「思いつく」を考える~のぞいてみよう、アイデアの裏側No.2
火花が出るような、出会いをつくる
2018/02/21
優れたアイデアに至るまでの思考の過程を、独自に分類した9つのテーマごとに迫り、「思いつく」の正体を暴くことにチャレンジする本連載。2回目の今回は、「くっつけてみた」というテーマを考察する。
2017年のゴールデンウイーク。大阪の実家に帰省すると、母が新聞広告を見ながら、「おもろいな〜。どうやったらこんなん思いつくんやろう」と言っていた。何かとのぞくと、『うんこ漢字ドリル』の新聞広告。漢字を勉強する世代の子も孫もいない母が、広告に載っている例文を見て、今にも買ってきそうだったことは、ちょっとした衝撃だった。
「うんこ」を用いた例文で、漢字を勉強する。
『うんこ漢字ドリル』は、このとても強い「企画」によってできている。
しかし、この本の企画は、出版業界のプロにしかできない企画ではない。
誰にでも思いつけた、とは言わない。
後述する、開発チームの熱量と完成に至るまでの苦労は並大抵のものではない。
でも、誰にでも思いつける「可能性」はあった企画だと思う。
普段考えている広告の「企画」と、どこか似ていると思ったのだ
広告の企画を考えている力で、もしかしたらベストセラーをつくれたかもしれない。
そんな、広義のクリエーティビティーの可能性を感じた。
広告の企画、なんて言ってしまう自分の視野の狭さを感じた。
考え始めていた企画展(アドミュージアム東京で開催中の「『思いつく』を考える展」2月24日まで。)のテーマを「思いつく」という言葉に、そして、この本を目玉の事例のひとつにしようと決めた出来事であった。
(早い話が、『うんこ漢字ドリル』の企画に嫉妬したのです)。
テーマ その1:「くっつけてみた」
距離が遠い二つのものをくっつけることで、思いつく手法。
「しくじり先生」や「ライスバーガー」。距離の遠いものをくっつけることで、これまで数多くの商品や企画が生まれてきた。そんな「くっつけてみた」界に、2017年超新星が現れる。『うんこ漢字ドリル』である。
「うんこ」と「漢字ドリル」をくっつけた、まったく新しい漢字ドリル。17年3月に発売されると、全てに「うんこ」を使用している3018の例文が面白すぎると話題になり、17年12月現在で270万部を超える大ヒットを記録している。
今回、このベストセラードリルを思いついた開発チームの、文響社社長・山本周嗣さん、全ての例文制作者で映像ディレクターの古屋雄作さん、表紙はもちろん中身も全て1人でデザインを行った文響社アートディレクター小寺練さんの3人に、「思いつく」までの軌跡を改めて考えてもらった。着想から完成まで、三つの「くっつけてみた」で整理してみる。
おもしろ視点で、くっつけてみた
− うんこが プカプカ 浮いてます
− うんこが ゴトゴト 走ります
大人になると、小学生の時とは違って、「うんこ」と聞いただけでは、笑わなくなってしまう。そんなギャップに目をつけた古屋さんは、大人でも笑える「うんこ」を目指して、「うんこ」+「オノマトペ」を使った定型詩を「うんこ川柳」と名付け、03年から400もの作品を発表。周囲の反応は上々だったため、書籍化を目指して出版社に企画を持ち込むも、うまくいかない日々が続いていた。
ビジネス視点で、くっつけてみた
中学からの友人である古屋さんの「うんこ川柳」のアイデアに魅了された山本社長は、「うんこ川柳」の自社での出版を古屋さんに約束。しかし、より現実的に書籍化について考えていくと、「ただ単に川柳を紹介する本だったら、いったい誰が何のために買うんだろう」とビジネス的な不安が生じ始める。
そもそも文響社は、老舗の出版社ではなく、自己啓発の分野にエンターテインメント要素を入れられないかという理念で10年に山本氏が設立したベンチャー。その理念の延長線上として、次にチャレンジしたかったのが「教育+エンターテインメント」だった。そんな課題感を持ちながら、数々の名作うんこ川柳を眺め、このうんこ川柳で教育ジャンルに挑戦するなら…と考えていたら「漢字」が思いついた。
「漢字なら覚えるものも決まっているし、学習書をつくったことがない文響社にもできるのではないか。試しに、古屋さんに1年生と6年生の例文をお願いした。で、見た例文が、いきなり面白かった」。こうして、うんこ川柳+教育、の考え方から、『うんこ漢字ドリル』プロジェクトがスタートした。
日本一楽しい漢字ドリル。『うんこ漢字ドリル』の表紙の一番上にがそう書かれている。爆笑できる教科書をつくりたいというコンセプトは、開発当初から発売までぶれることはなく、迷うたびにここに戻ってきた。
デザイン視点で、くっつけてみた
例文のおもしろさに負けないインパクトをデザインでもつくる。デザイナーの小寺さんは、そのために本の形や、表紙の色を徹底的にこだわり、通常ではあり得ない量の試作品を作成していく。
