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オープンイノベーションに必要なブランド開発No.2

事業会社のオープン・イノベーションをBXクリエイターの力で加速させる (後編)

2024/01/23

前回に引き続き、事業会社×スタートアップの連携をクリエイティブの力でブーストする「クリエイティブ・コンサルティング」の可能性を事例と一緒にお届けします。

日本固有種のサーモン(サクラマス)種苗の研究開発・生産・販売を行っている宮崎大学発スタートアップSmoltと、同社への出資やサポートを通じて新たな価値創造を目指すサザビーリーグ、そしてクリエイティブ・コンサルティングを実施した電通。

後編では、3社の取り組みを通じてSmoltに生まれた変化、オープンイノベーションのブランド開発におけるクリエイティブの価値について、サザビーリーグ社長室CVC担当の植村剛直氏、Smolt代表取締役CEOの上野賢氏、電通BXCCクリエイティブディレクターの中川真仁氏に聞きました。

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(右から)サザビーリーグ 社長室 CVC担当 植村剛直氏/Smolt 代表取締役CEO 上野賢氏/電通 BXCC クリエイティブディレクター 中川真仁氏

株式会社Smolt

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天然では希少な存在となってしまったサクラマスを自社で培った独自技術により、淡水と海水を経験する過程で環境への耐性など優れた個体を代々選抜し、優れたサクラマスの家系の開発に取り組んでいる。天然のサクラマスは変化に厳しい環境に適応する過程で魚体を大きく、銀色に変化させ、艷やかで美しい姿へと成長することになぞらえて、Smoltはそんなサクラマスの挑戦的な生き方を体現し、水産業の革新に挑む。
 
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オンラインストアで購入できる、本桜鱒(お刺身用)とつきみいくら

メッセージに一貫性が生まれ、ステークホルダーとのコミュニケーションが変化

──前回、Smoltのステートメントやブランドアーキテクチャをクリエイティブ視点で再構築したことをお話しいただきました。今回はそれらの取り組みによって、ブランドや上野さんご自身にどのような変化が生まれたのかをお聞きしたいと思います。

上野:ブランドアーキテクチャをつくったことで、これまで頭の中で断片的に考えていたことが体系的につながりました。例えば、「この事業はtoBなのか、toCなのか」「今はtoCだけど、成長していくとtoBになるのか」といったことを整理して言語化できるようになったんです。その結果、投資家などステークホルダーの方と話をするときに体系的に説明できるようになりました。

また、商品ブランドについても「本当においしい、自信を持っておすすめしたい本桜鱒」と、「おいしいけれど少し加工度が高いもの、桜鱒を試してみたい人におすすめしたい桜鱒」といった形でコンセプトの違いを明確にしたことで、食べ方やシーンの提案など、ユーザーとのコミュニケーションが取りやすくなりました。

これができるようになると、ウェブサイトのデザインやコピーなど、一つ一つのクリエイティブも洗練されていきます。

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関係者を招いて行われた試食イベントの様子

中川:分かります。ECサイトのデザインや映像コンテンツなど、出来上がったアウトプットのクオリティの高さにとても驚きました。

植村:やはりステートメントやブランドアーキテクチャがしっかりと定まったことで、クリエイティブの方向性がブレなかったことが大きいですよね。

中川:そう思います。クリエイティブに限らず、何かをジャッジするときに「このアクションはステートメントに準じているのか?」「この表現はブランドとして合っているのか?」といった判断基準を持つことは非常に大切です。方向性を正しく示す方位磁石のような役割を、ステートメントやブランドアーキテクチャは担うことができるのだと思います。

上野:クリエイティブが洗練されたことで、まわりの人たちの反応にも変化が生じています。その一つが、FISH FARM SAKURAです。「養殖」という言葉を聞くと、狭くて劣悪な環境の中で大量の魚が育てられているような、ネガティブなイメージを抱く人も少なくないと思います。でも、私たちは細部まで管理が行き届いたきれいな環境で魚を育てているんです。その認識を広めていくことで「養殖」をリブランディングしたい。そのような思いでつくったのがD2CのFISH FARM SAKURAというブランドです。

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上野:FISH FARM SAKURAはかつて鮎の養殖をしていた養殖場をお借りして魚を育てているのですが、地域の漁業組合の方々に「魚がのびのびと育つきれいな環境をつくり、ゆくゆくはいろんな人に来ていただける場所にしたい」という思いを伝えたことで、Smoltの活動をよりスムーズに理解していただけるようになりました。

行政の方々も、以前は「大学発のベンチャー企業」のような認識が強かったと思うのですが、そうではなく魚を大事に育て、自然と共に生きていくブランドだということをお伝えしたことで、応援していただけるような動きが生まれています。

植村:上野さんはもともとご自身の思いを伝えるのがとてもお上手でしたが、それでも最初に出会ったときと比べると、伝え方が格段に上手くなったと思います。カンファレンスイベントのピッチでも、投資家の方々がみんなすごく食いついて聞いてくださるんですよ。

