電通報ビジネスにもっとアイデアを。

9.11から15年目のアメリカ:海図なき時代のリーダーシップNo.7

働き方改革の、その先は。

2018/01/10

みなさん。こんにちは!

今回は、これまでご紹介したアメリカ生活の中心となった、アリゾナでの10カ月をお話ししたいと思います。知らない土地で何から何まで自分で準備した上、一度も訪れたことがなく、誰とも会話したことがない会社で働くって、人生でそうあることではありません。そう、私はこれまでご紹介したリーダーたちと出会った他、1年の大半を、個人的なツテの全くないテクノロジー企業で働いていました。

この会社はアメリカや日本をはじめ約50カ国に拠点をもち、10万人が働く大企業ですが、アメリカにはその半数、5万人がいます。私がいたアリゾナ州チャンドラーという街はアメリカ第2規模の拠点で、2カ所の広大な敷地に1万人以上が働いていました。そこで印象に残ったのは、何より日々に根付いた「ダイバーシティー」と「インクルージョン」です。この二つの言葉は最近よくセットで使われますが、一体どんなことなのでしょう。まず、三つの事例を紹介させてください。

私の職場
私の職場。世界有数の晴天地帯(晴れの日は、最低でも年320日以上!)に、今日も青空が広がっています

職場で飛び交う、謎の3文字「WFH」

この会社、日々、意味不明の3文字用語が飛び交ってます。半導体技術用語に交じってよく出てくるのは「WFH」。Work From Homeの略、いわゆる在宅勤務です。「彼女、今日はWFH」。短いときは数時間からアリで、その理由はさまざまです。

・「子供の体調が良くない」

・「夕方は車が渋滞するんで早く会社を出たい」

・「朝早くから電話会議なので自宅から参加する」

・「…(もごもご)」

この会社では職場に社員がいないことは日常茶飯事なのです。そもそも

・国内の他拠点出張用に社員専用飛行機(Air Shuttle)がある

・空いている席、というかブースがやたら多い(短期滞在する海外の社員が使ったりしてます)

・同じチームメンバーでも違う地域で働いているので、動静がよく分からない

・物理的に集まる機会があまりない(会議はネットを通して。みんなが自分のブースでパソコンを見つめ、ぶつぶつつぶやく図はちょっと不気味)

・勤務登録がない(正式には何時に始まり、何時に終わるのかが謎)

このため、WFHは上司がOKすればOK。自宅で本当に勤務しているのか?

大事なのは、「毎日職場で一定時間働く」ことより、「結果を出す」こと。働く場所、方法、タイミング、スタイルはかなり柔軟なのです。

職場に「全ての性が使えるトイレ」が登場

 

ある日のお知らせ。キャンパス内に「全ての性が使えるトイレ(All Gender Restroom)」ができた、というメールが届きました。「これ、誰が使うんだろう?」。もちろん、全員OKです。ちょっと離れたビルには車で移動するほど広い敷地なので「遠いんだろうなー」と思ったら、結構あちこちにあるぞ。私が働くビルの1階にもありました。

ランチがてら1階に行ってみると、先週まで女性用トイレだった場所に「All Gender」のサインが出ています。内側は、女性トイレと…何ひとつ…変わらず。なるほどなるほど。確かにゼロから作るより早く、女性用を使った方が男性用より実用的な気がして納得。トイレ内で男の人を見かけるとぎょっとしそうですが、実際にはいろいろな人が利用しています。

どんな性別でも使えるトイレ
「どんな性別でも使えるトイレ(All Gender Restroom)」のサイン

トイレの他にも、各ビル入り口の駐車スペースに掲げられているのは、障がい者用の他、ベビー&ママ用のサインです。コウノトリが赤ちゃんを運ぶイラストに「将来の社員(とそのママ)専用」の文字。敷地の隅から私のいるビルまで歩いて15分以上かかるこの広いキャンパスで、各ビル入り口付近は特等駐車スペース。妊婦さんはとりわけ大事に扱われています!

