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【FinTechの本質】現金のない世界を目指す
2017/06/02
決裁・金融領域のコンサルティングから貯金アプリの開発まで、さまざまな事業を展開するインフキュリオン・グループ。その代表であり、FinTech協会の代表理事も務める丸山弘毅氏は、「世の中から現金をなくしたい。そうすればもっと人々の生活は幸せになる」と語ります。その真意はどこにあるのでしょうか。電通の奥谷智也氏が話を聞きました。
「現金ゼロ」が生活を楽しくする理由とは
奥谷:丸山さんは2006年にインフキュリオンを立ち上げ、今ではグループ会社4社で事業を展開されていますね。
丸山:はい。起業した大きな理由は「現金でのやりとりをなくしたい」と。現金は煩わしいですし、使う人にとって面倒だと思うので。そのために、決済分野で新規事業をどんどんやろうと決めました。枠組みを決めず、とにかくサービスを生んでいく。こんな背景もあって、社名を「インフィニット(無限)+キュリオシティー(好奇心)」の造語にしたんです。舌をかみそうな名前ですけどね(笑)。
奥谷:「現金をなくす」というのは興味深いですね。
丸山:多くの人は「現金は手触りがあって安心」だとおっしゃいます。ただし過去を見ても、高速道路のETCや電車のICカードを経験したら、誰も昔には戻りませんよね。支払いなどは、やはりシンプルで自動の方がいいわけで、そのゴールとして現金ゼロを目指したいんです。
奥谷:そうすれば生活は変わっていくと。
丸山:数字の部分はどんどんテクノロジーの作業にして、その裏のワクワクや楽しさだけにフォーカスすればいい。その方がきっと幸せだと思うんです。
奥谷:そういう思いがあるのですね。ちなみに、現金がなくなる世界はいつ実現すると思いますか。
丸山:例えば中国は電子決済率が急激に増えたり、スウェーデンやデンマークも現金を置かない銀行が増えたりしています。その流れからしても、意外に早いのではないでしょうか。2025年には、全てといわずとも、相当景色は変わっているはずです。
奥谷:最初に人が思う怖いイメージや不安を超えてしまえば、一気ですよね。もう一つ聞きたいのは、もし現金が実際になくなったら、次はどんなビジネスが生まれるでしょうか。
丸山:やはりデータをどう使うかですね。現金がなくなれば膨大な消費データが集まります。消費者はデータが取られるのを不安に感じますが、きちんと情報管理した上でデータを生かせば、それは新たなサービスを次々に生み出し、それがまたデータを作るでしょう。このサイクルができれば、新規サービスの立ち上げは早まり、もっとイノベーションの盛んな社会になるのではないでしょうか。
起業直後のリーマンショックが生んだビジネスモデル
奥谷:では、グループ各社でどんな事業を行われているか、一つずつ教えてください。
丸山:一つ目は、企業に対して決済や金融関連のコンサルティング、新規事業の立ち上げ支援をする「インフキュリオン」です。
決済領域だけでなく、CtoCマーケットプレースの企画立ち上げや、電子決済でたまった売上データを使った仕入れ提案など、企業に対して幅広く支援します。法人向けの融資ビジネスやポイント交換、仮想通貨の導入も行います。
奥谷:どのような企業のコンサルティングが多いのでしょうか。
丸山:大企業とのハンズオンが多いですね。世の中のイノベーションや新しいプロダクトは、ベンチャー企業が作るイメージに寄りがちですが、大企業なら利用者も安心ですし、広がり方も早いですよね。
奥谷:おっしゃる通り、大企業のアセットを活用した方がスケールする速度が大きくなりますよね。
丸山:2006年に起業したのですが、直後にリーマンショックであらゆるビジネスのネタが消し飛びました。それならば、単独ではなく「大企業と一緒に新規事業を作ろう」と考えたんです。「世の中を変革したい」というゴールを目指すとき、自分たちだけで完結する必要はありません。ただし、やる以上は提案で終わるコンサルではなく、「必ず事業化する」という魂でやっています。結果的にそれが一つの特徴となって、評価していただけたと思っています。
奥谷:コンサルティングだけでなく、アイデアを持ってエグゼキューションまでやり切る、というのは我々も大切にしています。
競争激しい決済の市場で、生き抜くための「強み」
丸山:新規事業は当然リスクがあるため、大企業が実施に踏み切らないケースもあります。ならば、われわれが先にサービスを作ってしまおうと、2010年に二つめの会社「リンク・プロセシング」を立ち上げました。先にこちらでプロダクトや事例を作って、企業に後乗りしていただく。その形で、現在はNTTドコモなどと事業提携しています。
奥谷:企業にとって新規事業は不確実性が高いので、プロダクトを先に作ってしまうのは極めて分かりやすいですね。実際にどんな事業をされているのでしょうか。