こだわりは表紙だけではない。書店に並んでいる学習参考書を研究すると、表紙はきちんとデザインされているのに、肝心の中のページのデザインで引かれるものが少なかった。例文のおもしろさを立たせながら、学習しやすいページのデザインにも試行錯誤を怠らなかった。
さらに、ドリルの中で学習のアドバイスをしてくれるキャラクター「うんこ先生」の開発にも苦心。何度も書き直して、誰からも愛されるデザインに定着させた。
チームワークと圧倒的熱量の勝利
企画展に際して、「思いつく」ということを掘り下げていけばいくほど、優れたアイデアは「思考の普遍性」と「特異な熱量」の狭間に存在しているということに気づかされた。
「くっつけてみた」を使った広告事例なんて、電通報の読者の皆さんならあっという間に10個くらい頭に浮かぶだろう。
ジェームズ・W・ヤングが「アイデアは既存要素の新しい組み合わせ」とも言っているが、ベースにある思考はそれほど普遍的なのだ。でも、誰も『うんこ漢字ドリル』をつくらなかった。
「うんこ」のことを10年以上考え続けた古屋さんの偏愛と執念。
教育にエンタメを入れられないかとずっと考えていた山本社長のビジネス的視点。
使いやすくてワクワクするドリルをつくろうと努力を惜しまなかった小寺さんのデザイン力。
そんな特異な開発メンバーの圧倒的熱量とチームワークがあったから、『うんこ漢字ドリル』は生まれたのである。
>> 次回(第3回)は、テーマその2「かくしてみた」を紹介します。
アドミュージアムの展示にもある江戸の広告事例を基に、江戸の「くっつけてみた」の事例をお届けする。
歌舞伎は広告劇?!
歌舞伎で吉原遊郭と商品をくっつけた!
「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」は劇中に実在の商品名が次々登場する宣伝広告満載の歌舞伎である。新吉原の妓楼「三浦屋」を舞台に山川白酒、福山うどん、妙薬・袖の梅などをタイアップ。今日でいうプロダクトプレースメントだ。
この「助六劇」は主人公「助六」と恋人の遊女「揚巻」を中心にした仇討物の芝居。舞台は実在した新吉原の妓楼「三浦屋」。
芝居全体が吉原の広告となっている。ヒロイン揚巻の登場シーンでは酔い覚ましの薬「袖の梅」を飲みながら花道を練り歩く。助六の兄役は山川白酒売り、奇抜な奴さんは朝顔煎餅、出前持ちは福山うどんなど、次々と実在する商品名が登場。「助六」の大人気に乗じてこれらの商品にも大いに客が集まった。
この時代の歌舞伎は遊郭・吉原に並び2大悪所といわれたが、流行の発信源でもあった。大衆娯楽として人気絶大、江戸の花形娯楽である。庶民にとって歌舞伎役者たちはスーパースター、その衣装やセリフから流行が生まれた。
日本橋界隈には中村座、市村座などの大きな芝居小屋が並び、早朝から日の暮れるまで芝居を楽しんだ。人気の演目や役者たちの錦絵は絵草子屋などで売られ、町娘から江戸城の大奥にまでもてはやされる大衆アートであった。また錦絵は江戸名物として旅人や武士・大名たちの土産ものとしても全国に広まっていく。
メディアである歌舞伎で企業タイアップ
しかし歌舞伎の演目の全てに広告があったわけではない。
二代目市川団十郎(1688-1758)の創作自演したいくつかが広告劇として顕著な事例となる。松宮三郎著『歌舞伎と広告』によると団十郎が最初に広告として創作したのは呉服商を題材とした「寿の字越後屋」(1715年)。
2番手は「外郎売り」(1718年)は小田原・虎屋の漢方薬「ういろう」の薬売りの芝居。団十郎の流暢で雄弁な長ぜりふは観客を魅了し大評判となる。のちの時代に「助六」と並び市川家の歌舞伎十八番の一つとなった。
二代目団十郎は初代の父を早く亡くしたこともあり、市川家の芸を確立し権威化することに熱心であった。そのブランド戦略の一つはメディアを活用したことである。
歌舞伎そのものが影響力のあるメディアといえたが、劇中に企業タイアップという発想を取り入れたり、「外郎売り」などのセリフ本を出版したり、さらにスポンサーが団体客を招待するなど劇場側にとっても収益アップにつながった。
やがて「助六」公演時には吉原や魚河岸が小道具や贈り物をするという、役者とひいきとの新しい関係づくりにもなった。
このように千両役者・団十郎人気はメディアを巧みに動かし、その地位もゆるぎないものになっていくのである。
江戸期からの広告の歴史展示と広告・マーケティングの専門ライブラリーを備えた、世界に類のない広告専門ミュージアム。
総合的にメディアを網羅した広告の歴史資料30万点、専門図書は約27,000冊を所蔵。ライブラリーでは書籍と広告作品のデジタルアーカイブも検索・閲覧出来ます。このミュージアムは広告の社会性や文化的価値を学ぶ場であり、人の心を動かすアイデアの宝庫。 “広告はやっぱり面白い”と実感してください。
アドミュージアム東京へ、ようこそ。