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ベンチャーが未来を創るNo.4

全自動で国際分散投資。新しいマネーサービスの「信頼」の生み方

2018/03/07

ユーザーから預かった資産をコンピューターが自動で運用する「ロボアドバイザー」(ロボアド)。金融庁が「貯蓄から資産形成へ」という方向性を掲げ、iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(小額投資非課税制度)といった新制度で個人の資産形成を積極的に後押しする中、注目を集めるサービス分野です。そしてこの領域で急成長を遂げているのが「WealthNavi」です。

こうした新しい金融サービスは、生活者からの信頼を得るまでに大きなハードルがあるもの。前例のない事業で“新しい信頼”を築くにはどうすべきなのか。テクノロジー系を中心に新たなビジネスの開発や企業の新事業支援に取り組む電通CDCの中嶋文彦氏が、ウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久氏にインタビューしました。

ウェルスナビCEOの柴山和久氏(左)と、電通の中嶋文彦氏
ウェルスナビCEOの柴山和久氏(左)と、電通の中嶋文彦氏

成長の「スピード」と「信頼獲得」を両立させるためにしたこと

中嶋:私は電通CDCでFuture Business Tech Teamというものを率いていまして、「すこし先の未来をつくる」をテーマに、スタートアップの発掘、投資、共同事業など、新産業をつくる活動に多数関わっています。ウェブ電通報でも、新産業を中心に多くの企業や投資家に話を伺ってきました。今回は「新産業を成長させる上での信用、信頼の構築」について、ぜひ柴山さんの話を伺いたいと思います。

柴山:信用、信頼の構築は非常に重要なテーマですね。もちろん私たちも大事にしてきているところですし、逆に私の方からも話を伺いたいです。

中嶋:さて、新しいサービスが次々と登場するフィンテックの世界でも、特に成長著しいのがロボアドです。金融アルゴリズムに基づき、目標金額やリスク許容度に合わせて全自動で資産運用してくれるというものですよね。「WealthNavi」は、2016年7月にサービスをリリースし、17年9月末時点で国内ロボアドの最大手(※)となっています。

※日本投資顧問業協会から。預かり資産額1位・利用者数1位

 

柴山:ありがとうございます。ただ、私たちとしては「WealthNavi」や「ロボアドバイザー」をもっと多くの方に認知していただきたいと考えています。あるオンライン調査では、ロボアドバイザーの認知度は2割ほどという結果が出ています。それでも、預かり資産は16年末の約10億円から、17年末には500億円弱まで成長しました。「認知ゼロから広げていく」という、新しいサービスの一番難しいフェーズは乗り越えつつあると感じています。

中嶋:今回お話ししたいのは、まさにその「認知ゼロからのサービスの広げ方」についてです。私は電通でスタートアップの支援や、大手企業の新規事業開発をサポートしていますが、やはり新しいサービスは世に認知されるまでのハードルが高いです。また、スタートアップの場合、成長スピードはもちろん大事なのですが、新しいサービス、しかもお金に関するサービスではユーザーからの信頼獲得が重要ですよね。この「成長スピード」と「信頼獲得」は、ある意味で相反するものだと思うのですが、どうやってこの課題に取り組まれたのでしょうか。

柴山:一つ言えるのは、あらゆる面において「無理をしないこと」です。サービスの急成長を目指しつつも、一方で「無理をしないこと」をいかに徹底できるか。「WealthNavi」は、立ち上げから決して無理をせず、地道な試行錯誤の積み重ねをしてきました。

中嶋:どんなところにそれが表れているでしょうか。
 
柴山:まず「WealthNavi」のサービスの土台となっているテクノロジーや投資理論は、以前からあったオーソドックスなもの、いわゆる「枯れた技術」がほとんどです。これらを組み合わせると最先端のサービスになるのですが、一つ一つの要素ではあえて最先端のものを避けてきました。

ロボアドバイザーの分野で筆頭のサービスとなっている「WealthNavi」
ロボアドバイザーの分野で筆頭のサービスとなっている「WealthNavi」。 https://www.wealthnavi.com/