上野:僕自身、事業のことをより魅力的に伝えられるようになっているという感覚があります。一貫性を持ってコンセプトやメッセージを発信していくうちに、メディアでの取り上げられ方も変わってきました。やっぱり、以前は学生ベンチャーみたいな見出しが多かったんです。でも、最近は「日本の養殖を変える」「おいしい魚を育んで届けていく」という文脈で取り上げていただくことが増えました。

植村:PRの部分も、中川さんはじめとする電通の皆さんにアドバイスをたくさんいただきましたよね。おっしゃっていることはすぐに合点がいくんだけど、何もない状態からそのアイデアを生み出せと言われてもできませんからね。コミュニケーションの観点から客観的な目でアドバイスをいただけたことは本当に心強かったです。

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本質から考える経営者と一緒にチャレンジしたい

──サザビーリーグはブランドを非常に大切にしている会社ですよね。Smoltのように出資先企業のブランドを育てていくことも御社のCVC活動の特徴だと思うのですが、どうやって原石を見つけ出すのでしょうか?

植村:まず、私たちは生活者の方々とつながっている企業なので、顧客視点を大切にしている企業と相性が良いのではないかと考えています。そして、個人的には「仕組みから考える」のではなく、「本質から考える」経営者のほうが好きです。上野さんもそうですが、特定の領域の本質と向き合い、深く理解した上で活動されている方と一緒に仕事ができるとうれしいですね。

中川:本質と向き合う、サザビーリーグさんのイズムを感じる言葉ですね。

植村:例えば、アパレルブランドの事業に携わるということは可愛いとかおしゃれというセンスの話だけではなく、縫製の知識や技術、生産の仕組みなど、細部も含めてアパレルの本質を理解するということでもあります。そこをショートカットして一時的に儲かる仕組みをつくったとしても生活者から長く愛され信頼されるブランドとしては成り立たちづらいということ。このことを私たちは成功と失敗を繰り返しながら、長い年月をかけて学んできたのだと思います。

中川:分かります。「儲かりそうだからやる」ではなく、「これで世の中を変えたいからやる」という思いが込められたブランドのほうが、クリエイティビティも発揮しやすいと感じています。

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植村:上野さんは圧倒的に後者の人ですよね?

上野:そうですね。投資家の方から「上野くんからは金の匂いが全然しない」と言われたこともあります(笑)。もちろん、売上を増やすことと向き合っていないわけではないのですが、それよりも自分たちが理想とする世界を実現させることのほうが大切です。Smoltを応援してくれている人たちは僕の思いや会社が提供したいバリューに共感してくれているわけですから。少なくとも、今は売上拡大を掲げるフェーズではなく、おいしい桜鱒を多くの人たちに届け、漁師さんが自分で育てた桜鱒に誇りを持てるような世界観をつくることを目指すべきだと考えています。

植村:スタートアップは成長することが使命ですから、適切な野心は必要だと思うんです。でも、それが目的になってしまってはいけない。そのバランス感覚が私たちの価値観と合う会社と出会いたいと思っています。

クリエイティブの力で、スタートアップの成長を加速させていきたい

──最後に、今後に向けた意気込みやチャレンジしていきたいことを教えてください。

上野:創業時からずっと技術研究を重ねてきて、ようやくお客様に自信を持っておすすめできる商品を世の中に提供できるようになりました。ここからは、いかに多くのお客様に届けられるか、そして、いかに多くのお客様に満足していただけるか、D2Cの事業を磨いていくことが重要だと思っています。

そのためには、Smoltの世界観をしっかりと伝え、ユーザーの認知を広げていくだけでなく、私たちの活動に共感してくださる生産者とのつながりを強くしていくことも欠かせません。仲間を増やしながら、商品の品質もさらに改善していき、国内だけでなく国外にもおいしい桜鱒を届けられるように事業開発を加速させていきたいと思います。

植村:Smoltとの取り組みについては、私たちのアセットを活用しながら国内外への販路開拓をサポートしていきたいと考えています。そして、まだオープンイノベーションと言える段階ではないかもしれませんが、今後は既存事業とのシナジー創出や新規事業開発の可能性も探っていきたいと思います。

また、CVCとしてはさらに投資活動を広げていく予定なので、今後スタートアップと連携する際に、同じような課題に直面するケースも出てくると思います。私たちのケイパビリティで足りない部分は電通さんにもサポートしていただきながら、クリエイティブの力でスタートアップを大きくしていく、成長を加速させていく活動を推進していきたいです。

中川:Smoltのコアエンジンになるステートメントやブランドアーキテクチャを一緒につくれたことは、僕らにとっても非常に貴重な経験になりました。今後、ブランドが成長していく過程で、ステージが変わると悩みの質も変わっていくと思うので、お手伝いできることはたくさんあると考えています。そして、サザビーリーグとSmoltが見たい景色を一緒に見ることができたらうれしいですね。今後ともよろしくお願いいたします。

お問い合わせはこちらまで:
電通 BXクリエーティブ・センター:contact@dentsu-bxcr.com
BXクリエーティブ・センター Webサイト:https://dentsu-bxcr.com/
 
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