会社の駐車場
会社の駐車場:入り口に近い特等スペースの一つは、将来の社員(とそのママ)専用です

こうした施策は、何のために行われているのでしょう。いわゆる「人道主義」に基づく措置ってことなのでしょうか。

ヒスパニック女子にデジタル教育を

さらに別の日です。同僚から社員ボランティアやってみないか、とのお誘いが来ました。この企業が進めるダイバーシティー教育の一環で、マイノリティー女子(今回はヒスパニック総勢200人です!)に、STEM※1分野に興味を持ってもらおう!という企画で、ヒスパニック系女性社員のガブリエラが統括しています。

※1 STEM:Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)とMath(数学)。最近話題の言葉ですが、アメリカのSTEM分野の労働人口の63%は、実は今も白人男性・アジア人男性といわれています。彼らに白人女性を加えると83%に至るバランスの悪さです。近い将来、コンピューターサイエンス関連の仕事が急増すると期待される中、アメリカの大学卒業生だけでは、需要の3割しか埋められないとの予測もあります。人種・性別など個々人の違いにかかわらず、優秀な人材をどんどん育成し、ターゲット人口を増やす必要があり、STEM人材の育成、特に現在、従事者の比率が少ないマイノリティー人材の育成が強化されています。

 

イベント当日、朝早くからスクールバスに乗って現れたのは、緊張した面持ちの女子高生たち。ガブリエラはみんなの緊張を解きほぐしながら12のチームに分けました。私は1人で1チームのツアーガイド役を任されます。初めて訪れるキャンパスで迷わないよう、おっかなびっくり先導すると…ある教室では手作りの電動車いすに乗り、人工アームで棚の上の荷物を取ったり、他の教室では、ゲームを通してコーディングを学んだり。面白いぞ。またある教室では科学実験に挑戦します。「何をするの?」「苦手」とひたいの縦じわに書いてあった女の子たちが次第に目を丸くし、身を乗り出して「え、これどうするの?」「わ、また失敗!でも、やり方分かった!」と歓声が。

バリバリ働くガブリエラや女性の先輩たちが、自分の人生を語るコマもありました。彼女たちの多くは家が貧しく、親戚を含めて大卒が誰一人いない中で育ち、STEM分野でキャリアを作ったとのこと。「同じ境遇がまだ多いけど、自分たちが何もできないなんて考えちゃダメ。STEM分野に進むと、将来エンジニアになったり、みんなに役立つ製品が作れる。何より、自分で自分の選択肢を作れる。今日興味を持ったら、そういう進路を忘れないで」

このイベントで意外だったのが、21世紀の今でも「自分が大学に行けば、親戚で初めての大学生」という集団が、新興国ではなく、アメリカに結構いることです。多様な人種・民族が少なくとも建前上平等なはずのアメリカで、意識や教育レベルにはまだ大きな差があり、こんなサポートが必要なんだって現状に、ただただ驚いた一日でした。STEM

「ダイバーシティー」と「インクルージョン」にこだわる理由

私が勤めた企業、なんでこんなことをやっているのでしょうか。

さかのぼること2年半前から、実は平等な雇用への目標を掲げています。いわく、「アメリカの女性、アフリカ系、ヒスパニック系、ネーティブアメリカン従業員の比率を、2020年までに一般の労働市場と同じにする」。対象者には、障がい者や退役軍人、LGBTQ※2も含まれました。

※2 LGBTQ:性的マイノリティーの総称。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーに加え、最近はQ(Queer/Questioning:性別や性的志向が分からない、はっきりしない人や、LGBTの定義に当てはまらない「その他」)が加わっています。

 

冒頭でもお伝えした「ダイバーシティー」と「インクルージョン」。ダイバーシティーは、人種、肌の色、性別、国籍、年齢、出自、宗教、文化、身体的特徴、性的志向…こうした違いを認め、多様な人材を受け入れること。インクルージョンは、さらに一歩踏み込んで、それぞれが互いの違いを尊重し、自分らしく力を発揮している、多様な人材が真に受け入れられている状態という意味です。これ、簡単でしょうか? いやいや、大変です。