中嶋:安定性があって、すでにマーケットでの有用性も実証されている技術を組み合わせたのが「WealthNavi」だと。十分実績のある技術だけでつくることが、「無理をしない」サービスの開発につながっているわけですね。

柴山:そしてもう一つ、ユーザーからの信頼獲得につながったのが「最低投資金額」(ユーザーがロボアドサービスを利用するために預ける資産の最低ライン)の設定です。サービス開始時、「WealthNavi」ではこの最低投資金額を「100万円」に設定しました。

中嶋:最低100万円というのは、当時、他のロボアドサービスに比べてかなり高めの設定でしたよね。

柴山:そうですね。でも、それがよかったと思います。「最低100万円」にしたことで、初期は投資初心者の利用が少なく、投資経験者がユーザーの9割を占めました。すると、サービスに対するユーザーの要求が自然と高いものになるので、それに応えるうちにサービスクオリティーがどんどん上がる。

サービス開始後の半年間でシステムの安定化、口座開設の仕組みの改善、積み立てサービスの導入を進め、ユーザーに十分支持されるクオリティーになったところで、初めて最低投資金額を下げ始め、投資初心者にもアピールしていきました。

中嶋:まず先行ユーザーの要望を聞きながらプロダクトを磨き、高まる信頼性と歩を合わせるようにサービスを広げていったと。

柴山:はい。リリースから半年後には最低額30万円、その後さらに10万円と徐々に下げていきました。今は“おつり”を「WealthNavi」での投資に回すサービス「マメタス」との連携により、最低投資金額は1万円になっています。サービスの質を着実に上げながら、少しずつ信頼を醸成し、ユーザーのすそ野を広げていきました。

中嶋:「使うテクノロジー」と「サービス拡張」の両面において、まさに「無理」をしなかったわけですね。

柴山:そして同じように今現在も少しずつ取り組んでいることがありますが、今度はそれが次の成長ステージに花開くのだろうなと思っています。その繰り返しで、無理なく成長していければと思います。

スピード感の源泉となるチーム体制、キーワードは「日本のものづくり」

中嶋:一方で注目したいのは、「WealthNavi」の成長のスピード感です。16年7月にサービスを開始し、17年末時点で預かり資産額が500億円弱に至ったという、これは想定通りでしたか?

柴山:結果的には、事業計画通りでした。ただし、あくまでも「結果的には」です。最初に決めた計画通りに無理に進めるのではなく、丁寧に試行錯誤を繰り返すことが大切ですから。

やってみてうまくいくなら進める。うまくいかなければやめる。一つ一つのアクションに対し結果を見ながら、その都度、進めるかやめるかを判断していきました。この方法でもスピード感を出すため、いかに個々の判断を速くできるかをポイントとしていました。

中嶋:判断の速さを生む源泉はどこにあるのでしょうか。

柴山:どれだけ現場で判断できるか、だと考えています。とはいえ、「WealthNavi」のようにある程度複雑なサービスでは現場の一チームだけで判断できることはほとんどないので、チーム同士の横の連携が重要になります。

新しいサービスや機能をつくるとき、プロダクトチーム主導でマーケティングチームが協力する場合もあれば、マーケティングチームが立てたプランに合わせてプロダクトチームが開発にあたる場合もあります。当社では、プロダクトチームのエンジニアもマーケティングチームなどのいわゆる非エンジニアも一体となって動いています。

中嶋:まさに、そこに悩んでいる企業は多いですよね。よくあるのは、エンジニア部門だけ動いてマーケティング部門が追いつかないとか、現場で判断できないとか。その点、ウェルスナビはなぜ現場での判断や横の連携が実現できているのでしょうか。

柴山:横の連携については、詳細は企業秘密ですが(笑)。現場での判断ということでいうと、例えばトヨタがある時期アメリカに進出して、やがてトップを取りましたよね。一般ユーザーから見ると大きな差別化が難しいはずの自動車産業で突出できたのは、燃費、品質、値段など全てにおいて少しずつ優位性があったからで、その背景にはさまざまな改善の判断を現場でできるトヨタの体制があると思っています。