丸山:電子決済のインフラを広めるため、各種決済の端末や機能を提供しています。スマホやタブレットでクレジットカード決済を行ったり、POSレジとの連動機能を提供したりという形です。
奥谷:電子決済の領域では、今まさにたくさんのプレーヤーが出ていますが、その中での強みは何でしょうか。
丸山:提供する端末ラインアップや接続先の豊富さです。決済手段は常に進化していますが、誰もが最先端の手段を使うわけではありません。クレジット決済もあればQRコード決済もありますし、片や現金にこだわる人もいます。店舗としての理想は、その全てを安い端末でワンストップに対応できること。この点で、当社の多岐にわたるラインアップは強みと思います。
奥谷:最先端だけではない、というのはすばらしい視点ですね。
丸山:もう一つ差別化でいえば、キャッシュカードを使ってスマホなどから口座振替ができるサービス「ペイジ―」も特徴です。クレジット決済は普及していますが、口座で引き落としというと、途端に紙へ記入してハンコを押す…となりがちです。決済サービスを展開する企業の中でも、ペイジーに対応しているところはほとんどないのではないでしょうか。
決済ではなく、なぜ「貯金アプリ」を開発したのか
奥谷:さらにグループ内には、「カード・ウェーブ」と「ネストエッグ」という二つの会社がありますね。
丸山:カード・ウェーブは2014年に他社から譲り受けたもので、フィンテックや電子決済を知ってもらうための調査・発信を行っています。ネストエッグは貯金や節約サービスの会社で、昨年12月に自動貯金アプリ「finbee」をリリースしました。
奥谷:「finbee」のサービスについて、具体的に教えてください。
丸山:はい。貯金を目的とするアプリで、ユーザーはまず「旅行資金として3カ月後までに30万円ためる」など、貯金の目的と期間を決めます。特徴は “貯金ルール”の設定。どんなときにいくらためるかをルール設定します。「1日1万歩以上歩いたら1000円貯金」など、ユニークに自動貯金できる仕組みになっているんですね。アプリは銀行口座と提携されており、専用口座にお金がたまる仕組みです。仲間内で一緒に貯金する「シェア貯金」などの機能もあります。
奥谷:なぜ決済ではなく「貯金」に目をつけたのでしょうか。
丸山:貯金と決済は無関係ではありません。消費のプロセスにはお金の算段をつけるというポイントがあります。ならばお金をためるところから購買までを自動でつなげるアプリがあれば面白いと。最終的な決済につなげ、さらにアプリのデータを分析すれば、消費までのプロセスで人がどんな行動をするのか、先に知ることができます。
奥谷: finbeeで取得したデータを、どんなふうに活用するイメージですか。
丸山:一つはレコメンドエンジンへの活用です。たとえば旅行の期日まで80%消化しているのに、金額が50%しかたまっていない場合、人はどうするのか。旅行先を変える、期日を延ばすなど、選択肢はありますが、そこでの行動データが分かれば、これまでのレコメンドとはちょっと違う広告モデルができるはずです。
奥谷:心理と行動の因果関係を作るアプリは面白いですね。
たとえ他の企業でも、世の中を良くするためなら手伝う
奥谷:丸山さんは、自社グループの事業を展開するとともに、FinTech業界全体の発展にも力を入れてきました。その一つがFinTech協会の代表理事を務めていることですが、そこにエネルギーを注ぐ理由は何ですか。
丸山:単純に、面白いサービスや良いサービスが増えてほしいんです。あとは、チャレンジする人が増える世の中って面白いですよね。たとえ他の企業であっても、世の中を良くするために手伝うことには違和感ありません。
奥谷:丸山さんはオープンイノベーションにも熱いですよね。しかしまだ日本では課題も多いと感じます。
丸山:オープンイノベーションは、「とにかく外と組めばいい」のではなく、特別な存在同士が組むことで想像のつかないイノベーションが起きることだと思います。一社とだけ連携するのではなく、いろんな企業がつながるAPIエコノミーの広がりまで理解する人が増えればうれしいなと。
奥谷:ただのアライアンスだけでなく、その名の通りイノベーションであることが大切ですね。そのために丸山さんが努力されていることは何ですか。
丸山:たとえば先ほどのfinbeeは、銀行と連携しますよね。すると、これを使えば旅行者のデータを地方銀行や自治体と共有して、地域経済の活性化にまで発展できるかもしれません。そういった広がりの事例や可能性を説明しています。FinTechの拠点として運営されている「FINOLAB(フィノラボ)」なども素晴らしい取り組みですよね。
奥谷:FINOLABは、今年拡張移転して、企業の連携による新たな金融サービスの創出を加速しています。
今後インフキュリオン・グループやFinTech協会が中心となって、そしてFINOLABも含めて、オープンイノベーションがもっと活発になることで、より良いサービスがどんどん生まれてくるといいですね。