で、この企業はどうしているのか。まず、当然のようにChief Diversity & Inclusion Officerがいます。2015年に前述の目標を掲げて以降、2020年までの対策費は3億ドル! 女性やマイノリティー社員を採用するだけでなく、社員が気持ちよく、長く働けるよう、世界中で1万人を超えるマネージャーにトレーニングを課したり、今後の進路に迷う一般社員用への相談サービス※3も始めました。

※3 2016年導入以降、6000人以上が利用し、そのうち9割は会社にとどまり、今も働いているとのこと。

 

取引先についてもユニークな公約が。2020年までに、毎年10億ドル以上を女性やマイノリティー、障がい者、退役軍人、LGBTQが経営する企業と取引する!というのです。政府には、州だろうが連邦政府だろうが、いかなる差別的な立法や施策に対して反対すると。

難しいのは、この企業の伝統的な人材ベースが、高等教育を受けた技術者、数学者や工学者、科学者予備軍だという点です。創立が1960年代とテクノロジー企業としては古参で、社員の定着率も高いため、社員の中心は白人男性になってました。最近ではこれにアジア人男性が加わり、今は白人・アジア人・男性中心です。

そう、この分野、圧倒的な人材不足なんです。前述のヒスパニック女子への教育も、放っておいては足りなくなるSTEM系人材をあらゆる手段で育成し、対象人材のパイを広げるべく、リーダー企業として長期的視野で取り組んでいるからといえます。誰でもいいわけではない。だからこそ、限られた人材の可能性を少しでも引き出せるよう、社内だけでなく、取引先や政府や学校、あらゆる対象と協力して人材育成に取り組んでいるのです。

日本企業が存続していくために必要なこと

このように、アメリカでの生活や仕事は、担当プロジェクトを大きく超えて、アメリカ社会の、そして国際社会の「空気感」を日々、私に教えてくれました。揺り戻しもあるけれど、多様化を認めない国、組織、グループ、個人は、あらゆる批判の対象となることを理解する。モビリティーや多様なライフスタイルが加速する世界で、合理的な勤務を認める。グローバル企業によるダイバーシティーとインクルージョンへの取組は生半可ではなく、今やいい商品・サービスを作り、提供するだけでは不十分。誰とどうやって作り、提供するのか、その考え方に企業の姿が投影されています。

翻って私たち日本企業です。この1年、実はあるエピソードをよく思い出しました。過去、英国イージス社買収の際に、イージス社員を本社に迎え、幹部とのミーティングを持つと必ず同じ反応があったのです。それは…「変」。幹部自身の話ではありません。幹部として紹介されるのが、ほぼ必ず「ダークスーツの50代以上日本人男性」だから。他の人はどこに行ったの?

外国人や女性、ヒンズー教やイスラム教、LGBTQの社員、超シニア、パートタイマー、障がいのある同僚、会社に来ずに働く人、育児・介護しながら働く人。属性と共に、私たちの周りには、いろいろな考え方や生活スタイルを持った人たちがいます。そんな人たちと一緒にプロジェクトを手掛けたい。もっと意見を交わしたい。パートタイムでも在宅勤務でも育児休暇明けでも、いろいろな人が参加すればいい。一律的な勤務スタイルに合わせられるからではなく、仕事に真摯に向き合い、成果を出せる人に昇給・昇進・昇格のチャンスがあればいい。そう思ったことはありませんか。

働き方改革の、その先にあるもの - 多様な働き方を認める。そうすれば、同じ志をもつ多様な人材が向こうからやって来る。

こうした人材と共に、各国・各地でJapan Qualityの製品・サービスを作り続けられないか…。綿々と受け継がれる日本企業の強さは、実は製品・サービスへの絶え間ない改善への「姿勢」であり(ここは、グローバルでのニーズとスピードにもう少し合わせる必要があるしれませんが…)、日々の改善を通じて人々の生活を豊かにしたいという「ビジョン」だったと思います。それを大きなスケールで展開するため、変わる必要があるのかもしれないと思います。

あのヒスパニック女子高生たちが働き始める頃には、何かが変わっている、いえ、私たちが変えられているのでしょうか。全ての性別用のトイレ、ママ用の駐車スペース、在宅勤務。始めは小さな一歩からでも…と思うと、意外に難しいことではないのかもしれません(簡単に考えすぎでしょうか?)。