現場における改善の判断の積み重ねが、結果的にプロダクト全体のクオリティーを高める。ウェルスナビも、そうありたいと考えているんです。

中嶋:さまざまな試行錯誤をしていく中で、部門間が連携しながら素早く改善の判断を行い、それを積み重ねていく。そういったチームとしての姿勢を追求しているということですね。

柴山:現場が速く判断できる、横の連携ができるのは、日本のものづくりの強みだったと思います。私たちは製造業ではありませんが、金融サービスにおけるものづくりの担い手としてそれを実現したいんです。フィンテックというと「黒船」のイメージで語られがちですが、テクノロジーや開発体制という意味では、ウェルスナビは新しさというよりは、むしろ伝統的な日本の良さを目指している面もあります(笑)。

中嶋:面白いですね。枯れた技術を使ったり、日本伝統のものづくりの仕組みを金融サービスにフィットさせたりすることが、成長スピードを維持しつつ信頼を生む裏付けになっているんですね。

ウェルスナビの柴山和久CEO
ウェルスナビの柴山和久CEO

実証された理論を組み合わせることで日本人のインフラになりたい

柴山:決して新しいものを使うわけではないというのは、資産運用の考え方においても同様です。私たちは、海外の富裕層も行っているような着実で伝統的な資産運用を、テクノロジーを利用して誰でも気軽にできるようにしたい。だから、誰もやっていないような新しいことをするわけではないのです。

中嶋:海外、特にアメリカでは、個人の資産運用がとても一般的ですからね。あくまでもその投資文化を日本に定着させるのが目的であって、けっして新たに何かをつくり出すのではないと。

柴山:はい。「WealthNavi」による資産運用も、私たちが独自に編み出した投資理論などは使っていません。ノーベル賞を受賞した、信頼できる理論に基づいています。高度で信頼できる理論だからこそ、誰でも安心して手軽に国際分散投資ができるようになる。ゆくゆくは「WealthNavi」をインフラと呼ばれるようなサービスにしたいんです。

中嶋:なるほど、インフラは、まさに検証されて、制度的にも安定しているものでなければならない。ウェルスナビの考え方との相関性が見えてきますね。

柴山:例えば郵便や新幹線、海外旅行なども、かつては特別だったものが、今は誰でも手が届く。私たちが目指すのもそういったサービスで、「WealthNavi」での資産運用を誰にとっても当たり前のものにしていきたいんですね。また、ユーザー視点で考えてみると、資産運用だけでなく他のサービスと一体化して使いたいというニーズがありますから、パートナー企業との提携による新しいサービス開発にもより力を入れていきたいです。

中嶋:現時点ではどんなことが実現できていますか。

柴山:例えば、先日リリースしたワンステップ入金機能「マメタス即時振替」では、「WealthNavi」への入金のたびに必要だったインターネットバンキングへの遷移とログイン認証なしに、「マメタス」のアプリ上で運用資金の入金が完了します。

こうした取り組みでユーザーの利便性も高まるし、金融機関などパートナー企業からすれば私たちのようなサービス事業者と一緒に新しいプラットフォームをつくっていくことができると。各銀行のプラットフォーム上に送金や融資などいろんなサービスが存在していて、その中の「資産運用」の仕組みとして「WealthNavi」や「マメタス」をより手軽にご利用いただく形にしていけると思います。

中嶋:そうなると日本の金融全体の形が大きく変わりそうですね。ちなみに、「WealthNavi」にとって広い意味での競合相手はありますか?他のロボアドサービスに限らず、「お金を増やす選択肢」という広い視点では、CtoCのフリーマーケットアプリが人気を集めていますし、クラウドファンディングなど新しいサービスも増えています。

柴山:いいえ、「WealthNavi」での資産運用はあくまでも長期のものですから、短期的にお金を増やすサービスとはバッティングしません。あえて競合相手を挙げるならそれは「預金」でしょう。日本は、金融資産における預金の割合が51%と、先進国でもずば抜けて高くなっています。

中嶋:日本の場合、資産運用は怖いし、「とりあえず預金にしておく」という人はまだまだ多いでしょうね。その日本人のメンタリティー自体が競合相手ということですか。

柴山:そう思います。若い世代では将来の年金への不安などから、「預金だけでは安心できない」との意識をお持ちの方もいらっしゃいますが、資産運用の方法が分からない。そうしたお悩みをお持ちの方を私たちがどうサポートできるかという点が、まさに挑戦だと思います。

