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世界を変えた6つの「気晴らし」の物語

DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~ №75

  • 廣田 周作

2018/02/23

世界を変えた6つの「気晴らし」の物語

未来を知りたくない人なんていますか?

昨今、経済ニュースをよくよく読んでいると、AIやブロックチェーンなどの新しい技術がもたらす未来社会へのインパクトを論じた記事や、超少子高齢化社会の到来を目前にして、日本(企業)はイノベーションを起こし、高い生産性を早急に実現すべし、という論考などがあふれています。

そして、多くの論者が「未来をシミュレーションし、課題と機会を知り、来るべき変化の時代に今から備えておきましょう」と主張しています。

おそらく、今、よっぽど能天気な人でもない限り、(それが、悲観的なものか楽観的なものかは分かりませんが)私たちの「未来」はどうなるのか、ということに関心のない人はいないでしょう。

あらゆる分野において、変化のスピードが加速度的に上がっている現在、少しでも、今からわかる「未来」があるなら、なるべく早く知っておきたい、と思うのは、人情でもあり、競争が激化している各企業の経営者にとっては、大きな問題でしょう。

ある意味、私たちは現在、「未来中毒」と言ってもいいくらい、未来へ執着しているのかもしれません。

実際、グローバル規模でイノベーション事例を集め、新しいアイデアのリサーチをしている私たちのところにも、多くのクライアントから、「未来」はどうなるかを教えてほしい、一緒に「未来」を描き、戦略を立てるのを手伝ってほしい、という相談を多く頂きます。

DMC_75

計算できる未来はほんの一部にすぎない

しかし、ここでちょっと冷静になってみてください。

そもそも未来は、そんなに簡単に描けて、その上、イノベーションはそんなに簡単に設計できるものなんでしょうか?人々のニーズがこれからどのようになっていくのか、なんてそんなに単純に描けるのでしょうか?

多くの企業は、中長期的な経営戦略を立てたり、研究開発の計画を立てたりしていますが、そんなにうまく未来の社会や経済をシュミレーションできるものなのでしょうか。そして、それは創造的な未来なのでしょうか。

もちろん、可能な限りの努力をして、なるべく正確な計画を立てることは重要です。それをしなければ、近代的な経営は成り立ちません。「これから高齢者が増える」なんてことは、シミュレーションから明らかではあります。しかし、私は、全ての未来が、「現在の延長線上」にあるものだとも思えません。むしろ、半分以上は、予測不可能なシナリオになるのではないかと思うのです。

というのも、人間は、いい意味で、行き当たりばったりの「偶然」の出会いから「思いつく」ことがある生き物だからです。そして、人間は、「偶然に思いつくこと」を、あらかじめ、「計画」することはできません。「この企業は2年後にバイオテクノロジーの分野で画期的な発見をするだろう」なんて予測ができたら大変です。ノーベル賞を受賞するような素晴らしい科学者は、その計算能力や処理能力以上に「まだ誰も気付いていないことを発見したこと」が評価されているように思います。研究者としての、血のにじむような努力があるとは思うのですが、その努力の先に「偶然」思いつけたこと、ある種の奇跡的な発見があったからこそ、評価されているように思うのです。努力をしている研究者は非常に多い中で、その中でも偶然の力が味方した人のみが、歴史に名を残しているように思うのです。そして、そんな偶然の発見が、「今」とは不連続な世界を開くものだからこそ、素晴らしいのです。

すなわち、未来とは、半分は、偶然に思いつかれたものから生まれてくるものだと思うのです。いわば、計算できる未来なんて、人間の可能性の半分、つまり、人間の創造性を信じていない未来だ、とも言えないでしょうか。

考えてみてください。ほんの数年前は、ブロックチェーンなんて言葉や、Eスポーツなんて言葉は、一部の専門家や、コアなファン以外は知りませんでしたよね?

しかし、偶然生まれた優れたアイデアが、大きく世の中を変えることがあります。当たり前ですが、現状分かっているデータをいくら集めて、計算しようとも、そうは簡単に描けないのが「未来」の面白いところであり、難しいところでもあるのです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回紹介するこの『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』(朝日新聞出版)は、まさに、過去の人々が、意図せず、偶然にやっていたこと、さらにいえば、「経済的な意味など考えていなかったこと」こそが、後世の人たちによって、偶然に「意味」を見いだされて、社会的、経済的、文化的イノベーションにつながった、という事例を集め、歴史の物語として描いています。

私たちは、未来を考える時、ついつい、生真面目な研究の先に何かを思いつくと思ってしまいがちですが、歴史をひもとくと、意外や意外、今、革新的な技術として世の中に意味を持って、普及しているものも、元をたどれば、ある人が「気晴らし」や「趣味」でやっていたこと、いわば「無意味なもの」が案外多いぞ、ということがわかるのです。

コンピューティングの起源には、おもちゃの楽器があった

例えば、コンピューティングはどのようにして生まれたのでしょうか?本書によれば、9世紀に生きた、イスラムの玩具設計者バーヌ・ムーサ兄弟による「ひとりでに鳴る楽器」までさかのぼれるといいます。

バーヌ・ムーサの装置には、それまでどの楽器設計者も実現したことのない、きわめて重要な特徴がひとつあった。そのオルガンの音を鳴らすのは、鍵盤上の人間の指ではない。そうではなく、ピン付きシリンダーと呼ばれるようになったものー兄弟間での呼び方では小さな「歯」が表面に不規則に配された樽ーだった。樽が回転すると、その歯が一連のレバーを作動させ、それがオルガンにパイプを開いたり閉じたりする。(中略)本物の音楽家が奏でる音を、黒いロウで覆われた回転ドラムに記録することによって、メロディーをシリンダー上にコード化できることも、兄弟は説明している。(P105-106)

著者によれば、コンピューターの元は、プログラムできる楽器のおもちゃだったのだというのです。その偶然の発見が、のちに音楽のパターンを、「模様」に応用できると考えた人につながり、さらに着色の領域でも応用可能であるとアイデアに飛び火し、産業革命期における、機織り機の発明につながります。そして、ついには計算機に応用されて、コンピューターへと行き着いた、というプロセスが紹介されていきます。あたかも、合目的的に生まれたように思えるコンピューターも、元は、遊びや、祈りのための「楽器」だったというわけです。

本書では、他にも現代のショッピングモールは、古代から中世にかけてティリアンパープルという特殊な紫色に染色された衣服を求めた上流階級たちのファッションの流行から生まれている、ということまでさかのぼって、偶然のつながりをひもといたり、18世紀、ライプツィヒの怪しげな霊媒師の見世物が、3D映画につながるスリリングな過程を紹介したりしています。

時には気晴らしも大事ですね

本書では、「もともとは、そういうつもりではやっていなかったもの」「ただの遊びで、経済活動とは無縁だったもの」たちが、数奇な運命をたどり、世界を変えるイノベーションにつながったという話が描かれています。

もしかすると、今は大人たちが眉をひそめてしまうような子どもの遊びも、100年後には、世の中をあっと驚かすようなイノベーションにつながっているのかもしれません。

さて、ここまでくれば、私の言いたいことはもう伝わったと思います。未来を考えるには、時には「気晴らし」をすることや、「偶然」の力も利用することが大事なんですよね。未来の計画に疲れたら、旅に出てみたり、過去の文化に学んでみること、お金のことなんて忘れて遊んでみるのも、とても大事なことなのかもしれません。それも立派なイノベーションへの近道なのですから。

電通モダンコミュニケーションラボ

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