私たちの最終的なミッションは、働く世代が豊かさを実感できる社会を築くことです。しっかり働けばちゃんと豊かになれる社会、そのためにも資産運用のハードルを下げたいと思っています。

中嶋:今や終身雇用で安心ということはなく、国や企業からも確定拠出年金や副業が推奨されるなど、もう誰にも先行きが分からない時代ですから、「個人の資産形成のサポート」というのは取り組みがいのある領域だと思います。そして若い世代に限りませんが、資産運用に対する恐怖を取り除くには、投資における小さな成功体験が重要ではないかと私は思っています。それが積み重なることで、日本人の資産運用に対する意識も変わるのではないでしょうか。

柴山:まさにおっしゃる通りで、成功体験こそが普及の鍵だと考えています。投資は預金と違って元本保証されないですから、一度でも資産がマイナスになると「失敗した」「やはり投資は怖い」と思って離脱する人が多いんですね。でも、過去の金融危機を振り返れば、その後きちんと世界経済は回復し、成長を続けています。リーマンショックの際も、資産運用をやめずにじっとしていた人は乗り越えて資産を増やすことができたわけです。

ウェルスナビで行うような「長期・積み立て・分散」の資産運用では、一時的に元本割れになっても続けられるかどうかが大きな分かれ目で、ユーザーに「一度マイナスになったが回復した」という成功体験を持ってもらい、それを職場や家族など、周りの人と少しずつ共有してもらうことが大事ですね。

電通の中嶋文彦氏
電通の中嶋文彦氏

資産運用への理解を深めるコミュニケーション戦略とは?

中嶋:柴山さんとしては、日本人に資産運用が定着するまで、およそ何年ぐらいというイメージを持っていますか?

柴山:過去を見ると金融危機と呼ばれる状況が、4~5年に一度ほどのペースで起こるので、それをもう2、3回乗り越えた頃でしょうか。一朝一夕にサービスが広がるというよりは、いま「WealthNavi」をお使いいただいているユーザーが成功体験を重ねるうちに徐々に広まっていくというのが現実的なイメージです。

中嶋:私たちの業界でいうと、インターネットを使ったリサーチやマーケティングというのも最初は信用されておらず、やはり10年ぐらいかかって定着した印象があります。資産運用も、着実に理解が進んでいくことを期待します。最後に、広告などのコミュニケーション戦略についてはどう考えておられますか?

柴山:これまでは意識的に広告宣伝費を抑えていました。やはり無理をしないことが大事なので、リリース初期は認知度を上げることよりも、サービス自体を接点として着実に既存ユーザーの信頼を得たかったのです。とはいえ、最低預かり資産額を下げた現在のフェーズでは、新規ユーザー獲得のためにコミュニケーション戦略もより重要になると考えています。

中嶋:新しいサービスでは、コミュニケーションを工夫しないと生活者にサービスの本質が伝わらない上に、さらに投資や運用といった分野は広告上の規制も細かいので、表現の幅がかなり制限されますよね。クリエーティブにも細かい配慮が必要になってくると思います。

柴山:なるほど。私たちはやっぱり誤解を生まないように、きちんと「どういうサービスなのか」についての理解を醸成できるような、丁寧なコミュニケーションを行っていきたいですね。

中嶋:とはいえ、未知のサービスを最初から細かく説明すれば、受け手に取っては重いです。逆に密度の低いコミュニケーションでは信頼が醸成されません。私たちはずっと「伝え方」を考えてきていますから、フィンテック系に限らず新しいサービスの本質を生活者に端的な言葉で伝えたり、着実な信頼醸成をサポートしていければと思っています。

柴山:確かに、知らない人に誤解なくこのサービスの概要を伝えるのは難しいですよね。そのうちいろいろご相談させてもらうかもしれません(笑)。

中嶋:まさに新しいビジネスの本質を多くの人に伝えるためのサービスとして「電通TANTEKI(タンテキ)」というものも手掛けておりまして、私たちにとっても取り組みがいのあるテーマです。本日はどうもありがとうございました!